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すれ違いの中で
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しおりを挟む「さ、セオも帰らなくてはいけないしこの話はもう終わりにしよう。大事な時期に悪かったね。」
「蒸し返さないで下さいノートンさん。」
「それとこれとは話が別だ。」
「そうです。今日は来てくれてありがとうございました。」
ノートンさんが言ってくれて良かった。心配をさせてその上時間を惜しんで鍛錬しているセオの邪魔をしてしまった。だけどあれ程しょんぼりしていたディノを遊び疲れて満足そうな寝顔にしてくれたセオにごめんなさいが言えないならせめてありがとうを言わせてほしい。
「いえ、お二人は大変だったのに丁度良かったなんて言ったら叱られてしまうかもしれませんが俺も焦ってやり過ぎたみたいで隊長に叱られてしまいました。『自己管理の出来ないやつは合格以前の問題だ!』って。」
その時を思い出したように苦々しい顔をする。
「もしかして怪我でもしたのかい?」
「少しです。だけど今日はもう何もするなって叱られてしまって……。でも宿舎にいたらやっぱりじっとしていられなかったのでチビ達と遊びがてらここで半日ゆっくり出来て良かったです。」
言われてセオの姿をよくよく見れば手首や足首に包帯が見える。それに痣もいくつか確認できた。今日の鍛錬を禁止されるほどなら見えない服の下にも傷があるかも知れない。
「あの……俺も応援するだけじゃなくて何か出来ないかと思ったんですけど……飾り紐作りますよ?」
「ありがとうございます。応援してくれるだけで充分です。怪我も俺の実力のうちですから。」
「ふふっやっぱりセオさんならそう言うと思ってました。」
拳で胸をドンと叩いてお日様みたいに笑うセオ。俺の持っている力を多分一番知っているのに今ある怪我も言い訳にすることなく昇格試験に臨もうとしている。思い描いた通りの答えでなんだか嬉しかった。だからこそレインが憧れ、子供達が慕うんだ。俺が勝てない訳だよね。
頼もしいセオの姿にノートンさんも嬉しそうだった。
「試験の相手は決まったのかい?」
「はい、今日ディノを送ってくれたキールさんとあと2人。実力のある方ばかりなので気が抜けません。出来ることならクラウスさんともやりたかったんですけどクラウスさんの昇格試験とも重なっちゃうんで無理だと言われました。」
「クラウス君も昇格試験を?じゃあ彼は近衛騎士になるつもりなのかい?」
「はい、3年ぶりの申請者だそうです。だから俺の応援はクラウスさんの半分くらいでいいですよ。」
「えっと…はい、あの……そう……ですね?」
驚いた顔のノートンさんと似合わない皮肉っぽい笑顔をしたセオの視線が俺に集まる。けれど聞いたばかりの話は頭の中で整理ができず上手く返事が出来なかった。
「も、もしかして聞いてなかったですか?」
適当な返事のせいですぐバレてしまって恥ずかしい。
「はい。教えてくれてありがとうございます。でもセオさんのことも同じぐらい応援しますから絶対合格して下さいね。子供達と何日もかけてお祝いの準備して待ってますから。」
「それ、落ちたら気まずいやつじゃないですか。」
「そうですよ、だから絶対合格してくださいね。」
俺が知らなかったせいで気まずくさせてしまったままセオに帰って欲しくなくて、本当は内緒だった計画を話してしまうとかえってプレッシャーになった様で「はぁ~」って大きなため息をついてしまった。
「トウヤさんて時々いじわるですね。じゃあしっかり休むために帰ります。」
俺がするみたいに唇を尖らせて拗ねて立ち上がる姿が珍しくてノートンさんと2人でクスクスと笑ってしまった。
「じゃあセオ、良い知らせを待っているよ。トウヤ君、私は仕事が残ってるからセオを見送ってくれるかい?」
「はい。」
ノートンさんが外までセオを見送らないなんて珍しい事だ。今日は色々あったから急ぎの仕事が残ってしまったのなら申し訳なかった。
「まさかディノがひとりで騎士舎まで来れると思いませんでした。」
