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第2部 『華胥の国の願い姫』
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しおりを挟む「内緒にしたら困りますか?」
ノートンさんにこってり叱られて肩を落としたハインツさんを馬車に乗せこちらを振り返ったルシウスさんに聞いてみた。
「まぁ爺様はがっかりしてるけど先生も言ってた様に小鳥ちゃんが内緒にしたいならそれでいいよ。不本意だけどヒントももらっちゃったし後は自分達で頑張るよ。それにこの桜がいつまで咲くかなんて私には正直どうでもいいんだ、今日の私の目的は小鳥ちゃんの元気な姿を見たかっただけだからね。」
そう言えばルシウスさんはこれまでに何度も俺の魔力の使い方を心配してくれていた。今日一日放ったらかしで文字の事があってからはほとんど話せなかったけれど俺の頭を子供達みたいに撫でながら見せる優しい笑顔はやっぱりクラウスに似てる。
そう言えば王様にも王妃様にもきちんと挨拶出来ずに帰ってしまったんだった。やっぱり俺のせいで大変な思いをしてるのかな。
「あの…皆さんお元気ですか?」
「第一皇子様と兄さんなら元気だよ、忙しくしてるけどね。国王陛下と王妃殿下は直接お話しするような立場にないからわからないけど私達が庭園で魔法文字のスケッチをしていた時にお二人で桜を眺めにいらしてたよ。」
「そうですか。」
仲睦まじくお花見をする王様と王妃様を思い浮かべたら嬉しくなった。
「あの時庭園の桜の木がガーデニアから送られたってアルフ様に教えてもらったら両親もこの桜を見たのかなって思ったんです。それでこの桜が咲いたのを早く見れたらいいなって。今日もハインツさんとルシウスさんと一緒にお花見出来て嬉しかったです。」
子供達も楽しんでたし心配されて嬉しい。だから文字の読み方を教えない代わりにあの時の願い事をちょっとだけ。
「ふふっあの桜にそんな願い事をしたんだ。そりゃぁ桜もこんなに可愛い子のお願いは断れないね。ヒントをありがとう小鳥ちゃん今日のお詫びとお礼になにか贈り物をしようか、なにがいい?」
「いえそんな……。」
「今じゃなくていいよゆっくり考えてクラウスに伝言してくれれば。じゃあまたね。」
そうして対価の対価を提案するとルシウスさんはまた子供みたいに俺の頭を撫でてくれた。
「兄が悪かった。」
やっとふたりきりになれたのにクラウスにまで謝られてしまった。
今の俺達は昨日のようにクラウスが壁際にあぐらをかいて座っていて、そのあぐらの中に外向きに収まりクラウスという贅沢な椅子に座る俺は子供になったみたいな気分だったけど肩越しに見せるクラウスの顔も自分が悪いわけでもないのにバツが悪そうでいたずらをした後の子供みたいだ。兄弟と言うのはこういうものなのかな。
「……あのさ、ノートンさんが怒るんだからだめな事なんだろうけど今の俺にはその良し悪しを判断する知識がないから本当になんとも思ってないんだ。それにルシウスさんはたぶん巻添えだと思うよ。」
「……冬夜が嫌な思いをしてないならいい。」
「うん、してないよ。久しぶりに自分の使ってた文字を見て懐かしいって思ったよ。どちらかと言えばむしろちょっと嬉しかったかも。」
「そうか。」
ようやくほっとした顔を見せたクラウスの頭を撫でてあげたいけど子供扱いみたいだから我慢した。
それに懐かしい日本語よりも自分で思ってるより普段から魔力を使ってたみたいでそっちの方が驚いた。
ハインツさんが掛けていた派手な眼鏡は老眼鏡じゃなくて魔力がはっきりと視えるルシウスさんの目の様な魔道具だった。ハインツさんはその魔道具で俺が子供達と一緒にいる時にこぼれ出る魔力をずっと視ていたんだそう。
てっきり朝晩のハグちゅうだけだと思ったのにハインツさんによれば子供達と遊んでる時やご飯の準備をしてる時もぽろぽろと魔力がこぼれてるそうだ。
常にそんな状態じゃルシウスさんに魔力の使いすぎだと心配されても仕方ないかも。
