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報告と警告
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しおりを挟むクラウスはノートンさんの横へ俺を案内するとその向かい側へ1人で座った。そして封筒を2通取り出しテーブルの上に並べた。その片方には見覚えがあった。
「本日は冬夜殿に第一皇子様からの書簡を届けに参りました。それとこちらは近衛騎士隊長からの物になります。」
姿勢を正したクラウスがついさっき、俺を迎えに来た時とはまるで違う雰囲気でそう言った。
「今朝忙しくて来れないと聞いたと思ったが間違いだったかな。」
「ええ、あいにく私用の時間は取れません。現在私の身は近衛騎士隊長に握られております。今回も騎士服では目立ちますのでこちらへは私服で向かうようにと指示を受けております為にこの様な格好で申し訳ありません。」
ノートンさんが俺の前でクラウスにそう聞いたのは教会に行かないのがクラウスの都合がつかないとしてしまった事にあるのだろう。
だけど今は実際にアルフ様とユリウス様のお遣いだ。嘘ではない言い訳が俺には有り難かった。
そしてこの様な、といってもクラウスは普通のジャケットもモデルの様な着こなしで決してラフには見えない。そういえば前にアルフ様からの手紙を届けに来たユリウス様も騎士服ではなかった。
「どうぞ中をご確認下さい。」
『職務中』のクラウスが俺にまで敬語を使うのは仕方ないのかも知れないけれど冬夜『殿』はやめてもらった。
金糸の飾り模様がある白い封筒を手に取るとそのままノートンさんに渡した。大事な事が書いてある手紙を自分で読むにはまだ自信がない。
その手紙には春の1月1日の御用始めの儀にまずは王族と要職にある貴族と近衛騎士達の前でだけ俺のお披露目式をする事。それに伴い一度国王陛下と謁見するこ事も決まったと書かれていた。ノートンさんが声に出して読んでくれた内容を目で追ったけれどやっぱり絵本とは違い見慣れない文字が沢山あった。
「こんな風にお披露目をしてしまったらトウヤ君はもう『桜の庭』にいられなくなってしまうんじゃないか?」
「いいえ、冬夜にはベールで顔を隠した状態で出ていただく事になりました。皇子様いわく『存在だけを明かしてその正体は隠す』と。表向きには国賓扱いで城内に逗留している事になさるそうです。」
「なるほど、そうすることでトウヤ君が教会や魔法研究所にもいなくて誰も疑わない様にすると言うことかな?」
「ええ、まさかフランディール随一の治癒魔法士が『桜の庭』の従業員と思うも者もいないだろうと。」
「治癒魔法士か、初めて聞く名称だね。だがトウヤ君にはとても合っている。」
「はい、第一皇子様は冬夜の飾り紐での治癒と自身で治癒をする様とどちらも実際にご覧になった上で『フランディール随一の治癒魔法士』であるとされました。」
「トウヤ君、君の為だけの名称だ。本来治癒士と魔法士は別物なんだよ。」
国王陛下も、貴族も、魔法も騎士も無かったものを想像するのは難しい。読めなかった文字と同じくらい話す内容が想像できなくてノートンさんとクラウスのやり取りを聞くのに必死な俺に『本来は別物なんだよ』と言ってくれた事もやっぱりよくわからなかった。
「では次にこちらをご確認下さい。」
近衛騎士隊長はユリウス様だ。
ユリウス様からの手紙には近衛騎士教育が終了したのでクラウスが俺の護衛騎士となる事。正式な発表は御用始めの儀で近衛騎士として着任した後、お披露目式で改めてすると書いてあった。そしてそれは俺次第でいつでも別の人に替えることも可能だと。
もちろん別の人だなんて有り得ない。
「護衛騎士という事はお披露目以降キミはずっとトウヤ君につくのだろう?それはキミもここに住むと言う事か?」
「いえ、私がここにいれば冬夜の存在が露呈しかねませんのでそれはありません。」
「それじゃあ結婚生活はどうするつもりなんだ、このまま別々に暮らすのかい?夫婦は共にあるべきだと私は思うがね。」
「私は冬夜を護るために近衛騎士になりました。なので今まで通りに『桜の庭』で過ごして貰えればいいと思っています。結婚は私の我儘です。離れていてもお互いに安心できるように。」
そう言ってクラウスが俺に向けてくれた優しい笑顔に嬉しくなる。ノートンさんの言うようにクラウスと一緒にいたい気持ちはもちろんある。でもクラウスが言ってくれたように『桜の庭』を離れる事なんて少しも考えていなかった。昨日のように時々2人で過ごせれば充分だ。その気持を言わなくてもわかっていてくれるクラウスに今すぐ抱き締めて欲しくなった。
「手紙を受けっ取ったのだからクラウス君の『仕事』も終わりだろう?ほら、彼の隣に行きなさい。」
俺の心が透けて見えてしまったかのようなノートンさんの提案は嬉しいけれどかと言ってそうする事は恥ずかしい。でも『お気遣いありがとうございます。』とクラウスが素直にそう言って俺の為に場所を空けてくれたらやっぱり俺の足は素直に動いてしまう。
そうして少し離れて隣に座った俺に手を伸ばして伸びた髪を耳に掛けて整えてくれた。
「その指輪、クラウス君も付けているんだね。新しい魔道具では無いようだけど何か意味があるのかい?」
この世界の指輪には宝飾品というよりも魔道具としての意味合いの方が大きいとクラウスから聞いている。付与魔法士でもあるノートンさんなら不思議に思って当然の事だ。
「これは僕が育った所の風習なんです。指輪を左手の薬指にはめている人は結婚していると言う証なんです。」
婚姻届があるわけじゃない、教会に行くことも出来ない。そんな俺達にとっての結婚の証。
「そうか、変わった風習だね、それでも教会で結婚式はするだろう?」
「ええ、でも全ての人がそうではありません。」
特に日本に於いては結婚式なんてただのイベントだ。婚姻届を出すだけの人もいるだろうしそれに何より昨日の夜、桜の下でプロポーズしてもらったあれこそが俺にとっての結婚式だ。こんな風に少し思い出すだけでも幸せな気持ちが満ち溢れてくる。
「そんな幸せそうな顔をされたらこれ以上何も言えないよ。だけどやっぱりなるべく早く教会で式をやったほうが良い。その方がより幸せになれる。」
「───はい。」
ノートンさんの言葉に俺はとりあえず同意した。
結婚指輪なんてこの世界では意味などない。教会へ行く事こそが大切なのかもしれない。一緒に暮らす訳でもなくただの自己満足のような形のない結婚を心配してくれるノートンさんが俺がずっと憧れた『お父さん』みたいで嬉しかった。
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