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第2部 『華胥の国の願い姫』
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しおりを挟むクラウスの話 護衛日誌②
普段なら「寝ていたから食べられない」と言うだろうけれど冬夜は用意された夕食を普通に食べていた。
そう言えば昼食もあくびをしながらしっかり食べていた。と、言うことはやはり魔力はいまだ回復途中と判断できる。なぜなら普段以上に食べる事は不足した魔力を体力で補うために起こる一般的な症状だからだ。
年長組に邪魔にされ風呂の覗きは断念したが就寝には付き合うと眠った後の子供達に、自分の部屋に行く年長組にハグとキスをしていた。あれにもきっと魔力が注がれているのだろう。
扉の横に立ってその様子を眺めていると年長二人が俺に向けて「おてんばの見張りよろしく」と笑いながら部屋を出て言った。
「ああ、任せとけ。」
「もう!クラウスまで何笑ってんだよ!」
院長から眠った理由を説明されて以来「子供の症状」にご立腹だ。子供達を相手に感情で素直に変わる表情は俺といる時とはまた違って新鮮だった。
「約束したからちゃんと見張ってないと俺も叱られてしまうだろうから見つからないうちに出かけるか?」
「うん!」
共犯の名乗りを聞いて途端に機嫌の直った冬夜を抱き上げ古巣の騎士隊に預けてあった馬に跨がり初めて見る賑やかな夜の景色を通り過ぎ向かったのはあの桜の場所。
あまりにもせがむので靴を履くことを許したけれどそれは形だけ。ルシウスにもらった免罪符を振りかざし抱き上げた冬夜はもう当たり前のように首に手を回す。
林の中にポッカリと開いた空間に佇む一本の桜の木はやはり満開の花を咲かせ夜の暗闇の中優しい春の香りを漂よわせていた。
「綺麗だね。ありがとうクラウス、俺この桜をクラウスと見たかったんだ。」
草の上に降ろして後から抱き込めば素直にもたれ掛かり頭上を見上げた。
「ああ、俺もこの桜を冬夜にずっと見せたいと思っていた。」
何度も見てきたはずだけど冬夜の願いに応え咲いた桜だからだろうか、より一層美しく思える。そしてその花明りが照らす冬夜の顔もまた美しかった。
「本当に綺麗だ。」
前にここに来た時は冬枯れの桜だった。
あの時は冬夜を護るには今の自分では足りないと焦りその結果冬夜の気持ちを置き去りにして泣かせてしまった。
でも桜を嫌いだと泣いた冬夜が満足そうに満開の桜に見つめる姿にあれもここに辿り着くために必要な道だったと思えば甘くて苦い思い出の場所になった。
この桜も比べてみれば王城の庭園や『桜の庭』と同じくらいの大きさだろうか。王都の桜が全てガーデニアの桜ならもしかしたらこの桜も。
「この桜ももしかしたら最初に贈られた桜なのかも。」
「これだけ大きいのだからそうかも知れないな。」
だったら両陛下が俺を冬夜に引き合わせて下さったのだろうか。そうだったらとても光栄だ。
そんな事を考えていたら冬夜が腕の中でくるりと体の向きを変え向かい合わせで体を預けてきた。
「俺ね、およめさん扱いも嬉しいけどこうして抱き締めてもらうとクラウスの心臓の音が聞こえてすごく安心するんだ。」
そう言って俺の鼓動を確かめる様に耳をピタリと胸にくっつけた。だから抱いて眠る時はいつもこうしてくっついていたのだろうか。
「そうか。でもこれだと俺は冬夜の顔が見えない。」
唯一の不満を告げれば「じゃあこうすればいい?」と小さな子供をなだめるよういたずらな笑顔を見せつけると俺の背中を抱いた。
「起きた時どうして泣いたんだ?」
起き抜けの冬夜の頬を双子の恋敵が拭っていた。理由はなんであれ冬夜の涙は全て自分が拭ってやりたいと欲張ってしまうけれど『桜の庭』では遠慮するのが正解だ。眠っている間にこの唇も目の前でディノに奪われてしまったけれど教えたらきっととろける笑顔になるのだろう。
「ふふっ目が醒めた時いないはずのマリーとレインがいたからお披露目式も桜が咲いたのもバルコニーでの事も全部夢だったんだと思ったんだ。レインにディノみたいって言われちゃった。」
誂われたのが気に入らないのか最後は口を尖らせながら教えてくれた。
「そうか。」
その返事もまたお気に召さなかったらしく「そうだよ」と言いながらまた胸に顔を埋めてしまった。俺に甘える冬夜がただただ愛おしくてたまらない。
けれどそんな理由で泣いたのなら遠慮せず起きるまで抱きしめていれば良かったなんて言ったら子供っぽい嫉妬だと笑われるだろうか。
本当はいつだって目覚めるまで腕に抱いていたい。薄い瞼がゆっくりと開きあらわれた黒曜石の瞳が俺を1番に映して微笑むのを見たい。
日中は子供達に占領されているけれど出来ることなら毎夜の最後のキスも俺のものにして翌朝目覚めるまでその心の中に俺だけを留めておいて欲しい。
みっともないほどの独占欲、こんな感情は冬夜に出会うまで知らなかった。
「あ、そうだ忘れてた。」
突然思い出したようにマントの下を探り出てきたのは小さく折りたたまれた剣帯だった。
「ごめんね大事なものなのに。式典用だってノートンさんから教えてもらったよ。着任式の時凄く格好良かった、でも初めて見たのになんか懐かしい気もしたんだよね。」
あの時もこうして几帳面に小さく折りたたんで返して来た。小綺麗で姿勢正しく立つ育ちの良さそうな見た目に何も出来ないと決めつけていた俺の目の前で泣く子を黙らせるとあっという間に背中に背負い仕事を始めた姿が鮮やかに蘇る。
「そうだなこれはずっと前に知り合った迷子の子供に貸したんだ。まさか子供を背負うのに使われるとは思わなかったけどな。」
俺は忘れられないのにお前は忘れてしまったのか?
「──へ?うそ!ホントに!?」
種明かしに思った以上に驚くと顔を手で隠して下を向いてしまった。困らせただろうか、思い出すまで言わないほうが良かっただろうか。だけどこれが鞄に入っていることも忘れていてその価値を取り戻してくれたのは冬夜だ。
「あの時の俺にとってこの剣帯になんの価値もなかった。冒険者の自由さに馴れて約束の3年で一度騎士に戻って義理を果たしたらすぐに辞めるつもりでいた。エリオット様に言った事は曇りのない真実だ。お前に出会わなければ今俺はここにすらいない。冬夜の盾となり剣となるために選んだ道だ、冬夜の護衛騎士に選ばれた事は至上の誉。誰に何を言われようとこの先誰にも譲る事はないがそれを許してくれるか。」
顔見たさに跪くと真っ赤に恥じらう愛らしい表情にまた心を奪われる。
桜を咲かせた事で冬夜の立場はより一層大きな物になってしまった。もしかしたら延期された結婚を許される日は来ないかも知れないけれど今日がそうだったように冬夜の手を取り並び立つのは誰にも譲る気はない。どんな形であれ冬夜の一番近くにいられたらそれでいい。初めからその為に近衛騎士という立場を選んだ不敬だと言われても騎士の誓いは最初から冬夜に向けての誓いなのだから。
「許すも何もクラウスじゃないと嫌だって言ったでしょ。俺だってクラウスを誰にも譲ったりなんてしない。クラウスこそ本当にいいの?俺はもうどこにも行く予定がないんだから今だけじゃないんだよ?俺の幸せのためにずっと、一生俺のそばにいてくれなくちゃ。」
「ああ、もちろんだ。この指輪とこの桜に誓おう。」
あの時は約束出来ないと泣いたこの先の冬夜の人生に自分が望まれる事に胸が躍る。俺も止まることなく高みを目指す事を約束する新たな願い姫の護衛騎士に相応しいのは俺しかいないと誰からも認められる騎士に必ずなってみせる。
「ありがとうクラウス俺頑張るね。みんなに心配させたり呆れられたりしないように魔法の使い方をちゃんと学んで胸を張って『治癒魔法士』と名のれるように頑張る。誰が見てもクラウスの隣に見合う人になる為に沢山勉強する。クラウスともしたいことがいっぱいあるんだ。」
もうあの時の迷子はどこにもいない。真っ直ぐに俺を見つめて決意を語り美しく笑う冬夜にまずは誓いの口づけを。そして恋人のキスを。
それから冬夜はやりたい事を思いつく度に指をひとつ折った。祭りに花見、それから両親へ挨拶に行きたいとも言ってくれた。この先の計画は両手の指を全て使っても収まりそうにない。
俺の両手は冬夜を『よめさんあつかい』するのに必要で貸してやれないから「続きは後で」と抱き上げると大切な計画に握り込んだ指先をあっさり解いて首に手を回しまた花のように笑った。
「うん、早く帰ろう俺たちの家に。」
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