313 / 333
第2部 『華胥の国の願い姫』
313
しおりを挟む「手伝います。」
夕食の洗い物を始めたら腕まくりを始めたセオが隣に並んだ。
「手伝うほどの量じゃないですよ。」
「でも今日の俺の分は余計ですよね。自分の休みの為にトウヤさんの仕事を増やすつもりはありません。」
俺が負担にならないノートンさん譲りの物言いは相変わらずだ。増やすどころか俺のほうが半日お休みをもらったと思うんだけどこれをもう一度断るのは失礼だよね。
「じゃあお願いします。」
差し出された手にたわしを譲るとセオは慣れた手付きでお皿を洗い、俺はすすぎ係になった。
「……変…でしたか?」
「え?……と…すいませんよく聞こえなくて。もう一度お願いします。」
セオのつぶやくような声が水音で聞き取れなくて顔を上げたら少しかがんでいたセオもこっちを向いてて思いのほか顔が近くてびっくりした。
「あ、いえその…見てた割には何も言ってくれなかったのでやっぱり似合ってないのかなと…。」
感想の催促をもう一度させてしまったせいで視線を手元に戻したセオの耳がほんのりと赤くなった。
「ふふっよく似合ってて格好良かったですよ。」
「雑な感想ですね。まぁこんな風に聞かれたら『似合わない』なんて言えないか。」
笑った俺もいけなかったけど請求しておいてため息交じりでケチを付けられるなんて思ってもみなかった。そりゃぁ子供達とノートンさんから既に受けた称賛に比べたら二番煎じだし感動も薄まるかもしれないけれどそれを『雑』だなんて照れ隠しにしてもあんまりだ。
「似合ってたものを似合ってる以外なんて言うんですか?それに言えなかったのはセオさんが人気者で近づけなかったからですよ。」
「あ~……そうでした。」
昼過ぎに来て以来ずっと引っ張りだこで夕飯だって誰がセオの隣に座るかもめにもめた。確かにそれをいいことに俺も掃除に励んでしまったけれどずっとそんな状態だったから会話らしい会話は今が初めてと言っても良かった。
「そう言えばトウヤさんも祭りに行くんですか?」
「はい。今の所その予定です。俺のせいで出かけられなかったので子供達もすごく楽しみにしてるんです。」
「あの、脅かすつもりじゃないんでなるべく軽く聞き流して欲しいんですけどここ最近冒険者が子供に声を掛ける姿が何度か報告されてるので気をつけて下さい。」
「え!あ、わっ!」
驚いたせいで受け取るべきお皿が手を滑って流しの中に落ち、音を立てる直前でセオがキャッチしてまた俺の手にそっと乗せてきた。
「そんな事を聞き流せって言うんですか?」
「大したことじゃないんであんまり怖がらないで下さい。実際何も起きてませんし騎士隊でもさほど問題視されてません。」
「全然大したことないと思います。というかなんで騎士隊で問題にならないんですか?それとも何か起きてからじゃないと問題にしないんですか?そこで注視していたら防げる犯罪もあるんじゃ……それに相手が小さな子供だからわかってないだけで本当は───んっ。」
まくし立てた俺の口を塞いだのは泡のついてないセオの二の腕だった。
確かに声掛け=犯罪ではないけれど過去に見聞きしてきた知識で判断するならば軽く聞き流す話には思えない。実際にその時点で何らかの行動が取れたなら大きな被害となる前に防げた事件もあったに違いないと思う。しかもうちの子達がその被害合うかもしれないというのにどうしてセオが『大したことない』と言うのかと思ったら話すうちに気持ちが高ぶってしまい止まらなくなった。
「すいません、でも落ち着いてください。トウヤさんが思ってるのと違います。」
「すいません俺もついムキになってしまって……でもなにが違うんですか。」
セオが悪いわけでもないのに責めるような事を言った自分を戒めつつ声のトーンを落とせばセオもほっとした顔を見せまたお皿を洗い出した。
「その…子供と言うのはチビ達位の子供じゃなくて14,5才の子供なんです。話しかけられたとか後ろから肩を掴まれたとか話しながら少しの間つきまとわれたとか、でもそれほど迷惑行為ではないというか屋台の物を買ってもらったとか無視するとすぐ諦めるとかで遭遇した子供はどの子も怖がってなかったそうですけど親が気にかけて顔なじみの騎士に話したみたいでここ何日かそれと同じ様な話を何度か耳にしてそれで…。」
お皿を洗い終わったセオはしどろもどろと話しながら俺の反対側に回って今度は俺のすすいだお皿を布巾で拭き始めた。手際の良さも相変わらずだ。
セオの話を要約すればもしかしてナンパみたいなものだろうか。でも相手が14,5才なら親としたら不審者には違いない。まぁでも当事者が怖がってない上うちの子供達がターゲットじゃないのなら気にすることもないか。
最初からそう言ってくれれば良かったのに誤解してムキになった自分が恥ずかしい。
「だからその……トウヤさんも人から見たらそのくらいに見えるので少し気になって。」
「あ……。」
そう言う事か。
俺はもう19才だしこの国の成人である16才をとうに越えていると自覚している。
子供の中に身を置いているから忘れがちだけどこの世界での俺の見た目は子供のそれで改めて指摘されるとちょっと傷つく。
目をそらし言い辛そうなセオの態度はそれを知っている気不味さからくるのだろう。それでもこの話をした事の意味がわからない程俺もバカじゃない。
「俺を心配してくれたんですね。」
「──そういうのトウヤさんは苦手かと思って。でも外出の時はクラウスさんもいるから俺の心配なんて必要なかったですよね。」
