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報告と警告
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しおりを挟むクラウスの話 王都編 ㉒
「トウヤ君の様子はどうだい?」
「ようやく眠りました。今は先日のディノも一緒に眠ってます。」
「そうか。」
それを聞くと院長は安堵したようにソファーの背に背中を預けた。冬夜が心配でずっと気を張っていたのだろう。
「お疲れですね。」
「だらしない格好ですまないが少しだけこうさせてくれ。私に疲れたなどと言う資格はないのはわかっているよ。今日は本当にすまなかった。それにさっきも私のくだらない言い訳を止めてくれてありがとう。」
そう言うと身体を起こし俺に向かって深々と頭を下げた。
「──いえ。」
セオが遠慮がちに出してくれた紅茶を一口飲んで俺も長く息を吐き出した。
「──どこまで報告を受けてますか?」
「トウヤ君が襲われた事はすぐに一報を受けたよ。その後はキミがトウヤ君を連れ帰ってくれた少し前に詳しく聞かせて貰った。ルーデンスがトウヤ君を薬を使って眠らせた事やすぐにキミが救い出して無事だった事。まさかカイとリトナが来なくなったところからルーデンスの計画だったなんて……。」
「随分と周到な男です。言葉巧みに操り冬夜自らブレスレットを外すように仕掛けたんですから。」
あれを外すことなどないと思っていたのは俺も同じだ。院長を避難する資格など俺にもない。
「けれど無事だったと聞いたのにその後にひどく錯乱してまた倒れたと聞いた、だからやっぱりなにかひどい目にあったんじゃないかと心配なんだ。クラウス君からもう一度詳しく聞いてもいいだろうか。」
「──院長はここに来る以前の事を何か冬夜から聞いてますか?」
「ああ、以前マデリンにいた時同じ様な目にあった事は聞いているよ。初めて夜中にセオと鉢合わせた時に酷く怯えてしまってね、その理由を聞いた時に『もしかしたら』と自信なさげに話してくれたんだ。その時はそれが大きな心の傷となってることにあの子自身が気付いていなくてね。辛い事をひとりで抱えるあの子が可哀想でたまらなかった。キミと出掛けたウォールでもそれが原因でブレスレットの魔法が発動したことも聞いている。」
どこまで話すか迷っていたけれど俺がウォールの時まで知らなかった事までこの人は知っている。それなら隠す必要もない。
「──ルーデンスはマデリンで冬夜を攫い凌辱しようとした男の兄でした。そしてルーデンスはその事を知っていました。今回冬夜に使われた薬品がその時とほぼ同じ物で独特の香りがします。その香りが冬夜に当時を思い出させてしまったようです。錯乱を起こしたのはそのせいです。」
「なんて事だ……そんな酷い偶然があの子に起こるなんて。でも今回も無事だったことは間違いないんだね?」
「冬夜はあれを無事だったとあなたに話したんですか。」
「ああ、ギルドの人達に助け出されて無事だったのになぜこんなに怖く思うのか自分でもわからないと言っていた。でも心に深い傷を受けたのだから無傷ではなかったとは思っている。あの子は自分の身に降りかかる事を小さく捉える傾向があるから……」
「そうですね、仰る通りです。確かに今回は無事でした。ですが前の時は冬夜がいなくなってから攫われた事に気付くまで随分と時間が経っていました。助け出した時には更に時間が経過していて私達の到着がほんの僅かでも遅かったら冬夜も無事だったとは言わなかったでしょう。そのぐらいギリギリだったと言えば判りますか?あんなの俺から言わせれば全く無事じゃありませんでした。ルーデンスのやろうといていたことはその男と同じです。」
思い出し頭が沸騰しそうになる怒りを両手に集め握り込んだ。
冬夜にはああ言ったが近衛騎士が魔道具を使う尋問で聞き出せないことなんてない。
ルーデンスは自分の興味をそそった冬夜が過去に弟が事件を起こした相手と知っていた。そして自分が『桜の庭』に立ち入れないことも自覚していた。次の定期検診で行動を起こすつもりでいたが降って湧いた絶好の機会に『待ちきれなかった』と笑ったらしい。そして他にも本人の気づかないうちに奴の毒牙にかけられた被害者がいると自分の作った薬の自慢話と合わせて自慢げに披露しているらしい。
「そうか、その時にトウヤ君を助けてくれたのもやはりキミだったんだね。ありがとう。それにトウヤ君を『桜の庭』へ導いてくれたことも改めてお礼を言わせてくれないか?キミのおかげで私達は素晴らしい家族を得ることが出来た、ありがとう。」
