迷子の僕の異世界生活

クローナ

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第2部 『華胥の国の願い姫』

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「はっぱになってるぅ?」

広い庭の真ん中で『始まりの桜』を見上げながらこれでもかと首をかしげるディノが倒れてしまわないように双子のロイとライが両脇を固める姿にホッとしたところでサーシャが小さな唇を尖らせながら呟いた。

「ピンクのおにわかわいかったのに。」

だよね俺もそう思う。

けれどすっかり様変わりした桜の庭への感想はそれくらいで、すぐに歓声を上げながら我先にと走り出した。

子供達にしてみれば長く咲いていた桜が遮っていた雲がそよぐ青空や『桜の庭』を囲む縦格子に張り巡らされていた阻害魔法が消えたためにその先を見渡せる事で本来の広さを取り戻した庭の方が魅力的だったみたいだ。

なんだ、心配して損しちゃったな。

「不服そうだな。」

「……そんな事ないよ。」

嘘、ありありだ。

俺の予想では寂しくなった景色に子供達がもうちょっとこう……がっかりすると思ったんだ。それでもしかしたらディノに『もう1回咲かせて』と言われたらどうやってなだめようかな、なんて考えてみたりしたんだよね。

昨日の夜アルフ様に尋ねられ永劫に咲くことよりも春を待つ歓びの一つとなることを望んだくせに自分が咲かせた桜をもう少し名残惜しんで欲しかったと思ってるなんてこんな子供っぽくて自分勝手な心の内は気づかないで欲しいと思うのに、クラウスは澄ました顔で相変わらずまるで俺の頭の中を覗いたみたいにピタリと気持ちを言い当てるから恥ずかしくて思わずそっぽを向いてしまった。

だけどいくら視線をそらしたとしてもクラウスに抱き上げられた状態では逃げ場はわずかであまり意味がないのが現状だ。

「騎士様、支度が整いましたのでトウヤ様をこちらに。」

そっと近づいて来たジェシカさんが示した方に目をやると、さっきまでいつもと変わらなかった木製のベンチが俺を座らせるために敷物やクッションやらで随分手厚くカスタマイズされていて驚いた。

「ありがとうございます、でも今朝も言いましたが僕本当に大丈夫なんで子供達と一緒に遊びます。クラウスもいい加減降ろしてよ。」

「ああ、この上ならな。」

軽々と俺を抱き上げたままクラウスがニヤリと笑った。俺の意見を聞き入れるつもりはないらしいけれど正直ずっと抱っこされてるのは困る。
なぜかと言えば人前だから照れくさいってのもあるけれど春の日差しに合わせた肌触りの良いシャツの下の逞しい体躯や伝わる温もりに相変わらず俺ばかりがドキドキしてしまうから。

「大丈夫だって──」

「そうですよトウヤ様無理はいけません、それに大人しくして下さらないとお子様たちも安心して遊べませんよ?」

「……はい。」

ジェシカさんのちょっぴり怖い笑顔に、恐れをなして観念した俺の返事を聞いたクラウスがようやくその腕の中から解放して座り心地が格段に良くなったベンチにそっと座らせてくれた。

こんな大げさな事になっているのは桜を散らせた犯人が俺だという事がハンナさんやジェシカさんにもすでに知られているからで、今朝いつもの時間に食堂に行った時もあっという間に追い出されてしまったんだよね。


***


「別館へお戻り下さいませ。」

早朝から仕事を始めてくれている二人が見えて廊下から朝の挨拶をした途端に食堂の入口を塞ぐように立ちはだかった時は流石に困惑した。

でも俺はこの通り元気だ。なにより昨日の夜はお披露目式の時の様に眠くもならなかったしやたらお腹すいたりもしなかった。

「え、と……その……。」

どう言ったら分かってもらえるだろうか

「あ、そうだ!昨夜ルシウスさんにも『新たな魔法の痕跡はない』とも言われましたしもちろん僕自身なんともないから本当に平気なんです。」

次期魔法士長と呼び声の高いルシウスさんのお墨付きですよって意味を込めてみたんだけど無駄だった。

「トウヤ様がおりこうになさりませんと私共も我が旦那様に連絡しなければなりませんがそれでよろしいですか?」

そう言葉を返したジェシカさんとハンナさんは笑顔を作っているけれど目は少しも笑ってなかった。

「なにか?」

「……いえ、なんでもナイデス。」

俺は知っている、男女に限らずこういう笑顔の人に逆らってはならないと言う事を。

そうして俺は『わかりました』と潔く引き下がり朝食の時間までクラウスと新居の方へ引っ込んだ。

ちなみに二人の言う旦那様は宰相首席補佐官のリシュリューさんでこれは『大人しくしてないとお城での静養になる』という脅かしだ。
回避するには言われた通りおりこうにするしかなくその間はこの二人がいてくれるそうなので安心だけど俺のうっかりに再び巻き込んでしまって本当に申し訳なく思う。

