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真実
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しおりを挟む支度が終わったらすぐ、とクラウスは言ったけれど俺はてっきりまたお馬さんに一緒に乗せてもらえるのだと思っていた。
けれど小さいながらも豪華な馬車に乗せられその隣に騎乗したクラウスがついた。初めてお城に来た時と同じだ。朝いなかったのはきっとこれの準備の為だったのかな。
お城を出て少しした頃には俺にとっては充分広い馬車の中で乗り馴れた端に座り、背中と肩の両方をもたれ掛かるだらしない座り方で窓の向こうのクラウスの横顔を眺めながら少し不貞腐れていた。
俺と時折目が合えばにこりと笑ってくれるけれど仕事中の『クラウス様』は近くてちょっとだけ遠い。手触りのいい馬車の座席も良いけれどこれが宿からだったら『桜の庭』までならきっとクラウスが───
そこまで思い浮かべ、はっとした。一体俺はどれだけクラウスに甘えるつもりなのか。
いくらいつも平気そうに抱き上げてくれるとは言え俺だったら1番小さいディノでも宿から『桜の庭』までなんて抱っこして歩けやしない。
今日の俺は朝からずっとこんなのばかり。
駄目だちゃんとしなくちゃ。俺は『皇子様』なんだから。こんな風に馬車に乗せられているのもきっと昨日王様と宰相様に言われた自覚を得る為なんだろう。
そう思って座席の真ん中に背筋を伸ばして座り直したけれどやっぱり顔が見たくて『桜の庭』に着く頃には端にペタリと身を寄せていた。
裏門に着いてクラウスがエスコートして馬車から降ろしてもらったところで、庭にいたセオが見慣れない光景を確認しに来たんだと思う。
目が合って手を振ろうとしたんだけどすごく驚いた顔でノートンさんを呼びに中へ入って行ってしまった。
豪華な馬車にクラウスは近衛騎士の格好だ。驚くのも無理は無いかと思いながら裏戸を開けると丁度出てきたノートンさんと鉢合わせた。
「おはようございます、ノートンさん。」
いつもなら笑っておはようとかおかえりと言ってくれるのにただ立ち尽くしていた。
しかもセオが心配そうに立つその横でいつもきちんとしているのに髪は乱れているしタイも緩んでいてシャツもなんだかよれよれだ。
そしてその原因がだらんと伸びた右手に握られていた。俺がベッドの下の鞄の底に入れた手紙だった。
予想外の状況に整理のつかない頭が余計にこんがらがってしまう。どこから話したら言い?ううんまずは心配掛けた事を謝らなくちゃ。
「院長、冬夜様よりお話があります。部屋に通していただけますか?」
同じ様に立ち尽くしてしまった俺達の間にすっと入ったクラウスがそう言うとノートンさんもセオもハッとしてようやく執務室へ向かって歩き出した。
執務室の扉を開けてくれたセオが「お茶を用意する」と言うのを断わってノートンさんの隣に座ってもらい、クラウスは当たり前の様に俺の後ろに立った。
「ノートンさん僕───」
「いいんだ。」
続く言葉を遮って俺の書いた手紙をテーブルに置いた。その封筒もノートンさんのシャツみたいにヨレヨレしていた。
「何も言わなくていい。私はトウヤ君がどこの誰でも構わない、戻ってきてくれただけで充分なんだ。」
言葉少なにそう言ったノートンさんがなぜその手紙を持っているのかはセオが説明してくれた。
「昨日、教会の鐘が変な音が鳴ったせいで子供達が外を怖がって館内で遊んでいたんです。それでトウヤさんの部屋に入り込んでしまった時にベッドの下の鞄をディノが見つけて子供達が騒ぎ出したんです。でもクローゼットには何着か残っていたので「着ないものがまとめてあるだけ」と誤魔化しました。でもあれはここに来てから仕立てられた物ばかりだってノートンさんが気が付いたんです。」
俺がいない間に部屋に入り鞄やクローゼットまで開けたことを酷く申し訳ないと思っている様だった。でもそれは俺の不注意が起こした結果で仕方のない事だ。
「セオさんも手紙は見てくれましたか?」
「は、はい。」
あの手紙には俺が『桜の庭』に戻れなくても理由があるのだと今まで話せなかった転移の事を書いた。まさか見つけられてしまうとは考えが及ばなくてそのせいでノートンさんが心配してくれたのか。だけどセオも読んでくれたなら説明が半分省けてしまう。
「ノートンさん僕は──」
「教会の鐘があんな音をたてたのは初めてで第一皇子様が来られこれは慶事だと言われたらしいが私はあれから胸騒ぎが止まらなかった。教会へ行きたがらない理由がまさかそんな所にあるなんて知らなかったとは言え私があんな言い方をしなければ教会へ行く決心などトウヤ君はしなかった。だからキミが戻ってこなかったら私の──」
「ノートンさん!」
今度はノートンさんの言葉を俺が遮ってしまった。だってこのままでは少しも悪くないノートンさんに謝罪の言葉を言わせてしまう。
もしも戻れなかったとしてもこれまで『桜の庭』に長続きする人間はいなかったのだから俺もそのうちの1人として子供達からもノートンさんからもすぐに忘れられてしまうと思っていた。
だけどいつも飄々としているノートンさんをこんなに心配させてしまった。この服もひょっとしたら眠らずに昨日のままなのかも知れない。
俺がノートンさんをこんな風にさせたのは今日だけじゃない。俺がアルフ様に会いに行った日もこの前起きた教会での嫌な出来事の日もだ。
クラウスがあの夜話してくれた事がようやくわかった。自分がどれだけ周りが見えていなかったのか。
「ノートンさんのお陰です。僕が相談した時誤魔化さず話してくれたから僕は教会へ行く決心が着いたんです。」
そう、そうじゃなかったら俺は今頃まだ何も知らずにいた。
「でも結局行ってないんだろう?あれから鐘は鳴っていない。だがもう行かなくていい、クラウス君と結婚式を挙げなくても祝福すると言っただろう?だからトウヤ君は何も気にせず『桜の庭』にずっといればいい。」
本当に俺の周りの人は俺を甘やかす人ばかりで困ってしまう。こんな言葉を最初にもらっていたら教会へ行くのはもっとずっと後になっていたんだろうな。
「クラウス、匙をくれる?」
落とすのが怖くてクラウスに預かっていてもらった洗礼の匙を受け取って、どうにも進まない話しを思い切り端折ってしまうことにした。
かわりに手紙をクラウスに渡して2人の前に小さな匙を握って差し出した。
「昨日の教会のおかしな鐘の音の原因は僕がクラウスと結婚するために洗礼を受けたからなんです。もう大丈夫なんですちゃんと神様から祝福を頂きました。ほら、名前が浮かんだでしょう?」
小さな銀色の匙に浮かび上がる文字はとても小さいからそれを覗き込もうとノートンさんとセオが俺達と同じ様に頭をゴチンとぶつけ合った。けれどそんな事少しも気にしないでおでこを突き合わせてなんとか読み取ろうとしている。
「──トウヤ」
「──サクラギ」
「「……ガーデニア!?」」
ふたりでようやく俺の名前を読み上げると、驚いたノートンさんが俺の手から匙をスポンと抜き取ってしまい文字はふわりと消えてしまった。
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