「そんな事ないです、そういう事があるって知らないより知っている方がちゃんと気をつけられるので。」
事実、何度か失敗してるし。
「相手は冒険者なんですか?」
「俺が聞いたのはそうですがそれだけとは限らないと思います。王都を拠点にしてる商人や冒険者は騎士隊で把握してますが地方を拠点にしている者はどんな人間かわかりません。もちろん騎士隊も目を光らせてはいますが例年より冒険者が多く流入しているのは確かですから一応気をつけて下さい。」
「はい、ありがとうございます。」
「───じゃあ、俺帰りますね。」
「え!?もう帰るんですか?」
「言いませんでしたっけ?日付が変わる時間には警備に入るんで夕飯までって……あれ?」
聞いてませんけど。
少しも悪びれずそう言って拭き終わった食器も全て棚に片付けてしまった。
「俺なんか手伝ってないで休んで下さい。」
「そう言うと思った、大丈夫ですよ俺にはこれがあるんで。日頃助けてもらってるお礼です、なんて皿洗いぐらいじゃ足りないか。」
お日様みたいに笑うセオがズボンの裾を引っ張ると俺が渡したミサンガが足首に結んであった。
92
お気に入りに追加
6,442
あなたにおすすめの小説
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
君のことなんてもう知らない
ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。
告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。
だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。
今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが…
「お前なんて知らないから」
罪人の僕にはあなたの愛を受ける資格なんてありません。
にゃーつ
BL
真っ白な病室。
まるで絵画のように美しい君はこんな色のない世界に身を置いて、何年も孤独に生きてきたんだね。
4月から研修医として国内でも有数の大病院である国本総合病院に配属された柏木諒は担当となった患者のもとへと足を運ぶ。
国の要人や著名人も多く通院するこの病院には特別室と呼ばれる部屋がいくつかあり、特別なキーカードを持っていないとそのフロアには入ることすらできない。そんな特別室の一室に入院しているのが諒の担当することになった国本奏多だった。
看護師にでも誰にでも笑顔で穏やかで優しい。そんな奏多はスタッフからの評判もよく、諒は楽な患者でラッキーだと初めは思う。担当医師から彼には気を遣ってあげてほしいと言われていたが、この青年のどこに気を遣う要素があるのかと疑問しかない。
だが、接していくうちに違和感が生まれだんだんと大きくなる。彼が異常なのだと知るのに長い時間はかからなかった。
研修医×病弱な大病院の息子
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
視線の先
茉莉花 香乃
BL
放課後、僕はあいつに声をかけられた。
「セーラー服着た写真撮らせて?」
……からかわれてるんだ…そう思ったけど…あいつは本気だった
ハッピーエンド
他サイトにも公開しています
傷だらけの僕は空をみる
猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。
生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。
諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。
身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。
ハッピーエンドです。
若干の胸くそが出てきます。
ちょっと痛い表現出てくるかもです。
転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい
翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。
それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん?
「え、俺何か、犬になってない?」
豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。
※どんどん年齢は上がっていきます。
※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。
平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。
しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。
基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。
一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。
それでも宜しければどうぞ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる