333 / 333
第2部 『華胥の国の願い姫』
333
しおりを挟む「はっぱになってるぅ?」
広い庭の真ん中で『始まりの桜』を見上げながらこれでもかと首をかしげるディノが倒れてしまわないように双子のロイとライが両脇を固める姿にホッとしたところでサーシャが小さな唇を尖らせながら呟いた。
「ピンクのおにわかわいかったのに。」
だよね俺もそう思う。
けれどすっかり様変わりした桜の庭への感想はそれくらいで、すぐに歓声を上げながら我先にと走り出した。
子供達にしてみれば長く咲いていた桜が遮っていた雲がそよぐ青空や『桜の庭』を囲む縦格子に張り巡らされていた阻害魔法が消えたためにその先を見渡せる事で本来の広さを取り戻した庭の方が魅力的だったみたいだ。
なんだ、心配して損しちゃったな。
「不服そうだな。」
「……そんな事ないよ。」
嘘、ありありだ。
俺の予想では寂しくなった景色に子供達がもうちょっとこう……がっかりすると思ったんだ。それでもしかしたらディノに『もう1回咲かせて』と言われたらどうやってなだめようかな、なんて考えてみたりしたんだよね。
昨日の夜アルフ様に尋ねられ永劫に咲くことよりも春を待つ歓びの一つとなることを望んだくせに自分が咲かせた桜をもう少し名残惜しんで欲しかったと思ってるなんてこんな子供っぽくて自分勝手な心の内は気づかないで欲しいと思うのに、クラウスは澄ました顔で相変わらずまるで俺の頭の中を覗いたみたいにピタリと気持ちを言い当てるから恥ずかしくて思わずそっぽを向いてしまった。
だけどいくら視線をそらしたとしてもクラウスに抱き上げられた状態では逃げ場はわずかであまり意味がないのが現状だ。
「騎士様、支度が整いましたのでトウヤ様をこちらに。」
そっと近づいて来たジェシカさんが示した方に目をやると、さっきまでいつもと変わらなかった木製のベンチが俺を座らせるために敷物やクッションやらで随分手厚くカスタマイズされていて驚いた。
「ありがとうございます、でも今朝も言いましたが僕本当に大丈夫なんで子供達と一緒に遊びます。クラウスもいい加減降ろしてよ。」
「ああ、この上ならな。」
軽々と俺を抱き上げたままクラウスがニヤリと笑った。俺の意見を聞き入れるつもりはないらしいけれど正直ずっと抱っこされてるのは困る。
なぜかと言えば人前だから照れくさいってのもあるけれど春の日差しに合わせた肌触りの良いシャツの下の逞しい体躯や伝わる温もりに相変わらず俺ばかりがドキドキしてしまうから。
「大丈夫だって──」
「そうですよトウヤ様無理はいけません、それに大人しくして下さらないとお子様たちも安心して遊べませんよ?」
「……はい。」
ジェシカさんのちょっぴり怖い笑顔に、恐れをなして観念した俺の返事を聞いたクラウスがようやくその腕の中から解放して座り心地が格段に良くなったベンチにそっと座らせてくれた。
こんな大げさな事になっているのは桜を散らせた犯人が俺だという事がハンナさんやジェシカさんにもすでに知られているからで、今朝いつもの時間に食堂に行った時もあっという間に追い出されてしまったんだよね。
***
「別館へお戻り下さいませ。」
早朝から仕事を始めてくれている二人が見えて廊下から朝の挨拶をした途端に食堂の入口を塞ぐように立ちはだかった時は流石に困惑した。
でも俺はこの通り元気だ。なにより昨日の夜はお披露目式の時の様に眠くもならなかったしやたらお腹すいたりもしなかった。
