迷子の僕の異世界生活

クローナ

文字の大きさ
上 下
145 / 333
危険な魔法

145

しおりを挟む



背中で遠ざかる馬の蹄の音を聴きながら俺は玄関ドアの前で立ち止まった。

まだみんな起きているかな。

早く顔が見たい。今すぐみんなを抱きしめたい。俺がいなくて淋しかったと言って欲しい、大好きだと言って欲しい。

たった今出来たばかりの隙間を子供達に埋めてもらおうとする自分が浅ましい。それに気付いてドアノブに伸ばした手を引っ込めて深呼吸をした。

違う、きっともう眠るところだ。セオが寝かしつけてくれてるから邪魔しちゃ駄目だ。
まずはノートンさんに戻ってきたことを言わなくちゃ。『桜の庭』はアルフ様が護ってくれるから安心していいって言わないと。それから明日にはルシウスさんが来ることを話してセオに今日のお礼を言わなくちゃ。
シャワーが済んだらみんなの顔を起こさないようにこっそり見に行こう。ハグとちゅうは明日までお預けだ。

間違える前に気付いて良かったと、もう一度深呼吸をしてからドアノブを掴んで静かに開けた隙間からそっと身体を滑り込ませドアを閉めた。

「トウヤくん」

誰もいないと思ったエントランスにノートンさんの姿があった。

「ノートンさん、どうしたんですかそんな所で。」

二階へ続く階段の3段目程にノートンさんが座っていた。当然普段座るような場所では無いから不思議に思い俺を見つめる元気のないその姿に慌てて駆け寄った。

「もしかしてまた胸が苦しいんですか?」

「セオからあれは私の嘘だと聞いたんじゃなかったかい?」

苦笑いと穏やかな声にそれが俺の早とちりだとわかってホッとした。

「ふふふ。そうでしたね。ノートンさんがそんな所に座り込んでいるからもしかしたらって思ってしまいました。でも何故こんな所に座り込んでいるんですか?もしかして足を滑らせてしまったんですか?」

その問いには首を横に降って答えてくれた。それにしても座っているノートンさんと視線の高さがほとんど同じでなんだか悔しい。

「今日は大変な1日だったね。第一皇子様にはお会いできたかい?」

「はい、ノートンさんが言った通りとても素敵な方でした。」

周りから散々『子供みたい』だと言われている俺の事を心配こそすれ揶揄する事もなくここで働いていることにお礼を言ってくれた。俺がどんな人間かを試されて恐いと感じた瞬間もあったけれどこの国の人達を大切に思っている素晴らしい方だと思う。

「第一皇子様はなんて仰ったんだい?教会に行きなさいと言われたかい?それとも王国魔法士に?」

「はい、教会の最高位か研究所の方は1番広い部屋を用意してくださるって言われました。あ、それから皇子様のお嫁さんもどうだって。」

「まさか第一皇子様との結婚かい?」

「ふふっアルフ様の冗談ですよ?」

ノートンさんがあんまり驚いた顔をするから面白くて笑ってしまった。だってどれも俺を試すためアルフ様の嘘だったんだから。こんな所に座り込んで俺を心配させたんだからお返しだ。

「それでトウヤ君はどうする事にしたんだい?」

「どうするってどうもしませんよ。あ、でも明日から王国魔法士のルシウスさんがこちらに来て周辺の防犯の確認と強化をして下さるそうです。ノートンさんと相談する様にと仰っていたのでお願いしますね。ルシウスさんの許可が出たら『桜の庭』の外でも安心して遊んでもいいって言ってもらえました。」

俺の所為で『桜の庭』の敷地内だけで遊んでいる子供達と1日でも早く教会の広場で走り回ったり、お散歩がしたい。

「なんでも無いなら立って下さい。ここは冷えますよ。ノートンさんに風邪を引かれたら困ります。」

階段に座ったまま動かないノートンさんに手を差し出せばその手を掴んで立ち上がるとそのまま抱き込まれてしまった。

「……あの、やっぱり何かあったんですか?」

こんなノートンさんは初めてでやっぱりどこか悪くしてるのでは無いかと心配になる。

「私は覚悟してたんだよ、キミがもう帰って来ないかも知れないって。本当に『おかえり』と言っていいのかい?トウヤ君はこれからも『桜の庭』にいてくれるのかい?」

耳に届いたのはノートンさんの涙声だった。『この仕事の替わりはいくらでもいる』と言ったくせに俺の肩におでこを押しつけてこんなのってない。
両手をいっぱいに伸ばしてノートンさんの背中に手を回した。いつも俺を慰めてくれる人を俺が慰めているのがなんだか不思議だ。

