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本当の結婚
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しおりを挟む子供達とノートンさんに甘やかされ1日を過ごし部屋に戻ると机の上に置いてある美しい装飾の施された大きな魔法石がオレンジ色に瞬いた。この部屋に似合わないひと目で高価なモノとわかるこれは『通信石』だ。
「はい、冬夜です。」
練習以外では初めて使う『通信石』に触れて返事をすれば「俺だ。」と声が聞こえた。
「どうしたの?なにかあったの?」
「いや何もないよ。冬夜は仕事は終わったか?」
耳に届く甘い声に安心して椅子に腰を降ろした。じゃあこれは『私用通信』なのかな。用事が無いと使っちゃいけないと思ってたからからいけない事をしてるみたいでドキドキする。
「うん、今丁度部屋に戻った所。クラウスは?」
「ああ、俺も終わってる。顔がみたいな。今裏口の門にいるが外に出られるか?」
「うん!待ってて!」
クラウスからの思い掛けないお誘いに断る理由なんてあるはずがない。
『私用通信』の背徳感などすっかりなくなり寝間着の上にコートを羽織ると逸る気持ちを抑えながら静かに裏口へ向かった。もちろんノートンさんの許可もちゃんと貰った。
外に出て裏門に近付くとその縦格子にシックな黒いコートを着たクラウスが立っていた。顔を合わせるのは大抵ノートンさんの執務室だったからなんだか新鮮でその上照れくさい。
「いらっしゃい。」
「悪いな、疲れてる所。」
「ううん、逢えて嬉しい。」
気持ちを抑えられたのはそこまででクラウスを門の内側に招き入れたらお互いにぎゅうっと抱きついた。
「寒くないか?」
「うん、でも長く話すなら中に入ってもらいなさいってノートンさんが言ってたよ。」
「そうか。」
クラウスは穏やかに笑うとそのまま俺を抱き上げて近くのベンチに俺を膝に乗せたまま座った。どうやら長居するつもりはないらしい。それでも俺が冷えたりしない様にコートの上からいつものマントを羽織らせてくれた。
「今日はどうだった?」
「ふふっ俺朝までぐっすり寝ちゃって起きたら凄いことになってた。」
小さい子組に乗っかられて身動き出来なかった事に始まり、子供達に見張られて過ごした今日1日をクラウスはずっと穏やかに笑ったまま聞いてくれた。
「それでノートンさんがね、『トウヤ様』って呼ぶカイに『そんな風に呼んだらウチのトウヤ君が拗ねる』って言ってくれたんだよ。」
「院長は冬夜の喜ぶ言葉をよく知ってる。でもそれは困るな『俺の冬夜』じゃなかったのか?」
クラウスがいつもの様に俺の瞳を覗き込ん出来た。こうされると嘘がつけない。
「それはそうだけどそれとこれとは別物だよ。それに俺がこうしたいのはクラウスだけだから。」
大好きな人に『俺の冬夜』と言われて心臓が跳ねる。俺を見つめる綺麗な空の蒼色を両手で閉じ込めて自分の気持ちに素直に従ってクラウスの唇に自分の唇を重ねた。それはほんの短いキスだったのに返り討ちにあってもう少し長いキスになった。
「そろそろ戻らないと院長が心配するな。また明日来るよ。」
熱を持った俺の頬を指の甲でするりと撫でるとおやすみの合図に俺のおでこにキスをする。離れがたいけれど『桜の庭』にいることを望んでるのは俺だから仕方ない。それに今『明日も来る』って言ってくれた。
「あ……。そう言えばまたノートンさんに教会に行くように言われたってセオから聞いたけど大丈夫だった?」
「ん?そう言えば言われたかな?そんなことより院長は冬夜の事大切で仕方ないんだからもう少し甘えたほうが喜んでくれると思うぞ。」
心配で聞いてみたのにあんまり気にしてないみたいでほっとした。でもノートンさんには俺のしたい事を許してもらってばかりでこれ以上どうやって甘えたらいいのかわからない。
「もう充分甘やかして貰ってるのにこれ以上甘えたら子守唄歌ってもらう事になっちゃうよ。」
「じゃあ駄目だな。冬夜を寝かしつけるのは俺の役目だ。今夜はひとりで眠れそうか?」
「うん。でもひとりじゃないよ?ここと、ここと、ここにクラウスがいるから。」
左手の薬指に左手首。それにトクトクと跳ねたままの心臓を順に指を指し示す。今夜逢えるなんて思わなくて本当に胸がいっぱいだ。
「……その顔が見たかったんだ。」
そう言ってクラウスが俺の1番大好きな顔で笑った。
見惚れたままの俺をクラウスが抱き上げて裏口の扉の前で下ろすともう一度おでこにおやすみのキスをして中に入らせた。
俺は前と同じ様に扉に耳をぴったり付けて裏の門扉が閉まる音を確認すると。クラウスの温もりが消えてしまわないうちに急いで部屋に戻ってベッドに入った。
******
「トウヤさんは僕達と同い年なのにどうして知らなかったんでしょう。トウヤさんほどの治癒魔法の使い手なら絶対王都の学校に来るじゃないですか。それに教会じゃなくて『桜の庭』で働いてるだなんて──」
「カイ!」
「あ……すみません詮索するようなこと聞いてしまって。違います、ただもっと早く出会えてたらなって……。」
リトナに小突かれてカイもバツが悪そうにする。
昨日の朝はぎこちなかった2人も昼と夕方、来る度に少しずつ距離が近づいて今朝はこの通りだ。
「あ───実は僕、フランディールの人間じゃないんです。」