「え、と……その……。」
どう言ったら分かってもらえるだろうか
「あ、そうだ!昨夜ルシウスさんにも『新たな魔法の痕跡はない』とも言われましたしもちろん僕自身なんともないから本当に平気なんです。」
次期魔法士長と呼び声の高いルシウスさんのお墨付きですよって意味を込めてみたんだけど無駄だった。
「トウヤ様がおりこうになさりませんと私共も我が旦那様に連絡しなければなりませんがそれでよろしいですか?」
そう言葉を返したジェシカさんとハンナさんは笑顔を作っているけれど目は少しも笑ってなかった。
「なにか?」
「……いえ、なんでもナイデス。」
俺は知っている、男女に限らずこういう笑顔の人に逆らってはならないと言う事を。
そうして俺は『わかりました』と潔く引き下がり朝食の時間までクラウスと新居の方へ引っ込んだ。
ちなみに二人の言う旦那様は宰相首席補佐官のリシュリューさんでこれは『大人しくしてないとお城での静養になる』という脅かしだ。
回避するには言われた通りおりこうにするしかなくその間はこの二人がいてくれるそうなので安心だけど俺のうっかりに再び巻き込んでしまって本当に申し訳なく思う。
こんな風に俺に『おりこうさん』を言い渡すのは他のみんなも同じで中でも一番厳しいのはサーシャだと思う。
朝食堂で出迎えた俺を開口一番
「なんでたってるの?はやくすわって!」
と叱りつけ、それを聞いたロイとライはディノの手をさっと引いて早々に座らせてしまったせいでハグもちゅうも出来なかったんだよね。
まぁ寝起きのどさくさにしてる事だから子供達にとっては今更かもしれないけど俺はちょっと淋しい。
挙げ句に朝食を食べ終わりみんなで『ごちそうさま』の後、いつものように食器を片付けようと立ち上がった途端またサーシャに叱られてしまった。
「だめよトウヤ!」
「このくらい大丈夫だよ。」
「だ、あ、め!サーシャたちノートンさんからちゃんときいたんだからトウヤはそこからうごいちゃだめなの!もうきしさまちゃんとみはっててよね!」
向かいの席からほっぺを膨らましクラウスに向けてびしりと指差すサーシャはマリーとレインがいない今俺を叱るのは自分の仕事だと使命感に燃えている。
「ふふっ。」
「もう!ちゃんときいて!」
「……ごめんなさい。」
そしてその原因の一端であるノートンさんはこのやり取りを終始にこにこ笑って見ていた。
あまりの可愛いさにこらえきれず笑ったのが良くなかったのかその後は腕組みしてにらみつける新しい長女の厳しい指示の下働く『騎士様』に軽々と抱き上げられ一歩も歩くことを許されずにいる。
本当なら互いに仕事中であるからこんな風にくっついてることなんて出来ないからそうしていい理由を与えられ堂々とクラウスの近くにいられるのは嬉しい。
嬉しいけれどこんなに大事にしてもらうのは未だに慣れないし、桜を咲かせた時は初めて大きな魔法を使った事で少しだけ心配だったけど実際にどこも悪くなくて今なんてすごく体調がいいからなんだか嘘を付いてるみたいで後ろめたいんだよね。
大体クラウスだってみんなの言うことにホイホイ従って抱き上げてるけど俺が元気だってわかってるよね?
それに昨日の夜だってあんなに……ね。
「トウヤみてみて!たんぽぽ!」
「わっ!」
「なあに?」
突然目の前を埋めた鮮やかな黄色にびっくりしたせいでサーシャを困らせてしまった。
「ごめんちょっとその…考え事してた。」
もう俺のばか!真っ昼間にいったい何を思い出してんだよ!
「とおやおかおあかい、おねつ?」
軽く咳払いで体裁を整えようとしたけれどぴょこりと膝に上がりこんだディノが両手に持っていたたんぽぽを手放した春の匂いのする小さな手で俺の顔を摸りながら心配そうに覗き込むその無垢な瞳に余計いたたまれなくなってしまう。
「まぁ本当ですわね陽射しが強かったでしょうか、お部屋に戻られますか?」
「大丈夫です、ホントにちょっとぼーっとしててびっくりしただけなんで。」
「そうですか?」
ディノの声にジェシカさんにまで顔を覗き込まれ慌てて言い訳をしたけれど余計顔に熱がたまる。お願いだからこんな不埒な俺を心配なんかしないでよ。
「ほんとにだいじょうぶ?」
「ほんとのほんと?」
結局ロイとライにも心配されてしまった。
「本当だよだから元気に遊んでおいでね。心配してくれてありがとうそれからお花もありがとう。」
足の上に散らばった花を集めてディノのほっぺにちゅっとしたらにへっと笑って膝を飛び降りまた駆けて行ってしまった。
これで誤解は無事解けたのだと小さな背中を見送っていると両側から小さな花束が差し出された。
「ロイもあげる。」
「ライもあげる。」
嬉しいことにふたりともほっぺちゅう待ちだ。
「ふふっありがとう。」
じゃあ遠慮なく、と差し出された可愛いほっぺにちゅ、ちゅ、とするとロイとライは少し照れてうつむき自分のほっぺっを手ですりすり。そして顔を上げた時に互いに目が合ったところでディノの後を追うように行ってしまった。
「じゃ、じゃぁサーシャのもあげる。」
「いいの?」
「……うん。」
もじもじしながら誰よりも沢山摘んだたんぽぽをサーシャが差し出す。どの花も花弁がよく開いて大きくサーシャの選りすぐりのものだとひと目でわかる。
子供達へのハグやキスは俺にとってはご褒美でしかなくて許されるならいくらでもするというのにそのために一生懸命摘んできたたんぽぽを差し出すなんて大きすぎる対価だ。
「ありがとう、お花のお礼がしたいから少し待っててくれる?」
「おれい?うんいいよ?」
俺の真横に座るようクッションをポンポンと叩いて誘ったらいつもと違うベンチに戸惑いながら遠慮がちに座る姿が可愛かった。
「まずはこれをこうしてこうやって…と。」
まずはツインテールの結び目にお花を飾りそれから指にくるりと巻きつける。わあっと喜ぶサーシャをまだまだと静止して手首にブレスレットを作って巻いてあげればたんぽぽに負けない愛らしい笑顔をみせると俺の頬にちゅっとキスをくれた。
「トウヤだいすき!」
「うん、俺も大好きだよ。」
大きな見返りに頬と胸の奥が同時にじんわりと温かくなる。
こんな風に夜空に桜が消えた翌日は大好きな人達に囲まれ沢山たくさん甘やかされた、いつもと変わらないうららかな春の日だった。
200
お気に入りに追加
6,287
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(227件)
あなたにおすすめの小説
虐げられ聖女(男)なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました【本編完結】(異世界恋愛オメガバース)
美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!
嫌われ愛し子が本当に愛されるまで
米猫
BL
精霊に愛されし国フォーサイスに生まれたルーカスは、左目に精霊の愛し子の証である金緑石色の瞳を持っていた。
だが、「金緑石色の瞳は精霊の愛し子である」という情報は認知されておらず、母親であるオリビアは気味が悪いとルーカスを突き放し、虐げた。
愛されることも無く誰かに求められることも無い。生きている意味すら感じれなくなる日々を送るルーカスに運命を変える日が訪れ少しずつ日常が変化していき·····
トラウマを抱えながら生きるルーカスが色んな人と出会い成長していきます!
ATTENTION!!
・暴力や虐待表現があります!
・BLになる(予定)
・書いたら更新します。ですが、1日1回は更新予定です。時間は不定期
悪役令息に転生したけど…俺…嫌われすぎ?
「ARIA」
BL
階段から落ちた衝撃であっけなく死んでしまった主人公はとある乙女ゲームの悪役令息に転生したが...主人公は乙女ゲームの家族から甘やかされて育ったというのを無視して存在を抹消されていた。
王道じゃないですけど王道です(何言ってんだ?)どちらかと言うとファンタジー寄り
更新頻度=適当
すべてを奪われた英雄は、
さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。
隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。
それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。
すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。
BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください
わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。
まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!?
悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。
ヒロイン不在の異世界ハーレム
藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。
神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。
飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。
ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?
