時間を止めて ～忘れられない元カレは完璧な容姿と天性の才能を持つ世界一残酷な人でした 【完結】

time.21

「佐倉の教育は俺の責任だ。文句がある奴は俺に言え」

翌朝、始業早々、フロアに無言の圧力が漂う。
鬼の高野がめっちゃ怒っていて、フロアはしんと静まり返り、
絶対、誰にも一言も文句を言わせない空気を醸し出していた。

昨日は。

フロアに設置してあるゴミ箱からゴミを回収していた清掃業者の人が、
中に捨てられていたロッカーのカギを見つけ、
高野チーフに届けてくれたらしい。

遅くまで残っていた私のことを気にしてくれて、
何度も電話をしてくれたのに、一向に応答がないので、

「嫌な予感がした」

チーフが、捜しに来てくれたらしい。

「…変態と言われるリスクを負って良かった」

口元を歪めて笑う高野チーフに、

「…チーフが変態で良かった」

しがみついたら、耳を噛まれた。

「…襲うぞ、バカ」

女子更衣室の入り口には防犯カメラが設置されているけれど、
警備室で映像を見せてもらった限り、不審な人物は映っていなかった。
というか、一定時間録画が行われておらず、モニターには同じ画像が繰り返し流されていたらしい。

計画的に向けられた憎悪に身がすくむ。
それがどこから向けられているのかわからなくて怖い。

『俺から離れるなよ』

でも。高野チーフがそう言ってくれたから。

「…ホント、ムカつく」

低いつぶやきにぎょっとして左を向くと、今日も可愛さ抜群の香恋ちゃんが、にっこり笑って、

「媚びジョウズ」

口の動きだけでひそやかに毒を吐いた。

えー、…

なんか。
なんか言い返したかったけど、とっさに何にも出てこなかった。
これが頭の出来の差なのか。生き抜く力の差なのか。

「…ここちゃん、大丈夫？　何かあった？」

右隣のまりな先輩が、高野チーフと私を交互に見つめる。

…何か。

高野チーフの優しい唇の感触がよみがえって、顔が火を噴いた。

「ちょ、…ここちゃん⁉　何があった⁉」

朝までずっと、チーフの優しい腕の中にいた。

硬くてしなやかな身体に包まれて、力強くて優しい腕の中で、
滑らかな長い指に撫でられながら、甘いキスの雨に溶かされた。

『…何があっても、お前の味方でいてやる』

私の髪を撫でる大きな手。腕枕のまま頭に回る長い腕。
きれいな線を描く首筋。規則正しく繰り返す鼓動の音。

安心した。

恐怖も不安も悲しさも全部溶かして浄化してくれた。
痛みも涙も切なさも全部包み込んで癒してくれた。

あんなに安心して眠ったのは、…
初めてかもしれない。

「佐倉、頭から湯気出てるぞ⁉」
「ここちゃん、しっかりっ‼」

…幸せ。