229 / 333
変わる環境とそれぞれの門出
229
しおりを挟むお言葉に甘えていつもより少しだけゆっくりシャワーを浴びて小さい子組の部屋へ近づくと賑やかな声が聞こえてきた。
そっと部屋を覗くとみんなで楽しそうに歌に合わせて手遊びをしていた。
それは俺の知らないこの世界の歌。普段は俺が教えた手遊びで遊ぶ子供達もあまり知らないみたいで間違えてはサーシャがぺろっと小さな舌を出す。そんな中でジェシカさんとハンナさんそして子供達の中では唯一マリーが先生になって遊んでいた。
「あ、トウヤ来たなら声かけろよ。」
「ごめんレイン、みんな凄く楽しそうだったから。シャワーお先に。」
1人でシャワーを浴びるレインはいつも最後だ。最近メキメキ上達した風魔法で俺の髪を乾かすと着替えを持って部屋を出ていった。
「レインくんもマリーちゃんも入学前なのに魔法が随分上手ね。」
「ノートンさんの教え方がいいのよ。でもトウヤは全然出来ないけどね。」
ジェシカさんに褒められてそんなふうに謙遜して見せたかと思えば俺にはいつものしたり顔を向ける。そう、実はノートンさんに何度か教えてもらったけれど治癒以外の魔法はどうしても出来なくて相変わらず髪を乾かすのはマリーとレインにお世話になっている。2人が入学したらノートンさんが手伝ってくれる事になってるんだよね。
「いいの俺は人に乾かしてもらうのが好きなんだから。それよりさっきの手遊び俺にも教えて?」
不要になったバスタオルを洗濯物のかごに入れてさっきまでレインが座っていたディノのベットに腰掛けた。
「じゃあもう一度初めからね、せーの。」
マリーの音頭で歌が始まった。それはとても賑やかな曲で手遊びは途中で隣の人と手を合わせる。
シャワーから戻って楽しそうなその光景を見た俺はジェシカさんやハンナさんにお母さんの姿を重ねていた。
この手遊び歌はいつからあるんだろう。もしも転移する事が無かったら、お父さんとお母さんが生きていたら俺もこんなふうに歌を聞いて育ったんだろうか。
親を想う事なんて今までしたくても出来なかった。少しだけ鼻の奥がツンとしたけれど淋しさよりも頂いた絵のおかげでお母さんの顔を思い浮かべられる事が嬉しかった。
忘れてしまわないように今度お城に行ったらなるべく長く見ていよう。それから俺の教えた手遊び歌で遊ぶ子供達も可愛いけれどこの世界のこういう歌をもっと知りたいな。自分が触れて育つはずだった母から子に伝わるもの、そしてそれを『桜の庭』で生きるディノ達と分け合えたらいいな。
レインが戻ってきて後は絵本を読んで眠るのだと話すとジェシカさんとハンナさんは「じゃあまた明日まいります。」と言って子供達におやすみの挨拶をした。
「今日はありがとうございました。あの……また明日さっきみたいな歌を教えてもらえませんか?」
「はい。もちろんです。」
「では昔を思い出しておきますわ。」
俺のお願いに2人は笑顔で応えてくれた。一緒に返事を聞いていた子供達も大喜びだ。おかげで絵本よりも明日が待ち遠しくて仕方ない。
「知らないの?明日は早く眠ると早く来るのよ?」
マリーのひと声に小さい子組が一斉に口を小さな手で塞いだ。
「ありがとうマリー。」
お礼を言って自室に戻るマリーとレインにおやすみのハグちゅうをした。
そしてマリーの魔法の言葉のおかげで3冊の絵本を読み終える頃には全てのベットから小さな寝息が聞こえてきて夢の住人となった子供達の無防備なほっぺにおやすみなさいのちゅうをした。
今日はこれで終わりじゃなかった。
突然の訪問者の事でこの後ノートンさんの所に行くことになっている。部屋に戻って寝間着から普段着に替えた俺は少し悩んだ末通信石を持ってノートンさんの執務室へ向かった。
部屋にいないうちにクラウスから連絡が来たら長くいるにはまだ肌寒い外で待たせてしまうと思ったから。クラウスを優先させてしまう俺を見てノートンさんは笑うだろうか。
そんな心配が必要なかったと知るのはノックをした後に中から扉を開けられた時だ。
すぐに外に出られる様にと腕に上着と通信石を抱えた俺を見て嬉しそうに笑ったのはそのクラウスだった。
「──来てたんだ。」
大好きな空の蒼色が煌めく笑顔にクラウスの腕に飛び込んでしまいたかったけれどノートンさんの前だからその気持をぐっとこらえた俺は偉いと思う。
部屋の中にはノートンさんにクラウス。そして朝のようにテーブルに図面が広げられソファーの横に立つトマスさんがいた。
「お疲れ様トウヤ君、私の隣に座ってもらえるかい。」
そう言われノートンさんの定位置の横に移動するとクラウスが少し後ろをついて歩き俺が座るとその真後ろに立ち、続けてノートンさんとトマスさんが腰を下ろした。
「どうかしたかい?」
「いえ、大丈夫です。」
そう応えたけれど内心全然大丈夫じゃない。2人の奇妙な態度に思い出したのは学校でアルフ様が現れた時の事だった。でも俺には身の丈に合ってないからその気遣いを申し訳ないと思いながら背筋だけは伸ばしてみた。
「クラウス君は少し前に来てくれたんだ。今日は子供達と彼女たちを任せっぱなしにしてしまったがどうだったかな?」
「はい、ジェシカさんもハンナさんもとてもいい方で子供達もすっかり懷いて明日も来てくれると聞いたら大喜びでした。僕もすっかりお世話になってしまって申し訳ないくらいです。」
「それは良かった。これならセオが来れなくても安心して出掛けられるね。」
「はい。」
そう、お披露目式は前日からお城に行くことになっている。出かける時いつもセオを当てにしてしまって本当に申し訳ないのだけど前日はお休みではないし御用始めの儀当日はセオも主役だから絶対に頼むなんて事は出来ない上にマリーとレインもすでに『桜の庭』にはいない。
ノートンさんは大丈夫だと言うけれどマリーとレインがいなくなってすぐにセオも来れない中小さい子組を置いて出かけるのが心配でなんとか最小限の外出時間で済むように出来ないかクラウスに聞いてもらっていた。
「じゃあ次は別館のことなんだけどトマスさんが早速新しい設計図を持ってきてくれたから見てくれるかい?」
「え?もうですか?」
「はい。首席補佐官殿から『早急に』と言われておりますので。王城とは建物の大きさが違いますので少々狭くなってしまいますがお気に召していただけたと言うことなので造りは同じに致しました。では図面を見ながら説明をさせていただきます。」
高校の選択で少しかじったくらいじゃ図面なんて読み取れないけれどトマスさんの説明と実物を見た後だからなんとなくわかる。応接室に寝室にサニタリールーム。別館は普段鍵がかかっているから立ち入った事は無いけれど外観の大きさは今使っている建物とほとんど変わらない。その建物の二階の半分を使うのだから充分広すぎると思う。
「ゆくゆくはご結婚相手もご一緒にお住みになられると言うことなのでトウヤ様のお部屋が終わり次第屋敷全体の改装も順次行って参ります。」
トマスさんの説明に思わず視線を送った。
「クラウスは知ってた?」
「いえ。」
視線を受け止めた背中の近衛騎士は短くそう答えた。
161
お気に入りに追加
6,442
あなたにおすすめの小説
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
君のことなんてもう知らない
ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。
告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。
だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。
今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが…
「お前なんて知らないから」
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
烏木の使いと守護騎士の誓いを破るなんてとんでもない
時雨
BL
いつもの通勤中に猫を助ける為に車道に飛び出し車に轢かれて死んでしまったオレは、気が付けば見知らぬ異世界の道の真ん中に大の字で寝ていた。
通りがかりの騎士風のコスプレをしたお兄さんに偶然助けてもらうが、言葉は全く通じない様子。
黒い髪も瞳もこの世界では珍しいらしいが、なんとか目立たず安心して暮らせる場所を探しつつ、助けてくれた騎士へ恩返しもしたい。
騎士が失踪した大切な女性を捜している道中と知り、手伝いたい……けど、この”恩返し”という名の”人捜し”結構ハードモードじゃない?
◇ブロマンス寄りのふんわりBLです。メインCPは騎士×転移主人公です。
◇異世界転移・騎士・西洋風ファンタジーと好きな物を詰め込んでいます。
平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。
しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。
基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。
一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。
それでも宜しければどうぞ。
傷だらけの僕は空をみる
猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。
生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。
諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。
身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。
ハッピーエンドです。
若干の胸くそが出てきます。
ちょっと痛い表現出てくるかもです。
神は眷属からの溺愛に気付かない
グランラババー
BL
【ラントの眷属たち×神となる主人公ラント】
「聖女様が降臨されたぞ!!」
から始まる異世界生活。
夢にまでみたファンタジー生活を送れると思いきや、一緒に召喚された母であり聖女である母から不要な存在として捨てられる。
ラントは、せめて聖女の思い通りになることを妨ぐため、必死に生きることに。
彼はもう人と交流するのはこりごりだと思い、聖女に捨てられた山の中で生き残ることにする。
そして、必死に生き残って3年。
人に合わないと生活を送れているものの、流石に度が過ぎる生活は寂しい。
今更ながら、人肌が恋しくなってきた。
よし!眷属を作ろう!!
この物語は、のちに神になるラントが偶然森で出会った青年やラントが助けた子たちも共に世界を巻き込んで、なんやかんやあってラントが愛される物語である。
神になったラントがラントの仲間たちに愛され生活を送ります。ラントの立ち位置は、作者がこの小説を書いている時にハマっている漫画や小説に左右されます。
ファンタジー要素にBLを織り込んでいきます。
のんびりとした物語です。
現在二章更新中。
現在三章作成中。(登場人物も増えて、やっとファンタジー小説感がでてきます。)
転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい
翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。
それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん?
「え、俺何か、犬になってない?」
豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。
※どんどん年齢は上がっていきます。
※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる