迷子の僕の異世界生活

クローナ

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本当の結婚

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『淡赤色の光に包まれる愛し子が現れる時には祝福の鐘が﹅﹅﹅﹅﹅遥か遠く響き渡りその存在を国中の者が知ることになるだろう。』

ダメだったと思い込んでいた。だけど司祭様の言葉はそうは言っていない。だからこそ光が消えた今も俺はここにこうしていられるの?

「え?───あ……そう、なのか?」

半信半疑で聞いてみたけれどそれはクラウスも同様ではっきりとした確証が欲しくてサミュエラル司祭様を見た。
そして警戒を解いたクラウスに司祭様はゆっくりと近づくと、洗礼に使った白いリボンの結ばれた銀色の小さな匙を乗せた両手をそっと差し出した。

「それは間違いないと思います。この匙は洗礼の記念にお渡しするものです。どうぞお納めください。」

最初の時と変わらないあたたかい笑顔で司祭様の手のひらの上に広げた真っ白なハンカチの上にのせられた小さな匙を受け取るとそこに何かが浮かび上がった。

「無事に洗礼が終わるとご自身の魔力によりそこにお名前が浮かび上がります、どうですか?」

そこには確かに文字が浮かんでいた。クラウスとふたり小さな匙に浮かび上がる小さな文字を読み取ろうと覗き込んだらゴチンっと頭がぶつかった。

「くうぅ~、痛いよクラウス。」

「す、すまん大丈夫か?」

大きさも硬さも違う近衛騎士の何気ない頭突きが思いの外俺にダメージを与えてきた。
両手で抑え込んだ所をクラウスが心配して覗き込むけどコブができたんじゃないかってぐらい痛くてくらくらする。

「文字は俺が見てやるから冬夜は治癒をしろ。」

「え、そんなの嫌だ!ちょっ……」

握ったまま俺の頭の上にある匙をクラウスが俺の手首ごと掴んでしまった。一刻も早く確認したい気持ちはわかるけどそれは俺だって同じだ。

「『トウヤ=サク、ラ……』──あれ?」

クラウスが読み取ろうとした途中で慌てて自分の手の中からもう一方の手で匙を抜き取って握り込んで隠した。そして一言文句を言おうとしたその時、大聖堂の大扉が外から突然開いた。

「───この騒動の中心はまさかお前たちなのか?」

内側から開かないその扉を開け中へ入ってきたのは俺とクラウスがよく知る人。フランディール第一皇子アルフレッド様だった。

「アルフレッド様がどうしてここへ?」

それだけじゃない、ユリウス様にこの前会った灰緑の髪の人も入れた近衛騎士を6人も引き連れてせっかく開いた扉を再び閉じてしまった。

どうやらまだここから出して貰えないみたいだ。

この状況にさっきよりももっと鋭い目をしたクラウスが俺を抱き込んでアルフ様から距離を取ろうとゆっくりと後ずさった。

「当たり前だろう?我がフランディールの一大事だからな。王命を受けて私が来た。サミュエラル司祭、赤き愛し子はこのトウヤに相違ないか。」

「はい、第一皇子様そちらのお子が『赤き愛し子』にございます。」

「そうか、ではこの後は我らが引き受けよう、クラウス!トウヤを連れてこちらへ来い。」

サミュエラル司祭様の返答にアルフ様が目を細め満足そうに笑った。その笑顔は綺麗すぎて、なんだか怖くてクラウスにしがみついてしまった。
俺を抱き上げたクラウスは聖杯の所まで下がったものの逃げ場はどこにもなくて、あっという間にアルフ様と共に6人の近衛騎士にぐるりと囲まれて身動きが取れなくなってしまった。

ここに閉じ込められた理由がアルフ様と近衛騎士に引き渡すからだったなんて。
だけど知らされていたからと言ってこの状況は変わりはしない。クラウスは相手が誰であれ俺を護ろうとしてくれるだろう。でも流石にフランディール最強とうたわれるアルフ様と6人の近衛騎士に敵うわけなんてないのは俺だってわかる。

『赤き愛し子』というのはやっぱり悪い事なのかな。せっかく神様が祝福をくれたのに俺はどうなるんだろう。それに俺を護るクラウスはどうなってしまうんだろう。

「ごめんクラウス、俺の所為で。」

「謝らなくていい。」

「そうだ勘違いするなトウヤ。──いや、トウヤ殿。」

捕まる覚悟を決めた俺達にアルフ様が慌てたようにそう言うと突然その場で片膝を付いてしまった。

そして周りを囲んでいた6人の近衛騎士も片膝を付き、それに合わせ部屋にいた教会の人達が一斉に両膝をついた。

「───まさか100年の歳月を経て見つかるとは思わなかった。今は無きガーデニアの血を引く愛し子よ。」

「え……?」

「クラウスが本当に失われた皇子の欠片を連れてくるとはな。願うだけで治癒をする様を見てよもやとは思っていたがまさか本当にトウヤ殿が愛し子の欠片だとは思わなかったぞ。」

目の前で跪くアルフ様が煌めく真紅の瞳でまっすぐクラウスに抱き上げられている俺を見上げ口元に半円をくっきりと描いた。

「そんなはずありません。だって俺───!」

その先を言おうとしたけれど再び開いた扉から別の人達が入ってきた。

その2人はワインレッドのローブに金糸の刺繍。やっぱり俺達のよく知るルシウスさんと随分お年のおじいさん。

「いいえ、その方は欠片などではありません。」

そのおじいさんはきっぱりとそう言った。

そう、そんな事あるはずがない。だって俺はこことは違う世界から来たのだから。そんな俺があの皇子様に関係ある訳がない。

おじいさんはルシウスさんに支えられながらアルフ様の横、クラウスに抱き上げたままの俺の前まで歩み出た。

「私はフランディール王国魔法士長ハインツにございます。ガーデニアの愛し子の捜索が打ち切られた当時から王国魔法士長の部屋には教会と同じ大水晶がございます。その当時の魔法士長が亡きガーデニアの国王様と王妃様の愛し子様を他と違える事なく見つける為に3つの魔法を仕掛けました。それが先程の遠方まで響く知らせの鐘と聖水をガーデニア王妃様のお好きだった桜色に染める事。それからガーデニアの血を受け継ぐ『愛し子様』が現れた際に魔法士長の部屋の大水晶に詳細を映し出すようにと。先程知らせの鐘と同時に浮かび上がったものをこちらに写して参りました。」

ギルドのものより一回り大きなガラスプレートをルシウスさんがアルフ様に渡した後、魔法士長のハインツさんはその場にへたり込むように座ってしまった。

「この方は間違いなく失われた皇子様ご本人にございます。まさか……私の命あるうちに師の悲願を見届けることが出来るとは……。」

ルシウスさんが慌ててハインツさんの隣に座りその肩を支えるけれどその光景を目にしても俺は一体何を言われているのか全く理解ができない。

「ハインツ、これを見れば確かにそうだが何故本人だと断定出来るのだ。100年も前の事だぞ。」

プレートの端々まで目を通したアルフ様はその綺麗な顔に困惑の色を浮かべた。

「いいえ、水晶は神のもの。嘘偽りはありませぬ。それに亡きガーデニア国王は私達魔法士の間では『偉大なる刻の魔法士』と呼ばれし時間を操る唯一の魔法士でありました。その御方が命を賭して掛けた魔法です。100年の時を経ても何ら不思議はございません。」

ハインツさんは俺を見てシワの刻まれた目尻になみだを浮かべていた。でもあまりにも突然過ぎてやっぱり理解が追いつかない。だってついさっきまで神様に拒絶されたと思っていたんだから。

「クラウス、一体何が起きてるの?俺が……何?」

「信じられない様な事だけどアルフレッド様と王国魔法士長が冬夜の事を失われた皇子だって言ってる。でも確かに匙の文字もそうなっていた。『トウヤ=サクラギ=ガーデニア』って。」

ズルをしたクラウスの遅い告白に慌てて握り込んだ銀の匙を確認した。今度は頭をぶつけないようにクラウスも慎重に顔を寄せ俺の手の中の小さな匙の小さな文字を2人で覗き込んだ。

そして浮かび上がった小さな文字には確かにそう記されていた。

『トウヤ=サクラギ=ガーデニア』

「これ……本当に?」

信じられない。だって俺はこことは違う世界で19年間親に捨てられたと思って生きてきた。皇子様が行方不明になったのは100年も前で物語になってしまう程の歳月が過ぎている。

「こちらの写しにはそなたの両親の名前も記されている。間違いなく本当だ、亡きガーデニアの愛し子トウヤ殿」

半信半疑のままの俺にアルフ様がそう言って右手を胸にあてると俺に向かって頭を下げた。それ以外のユリウス様やルシウスさん、この場にいる人全員が同じ様に俺に向かって頭を下げる。

それがどういう意味なのか頭の中がこんがらがってやっぱりうまく理解できないけれどこれだけは今すぐ答えを知りたい。

「じゃあいいの?掴まえられたりしないの?俺はこの世界にいてもいいの?クラウスとずっと一緒にいられるの?『桜の庭』に帰っていいの?」

俺をずっと抱き上げて護ってくれていたクラウスの顔を両手で掴まえて嘘のない答えを待てば俺を見返す大好きな空の蒼色を僅かに潤ませ欲しい言葉を口にした。

「ああ。そうみたいだ。」

「……うれしい……こんなの夢みたいだ!」

クラウスの顔が見たいのに涙が溢れてしまう。こんな事があっていいのだろうか。

この大好きな人達のいる大好きな世界が俺の居場所だなんて。

嬉しくて嬉しくてそこに沢山の人がいるのはわかっているのにクラウスにしがみついて小さい子供みたいに声を上げて泣いてしまった。

クラウスの腕の中で気が済むまで泣いて、ようやくしゃくりあげるまで泣き止んだ俺の涙をクラウスがハンカチで拭いてくれた。

「落ち着いたか?」

「───うん。」

随分泣いていた俺は教会の長椅子のクラウスの膝の上で、隣に座ったアルフ様が背もたれに肘を付いて頬杖を付きながら「ようやく泣き止んだか。」と言ってニヤニヤ笑っていた。

「トウヤ殿お互いに聞きたいことが沢山ある。私と一緒に来てくれるか。」

差し出された手とクラウスを往復したら頷いてくれたからクラウスに身体を預けたまま、また『お手』をするみたいにアルフ様の手の上にちょんと自分の手をのせてみた。

「よし、では行くか。」

「……あのぅ。」

立ち上がったアルフ様と俺を抱き上げたクラウス。
そこへ割って入ったのはこの騒動に何も知らず最初から巻き込まれてしまった若い介助の4人だった。

「……その…結婚式の方はどうなさいますか?」

青と白の花飾りのついた2つのトレイを持って所在なさげに寄り添い立っていた。

「は?結婚?何を言ってるんだ。そんなの中止に決まっているだろう!」

まさに鶴のひと声のようなアルフ様の言葉に若い介助人たちは顔を青くして俺の涙もたちまち引っ込んでしまった。




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