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皇子様のお披露目式
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しおりを挟む春月の始まりの朝はちょっとした混乱の中目を醒ました。
「冬夜起きろ!」
大きな声にびっくりして体を起こすと一緒に眠ったはずのクラウスがすでにきちんと髪を結い身支度を終えてベッドにかかる薄絹をくぐり慌てた顔を覗かせた。
「すまないが予定外の事が───。」
言葉を話しきらないうちにバンッと音がして応接室に続く扉が勢いよく開きクラウスは咄嗟に薄絹を片手で後ろ手に閉じて握り俺を隠すように前に立った。
「トウヤ様、おはようございます。王妃様に申しつかりまして本日のお支度のお手伝いに参りました。」
現れたのは3人連れの侍従さん。ベッドから少し離れたところで立ち止まり乱暴に扉を開けて入って来たのが信じられないほど丁寧な口調で深々と腰を折った。そして挨拶をしたのは昨日王妃様のお部屋で俺を磨いてくれた侍従さんのひとりだ。
「こんな話は聞いていない。」
「時間は限りがございますのよ?王妃様のご意思に背くつもりがないのでしたらそこをおどきなさって騎士様は外でお待ち下さい。それともお支度の間中ご覧になるおつもりですか?」
侍従さんは笑顔ながらもクラウスに向けられた視線は冷ややかで俺の顔を確かめる心配そうなクラウスに大丈夫だと笑って見せると渋々前を明け渡した。『王妃様』と言われたら仕方ないよね、それに俺も昨日体験したけど侍従さんの圧ってすごいもん。
でも自分だけすっかり身支度が済んでるなんてクラウスはいつ起きたんだろう。一緒に起こしてくれたら良かったのにな。
朝の挨拶も出来ずに俺を置いて寝室を出るクラウスの背中をうらめしく思いながらベッドを降りようとして自分の腕に絡まっているのが掛布じゃなくクラウスのシャツだということに気がついて恥ずかしくなった。
寝起きの良さには自信があったのにクラウスが一緒だとどうやらそうではなくなるみたいだ。
「昨日はぐっすりお休みになられましたか?」
「はい、お手入れしてもらったお陰でぐっすり眠れました。」
抜け殻を掴まされても気づかない程ぐっすりだ。本当はクラウスが抱きしめてくれてた事が大きな理由なんだけどそれは内緒。
「お褒め頂いたら本日も頑張らねばなりませんね。」
連れて行かれた浴室で意気揚々と腕まくりをする侍従さんに思わず身構えるとニコリと笑って化粧台の鏡の前の椅子を勧められた。
「昨夜お肌の火照りがなかなか取れないご様子でしたのでお湯に浸かるのはやめておきましょうね。」
なんだか子供を諭すような言い方をされてしまった。
もしかして昨日楽しみにしていたこの部屋のお風呂に入れなかった事に気付いてがっかりしたのがダダ漏れだったかも知れない。
強引に脱がされることは回避できたけれど寝間着は脱ぐようにお願いされて今は昨日着せてもらったしたシルクのキャミソールみたいなシャツとトランクス。女性の前で下着姿と考えればやっぱり恥ずかしいけれどでも昨日みたいなタオル一枚より断然頼りがいのある布面積だ。
「それではお体に触れさせていただきます。」
「お願いします……あっ。」
「どうかなさいましたか?」
「あの……香りは控えめでお願いできますか?」
「そうですね、ではコチラならいかがでしょう。」
昨日お風呂を覗いた時には気が付かなかったけれど侍従さんが手を伸ばした化粧台の上に沢山の瓶が並んでいてそのうちの一つを取って俺の手の甲にちょっとだけ付けてくれた。
ふわりと香るのは春の花みたいに優しい香りだ。これくらいならクラウスも顰めっ面にはならないかな。
化粧水を顔だけでなく手足にもたっぷりと揉み込まれた後にさっき試した優しいお花の香りのミルクローションもたっぷりと擦り込まれた。
「トウヤ様は本当にお美しい肌をお持ちですわ簡単なお手入れでこの様にしっとりなさって。」
いやいや、普段洗いっぱなしの俺からしたら十分手厚いお手入れです。有り難いことに昨日と今日のお手入れ効果で見慣れた子供達のぷるツヤお肌に多少なりとも近づいた気がする。
「御髪はどうしましょう、このままでもお美しいですが軽く巻いてなにか装飾をおつけしましょうか。」
侍従さんが香油を少しだけ垂らし艶を帯びた髪に櫛を通しながら鏡越しににこにこしてるけれど想像する髪型にトレイに並んだ装飾を付けたら女の子みたいな仕上りでそんなの似合う訳がない。
揃えてもらったしこのままでも俺的には良いように思うけれど今日は『ガーデニアの皇子様』として人前に立つのだから確かに見栄えは必要だ昨日から続くお手入れも全てそのためなんだしね。
俺が髪を伸ばし始めた理由はこの世界の大人の男の人は長髪が多いからだ。
何度も子供に間違われて来たけど少しでも年相応に見られたいから。それで少しでもクラウスの隣に並ぶのに相応しく有りたかったから。
「先程の護衛騎士のようにしていただくことは出来ますか?」
俺の知る中で一番かっこいい人の真似をしたら少しはマシになるかな。
「それだと男性みたいです。」
「僕は男なのでなおさらそれでお願いします。」
王妃様が俺の事『娘』なんて言うから侍従さんが寄せようとしてるみたいだ。流石に『俺』はダメかと思って『僕』と言ってみたけど鏡越しの生暖かい笑顔に子供の背伸びと思われてる感じがするのは気のせいかな。
俺もこの世界の生まれならもう少し大きく育っても良いように思うんだけど子供に間違えられるこの見た目がお父さんとお母さんに『似てる』と言われたからそれはそれで嬉しい。
侍従さんは少し悩んでからサイドの髪を少し編み込んで頭の真ん中でハーフアップにして残った前髪を上げて小さな宝石がついた銀色のピンで留めてくれた。
揃えてもらったせいで普通に結ぶとより尻尾みたいになるからしかたないか。
思ったのとは少し違うけれど鏡の中の俺はいつもより格好良く見えた。
「この様な感じでいかがでしょう。」
「はい、自分でもなんだかいつもより大人っぽく見えます。」
「良かったですわ。ですがこの髪型ですとここにある装飾では合いませんね。別のものを用意致しますのでお待ち下さい。その間にご衣装を整えてしまいましょう。」
俺的にはこのままでも十分だと思うけどそんなものかと思いながら寝室に戻ると部屋には衣装のかかったハンガーラックが持ち込まれていた。
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