迷子の僕の異世界生活

クローナ

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すれ違いの中で

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少し歩くと薄暗い木々の先が急に拓けた。ぽっかり空いたその場所を月明かりが照らして俺達の足元に再び影をつくる。

その広場の真ん中に葉が落ちて寒そうな枝を伸ばす大きな木があった。

クラウスの後ろについて歩いていたのだけど、次第に木肌がよくみえる様になり、寂しそうにたたずむそれがなんの木かわかると俺の足は止まってしまった。

───見せたいものってこれの事?

クラウスの俺への態度が変わったのは知ってた。でも認めたくなくて気付かないふりをしてた。

何も言わないのを良い事にせめて俺の気持ちを知って貰いたくて寝る前に『お守り』にキスをした。

そんな俺に自分の立場をわからせる為に連れて来られたんだろうか。

ねぇクラウス。俺ね、『桜の庭』でも夜には外を見ないんだよ。

この世界に来て俺を呼んでくれる優しい人達のおかげで自分の名前が嫌じゃなくなってた。だけどこれは無理だ。

ねえクラウス。自分に与えられた名前の理由を知ってから初めて見る夜の冬枯れの桜の木はすごく痛い。心臓がもの凄く痛いよ。

「トウヤ。」

夜の静けさの中にクラウスの声がやけに響く。こんな事しなくても俺の事もう嫌いならそう言ってくれるだけでいい。近衛騎士になったのだから会おうと思わなければそんな機会訪れないのだから。

それで『桜の庭』で子供達と暮らしながらクラウスを想ってすごしていけたらそれだけでいいのに俺にはそれすら許されないのだろうか。

「大事な話があるんだ、ここまで来てくれないか?」

明るすぎる月の光の中でもやっぱり夜闇には勝てず、俺を呼ぶその人の顔は離れてしまったらよく見えない。

足元に生えている柔らかな草をゆっくりと踏みしめる。動かないと思った足も好きな人の呼び声には逆らえないみたいだ。
でもクラウスまでがとても遠く感じて、箱を抱えて歩き回った日の事を思い出していた。

震えず声を出すために深呼吸をしたら冷たい空気で心が凪いだ。

「……話って……何?」

俺は今ちゃんとクラウスが『好き』と言ってくれた笑顔で上手く笑えてるだろうか。

俺が顔も知らない親から捨てられた場所で今度は離れがたいぬくもりを与えてくれた人に『いらない』と言われるのだろうか。

怖くて距離を取って立ち止まったのに迎えに来て俺の手を取ると桜の木の根本まで連れてこられてしまった。

「すまない。傷付けるつもりでここに連れてきたんじゃない。だけどどうしてもトウヤとここに来たかったんだ。」

そうか、俺やっぱり上手く笑えていなかったのか。それなら『嫌い』と云われた顔になってるんだろう。

それに気付いて無理に笑うのをやめて下を向く。失望したクラウスの顔を見たくないのにわざわざ俺の顔を覗き込む為にクラウスが地面に膝をつけた。手も繋がれたままで大好きな空の蒼色の瞳は俺を逃してくれないらしい。

「───汚れちゃうよ?」

騎士服の白いパンツの片膝が夜露で濡れた草の上に置かれた。この場に、この雰囲気にそぐわない俺の指摘を気にもとめず、クラウスが口を開いた。

「前に一緒に見たい桜があると言ったのを覚えてるか分からないけどこれがそうだ。ここは俺がまだ小さかった頃見つけたんだ。学校に入学して間もなく兄達との力の差を知って絶望して逃げ出した。でも、道に迷って……月明かりに導かれるままたどり着いだのが桜が満開に咲き誇るこの場所だったんだ。それから何度もここに来た。桜が咲いてる時はもちろん、咲いてない時も。ここは俺の大切な場所なんだ。」

愛しそうに細める蒼色の瞳の視線の先を追ってみた。今は淋しいこの冬枯れの桜がクラウスには記憶の中の満開の桜に見えているのかも知れない。

「ここがトウヤの始まりの場所だと思って聞いて欲しい。」

「────俺の……始まりの場所?」

「そうだ、俺とトウヤの生まれてからこれまでの中に起こった事の何かひとつでも欠けたらきっと今ここに2人でいることは無かったと俺は思う。良い事も悪い事も起こるべくして起きるからこそトウヤの世界と俺の世界がつながったんじゃないだろうか。だから冬の桜の木の下は俺にとってトウヤの始まりの場所だ。」

何か一つでも欠けていたら今ここに俺はいない。

そんな風に思ったことなんて今まで1度も無かった。だけど確かにあの日買い物に出なかったら、あの橋で声を掛けてくれたのがビートじゃなかったら、クラウスに会わなかったら俺は今ここにいない。

じゃあ俺が捨てられた事も『桜の庭』で子供達と幸せに暮らす今に繋がっているの?

そう考えを改めればあれ程俺を傷付けた事実が悪くないように思えてしまう。二度と見たくなかったはずなのに、クラウスの大切なこの桜が咲いたところを見たいと思えてくる。

こんなふうにクラウスに生まれてきた意味までもらったらこれ以上望むのは贅沢な気がした。

もう充分だ。

次の言葉を受け止める気持ちになれるまで待っていてくれた大好きな空の蒼色の瞳に視線を合わせれば形の良い唇がゆっくりと開いていく。

「トウヤを愛している。俺と結婚してくれないか。」

聞き間違いかと思った。

「『とまりぎ』で初めて出会った時からきっと惹かれてた。これから先は誰よりも近くで俺がお前を護りたい、できれば一緒に年を重ねて共に神の元へ還るまで。」

だけどそう続けたクラウスから差し出された手のひらの中には銀のリングが2つ、月の光を受けて煌いた。
これは俺にプロポーズ?ウォールで何気なく話した指輪の話を覚えていてくれた?

