138 / 333
危険な魔法
138
しおりを挟むお城に入ってから歩いてきた白い大理石の廊下とは違い、開かれた扉の先には高そうな絨毯が敷き詰められていた。
強がりを言ったもののその境界を越えるのをためらってしまう。
「トウヤ、ちゃんと護る。だからそれよりこっちを握って欲しい。」
そう言って俺の左側に立っていたクラウスは右手を俺の右肩を包むようにのせて左手を胸の前に差し出してくれる。その顔は優しく微笑んでいて、そこに左手をのせたら自分が震えていた事に気付いた。俺の手を柔らかく握り込んでくれる大きな手の温かさにようやく踏み出す勇気が出る。
「ありがとうクラウス。」
今度はちゃんと本当に『大丈夫』になった俺はクラウスの腕の中に護られたまま靴裏を柔らかく支える絨毯の上に足を踏み入れた。
「赤騎士隊所属クラウス=ルーデンベルク、『桜の庭』トウヤ殿をお連れいたしました。」
背中で扉が閉まるとクラウスが声を発した。
とても広い豪華な装飾のその部屋は天井から足元までの大きな窓が外の光を柔らかく取り込んでとても明るかった。沢山の書棚に豪華なソファーセット、そして大きな執務机に書類が山積みになっている為にそこに目的の人物がいるかどうかはクラウスの視線とその向こうに近衛騎士の制服を着て立っているユリウス様が教えてくれた。
「ああ、よく来てくれた。こんな所ですまない仕事から逃してもらえなくて。」
積み上がった束の一つに最も姿を隠していた書類を置き立ち上がったその人は今まで見た誰よりもキラキラと輝いていた。
身長はクラウスやユリウス様と比べると少し低いけれど190センチはある。白いシャツに金色のクラバット。黒のフロックコートには金糸の控え目な刺繍の縁取り。同じ作りの黒のスラックス。その上からでもわかる鍛えられた身体。皇子様と思えば少しシンプルに見えるけれどそれはきっとこの整った顔の所為かも知れない。その顔をさらに引き立たせているのは窓から差し込む光を受けてキラキラ輝くシルクの様な真っ白な髪。それは襟足で短く整えられていてふわふわとした長めの前髪からは真紅の瞳が輝いていた。
「キミがトウヤ殿か?」
その美しい真紅のルビーに白い長いまつ毛のシャッターが降りる。瞬きがわかる程の距離で声を掛けられるまでぽかんと口を開けて見とれてしまっていた。
「は、はい冬夜と申します。」
「その様に身を隠してどうした。私が怖いか?」
───怖いだなんて。
不本意なその問いにとっさに言葉が出ず慌てて首を横に降った。
俺は驚いた時に思わずクラウスの手を胸元に引き寄せてしまっていわれてみれば確かにクラウスの腕の中に隠れてる小さい子供の様な事をしてしまっていた。
目の前で真紅のルビーを持ったイケメンが形の良い唇でにっこり笑う姿はとても人懐っこい雰囲気で、俺の前にその美しい顔とは違う印象の節くれ立った手を差し出す。
クラウスを見上げればまぶたを閉じでみせる。これは多分『そうしていいよ』の意味だよね。
だから差し伸べられた皇子様の手にそっと右手をのせてみた。
『お手』みたいかも。
「随分懐いているのだな。トウヤ殿この男とはどんな関係なのだ?」
そう聞かれて左手を握るクラウスの手が少しだけ強くなり再び見上げれば困ったような戸惑うような顔をした。
今の俺達はどんな関係なのだろう。ウォールにいた時のままなら『恋人』と名乗れただろうか。だけど今は自信がない。それに例えそうだとしても皇子様やユリウス様のいる場で俺の中の常識ではこういうのが正しいのだと思う。
「私に居場所を下さった大切な友人です。」
俺の今の気持ちを『お守り』へのキスではなく言葉で伝えたくて許される中で言える言葉にできるだけ気持ちを込めた。今度は反応を返さない左手は正解かどうか教えてくれない。ましてや顔なんて見れなかった。
