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危険な魔法
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しおりを挟むクラウスの話 王都編 ⑰
ウォールで倒れた理由を聞いた時、2人の関係はトウヤの歩幅に合わせようと決めた。けれど最後の夜、王都の宿で泣かせてしまった時からトウヤの気持ちが変わってしまった様な気がした。
あの日、俺の腕の中で泣きながら眠ったトウヤの寝顔を向かいのベッドに腰かけて眺めていた。
眠りながらも再び泣く姿にもう少し上手くできなかったのかと自分が情けなくて仕方なかった。
飾り紐の話しを聞いた辺りからトウヤの黒曜石の瞳はあまり俺を映さない。
宿を出る直前『キスがしたい』と言われ唇を重ねたけれどトウヤのその小さな唇は噛み締められたままで望んだクセに受け入れるつもりは無い、その上閉じられた瞳からははらはらと涙がこぼれ落ちた。
ひとりで泣くなと胸を指し示して抱きしめても直ぐに『もう平気だ』と自分から俺の腕を離れた。
それ以来トウヤから俺に何かを望むことはない。
第一皇子の執務室に入る時でさえ、一瞬尻込みしながらも隣に立つ俺を自分から頼ることは無かった。
だけどそれは当然のことなのかも知れない。
俺の前で見せる幼さや頼りなさなど少しも感じさせることなく、アルフレッド様が望む言葉以上の答えを出し見事に信頼を勝ち得た姿は別人を見ているような気にさえなった。
ただ見ている事しかできなかった俺はこのトウヤに並び立つ資格があるのだろうか。
子供達の為なら自分は護られなくていいと言った。
『桜の庭』に比べれば教会の最高位も魔法士の名声も次期王妃の椅子ですら価値がないと言った。
『どれも同じだよ、全部いらない。』
その声はとても静かに俺の耳にはっきりと響いた。
そのいらない物の中に俺も入っているのかと聞きたかったけれどその勇気は無かった。
触れる距離にいるのに触れられないその背中はアルフレッド様の前でもそうだった様に凛としたまま、俺の助けを求めるどころか1度も振り返ることも無い。
トウヤが話すのをやめてしまえば馬の蹄の音が響くだけの夕闇の中、せめて声が聞きたくて話題を探せば同時にユリウスの名前が出た。
治癒の礼を伝えれば小さな頭がわずかに下を向いて差し出した飾り紐から視線を外したのがわかった。
『どうしてユリウス様とそんな事をしたの?飾り紐の効果を見せるため?』
『怪我するかもって分かっててそうしたの?それとも飾り紐があるから怪我してもいいって思ったの?』
震える声に泣いているのかと思ったけれどそうじゃない。トウヤは怒ってるんだ。
俺が自分の腕を斬りつけた事を、ユリウスに挑み怪我をした事を。
アルフレッド様の腕にしがみついて叫んだ言葉は俺にも言いたかったに違いなかった。
それに、もしかしたら飾り紐を欲しがった事も誤解させてしまったのかも知れない。
けれどトウヤの口から『返して欲しい』と言われない限り自分で外す気にはなれない。なぜならこの飾り紐はトウヤが俺を想ってくれた気持ちの証なのだから。
今何も望んではくれないのは俺の気持ちを受け入れた事を後悔しているからかも知れないと思いながらも、この飾り紐と夜に光るピアスの桜色の煌めきに少しだけかも知れないけれどまだ気持ちは残っていると思いたい。
『桜の庭』まで送るとトウヤは着ていたマントをさっさと脱いでいつもと同じ様に丁寧に畳んで手渡すと俺が馬の手綱を留めるより早く自ら門扉を閉めた。
抱きしめる事も望んでくれない俺がトウヤを一番近くで護りたいと言ったらどんな顔をするだろう。
最後にもう一度触れたくて格子を握っていた手を掴まえた。
「すまない……暫く会いに来れなくなる。」
そう言った俺にトウヤはたった一言『わかった。』と応えた。
理由を聞くこともなく格子越しに俺を見上げるその顔は頭上の街灯が俺の影をトウヤに落とし暗くてよく見えない。
「クラウスも気を付けて帰ってね」と向けられた背中は子供達のもとへと駆け出し、もうこちらを振り向くことは無かった。
トウヤの存在を人前に明らかにする際、護衛騎士は近衛騎士の中から選ばれる。
俺がトウヤの護衛になるにはもうすぐ、冬の2月の最後に行われる騎士の昇格試験を受け近衛騎士になるしかない。
受けたからと言って勿論容易くなれるものでは無いとわかっているけれど何もせずトウヤの隣に俺以外の人間が立つのを指を咥えて見てる事なんて出来ない。
近衛騎士になれたとしてもトウヤが俺を選んでくれるかわからない。向けられた背中がその答えかも知れないけれど伝えたいんだ。
───俺に護らせて欲しい
今は言えないその言葉を告げる資格を手に入れるために俺は再び王城に向けて馬を疾走らせた。
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