上 下
78 / 88
番外編. 稜

05.

しおりを挟む
「…なんだ、これは」

完全に面食らっていた。というか、紛れもなく引かれた一線にうろたえた。

次の約束をどう取り付けようか、やはり食事か、いや、翔が喜びそうな場所がいいか、…助手席に座るゆいを盗み見ながら先を夢見てた俺に、ゆいはきっぱり終了を告げたようなもので。

「…だって、だって、このままじゃ私の気が済みません!」

必死に言いつのるゆいを見たら、胸をつかまれた。

ただの患者にこんなことするわけないだろ。

俺の下心に気づいているのか、いないのか。
翔がいるんだから、男性経験はあるだろうし、翔に向ける愛情をみたら、そいつのことを相当想ってたのは明らかだ。

どうして今そいつがそばにいないのか、ゆいのこの初々しさはそれと関係あるのか。

わからない、けれど。
今、そいつがいない、その事実が全てだ。

ゆいの頭に手を乗せる。

俺はお前が欲しいんだよ。

不安そうなゆいをおびえさせないように。

「また連絡する」

柔らかな髪を撫でた。

お金じゃ買えない。
お前と過ごす時間が欲しいんだよ、ゆい。

少しずつでいいから。
俺を受け入れて。



「なんか機嫌いいなぁ」

その夜は、高校時代からの悪友、草壁湊人くさかべ みなとと飲んだ。

「…好きな子ができた」
「はぁ?お前が? 誰にもなびかない鉄仮面リョウが?」

「その子の子どももまた可愛くて」
「まさかの人妻!?」

「守ってやりたいんだ」
「……」

しばらく黙りこんだ後で、おもむろに口を開いた湊人は、

「…いつかさぁ、会わせてよ。相手が誰でも祝福するよ。稜さぁ、…初めてだろ? 好きになるの」

しんみりと嬉しそうだった。
湊人は俺と違ってちゃんと恋愛して、彼女を大事にしている。
ふらふら定まらない俺に説教するくらい。

湊人と別れて家に向かいながら空を見上げると、細い月が浮かんでいた。

『おやすみ』

ゆいにメールする。
それだけで、満たされた。


『今日は、隣の部屋の友だちと鍋をしました。おいしかった。翔もよく食べてました』

ゆいからのメール音に飛びつくように見ると、そんな微笑ましい内容が並ぶ。
自然と口元が緩む。
自分はどんなにか締まりのない顔をしていることだろう。



ゆいと出会って2週間。

メールしたり、電話したり、家まで送ったり、翔と遊んだり。

ゆいを追い詰めたくない。

でも時々、力の限りあの小さな身体を抱きしめたくなって、代わりにそっと、頬に触れる。

滑らかで柔らかいゆいの温もり。

額に口付けたのは、誓い。
誰よりもゆいを大切にするから。

ゆいは恥じらうような表情ながらも、逃げたりしなかった。
俺に向けるのは、兄に対するような親愛の情だけど、それでいい。

ゆいのそばにいられれば、それで。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

年下の彼氏には同い年の女性の方がお似合いなので、別れ話をしようと思います!

ほったげな
恋愛
私には年下の彼氏がいる。その彼氏が同い年くらいの女性と街を歩いていた。同じくらいの年の女性の方が彼には似合う。だから、私は彼に別れ話をしようと思う。

隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される

永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】 「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。 しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――? 肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!

ヤリたい男ヤラない女〜デキちゃった編

タニマリ
恋愛
野獣のような男と付き合い始めてから早5年。そんな彼からプロポーズをされ同棲生活を始めた。 私の仕事が忙しくて結婚式と入籍は保留になっていたのだが…… 予定にはなかった大問題が起こってしまった。 本作品はシリーズの第二弾の作品ですが、この作品だけでもお読み頂けます。 15分あれば読めると思います。 この作品の続編あります♪ 『ヤリたい男ヤラない女〜デキちゃった編』

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜

ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。 そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、 理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。 しかも理樹には婚約者がいたのである。 全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。 二人は結婚出来るのであろうか。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

鬼上司は間抜けな私がお好きです

碧井夢夏
恋愛
れいわ紡績に就職した新入社員、花森沙穂(はなもりさほ)は社内でも評判の鬼上司、東御八雲(とうみやくも)のサポートに配属させられる。 ドジな花森は何度も東御の前で失敗ばかり。ところが、人造人間と噂されていた東御が初めて楽しそうにしたのは花森がやらかした時で・・。 孤高の人、東御八雲はなんと間抜けフェチだった?! その上、育ちが特殊らしい雰囲気で・・。 ハイスペック超人と口だけの間抜け女子による上司と部下のラブコメ。 久しぶりにコメディ×溺愛を書きたくなりましたので、ゆるーく連載します。 会話劇ベースに、コミカル、ときどき、たっぷりと甘く深い愛のお話。 「めちゃコミック恋愛漫画原作賞」優秀作品に選んでいただきました。 ※大人ラブです。R15相当。 表紙画像はMidjourneyで生成しました。

好きな男子と付き合えるなら罰ゲームの嘘告白だって嬉しいです。なのにネタばらしどころか、遠恋なんて嫌だ、結婚してくれと泣かれて困惑しています。

石河 翠
恋愛
ずっと好きだったクラスメイトに告白された、高校2年生の山本めぐみ。罰ゲームによる嘘告白だったが、それを承知の上で、彼女は告白にOKを出した。好きなひとと付き合えるなら、嘘告白でも幸せだと考えたからだ。 すぐにフラれて笑いものにされると思っていたが、失恋するどころか大切にされる毎日。ところがある日、めぐみが海外に引っ越すと勘違いした相手が、別れたくない、どうか結婚してくれと突然泣きついてきて……。 なんだかんだ今の関係を最大限楽しんでいる、意外と図太いヒロインと、くそ真面目なせいで盛大に空振りしてしまっている残念イケメンなヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりhimawariinさまの作品をお借りしております。

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

処理中です...