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危険な魔法
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しおりを挟む両腕に心地の良いしびれを感じて起きた俺は背伸びをしてそれをほぐすと身支度を済ませ、洗濯機のスイッチを入れて、台所でお湯を火にかけて窓を開けた。
「おはようございますセオさん、昨日はありがとうございました。」
「おはようございますトウヤさん、ぐっすり眠れました?」
今朝も身体から湯気を立たせながらセオが窓辺に近寄ってきてくれた。一体何時から鍛錬を始めているんだろうか。
「はい、元に戻すのがもったいないぐらいです。」
昨夜はセオにきちんとしたお礼も伝えられず1つにくっつけられたベッドで子供達の体温と甘い香りと窮屈さに癒やされ心地よく朝までぐっすり眠った。
今朝程起きるのが名残惜しかったことなんてない。
「トウヤさんがそれでいいなら直しませんけど今日やらないとしばらくそのままですよ?」
「え?」
「休暇、今日までですから昼過ぎには宿舎に戻ります。あ、お昼は食べるんでお願いしますね。」
そう言うとまた鍛錬の続きをするため庭に走っていってしまった。
そうか、今日で遠征の特別休暇が終わるんだ。
セオは俺の治癒魔法の事を秘密にするため怪我を負ったフリをして10日間の長期休暇を全て『桜の庭』で過ごすことになってしまった。俺が休暇を貰って戻ってきてからも結局沢山遊んで貰って昨日だってセオのおかげで安心してアルフ様に会ってくることが出来た。
俺は温泉を堪能してきたと言うのに休暇のはずのセオは働かせっぱなしでまるでお礼をする事が出来ていなかった。
なんとかお礼が出来ないかと考えながらカイとリトナとお茶をするついでにセオとレインの紅茶を作って冷ましておく。
「おはようトウヤ君。」
「おはようございますノートンさん。」
「昨日は情けない姿を見せたね。」
ノートンさんが照れくさそうに珈琲を受け取る姿にリトナは目をパチクリさせたがカイは言葉に出した。
「院長もそんな顔するんですね~一体何をしたんですか?」
「君たちには関係ない。サボっていないで早く戻りなさい。」
ひと睨みされた2人は慌てて席を立って台所を出ていった。
「僕は嬉しかったですよ。」
照れくさいのは俺も同じだ。2人して顔を見合わせて笑った後2階へ子供達を起こしに向かった。
部屋に入ってカーテンを開けるとそれだけでレインは起きてしまった。
「おはようレイン、眠れた?」
あくびをして座ったもののまだ眠そうなレインにチャンスとばかりにハグとチュウをして声をかければ目を開かないまま横に首を振る。独り寝に慣れてしまっているから無理もない。
「セオさんおやすみ今日までだって。」
そう言えばパチリと瞼を開けて「俺、行ってくる。」とベッドを軋ませ降りると着替えをしに自室へ戻っていった。
「おはよ、トウヤ。」
今度はマリーが起きた。こちらも変わらず眠そうだ。サーシャの頭の下になっている腕をそっと抜くとあくびをしながらブラブラと手を振った。うん、俺も今朝やりました。
「おはようマリー。」
俺が近寄れば手を広げて待ってくれるマリーにいそいそとハグをして遠慮なくおでこにチュウをする。「着替えて来るね。」と目をこすりながらこちらも自室へ戻って行った。
いつもなら俺が小さい子組を起こす時間には起きてきて着替えを手伝ってくれる2人が今まで眠っていたと言うことはやっぱり寝苦しかったのだろう。きっと小さい子組も同じだ。俺は嬉しくて朝までぐっすりだったけど仕方ない、やっぱりベッドは元に戻してもらおう。
名残り惜しさを感じながら小さな寝息のするベッドに腰を掛けみんなを起こす。
「サーシャ、ロイ、ライ、ディノ、朝ですよ。」
パチリと赤紫の目を開けるロイは起き上がってライを揺する。実は声を掛ける前に起きてるんじゃないかといつも思う。2人を一緒に抱きしめておはようのちゅうをすれば小さな唇を尖らせて両側からお返しが来るのが可愛くてたまらない。
「サーシャ起きて、朝だよ。」
マリーが起きても眠ったままのサーシャをもう一度呼べばモゾモゾ動いて手を伸ばした。
「おはよう。」
伸ばした手を取って起こしてやり開かない瞼にちゅうをすれば「もういっかい。」とおねだりするから反対側の瞼にも喜んでするとへにゃりと笑顔を返してくれた。
3人の前にそれぞれ用意した着替えを置くと寝坊助のディノの番。ちゅちゅ、とほっぺにキスをしたら寝間着のボタンを外していく。最近ならこのぐらいで目を醒まし『じぶんで!』と言うのだけど……あれ?