「ほう、『大切な友人』か、なら遠慮はいらんな。クラウス、控えていろ。」
「しかし……。」
「大丈夫だお前の友人に何もしない、信用しろ。」
「───わかりました。」
背の高い2人が俺の頭上で会話を終えるとクラウスが俺の身体から手をはなし離れるのがわかった。体温が遠ざかるのを感じた途端に心細いなんて情けない。だけどそれに浸る間もなく目の前の皇子様が俺の手を取ったまま片膝をついた。
「それではまずはトウヤ殿に礼を尽くそう。日頃我が国の愛し子たちを慈しみ育んでくれてありがとう。国王に代わり礼を言う。そしてその治癒魔法の才も見事だ。先日の討伐遠征では飾り紐のおかげで期間の短縮、そして何より1人の騎士の命を救ってくれた事心より感謝している。本当にありがとう。できればこの先も我が国に滞在してその力をフランディールのために使って頂けないだろうか。」
予想外のことが目の前で起きてびっくりしてしまった。だけど皇子様が下から真っ直ぐ俺を見つめる瞳に慌てて俺も両膝をついた。
「いえ、あの、私こそ『桜の庭』で働かせて頂いてありがとうございます。それとその……治癒魔法の方はお役に立てるかわからないので……」
王国立の『桜の庭』雇い主の先の先が王様だったことに今更気づくのは遅いだろうか。それに討伐遠征のお礼なんてやっぱり実感はない俺は受ける事なんて出来なくてここまで来たくせに覚悟ができなくて情けないと思いながらもそう返すのが精一杯だった。
「それは私の申し出を断ると言うことか?」
「違います、誉めて頂くほどの治癒魔法が本当に使えるのか私自身が半信半疑なのです。」
「ふむ、そうか。ならばこの場で見せてくれればいい──ユリウス、剣を。」
そう言うと空いていた手を背後に立っていたユリウス様に向けた。
その瞬間、頭の中にあの時の真っ赤な景色が蘇り俺は咄嗟に添えられていた皇子の手を両手で引き寄せその腕にすがった。
134
お気に入りに追加
6,393
あなたにおすすめの小説
結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、転生特典(執事)と旅に出たい
オオトリ
BL
とある教会で、今日一組の若い男女が結婚式を挙げようとしていた。
今、まさに新郎新婦が手を取り合おうとしたその時―――
「ちょっと待ったー!」
乱入者の声が響き渡った。
これは、とある事情で異世界転生した主人公が、結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、
白米を求めて 俺TUEEEEせずに、執事TUEEEEな旅に出たい
そんなお話
※主人公は当初女性と婚約しています(タイトルの通り)
※主人公ではない部分で、男女の恋愛がお話に絡んでくることがあります
※BLは読むことも初心者の作者の初作品なので、タグ付けなど必要があれば教えてください
※完結しておりますが、今後番外編及び小話、続編をいずれ追加して参りたいと思っています
※小説家になろうさんでも同時公開中
神は眷属からの溺愛に気付かない
グランラババー
BL
【ラントの眷属たち×神となる主人公ラント】
「聖女様が降臨されたぞ!!」
から始まる異世界生活。
夢にまでみたファンタジー生活を送れると思いきや、一緒に召喚された母であり聖女である母から不要な存在として捨てられる。
ラントは、せめて聖女の思い通りになることを妨ぐため、必死に生きることに。
彼はもう人と交流するのはこりごりだと思い、聖女に捨てられた山の中で生き残ることにする。
そして、必死に生き残って3年。
人に合わないと生活を送れているものの、流石に度が過ぎる生活は寂しい。
今更ながら、人肌が恋しくなってきた。
よし!眷属を作ろう!!
