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寿命の長い悪魔からすれば、三年前などつい昨日のような感覚だ。


その日、悪魔は人間界を謳歌していた。
召喚した人間の願いは等に叶え終え魂も喰らったが、魔界へ帰る気はなく、適当に人間をたぶらかしては人間の気を喰らい、だまくらかしては魂を喰らって遊びほうけていた。


油断していた。
派手に遊んでいたことで、天界からの使いに目をつけられていることに気付かなかった。


悪魔は天使達からの襲撃を受けて大怪我を負った。
相手側にもそれ相応の傷を負わせてやったが、悪魔より向こうの方が一枚上手だった。
弱体の呪いで悪魔を幼体である獣型に姿を変えたのだ。
これでは言葉を人語を介することも出来ない。
人型であれば人をかどわかし、魂を喰らって回復することも出来たのにそれも出来なくなった。
加えて、この姿では手負いの魔物として人間達に殺される可能性もあった。


悪魔は森に身を隠すことにした。
幸運なことに天使達の追っ手はこなかった。
死んだと思われたのか、手を下さなくとも死ぬと思われたのか。


その判断は概ね間違っていない。
悪魔の負った傷は深かった。
それに体が幼体になっていることも大きい。神を信仰する者が多い人間界の空気は、成体である悪魔には問題ないが体が出来上がってない幼体の身には毒になる。
それをわかっているから、天使達は弱体の呪いをかけたのだろう。


普段なら時間をおけば回復する傷はちっとも治らず、むしろ悪化していく一方だった。
ついに動けなくなった悪魔はその身を小さく丸めて草原に横たわった。


呆気ない最期。
ろくな死に方しないとは思っていたが、本当にろくでもない死に方だ。
仲間内の笑い話にもならない。


(けどまあ、似合いの死に様だわなぁ…………)


そう目を閉じて、最期の時を待とうとした時だった。

ガサガサと葉が揺れる音が聞こえた。
だんだんとこちらへ向かってくる葉の音と共に複数の足音。
重さのない軽い足音。


(小せぇ獣にしては重いーーーー人間の子供か?)


悪魔の予想は当たっていた。
片目だけ開いて見てみると、伸びた草を掻き分け出てきたのは小さな子供だった。
息は切れ呼吸は荒く、額に浮かぶのは大量の汗。
葉で切れたのか服から出ている部分は擦り傷だらけ。
転んだのか膝は泥と血が混じっていた。


(汚ぇ子供ガキ…………)


自分の方がそれを上回る汚さなのを棚に置いてそんなことを思った。


子供は悪魔を見つけると大きく目を見開いて後ろを振り返った。


(あー。これ仲間呼ぼうとしてんのか?)


だとすれば最悪だ。
大人よりも子供の方が時に残酷だ。
それは愛すべき美徳だし普段ならそれを拍手で歓迎するところだが、今の悪魔にはそれを受け入れる心の広さはない。
おもしろ半分になぶり殺しにされる可能性が急激に高まってきた。


(笑える位ろくな死に方しねぇなぁ俺…………)


ため息を付きながら再び目を閉じると、悪魔の体がふわりと浮いた。


(うぉーーーーっ!?)


驚いて目を開けると、悪魔は子供に抱き抱えられていた。
その抱き方が今にも落とされそうな持ち方だったので、据わりが悪くうごうごしていると、

「う、動かないで。ここにいたらあなた死んじゃうんだから………っ」


子供はそう言うと、悪魔を抱き抱えたまま走り出した。
振り返っていた方とは逆方向に。


(なんだ? 仲間に見せるんじゃねぇのか?)


子供の顔を見上げる。
さっきは気付かなかったが目の回りが青い。ついさっき転んだ時のものではなさそうだ。
口の端も切れた跡が見受けられる。


(…………ふん)


悪魔は金色の目を細めた。
仲間なんて呼べるはずがない。
そんなものこの子供にはいないのだろう。
自分と同じく逃げていたのだから。


子供はしばらく森の中を走っていたが、地面に近い所に出来た木のウロを見つけると悪魔を抱えてその中に身を隠した。
伸びた草のお陰で見つかりににくいそこは、子供一人がぎりぎり入れる大きさだった。


「静かにしててね。見つかったらあんたも殴られちゃう」


子供は悪魔を膝に載せると庇うようにその身を丸くした。
バクバクと鳴り響く子供の心音。
それは走ってきたからだけではないのだろう。


「おい!あいつどこ行ったんだよー?」
「こっちに走っていったのに」
「せっかく的当てしてたのに、ちゃんと縛っとかないからよ」
「お前が変なとこ当てるから縄が切れたんだろ」


そんな声が、外から聞こえてきた。
子供の体が大きく奮えた。
ぎゅっと身を縮こませ身を固くする。
そのせいで悪魔の体も押し潰されそうになったが、文句を言わず耐える。


「いいから探せって!」
「見つけたら腹パンしてやろうぜ、ぎゃっ、って変な声出すし」
「えー気持ち悪ーい」


遠ざかっていく声。
それが完全に聞こえなくなるまで、子供は動かなかった。




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