「ディノ~?いいの?起きないと俺がやっちゃうよ。」
ぎゅうって目と一緒に小さな口も瞑って寝たふりをしているディノ。やってもいいのかとボタンを外して着替えを進めてしまった。
「おはよ~ディノ、着替え済んだよ。どうしたのまだ眠い?マリーと一緒に顔洗いに行こう?」
ほっぺにちゅちゅってしながら抱き上げると俺の首にギュウギュウとしがみついてきた。
「でぃのとおやがいい。」
そんな事言われたら嬉しくなってしまう。離れないディノを片手で抱き上げたままみんなの着替えを手伝い終えた頃、キレイに髪を結んだマリーが現れた。
「あれ?赤ちゃんがいる。」
しがみついているディノをマリーがからかっても離れない。いつもならマリーに預けて朝食の支度をするのだけれど今朝は子供達がみんなゆっくりだったから少しくらい構わない。一緒に洗面所に向かってからそのまま一緒に食堂へ向かった。
その間もずっと抱っこのディノを朝食の支度のために椅子に座らせようとしたのだけど……座らない。
「じゃあディノも一緒に手伝ってくれる?」
しがみついて首元にぐりぐりしてるディノに声を掛けると顔を上げてにこぉって笑った。
台所に向かうとセオとレインが冷めた紅茶を飲んでいた。いつもより半刻遅いから呼ぶより前に運動を終えたみたいだ。
「あれ?おっきい赤ちゃんがいる。」
そばを通る時にからかったレインに足を伸ばして蹴飛ばした。
「なんだよ、言われて嫌なら降りろよ。」
痛くもないディノの蹴りに更にからかうように笑いながらレインが脇をもって俺から受け取ろうと自分に寄せたけど宙に浮いた足でレインを蹴ってやっぱり離れなかった。
「なんだよ、朝御飯くえねぇぞ?」
膨らましたほっぺを突かれてもぷいっと横を向いてしまった。
「今日はなんだか甘えん坊なんだよねぇ。」
やわらかい髪にキスを落とす。実は手が疲れてきたけれど可愛いし俺を好きって感じが嬉しい。
「じゃあ俺が抱いてましょう。ほらディノ……」
「せおはいや!」
伸ばした手を思い切り叩いた。当たり方が良かったのか『パチンッ』と響いた音にディノが一番びっくりしていたけれど申し訳無さそうな顔をしてまだ俺の首に顔を埋めた。
悪いと思ったのなら怒ったりしないのに。
よしよしと背中を叩いて慰めるとマリーとレインに手伝って貰って朝食の準備をした。
結局ご飯は俺の膝の上で全部俺がディノの口の中へ運んだ。それからもずっと俺にくっついていた。
嬉しいからと言ってもやっぱりずっと抱っこはしていられない。その代わりに俺の服を引っ張って離れないでいた。
洗濯物を干していると庭でみんながセオと遊ぶ声を気にし始めたけどそれでもやっぱり離れなかった。
これはきっと俺が『桜の庭』を離れる事が続いたからだ。朝のうちはつい喜んでしまったけれどいつも元気に走り回っているディノにこんなに淋しい思いをさせてしまったのかと思ったら申し訳なくなってしまった。
「ディノ、みんな楽しそうだね。一緒に遊ばなくてもいいの?」
しゃがんで顔を覗き込もうとしても服を握ったまま目を伏せていやいやをする。
「でもねぇセオさんお昼には宿舎に帰っちゃうんだって。しばらく会えなくなっちゃうよ。淋しいよね。」
柔らかい髪を撫でながら言ってみた。次に会えるのは早くて9日後だ。もしかしたらずっといるのだと勘違いしてるのだったらまた淋しく思うことだろう。
「せおかえるの?じゃあとおやもうどこにもいかない?」
「うん、行かないよ。」
「じゃあせおとあそんであげる。」
不安そうに大きな瞳で俺を見つめていたディノがいつもの笑顔に戻るとみんなのところへ走っていった。
「なんだ、そっか。ごめんセオ悪者にしちゃったみたいだ。」
俺の休暇も昨日の外出もセオに任せて出掛けた結果ディノに大きな誤解をさせてしまった事に気がついた。
ただ淋しくてくっついていたんじゃなく、セオがいるからまた黙ってどこかへ行くのではと見張られていた事に。
そうではないとわかった途端俺から離れて走っていく背中にやっぱりセオには敵わないなと思いながらも見張られていた事は嬉しくて、俺のニヤニヤはしばらく止まらなかった。
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