この物語は、のちに神になるラントが偶然森で出会った青年やラントが助けた子たちも共に世界を巻き込んで、なんやかんやあってラントが愛される物語である。
神になったラントがラントの仲間たちに愛され生活を送ります。ラントの立ち位置は、作者がこの小説を書いている時にハマっている漫画や小説に左右されます。
ファンタジー要素にBLを織り込んでいきます。
のんびりとした物語です。
現在二章更新中。
現在三章作成中。(登場人物も増えて、やっとファンタジー小説感がでてきます。)
思い出して欲しい二人
春色悠
BL
喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。
そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。
一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。
そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。
スキルも魔力もないけど異世界転移しました
書鈴 夏(ショベルカー)
BL
なんとかなれ!!!!!!!!!
入社四日目の新卒である菅原悠斗は通勤途中、車に轢かれそうになる。
死を覚悟したその次の瞬間、目の前には草原が広がっていた。これが俗に言う異世界転移なのだ——そう悟った悠斗は絶望を感じながらも、これから待ち受けるチートやハーレムを期待に掲げ、近くの村へと辿り着く。
そこで知らされたのは、彼には魔力はおろかスキルも全く無い──物語の主人公には程遠い存在ということだった。
「異世界転生……いや、転移って言うんですっけ。よくあるチーレムってやつにはならなかったけど、良い友だちが沢山できたからほんっと恵まれてるんですよ、俺!」
「友人のわりに全員お前に向けてる目おかしくないか?」
チートは無いけどなんやかんや人柄とかで、知り合った異世界人からいい感じに重めの友情とか愛を向けられる主人公の話が書けたらと思っています。冒険よりは、心を繋いでいく話が書きたいです。
「何って……友だちになりたいだけだが?」な受けが好きです。
6/30 一度完結しました。続きが書け次第、番外編として更新していけたらと思います。
魔力なしの嫌われ者の俺が、なぜか冷徹王子に溺愛される
ぶんぐ
BL
社畜リーマンは、階段から落ちたと思ったら…なんと異世界に転移していた!みんな魔法が使える世界で、俺だけ全く魔法が使えず、おまけにみんなには避けられてしまう。それでも頑張るぞ!って思ってたら、なぜか冷徹王子から口説かれてるんだけど?──
嫌われ→愛され 不憫受け 美形×平凡 要素があります。
※総愛され気味の描写が出てきますが、CPは1つだけです。
Restartー僕は異世界で人生をやり直すー
エウラ
BL
───僕の人生、最悪だった。
生まれた家は名家で資産家。でも跡取りが僕だけだったから厳しく育てられ、教育係という名の監視がついて一日中気が休まることはない。
それでも唯々諾々と家のために従った。
そんなある日、母が病気で亡くなって直ぐに父が後妻と子供を連れて来た。僕より一つ下の少年だった。
父はその子を跡取りに決め、僕は捨てられた。
ヤケになって家を飛び出した先に知らない森が見えて・・・。
僕はこの世界で人生を再始動(リスタート)する事にした。
不定期更新です。
以前少し投稿したものを設定変更しました。
ジャンルを恋愛からBLに変更しました。
また後で変更とかあるかも。
運悪く放課後に屯してる不良たちと一緒に転移に巻き込まれた俺、到底馴染めそうにないのでソロで無双する事に決めました。~なのに何故かついて来る…
こまの ととと
BL
『申し訳ございませんが、皆様には今からこちらへと来て頂きます。強制となってしまった事、改めて非礼申し上げます』
ある日、教室中に響いた声だ。
……この言い方には語弊があった。
正確には、頭の中に響いた声だ。何故なら、耳から聞こえて来た感覚は無く、直接頭を揺らされたという感覚に襲われたからだ。
テレパシーというものが実際にあったなら、確かにこういうものなのかも知れない。
問題はいくつかあるが、最大の問題は……俺はただその教室近くの廊下を歩いていただけという事だ。
*当作品はカクヨム様でも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる