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危険な魔法
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しおりを挟む───今、何時かな。
子供達ご飯食べたかな。お風呂はまたセオが入れてくれてるのかな。
クラウスがお兄さん達に大事にされているのを見てしまったから無性にみんなに会いたい。抱きしめてキスをして『トウヤだいすき』って俺のかき集めた家族に必要とされたい。
あの日以来感じる距離は今の俺の背中とクラウスのお腹の間と同じぐらい。握りこぶし一つ分ぐらいのその距離がそれ以下にはならない。
始めはお腹を支えていたクラウスの大きな手も俺が上手く乗れるようになった今は両手で手綱を掴んでいた。
「「───ユリウス……」」
続く沈黙に耐えきれなくなったのは同時だった。
「なに?」
「いや、トウヤからでいい。」
「……ユリウス様が怪我した時クラウスも怪我したのかなって。クラウスは?」
「ユリウスの……兄の治癒をしてくれた礼を言おうとしたんだ。ありがとう。怪我してたなんて知らなかったから驚いた。」
「今日ね、ユリウス様の怪我を直すことが出来て少しホッとした。知らないうちに手にしたこの力がちゃんと役に立てて。でもやっぱり誰かが怪我をしてるのを見るのは哀しいから手放しでは喜べない。」
「トウヤが望んでいないのは知っている。だが俺もユリウスから受けた傷を飾り紐で癒やして貰った、ありがとう。トウヤの治癒魔法本当に凄いな。」
色んな人に凄いと言われる力を望んでいないなんて自分勝手な事だとはわかっているけれど、クラウスのお礼の言葉に応える気にはどうしてもなれない。
「ひどい怪我だったの?」
「あ~うん、まあ割と。これが無かったら今日こうして馬には乗れなかったってぐらいかな。」
そうしたら一緒に馬車に乗れたのだろうか。それともクラウスのいないままアルフ様に会うことになったのだろうか。
馬に乗れないほどの怪我だなんて曖昧すぎて考えてもわからないけれど言い淀み、軽くは無かっただろうその怪我に俺の作った物が役に立ったのなら嬉しい。
でも袖を上げて俺の顔の前に差し出したクラウスの左手に掛かる黒と白と薄ピンクのミサンガ。『トウヤの色だ』と言ってくれたそれを見るのは辛くて視線を下に落とす。
「どうしてユリウス様とそんな事したの?飾り紐の効果を見せるため?」
「いや、手合わせしてもらったのは自分の今の実力を知っておきたかったからだ。ユリウスはあれでフランディールで第三位の実力だからそんな人と何処までやり合えるか……まぁ結果は散々だったけど今日は初めて一矢報いたのが分かってすこし自信が持てた。」
「怪我するかもって分かっててそうしたの?それとも飾り紐があるから怪我してもいいって思ったの?」
兄であるユリウス様を怪我させて嬉しいなんて騎士と云う人達は俺が思うより乱暴で怪我をする事もさせる事も平気なのかも知れない。アルフ様も俺の治癒の力を見るために剣を取ろうとした。そう考えればクラウスが俺の目の前で腕を切りつけた事はこちらの人には大したこと無いのかも知れない。けれどやっぱり俺には理解し難い。
「まさか。できれば勝ちたかった。」
「……そっか。」
クラウスがミサンガを欲しがったのは治癒魔法がついてるからじゃない。ちゃんと分かってる。分かってるのに俺は糸を選んだ時の楽しかった時間を失ってしまったままだ。
最初から『治癒魔法がついてるかも知れないから作って欲しい』そう言ってくれていればこんな気持ちにならずに済んだ。
ノートンさんも知ってて黙っていたのは同じなのにその相手がクラウスだとこんなに悲しい。
勝手に治癒魔法を付けてややこしくしたのは俺自身なのにクラウスの気持ちを疑って、意地悪な質問をして頭の後ろから聞こえるクラウスの悔しそうな声色に安心するなんて最低だ。
くだらない事ばかり考えていたその時、教会の鐘がすぐそこで聞こえた。暗がりと馴れない道でわからなかったけれどいつの間にか『桜の庭』まであと少しの所まで来ていた。
鐘の音は17回。元の世界だと夜の8時ぐらい。普段ならシャワーが終わって絵本を選んでる時間だ。
「遅くなったな。夕飯はどうする?」
「まだ食べられそうに無いから大丈夫だよ。それに黙って出てきたから子供達が心配なんだ。ノートンさんとセオも俺の事心配してくれてると思うから早く戻りたい。」
「そうか、ならこのまま帰ろう。」
「うん。」
クラウスの優しい声に振り返りたくなる。俺が大好きな空の蒼色の瞳を見たい。
後ろに倒れたら温かい腕の中におさまれるはずなのにこんなにそばにいるのに縮まらない距離が淋しい。
もうすぐ『桜の庭』に戻れる。今日のこの結末がクラウスのおかげじゃなく俺が自分で勝ち取ったのなら『頑張ったな』って抱きしめて欲しい。『よくやったな』って頭を撫でて欲しい。
与えられる事に慣れてしまった俺はこんなにも貪欲だ。俺が『して欲しい』と云えばきっと与えてくれる、休暇の最後の日のように。でもクラウスからは前の様に手を伸ばしてはくれない。
だけどそれを不満に思うのは俺の我儘なんだろうな。
クラウスが俺に向けてくれる優しさは何一つ変わってない。アルフ様に会う事に尻込みした俺を支えてくれたのも、怯えた俺を護るためにアルフ様に剣を向けたのもクラウスだ。
自分は試す様な言葉を投げかけておいて以前の様に抱きしめてもらえないくらいで不満だなんてどうかしてる。
「さあ、着いたぞ。降ろしてやるから待ってろ。」
声を掛けられ顔を上げるとそこは『桜の庭』の表の正門だった。
「裏口じゃなくていいの?」
「もう大丈夫だと言ったろ。」
ひらりと馬上から降りたクラウスが俺を見上げてずっと見たかった大好きな空の蒼色の瞳を湛えて優しい顔で笑った。
───ああ、ズルいな。俺に向けてくれるその笑顔を見るだけで全ての不安が晴れていく。俺はやっぱりこの人が大好きで仕方がないんだ。
降りる為に伸ばされた手を借りて鐙に足をかけ、不格好に飛び降りて縦格子の門扉の前に立った。
わずかな時間の出来事なのに戻ってこれないかも知れないと思って出掛けたからかだろうか、明かりの灯る『桜の庭』が凄く懐かしく思える。
「俺……帰って来たんだね。」
「ああ、帰ってきた。疲れただろう、今夜はゆっくり休めよ。」
「うん、送ってくれてありがとう。」
馬の手綱を引いて俺が中に入るのを待つクラウスにマントを返して『桜の庭』に足を踏み入れ門扉を閉めた。俺とクラウスを隔てる縦格子、こうしてしまえば抱きしめられない理由が出来る。
「じゃあ、おやすみなさい。」
「───トウヤ。」
格子を握っていた俺の手をクラウスが掴んだ。
「すまない、しばらく……会いに来れなくなる。」
頭上にある外灯の所為で俺を見降ろすクラウスの表情はよく見えないけれどその代わりクラウスからはよく見えるだろう俺は上手く笑えてるだろうか。
「──わかった。じゃあ俺もう中に入るね、クラウスも気を付けて帰ってね。」
笑顔が壊れないうちに掴まれた手をすり抜けて背中を向け、俺はみんなの待つ場所へ駆け出した。
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