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本当の結婚
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しおりを挟む泣き止んだ俺に安心したクラウスは今シャワーを浴びている。
その間に俺は寝間着に着替えその上からカーディガンを羽織ると、ソファーに座ってクラウスが出てくるのを待っていた。
明日教会へ行くのは決定事項になってしまった。勿論そう決めたのは俺だ。
でもそうする為の勇気が本当に全然足りていない。
どのくらい足りないかと言えば明日教会に行って聖堂の中で水をたたえた聖杯を前にしたら回れ右で逃げ出してしまいそうなくらいだ。
だって仕方ない。今幸せだから。大切な人を失うのが怖いのだから。
それでも答えはひとつなのだから俺は帰れなかった時のために部屋をピカピカに片付けた。クローゼットも空にして中身はクラウスからもらった大きな鞄に詰めてベッドの下に置いてきた。
でもまだ足りない。
その足りない勇気を満たすためには別の勇気が必要で今俺の心臓はあまり好きじゃなかった長距離走のスタートラインに立っている時みたいになっていた。
「───それ、まだ持ってたのか?それじゃ風邪を引くぞ。先にベッドに入っていても良かったのに。」
「ま、間違えて持ってきちゃったんだ。」
声をかけられ肩をびくんっと揺らしてしまった。
濡れた髪をタオルで無造作に拭きながら浴室から出てきたクラウスが苦笑いした。そういう自分は上半身裸だ。
最近は前髪をあげ首の後ろできちんと結んだ姿ばかりだったので騎士のクラウスから俺のよく知るクラウスに戻ったみたいでちょっと嬉しい。
俺が見惚れているうちに長い金髪を魔法であっという間に乾かすとその逞しい身体にシャツを羽織ってソファーに俺を迎えに来ると抱き上げてベッドに場所を移した。
「ほら、足が冷えてる。」
抱きたげた時にわずかに触れただけなのにそれを理由にして俺だけをベッドの中に押し込むと肩まで掛布を掛けられてしまった。
「なぁ冬夜、俺も明日冬夜と行きたいところがあるんだ。」
自分はベッドに腰掛け俺の髪をゆるゆると撫でながらそう言った。
「俺の実家に一緒に行ってくれないか?母が一緒に夕食を食べたいと言って待っているんだ。多分お祖母様も一緒に。」
「お祖母様ってエレノア様もって事?」
思い掛けない話に驚いてしまう。
「ああ、明日連れてくると言ったらそう言って随分はしゃいでたから。」
「───もう決まってるの?」
「実はそうだな。俺の家族に会ってくれるか?」
「うんもちろん。ありがとう、俺もクラウスのお母さんに会いたい。」
クラウスの大切な家族に会わせて貰えるなんてもっとずっと先だと思っていたから素直にうれしい。
だけど約束を果たせなかった時クラウスをがっかりさせてしまうだろうか。
どうしてその話を今するんだろうかと思わずにはいられない。でもクラウスは俺が何か話したいことがあると気付いていたから話すのを待っていてくれたんだ。
そんな約束があるのなら、揺れる気持ちの逃げ道があったのなら俺は明日教会に行く事を躊躇ってしまったかも知れない。
嬉しさと不安とごちゃまぜの中手を伸ばせばクラウスは俺に覆いかぶさるようにして抱きしめてくれた。
「───冬夜、キスしていいか?」
「……うん。」
恥ずかしいから聞かないでと前に言ったのに。
でも唇は重ねただけじゃなく俺の唇をついばむキスだった。時々ちゅっと鳴る音が照れくさくて耳が痛いほど熱い。
その長いキスを必死で受け止めていたらいつの間にかクラウスに掛布ごと抱き込まれていた。
ようやく思い切り息が出来て「ほう……」と息が凝れてしまった。脳みそが溶けそうな俺に余裕な顔のクラウスはこれでおしまい、と言わんばかりに俺の茹でダコ間違いなしのおでこに押し付けるようなキスをすると満足そうに笑った。
「おやすみ。」
灯りが小さくなって胸元に抱き込まれてしまえば今の俺とは全然速さの違う耳慣れたクラウスの心臓の音の心地よさにまぶたが自然と重くなってしまう。
でも待って、眠っちゃ駄目だ。だってこれは俺の計画と違う。
「ま、待って。ちょっとあ…暑い。」
眠りの誘惑を振り切って身動ぎするとクラウスの腕が解かれ出来た隙間からベッドを出た。
着たままだったカーディガンを脱いでベッドに戻ればクラウスが掛布を上げて俺の入る場所を開けて待っている。でもクラウスの身体は何故か掛布の上だ。
「クラウスはまだ眠らないの?」
「寝るよ?ほら、今暑くてもそんな格好じゃすぐ冷える。」
誘われるまま近づいた俺はそのままベッドの上に膝をついた。
「冬夜?」
「……間違えてない。わざとだよ、わざとこっちを持ってきたんだ。」
恥ずかしくて口から心臓が飛び出しそうだ。だって今から俺はクラウスを誘惑するのだから。
今俺の着ている寝間着はマデリンでクラウスにもらった俺のお気に入りだ。肌触りが良くてこの一枚で俺の膝頭迄ある。一番上の釦まで閉めても襟ぐりは大きく開いていて袖なんか何度折り返してあるのか分からないほど。
「だってクラウスが言ったんだ。これを着てたら『答えを待たずに襲うから』って。もう忘れちゃった?それともあれは冗談だった?」
だけどクラウスはため息をついて体を起こすと手を伸ばし俺の手を引いた。しかもちょっと怒ってる。
「忘れるもんか。でも今日はしない。この前嫌な思いをしたばかりだろ?さあ、中に入れ。」
「いやだ。」
プロポーズしてくれた時もそうだった。でも俺はそれじゃ嫌だ。
「……俺ね、偉そうにあんな事言ったけど本当は教会へ行くのやっぱり怖いんだ。だってもしも教会で明日俺がこの世界の異物だってわかったら元の世界に送り返されちゃうかも知れない。そしたら俺はまた独りぼっちなんだ。」
掴まれた手首からクラウスの手を外して俺の頬に引き寄せた。温かい大きなこの手が大好きだ。
「大丈夫だって信じてる、明日クラウスと結婚して神様に祝福してもらえるって。『桜の庭』に戻れるって。クラウスのお母さんにも会いたい。でもどうしてもこの不安は拭えないんだ。だから万が一そうなっても夢じゃなかったって実感したい。2度と逢えなくなってもクラウスに愛されたこと覚えていたい。」
整いすぎた顔は今も馴れなくて俺の話を眉をひそめて聞いている今も凄く格好良いいから次の言葉を口にする前に俺の心臓が早鐘をうち始める。
「だから俺をクラウスの本当の『およめさん』にして。」
俺の言葉でクラウスが泣きそうな顔に見えるのは気の所為にしておきたい。
最後のおねだりをようやく聞き入れてクラウスが俺に手を伸ばし抱きしめた。
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