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第2部 『華胥の国の願い姫』
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しおりを挟む子供達が眠った時点で俺の休日が始まっていた。
今夜はノートンさんに帰宅を知らせるノックをする必要もない。
俺は『桜の庭』の裏門からずっとクラウスに抱き上げられたまま別館の入り口の扉に立った。
本館と同じ玄関扉の前に近づけばランプに火が灯りほのかに辺りを照らす。俺をそっと降ろしたクラウスが細長い箱の中から一本の鍵を取り出した。
魔法石の付いたこの鍵には魔法が付与されていて俺が使って扉を開けてからもう一度クラウスと一緒に鍵に触れ開ける。こうすることで俺と俺の許可したクラウスが触れるだけでこの別館の全ての扉が俺達にしか開けられなくなる。
ここがこれから俺達の『新居』。ノートンさんの魔法で護られた『桜の庭』の中で俺とクラウスだけに許された空間の中でなら防犯の魔道具なんて使わなくてもクラウスが騎士である必要はない。
再びクラウスに抱き上げられ互いに逸る気持ちを押さえながら開けた扉の先はやっぱり見慣れたいつものエントランス。だけど階段を上がるとその様子は板張りの廊下じゃなくて絨毯が張られていた。
子供達や俺の寝室は階段を上がって左側だけどクラウスは右側に進みそこにあった扉を開けたらお城の俺のために用意された部屋だった。
「え?なにこれ?」
思わず外と中を部屋の境目でとどまったクラウスと一緒に確認してしまった。
「扉に転移魔法がかかってるわけじゃないよな?」
クラウスがそう疑うほどに何もかも同じだった。僅かな違和感を上げるとすれば部屋の広さだけどお城のお部屋が大きすぎるだけでこの部屋も十分広い。
そして同じなのは壁紙等の内装やソファーだけでなく飾られた両親の肖像画や頂いた婚姻の記念硬貨に置いてきた筈のお母さんのコイン、それに小さなクッションの上の洗礼の匙もあった。
『勝手ながらトウヤ様のお帰りの後に運び出しそちらにお持ち致しました。ですがガーデニア両陛下の肖像画に限っては先々代の大切なお品であるため複製となっております。代わりと言ってはおかしくはありますが王城のお部屋には宝物庫より新たに記念の銀貨をお出ししてありますのでご安心ください。なお、準備のために出入りを致しましたが護衛騎士説明した通り新しい鍵をお使いになれば今後一切勝手な入室は出来ないのでその点もご安心ください。その他不足、不明な物がお有りの場合派遣した侍従もしくは護衛騎士に言付け下さるようお願い申し上げます。リシュリュー 』
「なんというか流石だな。」
置かれたメッセージ、と言うには少し長い文字を俺より先に読み終わったクラウスが感心するように小さなため息を零した。要は俺の持っていたコインと洗礼の匙以外はお城の部屋は変わらず同じ様にしてあるということだ。
「俺ね、たまにはお城へいかないとお父さんとお母さんの顔を忘れちゃうかもって心配だったんだ。それに本当はこのコインもそばにあったら良いなぁって。」
目の前にあるのが嬉しくてお母さんのコインを手の中に閉じ込めその上から口づけた。一年間財布に押し込めてあんなに疎ましく思ってたのを今更と叱られてしまうかな。
「じゃあ補佐官的には失敗だろう。少なからず冬夜が王城へ行く理由を減らしてしまったからな。」
感動して少し泣きそうになった俺をクラウスが髪にキスを落として慰めてくれた。
「俺リシュリューさんにちゃんとお礼が言いたい。気付いたんだ、お城で俺の言葉遣いを諌めてくれたのだって全部心配してくれてたからだって。俺のために色んな事してくれて心配もしてくれた人にあんな態度取っちゃって……。」
「それは全部『ガーデニア第一皇子』に対しての当然の配慮だから気にするな、ほらほかも見に行こう。」
「あ、うん。そうだね。」
あまりにも同じで勘違いしそうになっていたけど確かにここはお城の部屋じゃなくて『俺達の部屋』だ。
両手に握りしめていたコインをもとの場所に戻してクラウスの肩に手を戻した。
そのまま寝室へ入りくるりと見回すとベッドにクローゼットに机にテーブル、そして鏡。置いてあるものはいつもの俺の部屋にあるのと機能は変わらないのに天蓋付きのベッドやら両手に余るクローゼットやらは必要以上に豪華だけどお城と同じな分、特に目新しさはない。
そのままゆっくり素通りしてサニタリーに向かった。
そこもやっぱり同じではあるんだけど……。
「リシュリューさんの『準備』ってお風呂にお花まで浮かべるように言ったのかな。」
お風呂が嬉しすぎて抑えようとしたらなんか変な感想しか言えなかった。
「……こちらに来てる侍従が手伝いにはいったみたいだぞ。」
「ジェシカさんとハンナさん?」
「ああ。」
そうなんだ、俺が眠ってる間に話でもしたのかな。
お城と違うのは装飾の付いた謎の四角い大きな箱みたいな物、なんだろうこれ……まさか洗濯機……なわけないか。毎日使ってる洗濯機と全然違うもん。
まあ良いやそもそもこんな立派な浴室に洗濯場なんか変だよね。とりあえず使ってないタライでも借りてこればいいか。
「あ、奥にも扉がある。なんだろうあっちにはなかったよね。じゃああそこに台所があるのかな?」
もしかしたら洗濯機もあっちにあるのかも。
やりた事のひとつにクラウスに手料理なんか食べてもらいたいなぁって思ってるんだよね。大したものは作れないけどちょっとそういうの新婚さんぽいかなぁって。
そう、さっきから俺の期待は膨らみっぱなしだ。クラウスと一緒にいられるし明日はお休みでゆっくりできる。ベッドだって一つしかないんだし俺達はたとえ教会で式を挙げてなくても『新婚さん』だ。
「……部屋?」
ワクワクして開けた扉の向こうにあったのはベッドに、クローゼット、机に椅子。質素だけど清潔感と高級感あふれるホテルの一室みたいだった。こんなの図面にあったっけ。
「どうやら俺にも1室作って頂けたらしい。」
クラウスが開けクローゼットの中には白の騎士服が入っていた。
「さ、流石リシュリューさん。……トマスさんかな。」
お陰でちょっと冷静になった俺でした。
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