時間を止めて ～忘れられない元カレは完璧な容姿と天性の才能を持つ世界一残酷な人でした 【完結】

time.24

「ここちゃん？　頭にクリップとまってるよ？」
「佐倉、顔にセロテープ付いてるぞ？」

「…こんな使えない人、世の中にいるんですね」

午後は何をやって、いつどうやって帰ってきたのか、まるで記憶にない。

気づいたら、自分のうちのキッチンで、
ひたすら玉ねぎをみじん切りにしていた。

玉ねぎが目に沁みて、涙が次々流れ出るけど、そのままにしてひたすら刻んだ。

千晃くんにオムライスを作り続けて、玉ねぎのみじん切りが上手になった。
千晃くんが一緒に作ってくれたから、料理するのが楽しくて、
レパートリーが増えていった。

『お料理勉強中なんです』

今は。
心菜さんと一緒に作っているんだろうか。
やっぱり楽しくて、お弁当まで作ってしまうんだろうか。

玉ねぎが目に沁みて涙が止まらない。

最近あんまり料理をしていないから、手際も悪いし、下手だし、沁みる。

袖で涙を拭いて、鼻をすすり上げる。

『ありがと、ここ』

今日はどうしても、オムライスを作る。
千晃くんに食べてもらえなくなってから作ってなかったけど、
今日は絶対作る。

何に対抗しているのかよくわからないまま、とにかくひたすら玉ねぎを刻んでいたら、スマートフォンが鳴った。

ちょっと手が離せない。

と思って、放置していたら、鳴りやんだけど、また鳴り始めた。
何度も何度もしつこく鳴る。

仕方がないから、手を止めて、流れる涙もそのままに画面をタップしてみると、

「…お前、今どこにいる！？　無事なんだろうな！？」

なぜか慌てた様子の高野チーフの声がした。

その低い声を聞いたら、なんだかいろいろ堪えられなくなって、

「さっ、…」

チーフにつながるスマートフォンを握りしめたまま、

「ささだんご買うの忘れましだ―――――っっ」

声を限りに泣き叫んでしまった。

私のこと覚えてないのは、千晃くんのせいじゃない。
将来を約束した彼女さんがいるのも、
私と同じ名前で呼んでいるのも、千晃くんは悪くない。

だけど。

まだ全然胸が痛い。
もう5年も経っているのに、どうやって忘れたらいいのかわからない。

千晃くんを見るだけで、千晃くんでいっぱいになって、
立ち止まったまま、どこにも行けない。

あの時のまま、時間を止めるのが無理なら、
せめて私の記憶も消してほしい。

人生で一番幸せで一番満ち足りていたあの頃の記憶を、
全部きれいに消してほしい。