真逆の言葉を告げられると思ってた俺にはすぐに受け止められなくて思わず首を横に振った。

「だめか?」

「違う、だって俺、クラウスに嫌われたんだとばかり……だからこんなとこに連れ出されたのかって……」

「すまない。俺の態度が誤解させたな。……ウォールのギルドでマデリンでの事にトウヤが囚われてると知った時俺が原因だと思った。今まで生きてきた中で唯一護りたいと思ったお前を自分で傷付けて取り返しのつかない事をしたと思ったんだ。」

「お前が要らないと言った治癒の力も使わせてしまった。トウヤに笑っていて欲しいと願いながら泣かせてばかりでトウヤが悩んで迷った末に俺に手を伸ばしてくれたのにこれまでの俺ではトウヤを護れないと。」

「でもやっぱり嫌だ。お前の隣に立つのは他の誰でもなく俺でありたい。そのために近衛騎士になったんだ、これでトウヤの護衛騎士になれる資格を持てた。だから俺にトウヤを護らせてくれないか?この桜の木の下でこの冬の夜空の中で命を掛けてお前を護ると誓う。だから応えてくれ『冬夜』」

俺の名前の意味を刻む場所でクラウスが俺の名前を呼ぶ。その声はとても優しくて俺の心を震わせる。
逢えなかったのも近衛騎士になったのも全部俺の為だった。
口づけも抱きしめる事も遠のいたのは嫌われたからじゃなく全部俺の事を大切に想ってくれたからだった。

「………嬉しい。……俺クラウスに嫌われたんだと思ってた。……やっぱり俺じゃ駄目なんだって。」

「じゃあ受け取ってくれるよな。」

そう言ってクラウスが指輪をはめようとしてくれた左手をとっさに握り込んだ。

「嬉しいけど受け取れない。無理だよ俺とクラウスが結婚なんて。」

「俺はこの世界の人間じゃない。それにいつか俺はまた元の世界に戻るかも知れないって言ったでしょ?一緒に年を重ねるなんて約束できない。来年の誕生日の約束だって怖くて出来ないのに……結婚なんて無理だよ。俺もクラウスの事が誰よりも好き。でもこの気持を形にしてしまったら元の世界に戻った時、二度と訪れない約束の日を待つことなんか出来ない。クラウスや子供達やここで出会ったみんなのいない世界で生きていけないよ。」

俺はやっぱり意気地なしだ。さっきまで捨てられると思って怯えてたのにこんな素敵な人に膝をつかせ『愛してる』なんて言われてまたそれに怯えてる。

「ありがとう。でもその気持だけでもう充分だよ。形なんか要らない。それよりも俺がいなくなった後クラウスが別の幸せを歩く道を残しておきたいよ。」

嬉しいからか哀しいからか理由のわからないまま溢れ出す涙を拭う為にクラウスが頬に手を伸ばす。

「何度でも云う。冬夜愛してる。俺と結婚してください。俺はお前が不安に思うのなら尚の事形にしたい。別の幸せの道なんて要らない。来ないかも知れない『いつか』を怖がらないでくれ。俺はお前と『今』を生きていきたい。」

「わかってよクラウス。」

「冬夜こそわかれ。見えてるだろう?お前の気持ちがここに。」

そうなんだ、どれだけ断りの言葉を繋いでもさっきからずっと笑顔で俺を見つめるクラウスの左耳でピアスが薄ピンクに輝き続けていて俺の気持ちは誤魔化せていない。

「俺は諦めが悪いから冬夜が諦めろ。」

下から覗き込む笑顔のクラウスの金色の髪と俺の大好きな空の蒼色の瞳が月明かりで眩しいほどにキラキラと輝く。
逸らすことが出来ないままクラウスのくれた言葉を心の中でもう一度繰り返していく。

ここが俺の始まりの場所。辛くて消えてしまいたいと思った場所。でもそれがなかったら今の俺はいない。この世界に来た俺も、マデリンでの事も、『桜の庭』での事もクラウスの事も。

「でも俺、やっぱり怖い。」

「いつまでたっても、ううん、幸せでいればいるほど不安になるかも知れない。」

「だけど───俺も好き。クラウスの事、あ…愛しています。こんな俺で良かったらもらってくれますか。」

冬の夜の冷えた空気の中にゆっくりと吐き出した俺の気持ちを優しく微笑んだまま黙って聞いていてくれたクラウスが最後の告白に大きくうなずいた。

無言のまま手のひらですっかり凍えてしまった指輪をクラウスが吐息で温め俺の左手の薬指にはめる。
俺も同じ様にクラウスの左手の薬指にお揃いの指輪をはめてその手を引いてようやくクラウスの顔が俺より上の位置に来た。

それからどちらからともなく抱きしめあって頬にキスを交わし、最後に長く長く口づけをした。

誰もいない木々の中、大きな桜の木が見守る場所でそれはまるで2人きりの結婚式みたいだった。




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