それを言うならば俺の方こそ半ば思いつきで連れてきた場所に院長がいて良かったと思っている。この人は貴族の紹介を拒み人柄を見て冬夜を選んだ。冬夜の事を愛し、見守り、幸せを願う『父親』の様な院長の言葉が俺の溜飲を下げる。
「しかし悔しいな。私がトウヤ君を大切に思う気持ちは決して君に負けてないと思ってる。もちろん『保護者』としてだ。けれどどれだけ甘やかそうとしても甘えてくれない。私の方があの子の傍にいてずっと見守っているのにそれが悔しいよ。」
「冬夜は院長の事をとても信頼していますもちろん私も同じです。それにあれで精一杯甘えてるつもりです。」
「わかってるよ、だが残念な事だけど私達ではあの子を心から安心させてはあげられないんだよ。前にもそう言っただろう?私達はあの子が哀しくて泣くのを見たのはこの前が初めてだ。今日だってひどい目にあったのに私を安心させる為にずっと笑顔でいたのが辛くてね、だから傷ついたあの子をキミに連れ出して欲しかった。あの子が子供の様な顔を見せるのは唯一クラウス君の前だけだキミも知っているだろう。」
「出来る事なら私もそうしたかった、でもここにいることを決めたのは冬夜です。それはあなたを思っての事です。『自分は平気だったのに周りの人が巻き込まれて傷ついてしまった』と、だから『桜の庭』に残って助けてくれた若い治癒士の2人や院長にいつもと変わらない自分を見せたいと言ってました。私は冬夜の気持ちを大切にしてやりたいんです。」
そう答えると院長の目から涙が一筋溢れた。
冬夜は俺の知らないこことは異なる世界で人に頼る事をできずに生きてきた、それを知る今は『唯一』と言われても前ほどには喜べない。こんなにも冬夜の事を思っている人間が俺の他にもいるのに今日のような出来事があっても甘える術を知らなくてあの日の夜と変わらぬ作り笑いを浮かべる姿に胸が疼いた。
それが我慢ならなかった俺とは違い冬夜の心を正しく理解した上で見守り続ける院長を心から尊敬する。
「クラウス君、キミがマデリンからずっとあの子の支えになっているのは聞いているよだから今回の事ではキミも少なからず傷を負ったはずだ。これは決して責任転嫁するつもりで言うんじゃないが聞いて欲しい。」
「はい。」
院長の言葉に改めて姿勢を正した。
「あの子が人目を引くのはキミが一番良くわかってるはずだ、そしてあの子を知れば知るほど惹かれる人間も多くなる。知っていてなぜ教会へ行かないんだ?教会へ行って結婚式を挙げていれば少なくとも今回の事は起こらなかったはずだ。」
「──はい、わかってます。でも今は無理なんです冬夜にも待ってくれるよう話してあります。」
俺の返事にゆるく横に首を振る。納得できないのは当然だろう。
「キミの気持ちを疑うわけではないが愛おしそうに指輪を撫でるあの子を見る度に不憫だよ。いくらトウヤ君の国の風習か知らんがそんなままごとのようなものでは誰もキミ達の結婚は認めちゃくれない。キミにも事情があるんだろうがあの子の『父親』としてお願いする。なるべく早く式を挙げて私達を安心させてくれ。もうあの子の悲しむ姿は見たくない、この通りだ。」
「……はい。」
世間的に言っても礼を欠いているのは俺の方だ、だけどその俺に深々と頭を下げる院長にそれ以外答える術がなかった。
そしてお互い黙り込んだ様子を見かねたセオが俺に帰るように促してくれた。相変わらず気の利く男だ。
外に出ればすっかり夜の闇に呑み込まれた空に星が瞬いていた。
改まって何を言うのか予想はついていた。院長の言う通り教会へ行っていれは半分は防げたかも知れない、けれどルーデンスが最初に冬夜に対して興味を持った事はいずれ同じ結果を生んだだろう。
あの日『教会へ行きたくない』と言った冬夜の申し出をすぐ受け入れたのは俺も怖気づいてるからだ。
ギルドの水晶は粗雑な故か冬夜の本当の出身を判断出来なかったけれどこれが教会の水晶ならばどうなるかわからない。
もしも冬夜がこの世界の人間でないとわかった時に水晶は、神はどのような判断を下すのだろうか。
互いを互いの唯一にする為の結婚が今の関係を保てない切っ掛けになったら意味がない、臆病者と言われても俺は冬夜を失いたくないのだから。
「この指輪が俺達の結婚の証だ。」
たとえ周りに認められない結婚であっても俺達の気持ちが同じならそれでいい。
仕事の手を休め指輪を愛おしそうに撫でる姿を思い浮かべながら左手の薬指の指輪へ口づけを送り離れがたい窓辺に背を向けた。
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