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1章. ゆい
machi.13
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その夜、結城先生にメールをした。
マリカちゃんと鍋をしたこと。
送信して間もなく、着信音が鳴る。電話だ。
「…楽しくて、良かったな」
結城先生からだった。すぐ耳元で話されているかのように先生の声が近い。
「…ゆい。今度、俺とも飯しよう」
「…はい」
躊躇なく頷いたのは、マリカちゃんが背中を押してくれたから。
「…ん。何がいいか、考えとくな。お前も考えといて」
「…はい」
先生の吐息までも、ダイレクトに伝わってくる。心のうちに、小さな灯りがともるのを感じた。
「…、じゃ、おやすみ」
「…はい。おやすみなさい」
結城先生にも、伝わっただろうか。小さいけど温かい灯りがゆらゆら揺れている、この感じが。
付き合おう、とか、言われたわけじゃない。
ただ、
「水村ちゃん。長い間ごめんね~」
腰痛で静養していた西村さんが復帰したり。
「ゆいちん!見ちゃった~。結城先生と一緒に来てたでしょ?」
結城先生との仲を冷やかされたり。
「翔くん、最近よくお話してくれるんですよ」
翔の体調が落ち着いていたり。
そんな毎日の中で、
「ゆい。無条件で俺を頼れ」
頼りにできる存在がいるって、こんなにも心が落ち着くことを、初めて知った。
翔の様子で不安なことを、「大丈夫だよ」って言ってもらえるだけで、嘘みたいに心が軽くなる。
私は多分無意識のうちに、極限まで身構えていたんだろう。
翔が先生をリョウ兄と呼ぶ。
別れ際に、キスが唇まで降りてくる。
…本当は、…本当にこれでいいのか、わからない。
この穏やかな日々に慣れて、でもいつかその存在を失ったら、翔は傷つく。
私は…
年末の日々は駆け足で過ぎ、
街がクリスマスムード一色に包まれた頃。
「ねぇねぇ、リナって、結婚したんでしょ?」
「あ!見た見た~。クリスマス入籍!ブログ、ニュースになってたよね」
「いいよね~。相手、EXZのYumaでしょ?あたし、マジでマジで大ファンなの~」
いつものようにナースステーションで盛り上がっているナースさんたちの会話が、聞くともなく聞こえてきて、突然、世界が色をなくした。
奈落の底から出てきた黒くて頑丈な蜘蛛の糸に絡めとられて、どこまでも引きずり込まれるような錯覚に陥る。
「あたしも~。あの声、マジでかっこいい」
「惚れるよね~。リナ、可愛くて好きだけど、ちょっとずるい~」
足元が定かでない。崩れ落ちないように必死で踏みとどまった。
私の周りだけ地面が切り取られてすっぽりと落ちていくようだ。
「あの声で好きとか言われちゃったりするのかな。いやぁ~んっ、いいっ!言われたい~~~っ」
心臓をきりで一突きにされたような鋭い痛みを覚え、胸を押さえる。
冷汗が浮かぶ。
酸素が足りない。
「ほら、行くよ」
ナースさんたちが出て行っても、私はその場から動けなかった。
マリカちゃんと鍋をしたこと。
送信して間もなく、着信音が鳴る。電話だ。
「…楽しくて、良かったな」
結城先生からだった。すぐ耳元で話されているかのように先生の声が近い。
「…ゆい。今度、俺とも飯しよう」
「…はい」
躊躇なく頷いたのは、マリカちゃんが背中を押してくれたから。
「…ん。何がいいか、考えとくな。お前も考えといて」
「…はい」
先生の吐息までも、ダイレクトに伝わってくる。心のうちに、小さな灯りがともるのを感じた。
「…、じゃ、おやすみ」
「…はい。おやすみなさい」
結城先生にも、伝わっただろうか。小さいけど温かい灯りがゆらゆら揺れている、この感じが。
付き合おう、とか、言われたわけじゃない。
ただ、
「水村ちゃん。長い間ごめんね~」
腰痛で静養していた西村さんが復帰したり。
「ゆいちん!見ちゃった~。結城先生と一緒に来てたでしょ?」
結城先生との仲を冷やかされたり。
「翔くん、最近よくお話してくれるんですよ」
翔の体調が落ち着いていたり。
そんな毎日の中で、
「ゆい。無条件で俺を頼れ」
頼りにできる存在がいるって、こんなにも心が落ち着くことを、初めて知った。
翔の様子で不安なことを、「大丈夫だよ」って言ってもらえるだけで、嘘みたいに心が軽くなる。
私は多分無意識のうちに、極限まで身構えていたんだろう。
翔が先生をリョウ兄と呼ぶ。
別れ際に、キスが唇まで降りてくる。
…本当は、…本当にこれでいいのか、わからない。
この穏やかな日々に慣れて、でもいつかその存在を失ったら、翔は傷つく。
私は…
年末の日々は駆け足で過ぎ、
街がクリスマスムード一色に包まれた頃。
「ねぇねぇ、リナって、結婚したんでしょ?」
「あ!見た見た~。クリスマス入籍!ブログ、ニュースになってたよね」
「いいよね~。相手、EXZのYumaでしょ?あたし、マジでマジで大ファンなの~」
いつものようにナースステーションで盛り上がっているナースさんたちの会話が、聞くともなく聞こえてきて、突然、世界が色をなくした。
奈落の底から出てきた黒くて頑丈な蜘蛛の糸に絡めとられて、どこまでも引きずり込まれるような錯覚に陥る。
「あたしも~。あの声、マジでかっこいい」
「惚れるよね~。リナ、可愛くて好きだけど、ちょっとずるい~」
足元が定かでない。崩れ落ちないように必死で踏みとどまった。
私の周りだけ地面が切り取られてすっぽりと落ちていくようだ。
「あの声で好きとか言われちゃったりするのかな。いやぁ~んっ、いいっ!言われたい~~~っ」
心臓をきりで一突きにされたような鋭い痛みを覚え、胸を押さえる。
冷汗が浮かぶ。
酸素が足りない。
「ほら、行くよ」
ナースさんたちが出て行っても、私はその場から動けなかった。
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