「はい。言って下さい『おかえり』って。僕の替わりはいないって、俺がいないと困るって言って欲しいです。」

「当たり前だキミがいなくちゃ困るに決まってる。キミが少しいないだけで私もこの有様だ。おかえり、トウヤ君。『桜の庭』に帰って来てくれてありがとう。」

俺の両肩を掴んで距離を取り眼鏡の奥で金色の瞳をうるませてそう言うと再びぎゅうっと抱きしめられた。

「はい。ただいま戻りましたノートンさん、これからもよろしくお願いします。」

明日までお預けだと思った言葉をノートンさんがくれた。
俺が不安な時、何度も『桜の庭』は俺のいるべき場所でこの前は『父親のつもり』だとも言ってくれた。
自立を目指す俺の育った養護施設では一線を画して望んでも決して表立って与えられなかった愛情。
それを惜しみなく与えてくれるこの場所に戻れた事が幸せだ。

「さあ、いつまでもトウヤ君を独り占めしていたら子供達に叱られてしまうな。セオはまだ二階にいるからきっと子供達が眠らなくて手こずってるよ。私がこんなふうだからみんなにも随分不安な気持ちにさせてしまったはずだから早く顔を見せて上げてやって欲しい。詳しい話は明日でいい。おやすみトウヤ君、子供達を頼んだよ。」

ハンカチで俺の涙を拭ってその腕から送り出してくれたノートンさんに『おやすみなさい』と告げると静かに、でもできるだけ急いで自分の部屋へ向かう。

そしてコートと、堅苦しいジャケットをベッドの上に放り投げるとすぐに隣の小さい子組のドアをそっと開けた。

「ただいま。」

集まる視線が心地良いなんて何様のつもりだろうか。

「「遅い!」」

最初にそう言って飛びついてきたのはマリーとレインだった。

さっきのノートンさんもだけどこんな2人も珍しい。

「遅くなってごめんね。これでも寄り道しないで帰ってきたんだから許してよ。」

「だってノートンさんがちゃんと教えてくれないから……」

「俺達、トウヤがもしかして戻って来ないかもって思って不安だった。」

マリーの瞳からぽろぽろと涙が溢れて続かない言葉の先をレインがつないでくれた。

「心配掛けてごめんね、でも戻るに決まってるだろ。俺の家はここなんだから。」

2人を抱きしめるうちに小さい子組が足元に寄ってきた。

「ただいま、マリー、レイン。それにサーシャ、ロイ、ライ、ディノ。」

お互いの気の済むまでハグとちゅうを繰り返す間にセオが笑いながらベッドを全部くっつけてしまった。
俺はみんなに急かされて慌ててシャワーをすませて大きな一つになったベッドにみんなと潜り込んだ。
もちろん今夜はマリーとレインも一緒だ。

みんなでセオに『おやすみなさい』を言って電気を消してもらうと寝る時間をとっくに過ぎていたせいでみんなあっという間に眠ってしまった。

もちろん俺も今日の不安と緊張と疲れとが子供達の笑顔と温もりに癒されいつの間にか眠っていた。

『お守り』に口づけをしないで眠ったのはもらってから初めての事だった。





しおりを挟む
感想 230

あなたにおすすめの小説

ある少年の体調不良について

雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。 BLもしくはブロマンス小説。 体調不良描写があります。

アルファな俺が最推しを救う話〜どうして俺が受けなんだ?!〜

車不
BL
5歳の誕生日に階段から落ちて頭を打った主人公は、自身がオメガバースの世界を舞台にしたBLゲームに転生したことに気づく。「よりにもよってレオンハルトに転生なんて…悪役じゃねぇか!!待てよ、もしかしたらゲームで死んだ最推しの異母兄を助けられるかもしれない…」これは第2の性により人々の人生や生活が左右される世界に疑問を持った主人公が、最推しの死を阻止するために奮闘する物語である。

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。

小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

弟、異世界転移する。

ツキコ
BL
兄依存の弟が突然異世界転移して可愛がられるお話。たぶん。 のんびり進行なゆるBL

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

それ以上近づかないでください。

ぽぽ
BL
「誰がお前のことなんか好きになると思うの?」 地味で冴えない小鳥遊凪は、ある日、憧れの人である蓮見馨に不意に告白をしてしまい、2人は付き合うことになった。 まるで夢のような時間――しかし、その恋はある出来事をきっかけに儚くも終わりを迎える。 転校を機に、馨のことを全てを忘れようと決意した凪。もう二度と彼と会うことはないはずだった。 ところが、あることがきっかけで馨と再会することになる。 「凪、俺以外のやつと話していいんだっけ?」 かつてとはまるで別人のような馨の様子に戸惑う凪。 「お願いだから、僕にもう近づかないで」

【完結】テルの異世界転換紀?!転がり落ちたら世界が変わっていた。

カヨワイさつき
BL
小学生の頃両親が蒸発、その後親戚中をたらいまわしにされ住むところも失った田辺輝(たなべ てる)は毎日切り詰めた生活をしていた。複数のバイトしていたある日、コスプレ?した男と出会った。 異世界ファンタジー、そしてちょっぴりすれ違いの恋愛。 ドワーフ族に助けられ家族として過ごす"テル"。本当の両親は……。 そして、コスプレと思っていた男性は……。

処理中です...