こんな風に俺に『おりこうさん』を言い渡すのは他のみんなも同じで中でも一番厳しいのはサーシャだと思う。

朝食堂で出迎えた俺を開口一番

「なんでたってるの?はやくすわって!」

と叱りつけ、それを聞いたロイとライはディノの手をさっと引いて早々に座らせてしまったせいでハグもちゅうも出来なかったんだよね。
まぁ寝起きのどさくさにしてる事だから子供達にとっては今更かもしれないけど俺はちょっと淋しい。

挙げ句に朝食を食べ終わりみんなで『ごちそうさま』の後、いつものように食器を片付けようと立ち上がった途端またサーシャに叱られてしまった。

「だめよトウヤ!」

「このくらい大丈夫だよ。」

「だ、あ、め!サーシャたちノートンさんからちゃんときいたんだからトウヤはそこからうごいちゃだめなの!もうきしさまちゃんとみはっててよね!」

向かいの席からほっぺを膨らましクラウスに向けてびしりと指差すサーシャはマリーとレインがいない今俺を叱るのは自分の仕事だと使命感に燃えている。

「ふふっ。」

「もう!ちゃんときいて!」

「……ごめんなさい。」

そしてその原因の一端であるノートンさんはこのやり取りを終始にこにこ笑って見ていた。

あまりの可愛いさにこらえきれず笑ったのが良くなかったのかその後は腕組みしてにらみつける新しい長女の厳しい指示の下働く『騎士様』に軽々と抱き上げられ一歩も歩くことを許されずにいる。

本当なら互いに仕事中であるからこんな風にくっついてることなんて出来ないからそうしていい理由を与えられ堂々とクラウスの近くにいられるのは嬉しい。

嬉しいけれどこんなに大事にしてもらうのは未だに慣れないし、桜を咲かせた時は初めて大きな魔法を使った事で少しだけ心配だったけど実際にどこも悪くなくて今なんてすごく体調がいいからなんだか嘘を付いてるみたいで後ろめたいんだよね。

大体クラウスだってみんなの言うことにホイホイ従って抱き上げてるけど俺が元気だってわかってるよね?

それに昨日の夜だってあんなに……ね。

「トウヤみてみて!たんぽぽ!」

「わっ!」

「なあに?」

突然目の前を埋めた鮮やかな黄色にびっくりしたせいでサーシャを困らせてしまった。

「ごめんちょっとその…考え事してた。」

もう俺のばか!真っ昼間にいったい何を思い出してんだよ!

「とおやおかおあかい、おねつ?」

軽く咳払いで体裁を整えようとしたけれどぴょこりと膝に上がりこんだディノが両手に持っていたたんぽぽを手放した春の匂いのする小さな手で俺の顔を摸りながら心配そうに覗き込むその無垢な瞳に余計いたたまれなくなってしまう。

「まぁ本当ですわね陽射しが強かったでしょうか、お部屋に戻られますか?」

「大丈夫です、ホントにちょっとぼーっとしててびっくりしただけなんで。」

「そうですか?」

ディノの声にジェシカさんにまで顔を覗き込まれ慌てて言い訳をしたけれど余計顔に熱がたまる。お願いだからこんな不埒な俺を心配なんかしないでよ。

「ほんとにだいじょうぶ?」

「ほんとのほんと?」

結局ロイとライにも心配されてしまった。

「本当だよだから元気に遊んでおいでね。心配してくれてありがとうそれからお花もありがとう。」

足の上に散らばった花を集めてディノのほっぺにちゅっとしたらにへっと笑って膝を飛び降りまた駆けて行ってしまった。
これで誤解は無事解けたのだと小さな背中を見送っていると両側から小さな花束が差し出された。

「ロイもあげる。」

「ライもあげる。」

嬉しいことにふたりともほっぺちゅう待ちだ。

「ふふっありがとう。」

じゃあ遠慮なく、と差し出された可愛いほっぺにちゅ、ちゅ、とするとロイとライは少し照れてうつむき自分のほっぺっを手ですりすり。そして顔を上げた時に互いに目が合ったところでディノの後を追うように行ってしまった。