転生するにしても、これは無いだろ! ~死ぬ間際に読んでいた小説の悪役に転生しましたが、自分を殺すはずの最強主人公が逃がしてくれません~
槿 資紀
BL
駅のホームでネット小説を読んでいたところ、不慮の事故で電車に撥ねられ、死んでしまった平凡な男子高校生。しかし、二度と目覚めるはずのなかった彼は、死ぬ直前まで読んでいた小説に登場する悪役として再び目覚める。このままでは、自分のことを憎む最強主人公に殺されてしまうため、何とか逃げ出そうとするのだが、当の最強主人公の態度は、小説とはどこか違って――――。
最強スパダリ主人公×薄幸悪役転生者
R‐18展開は今のところ予定しておりません。ご了承ください。
【完結済み】乙男な僕はモブらしく生きる
木嶋うめ香
BL
本編完結済み(2021.3.8)
和の国の貴族の子息が通う華学園の食堂で、僕こと鈴森千晴(すずもりちはる)は前世の記憶を思い出した。
この世界、前世の僕がやっていたBLゲーム「華乙男のラブ日和」じゃないか?
鈴森千晴なんて登場人物、ゲームには居なかったから僕のポジションはモブなんだろう。
もうすぐ主人公が転校してくる。
僕の片思いの相手山城雅(やましろみやび)も攻略対象者の一人だ。
これから僕は主人公と雅が仲良くなっていくのを見てなきゃいけないのか。
片思いだって分ってるから、諦めなきゃいけないのは分ってるけど、やっぱり辛いよどうしたらいいんだろう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
こんにちは
今年も投票させていただきました!
とても素敵な作品なので、沢山の人に読んでもらいたいです。
番外編など、、更新していただいたら嬉しいです💓
うに様
今年も貴重な一票をありがとうございます
♡(ӦvӦ。)
実は今回ギリギリまで参加を迷っていて一度取り消したのですが思い直して最終日に再エントリーしました。
エントリーして良かったですヽ(=´▽`=)ノ本当にありがとうございます♡♡♡
私もです🌸🌸🌸
今年はお花見日和に恵まれず、曇天強風の中、お花見を強行しました。強風に散らされて、右から左に吹雪にように流れて行く花びらに私も缶ビールの中にもお稲荷さんも花びらまみれになりました。
「桜の皇子様」の桜は夜空に登っていったんだっけ…と思い浮かんだらまた読み返したくなって、数日かけて読み終わったところです。
やっぱり素敵💓ですね。
素敵な作品ありがとうございます。
今回は冬夜の呼び方?表記?が気になって、冬夜、トウヤ、トーヤ、とおや、そのあたりを探りさぐり読みました。
第二皇子、第三皇子が気になります!クラウスのご両親との顔合わせとか、、、
ここで完結だから素敵なのかなぁとも思いますが、やっぱり続編をお待ちしております。
うに様
再読ありがとうございます♡( ◜‿◝ )♡
うに様が桜の季節に思い出して頂ける作品である事が本当に嬉しいです🌸🌸
冬夜の呼び方は付き合いの深さで変えてる所がありますが読み返すと子供達はいろんな呼び方になってるので直したいな~って思ってますがなかなか……(´∀`;)
個人的にはディノが甘えて『とおや』と呼ぶのが好きだったりします(=´▽`=)
こんにちは。
また、桜の季節ですね。
今年は寒くてこちらではまだ咲いてないのですが、冬夜の桜🌸をのぞきに参りましたʚ🌸ɞ
そして、大好きなシーンを選んで読み返してます🌸💕⋆*ೄ️ 。🍒💗⋆*ೄ️ 。🌸💕⋆*ೄ 。🍒💗⋆*ೄ 。
くまち。様
私の住む所でも開花にはもう少しかかりそうです🌸
くまち。様の中で桜の季節に思い浮かぶうちのひとつである事が嬉しくてなりません。
私の拙い作品を大事にして頂いて本当にありがとうございます♡♡( ◜‿◝ )♡♡