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1章. ゆい
machi.21
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仕事を終えて帰ろうと、職員用の通用口を出たところで、
目の前に黒っぽい服装をした人物が迫ってきて、
有無を言わせず、車に引きずりこまれた。
あまりにも一瞬の出来事で、叫ぶ間もなく、
呆然としているうちに車は走り出していた。
「…手間かけさせ過ぎだろ」
「…悠馬っ⁉」
信号で止まって、運転席から振り向いたのは、黒ずくめの格好をした悠馬だった。
「な…、何して…」
こんなことが自分に起こるなんて信じられない。
拉致?
しかも、今をときめく話題の芸能人に?
現実離れしすぎて、言葉が出ない。
「…んで、かけてこないんだよ」
運転を再開して前を向いてしまったから、悠馬の表情が見えない。
でも、いらだっているような、ふてくされているような、呟き。
「…悠馬?」
「携帯! 必ず連絡させるとか言って、全然かかってこないし! あん時といい、今度といい、なんで…! …会いたかったのは、俺だけかよ」
あ…れ? あれ?
光の中でオーラをまとって輝く悠馬は、手が届かない遠い存在なのに。
なのに。どうして。
運転席でぶつぶつ言っている悠馬を普通の人みたいに感じる。
近しい、というか。
なんか、…可愛い?
「…はい」
人気のない公園の駐車場に車を停めた悠馬は、自動販売機で飲み物を買ってきてくれた。
「あ、…」
慌ててお財布を出そうとすると、
「…馬鹿」
なぜか、悠馬が切なそうな顔をして、後部座席に乗り込んできた。
途端に緊張して、悠馬の方を向けない。
手のひらに包まれた『ハチミツゆず茶』が愛しい。温かい。
「…ゆい」
この静かな空間に2人だけでいるのが、奇跡のよう。
悠馬が近い。
何度も何度も思い描いた、悠馬の姿。
悠馬の声。匂い。温かさ。
本当は、手の届かない人なのに。
呼吸するだけで、泣いてしまいそうで、目元に力を入れて瞬く。
「…結婚して、子どももいる、…んだって?」
沈黙に、悠馬の静かな声が響いた。
…え?
言われたことにピンと来なくて、緊張で隣を見れなかったことも忘れ、
目を上げて悠馬を見る。
街灯の光が反射して悠馬の瞳が揺れていた。
強くて、きれいなブラウンの瞳が、私を映して揺れていた。
「あの、眼鏡かけて、一緒に車乗ってたヤツ? ダンナ」
悠馬が皮肉めいた口調で言う。
それは多分、…絶対、結城先生だけど。
悠馬、いつ、見た?
「俺がニューヨーク行ってる間に、ゆいは大学辞めて結婚してたんだな」
なんとなく、咎めるような言い方にカチンときて、気づいたら口が勝手に動いていた。
「…結婚したのは、悠馬でしょ」
「あ? …ああ、…知ってたんだ」
悠馬が自嘲気味に言って目をそらす。
訪れた沈黙を振り切るように、
「これ、今度出す新曲。俺、本格的にバンドデビューしたんだ」
悠馬がCDを差し出す。
「…うん」
受け取ろうと手を伸ばすと、悠馬が触れそうなくらいすぐ近くにいた。
目の前に黒っぽい服装をした人物が迫ってきて、
有無を言わせず、車に引きずりこまれた。
あまりにも一瞬の出来事で、叫ぶ間もなく、
呆然としているうちに車は走り出していた。
「…手間かけさせ過ぎだろ」
「…悠馬っ⁉」
信号で止まって、運転席から振り向いたのは、黒ずくめの格好をした悠馬だった。
「な…、何して…」
こんなことが自分に起こるなんて信じられない。
拉致?
しかも、今をときめく話題の芸能人に?
現実離れしすぎて、言葉が出ない。
「…んで、かけてこないんだよ」
運転を再開して前を向いてしまったから、悠馬の表情が見えない。
でも、いらだっているような、ふてくされているような、呟き。
「…悠馬?」
「携帯! 必ず連絡させるとか言って、全然かかってこないし! あん時といい、今度といい、なんで…! …会いたかったのは、俺だけかよ」
あ…れ? あれ?
光の中でオーラをまとって輝く悠馬は、手が届かない遠い存在なのに。
なのに。どうして。
運転席でぶつぶつ言っている悠馬を普通の人みたいに感じる。
近しい、というか。
なんか、…可愛い?
「…はい」
人気のない公園の駐車場に車を停めた悠馬は、自動販売機で飲み物を買ってきてくれた。
「あ、…」
慌ててお財布を出そうとすると、
「…馬鹿」
なぜか、悠馬が切なそうな顔をして、後部座席に乗り込んできた。
途端に緊張して、悠馬の方を向けない。
手のひらに包まれた『ハチミツゆず茶』が愛しい。温かい。
「…ゆい」
この静かな空間に2人だけでいるのが、奇跡のよう。
悠馬が近い。
何度も何度も思い描いた、悠馬の姿。
悠馬の声。匂い。温かさ。
本当は、手の届かない人なのに。
呼吸するだけで、泣いてしまいそうで、目元に力を入れて瞬く。
「…結婚して、子どももいる、…んだって?」
沈黙に、悠馬の静かな声が響いた。
…え?
言われたことにピンと来なくて、緊張で隣を見れなかったことも忘れ、
目を上げて悠馬を見る。
街灯の光が反射して悠馬の瞳が揺れていた。
強くて、きれいなブラウンの瞳が、私を映して揺れていた。
「あの、眼鏡かけて、一緒に車乗ってたヤツ? ダンナ」
悠馬が皮肉めいた口調で言う。
それは多分、…絶対、結城先生だけど。
悠馬、いつ、見た?
「俺がニューヨーク行ってる間に、ゆいは大学辞めて結婚してたんだな」
なんとなく、咎めるような言い方にカチンときて、気づいたら口が勝手に動いていた。
「…結婚したのは、悠馬でしょ」
「あ? …ああ、…知ってたんだ」
悠馬が自嘲気味に言って目をそらす。
訪れた沈黙を振り切るように、
「これ、今度出す新曲。俺、本格的にバンドデビューしたんだ」
悠馬がCDを差し出す。
「…うん」
受け取ろうと手を伸ばすと、悠馬が触れそうなくらいすぐ近くにいた。
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