裏口から外に出ると途端に冷たい空気が頬を撫でた。夜の暗がりに自然と声も小さくなる。
「それだけセオさんに会いたかったんです。毎日格子に張り付いてセオさんが来るのを待ってたんです。ディノだけじゃありませんよ?みんな淋しそうにしていました。レインなんかセオさんを見習って毎朝鍛錬するようになったんですよ。」
あの日以来レインは毎朝外で頑張っている。体重を追い越すのは諦めたほうが良さそうだ。
「───トウヤさんも……淋しく思ってくれましたか?」
「もちろんですよ。俺も子供達と一緒になって警備の騎士隊を確認してました。セオさんの分も頑張ろうって思っていたのにダメですね。俺じゃあ全然代わりにならなかった。」
当たり前だ。俺よりもずっと長く子供達と一緒にいるのだから。
「トウヤさん。」
「あ、でも『桜の庭』にいていいって言ってもらったからにはもっともっと頑張って次はセオさんに負けません。」
そう言って拳を握って気合を入れて見せたら「そんな細腕じゃ俺に勝てませんよ」て言い捨てて裏門に向かってスタスタと歩いて行ってしまった。
俺だって力で勝負するつもりなんてサラサラない。抗議をしようと追いかけた後姿は左足を少しかばっていた。
「セオさんごめんなさい。」
「え?」
一言先に謝った俺は、怪我が治りますように。疲れがなくなりますように。元気になりますように。そう願って前を歩くセオの後ろからぶつかるように抱きついた。驚いたセオにすぐ振りほどかれてしまったけれど上手くいっただろうか。
「もしかして今俺の治癒を?なんて事するんですか!」
腕を強く掴かまれ、声を落としてセオが叫んだ。
「ごめんなさい勝手に、でも俺このくらいしかセオさんにお礼出来るものがないんです。」
「───違います怒ってません。だけどダメですよ俺なんかに貴重な魔法を使ったら。」
セオの誠実さを無視した俺の自分勝手な行動は嫌われて当然の事なのにどこまでも優しいセオは掴んでいた俺の手をそっと握り直してくれた。ノートンさんと同じその温かさに怒ってないことを知れてしまう。
「本当はすごく嬉しいです。疲れも痛みもなんにもなくて体が軽くなりました。やってくれましたね、これで受からなかったらなんにも言い訳できません。」
「俺の事許してくれるんですね。」
「もちろんです、あ~でも許して欲しいなら俺がさっき言ったことも内緒にして下さい。」
「さっきってクラウスの昇格試験のことですか?大丈夫です言いませんよ。」
そんな事お安い御用だ。言いつけようにもどうせ会えないのだから。
「そうそれ、俺が言ったって言わないで下さいね。それじゃあおやすみなさい。」
そう言って裏門を出てすぐ走り出したセオはもう左足をかばってはいなかった。
ノートンさんにセオを見送ったことを伝えティーセットを片付けてから部屋に戻って寝間着に戻った。クラウスのコートが嫌でも目に入る。
これを貸してくれた時俺の寝間着姿を見られるのが嫌だって言われて、今日も律儀にそれを守った。
でもあまり意味はないのかも知れない。今日なんてあんなに側にいたのに目の前の優しい蒼色は俺に向いてはいなかった。
そして泣いている俺を放おって行ってしまった。
この前広場でセオに会った時だってセオは子供らに構わず警備に戻った。だから今日のクラウスの事だって当たり前だってわかってるのに。そう思う自分の我儘な考えが嫌になる。ディノの事で泣いていたくせにその全てがクラウスに抱きしめて欲しい自分のための涙に思えてきた。
クラウスはそんな俺に気付いたのかも知れない。
だから会えないって言ったのかな。
だから近衛騎士になろうとしている事も教えてくれなかったのかな。
ううん、違う。会えないから言えなかったんだ。今日だって代わりにロイとライがいっぱい慰めてくれたから俺は平気だ。
セオのようにクラウスも昇格試験に向けて頑張ってるんだろうな。
「今日はディノを連れてきてくれてありがとう。俺応援するからね。おやすみクラウス。」
伝えられなかったお礼と頑張れの気持ちを込めていつもより長く『お守り』にキスをした。
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