2人は俺を護ってくれて、治癒魔法の事もアルフ様の庇護下にあることも大まかにだけど知っている。その上『誓約魔法』という魔法で他の人に秘密を漏らすことはないと言う。
「だから安心してくださいね」と笑うカイに「それはなにか罰があるんですか?」と聞いたらリトナが「ただ秘匿に関わる言葉が出て来ないだけです」と教えてくれた。でもそんな人を制限する魔法はなんだか怖くて2人には申し訳なく思っている。
だからと言うわけではないけれどそう答えた。それにそれ以外の言い訳が思い浮かばない。
「ですよね!そうじゃないかと思ったんです、じゃないといくら学生数が多いからってトウヤさんに気づかない筈がないんです!」
でもその判断は間違っていなかった様でふたりとも妙に納得した顔になった。
「なので知らないことが多いんです。実はお二人とのお喋りでフランディールの事勉強してました。」
「そうなんですか?僕らで良ければなんでもお教えします!」
「こらカイ、調子に乗りすぎだぞ!」
「いいじゃんかトウヤさんだって笑ってるだろほら。」
それは笑いもしてしまう。だってカイが『いつものカイ』でリトナが『いつものリトナ』で嬉しいんだ。それにやっぱり話して良かった、これはいいチャンスかも知れない。クラウスは何でもない様に話したけど何度も言われたらやっぱり気になってしまう。
「じゃああの……教会の事を聞いていいですか?」
「はい!教会のことなら得意分野です、」
「じゃあその……結婚式の事なんですけど教会で結婚式をするとなにか変わるんですか?」
「トウヤさん、それは初等部で習うところですよ。忘れちゃったんですか?」
「僕の国の学校ではやらなかったんです。」
「そうなんですか。お国が変わると教育も変わるんですね。」
フランディールの人間じゃないとか習ってないとか騙しているような感覚がないわけでもないけれど嘘は言ってない。でも初等部で、だなんてリトナが呆れた顔をするわけだ。
「もう!リトナ失礼だぞ!トウヤさん、僕がお教えします。ところで儀式の内容はご存知ですか?──じゃあ洗礼式は?」
初めの質問は横に。次は縦に首を振ると「では。」っと教師の様に話し始めた。
「例えば僕とトウヤさんが結婚するとしたらお互いの血を洗礼の聖杯に同時に滴らせるんです。」
「図々しいなお前。」
「いいじゃんか妄想くらい。」
俺の中の教会の結婚式と言えば司祭の前で愛を誓い指輪を贈り合いキスをする。しかも敬虔なカトリックでなければただのイベントだ。でも思った通りこの世界の結婚式はあの洗礼の儀式と似ていた。やっぱり俺にはその儀式を受けるのは無理な気がした。
「えっと……それだけですか?」
「ええ、それだけです。」
「そうですか、ありがとうございます。」
洗礼を受けてなくてもなんとかなってるんだから結婚式だってしなくても平気だ。そう思った時だった。
「ばかだな。だからお前は試験落とすんだよ。」
にこにこ笑うカイにお礼を言うとリトナがカイの頭をひっぱたいた。
「儀式で行うのはそれだけですがそれにより神からの祝福を受けます。僕達も経験があるわけではないので教科書で習っただけですがそれには『神によってお互いが創り変えられる』と書かれています。結婚の儀でお互いの魂が結び付けられる事によってそれまで以上にお互いを必要とし、代わりに他の人間から好意を向けられなくなります。そうして死が2人を別つまでお互いを愛し続けるのだそうです。」
「へへっそうだった。どうですか結婚て素敵でしょう?想い合った心のままに誰にも邪魔される事なく幸せに暮らすんです。ウチの両親も見ててこっちが照れちゃうくらいですよ。でも──こんな事聞くなんてトウヤさんもご予定があるんですか?」
「いえ、その……。」
「やだなぁ今更隠しても遅いですよ。僕らバッチリ見ちゃいましたからねあの格好良い騎士様がトウヤさんに口づけする所!」
「おいカイ、いい加減にしろ。」
「あ!僕今日朝イチで提出の課題があるの忘れてた!ごめんリトナ先に戻るよ。じゃあトウヤさん、またお昼に来ますね。紅茶ごちそうさまでした!」
俺をひやかしたカイの頭を再びひっぱたこうとしたリトナの手をかいくぐると慌てて行ってしまった。
「カイの話しを蒸し返すようですがトウヤさんはあの素敵な近衛騎士様が恋人なんですよね。こんな事聞くんだったら早く結婚しちゃって下さい。そうしたらカイもあなたへの想いからも開放されます。」
「えっとそれはどういう意味ですか?」
「───トウヤさんは御自分に向けられる好意にはまったく気づかないんですね。」
そう言われても今は頭の中の情報整理が追いつかない。
「カイが『不治の病』なのは本当ですよ。相手はトウヤさんです。教科書にはこうも書いてあります。『自分の想う相手が結婚してしまえばその恋心は空に溶ける』って。自分の想う相手に別に想う相手がいるのは辛いものです。別の恋を見つける道もありますが自然に想いが消えるのには時間がかかります。お相手の騎士様も僕らの耳に聞こえるくらい素敵な方で婚約の申込みが殺到してるそうじゃないですか。おふたりのためにも、僕達の為にも早めにお願いしますよ。じゃあ失礼しますね、紅茶ごちそうさまでした。」
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