「冬夜の過ごした所の文字には意味があって冬夜の名前は『桜の木』に『冬の夜』だったよな。子供達のはなんて書いてあったんだ?」
「……前も思ったけどよく覚えてるね。嬉しいけど。」
この世界の文字で名前が書けるようにと教えてもらった時に少し話しただけなのに。
「いや、意味を覚えてるだけでもうどんな文字かは忘れてしまった。もう一度教えてもらう事は出来るか?」
「うん、いいよ。」
堅苦しく尋ねるのはハインツさんがノートンさんに叱られてるのをみたからかな。二つ返事で立ち上がりノートとペンを取って当然の様にまたクラウスのあぐらの中に腰を降ろすと立てた膝を机代わりにノートを置いた。
「桜の木に冬の夜。」
文字の意味を噛み締めながら久しぶりに漢字で書いた自分の名前。クラウスにも読めるように書いた文字の上に単体の読み方を、下に名前をこの世界の文字で書いた。
「冬の夜……うんやっぱり冬夜にぴったりだ。」
「ふふっありがとう。」
何度も書いてきた自分の名前はやっぱりこっちのほうがしっくりくる。
一度は嫌いになったこの名前が昔よりずっと好きになれたのはクラウスのおかげだ。今心に思い浮かべる冬枯れの桜はプロポーズをしてくれたあの林の中の大きな桜の木で凍える夜も星の煌めく夜空に変えてくれた。
クラウスに名前を呼ばれると『トウヤ』じゃなく『冬夜』と呼ばれてる気がするの名前の意味を知ってくれているからかな。だから余計にドキドキしちゃうのかな。
「子供達のは秘密か?」
「秘密じゃないよハインツさんにも教えたし、えっと……こっちが『大好き』でこっちが『可愛い』だよ、この文字がいっぱいこぼれてるって言われちゃった。」
ついでにハートマークも加えてみた。
「そうかこれでは冬夜の心がダダ漏れだな。でもなんの魔法だ?」
「さぁ?俺にもさっぱり。」
ただやっぱり可愛いも大好きも見慣れた文字だから余計に気恥ずかしい。俺って本当にみんなのこと好きなんだな、クラウスの言う通り気持ちがだだ漏れだ。
これルシウスさんには普通に視えちゃうんだよなぁ、だったらやっぱりこれ以上教えられないや。
そんな事を考えながらもだだ漏れついでに俺の気持ちを書き足してみた。
「それは?」
「……内緒。」
「知りたがる魔法士長の気持ちが少しわかるな。まさか悪口じゃないよな?」
「さぁ。」
言えない、だって『愛してる』って書いたんだから。誤魔化したものの耳が熱い。
「これもらっていいか?」
「い、いいけどどうするの?」
了承するとクラウスはそのページを丁寧に破り取り折りたたむと内ポケットにしまい込む。
「そうだな、眠る時は枕の下にでも入れておくか。」
使い道を訪ねた俺の枕の下を知る男はニヤッと笑って見せた。今ルシウスさんに視られたら俺の周りはハートが飛び交ってるかも知れない。
「そ、それにしても本当は咲いてないなんて思わなかったな。」
俺の心臓を跳ね上げた顔から視線と話題を無理矢理そらしてみた。
「でもそれもはっきりしてない。なにしろ手折ると消えてしまうんだから。」
クラウスの言う通り今咲いている桜はどういうわけか枝を切り離すと花びらが霧のように消えてしまうんだそう。大規模な『幻惑魔法』かも知れないと聞かされた。
だからマリーが花びらのせいにしたのを嘘だと見抜いたのか。知っていたと言うことはあの時すでに子供達は花びらを摘んでみていたに違いない、そして咲いたはずの桜が消えてがっかりしたかも。
「でも桜はあんまり折ったり切ったりしちゃ駄目だよね?」
「そういうものか?」
「違うの?」
「さぁその辺りは詳しくないな。」
花瓶に飾ることもあるけれど多くはそこにある桜を愛でるものでそれが日本人の常識だ。時々酔っ払いが手折ってそれがニュースになるほどみんなが大事にしているしもちろん俺も同じ。
「だが冬夜がそう思うから手折ると消えてしまうのかもな。」
そう言ってクラウスは髪に口づけをした。
それはまるで子供達の期待を裏切っておきながら言い訳した俺の心を慰めるみたいな優しい口づけだった。
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