上 下
30 / 88
2章. 悠馬

machi.29

しおりを挟む
親切な人が救急車を呼んでくれたらしく、気づいたら病院に運ばれていた。

沈痛な面持ちのマークとメンバー、そして泣きはらした顔のリナがいた。
俺は、あばら骨を折っていて、数日入院することになった。

「お前は、バンドをやっていくつもりがあるのか」

マークにもメンバーにも怒られた。

…そうだな。
俺にはもう、音楽しかない。

俺の傷が癒えるまで、リナが献身的に付き添っていて
「リナを泣かせないでくれ」とルーカスに懇願された。

春になる頃、レコード会社との正式契約が決まり、
マークと染谷のダブルプロデュースで、
俺を含むメンバー4人が、「EXZイグズ」というバンド名で
デビューすることになった。

「リナのこと、真剣に考えてくれないか」

デビュー直前に、染谷が父親の顔をして俺に頭を下げた。

俺は…

結婚していても。
子どもがいても。

まだゆいを想っていた。

「…想いが報われることはないんだろ?思い出にできないか?」

このところ、ルーカスも俺に頼んでくる。

「このままじゃ、リナがかわいそうだ。リナはお前じゃなきゃダメなのに」

リナは、俺が誰を想っていても、リナを見ていなくてもいいと言う。
リナの気持には応えられないが、リナとは付かず離れずで過ごしていた。

デビュー後は、日本と海外を行き来することになり、今まで以上に忙しくなった。

日本でツアーをする時は、無意識にゆいを探してしまう。
ステージから、観客席を見渡す。
移動中の街中。空港の雑踏。
こんなにたくさんの人がいるのに、
ゆいはいない。

見るだけでいい。
横顔でも。後姿でも。

ゆい。
会えなくても、
俺の声はゆいに届いているだろうか。

デビューから1年半。

バンドの知名度も上がり、仕事のペースもつかめてきた頃、
染谷にリナとの結婚を勧められた。

話題性もあるし、お互いの仕事にプラスだろう、というのが表向きの理由で、
父親として安心したいのが本音のようだった。

「俺は、変わりませんよ。リナのことは…」
「わかっている。それでもいい」

俺はリナを都合よく扱っている。
それでも染谷は、俺に託そうとした。
染谷は真のプロデューサーだった。

その頃の俺は、完全にひねていた。
どんなに焦がれても、ゆいには会えなかったし、ゆいはとっくに結婚している。

もう俺は、誰も好きにならない。

リナは、楽だ。
煩わしいことは一切しない。
モデルやらタレントやらでそれなりに忙しそうだったし、
俺が他に誰と遊んでいようが、口を出さない。

染谷には恩もあるし、この際相手は誰でも同じだ。
だったら、ずっと俺を慕ってくれているリナでも。

結局、投げやりに承諾した。
バンドのために宣伝効果があるなら、それもいい。

「絶対に幸せにしろ」というルーカスには悪いが、
リナに特別な愛情があったわけじゃない。
それをリナもわかっている。

と、思っていた。

その年が明けるまでは。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

年下の彼氏には同い年の女性の方がお似合いなので、別れ話をしようと思います!

ほったげな
恋愛
私には年下の彼氏がいる。その彼氏が同い年くらいの女性と街を歩いていた。同じくらいの年の女性の方が彼には似合う。だから、私は彼に別れ話をしようと思う。

隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される

永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】 「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。 しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――? 肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!

ヤリたい男ヤラない女〜デキちゃった編

タニマリ
恋愛
野獣のような男と付き合い始めてから早5年。そんな彼からプロポーズをされ同棲生活を始めた。 私の仕事が忙しくて結婚式と入籍は保留になっていたのだが…… 予定にはなかった大問題が起こってしまった。 本作品はシリーズの第二弾の作品ですが、この作品だけでもお読み頂けます。 15分あれば読めると思います。 この作品の続編あります♪ 『ヤリたい男ヤラない女〜デキちゃった編』

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜

ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。 そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、 理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。 しかも理樹には婚約者がいたのである。 全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。 二人は結婚出来るのであろうか。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

鬼上司は間抜けな私がお好きです

碧井夢夏
恋愛
れいわ紡績に就職した新入社員、花森沙穂(はなもりさほ)は社内でも評判の鬼上司、東御八雲(とうみやくも)のサポートに配属させられる。 ドジな花森は何度も東御の前で失敗ばかり。ところが、人造人間と噂されていた東御が初めて楽しそうにしたのは花森がやらかした時で・・。 孤高の人、東御八雲はなんと間抜けフェチだった?! その上、育ちが特殊らしい雰囲気で・・。 ハイスペック超人と口だけの間抜け女子による上司と部下のラブコメ。 久しぶりにコメディ×溺愛を書きたくなりましたので、ゆるーく連載します。 会話劇ベースに、コミカル、ときどき、たっぷりと甘く深い愛のお話。 「めちゃコミック恋愛漫画原作賞」優秀作品に選んでいただきました。 ※大人ラブです。R15相当。 表紙画像はMidjourneyで生成しました。

好きな男子と付き合えるなら罰ゲームの嘘告白だって嬉しいです。なのにネタばらしどころか、遠恋なんて嫌だ、結婚してくれと泣かれて困惑しています。

石河 翠
恋愛
ずっと好きだったクラスメイトに告白された、高校2年生の山本めぐみ。罰ゲームによる嘘告白だったが、それを承知の上で、彼女は告白にOKを出した。好きなひとと付き合えるなら、嘘告白でも幸せだと考えたからだ。 すぐにフラれて笑いものにされると思っていたが、失恋するどころか大切にされる毎日。ところがある日、めぐみが海外に引っ越すと勘違いした相手が、別れたくない、どうか結婚してくれと突然泣きついてきて……。 なんだかんだ今の関係を最大限楽しんでいる、意外と図太いヒロインと、くそ真面目なせいで盛大に空振りしてしまっている残念イケメンなヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりhimawariinさまの作品をお借りしております。

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

処理中です...