「じゃ、じゃぁサーシャのもあげる。」

「いいの?」

「……うん。」

もじもじしながら誰よりも沢山摘んだたんぽぽをサーシャが差し出す。どの花も花弁がよく開いて大きくサーシャの選りすぐりのものだとひと目でわかる。
子供達へのハグやキスは俺にとってはご褒美でしかなくて許されるならいくらでもするというのにそのために一生懸命摘んできたたんぽぽを差し出すなんて大きすぎる対価だ。

「ありがとう、お花のお礼がしたいから少し待っててくれる?」

「おれい?うんいいよ?」

俺の真横に座るようクッションをポンポンと叩いて誘ったらいつもと違うベンチに戸惑いながら遠慮がちに座る姿が可愛かった。

「まずはこれをこうしてこうやって…と。」

まずはツインテールの結び目にお花を飾りそれから指にくるりと巻きつける。わあっと喜ぶサーシャをまだまだと静止して手首にブレスレットを作って巻いてあげればたんぽぽに負けない愛らしい笑顔をみせると俺の頬にちゅっとキスをくれた。

「トウヤだいすき!」

「うん、俺も大好きだよ。」

大きな見返りに頬と胸の奥が同時にじんわりと温かくなる。

こんな風に夜空に桜が消えた翌日は大好きな人達に囲まれ沢山たくさん甘やかされた、いつもと変わらないうららかな春の日だった。




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みんなの感想(227件)

うに
2024.11.01 うに

こんにちは

今年も投票させていただきました!

とても素敵な作品なので、沢山の人に読んでもらいたいです。
番外編など、、更新していただいたら嬉しいです💓

クローナ
2024.11.01 クローナ

うに様

今年も貴重な一票をありがとうございます
♡(ӦvӦ。)

実は今回ギリギリまで参加を迷っていて一度取り消したのですが思い直して最終日に再エントリーしました。
エントリーして良かったですヽ(=´▽`=)ノ本当にありがとうございます♡♡♡

解除
うに
2024.04.24 うに

私もです🌸🌸🌸

今年はお花見日和に恵まれず、曇天強風の中、お花見を強行しました。強風に散らされて、右から左に吹雪にように流れて行く花びらに私も缶ビールの中にもお稲荷さんも花びらまみれになりました。
「桜の皇子様」の桜は夜空に登っていったんだっけ…と思い浮かんだらまた読み返したくなって、数日かけて読み終わったところです。

やっぱり素敵💓ですね。
素敵な作品ありがとうございます。
今回は冬夜の呼び方?表記?が気になって、冬夜、トウヤ、トーヤ、とおや、そのあたりを探りさぐり読みました。
第二皇子、第三皇子が気になります!クラウスのご両親との顔合わせとか、、、

ここで完結だから素敵なのかなぁとも思いますが、やっぱり続編をお待ちしております。

クローナ
2024.04.26 クローナ

うに様

再読ありがとうございます♡(⁠ ⁠◜⁠‿⁠◝⁠ ⁠)⁠♡
うに様が桜の季節に思い出して頂ける作品である事が本当に嬉しいです🌸🌸

冬夜の呼び方は付き合いの深さで変えてる所がありますが読み返すと子供達はいろんな呼び方になってるので直したいな~って思ってますがなかなか……(´∀`;)

個人的にはディノが甘えて『とおや』と呼ぶのが好きだったりします(=´▽`=)

解除
くまち。
2024.03.23 くまち。

こんにちは。
また、桜の季節ですね。
今年は寒くてこちらではまだ咲いてないのですが、冬夜の桜🌸をのぞきに参りましたʚ🌸ɞ
そして、大好きなシーンを選んで読み返してます🌸💕⋆*ೄ️ 。🍒💗⋆*ೄ️ 。🌸💕⋆*ೄ 。🍒💗⋆*ೄ 。

クローナ
2024.03.24 クローナ

くまち。様

私の住む所でも開花にはもう少しかかりそうです🌸
くまち。様の中で桜の季節に思い浮かぶうちのひとつである事が嬉しくてなりません。
私の拙い作品を大事にして頂いて本当にありがとうございます♡♡(⁠ ⁠◜⁠‿⁠◝⁠ ⁠)⁠♡♡

解除

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