133 / 333
危険な魔法
133
しおりを挟むクラウスの話 王都編 ⑯
「話が違う。順に説明したいと言ったのはお前だろうクラウス。それは最終的なお前の願望だ、違うか?」
俺の放ったひと言に部屋の空気がピンと張り詰めた。第一皇子が冷ややかな瞳で俺を囚える。交渉は始まったばかりで怯む訳にいかない。視線を返し言葉を続ける。
「いいえ、違いません。この者を保護して頂きたい。それが話しの全てで、それ以外は補足に過ぎません。」
「屁理屈だな、まあいい。だが『保護』と云ったがこの国の人間ならそれほど高位の治癒魔法が使えるものならすでにそういった立場にある。そうでないと言うことはフランディールの人間ではないと?」
「はい。」
「だが他国の者でもこれだけの事が出来るのならそこでそれなりの地位が与えられているだろう。フランディールで保護することによって他国との間に摩擦が生まれてもつまらん。」
「それはないと思われます。この者が自分の力を知ったのは三日前ですので。」
「本人が知らなかったというのか。じゃあその魔道具はどうやって作ったのだ。」
「それと知らず作ったものに治癒魔法が付随してしまったようです。」
「ではお前はどうやってそれを知り得たのだ。」
「討伐遠征です。先日の報告の際唯一の負傷者とされた黒騎士の負傷した所に居合わせました。今かの騎士の身体には傷一つありません。」
「では虚偽の報告をしたと言うのか。それになぜその騎士が治癒される、その魔道具はお前専用ではないのか。」
「虚偽ではありません、負傷は事実です。それと当時は負傷した者はもちろん討伐遠征に参加した者全てこの飾り紐を付けておりました。」
「ではなぜそう報告を上げなかった。」
「確証がありませんでした。それにあまりにも驚異的な治癒魔法でした、負傷した騎士はこの飾り紐の助けが無ければ死んでいたでしょう。それほどの傷を治す効果が己の付けている飾り紐にあると知らせるにはあまりにも危険だと判断致しました。」
「どう危険だと?」
「この飾り紐を作った者が、です。この飾り紐の出どころは殆んどの者が知っております。騎士を信用しなかったわけではありません。ですがそれを聞いた第三者が信用できなかったのです。」
包み隠さず話すことでトウヤにかかる疑いを少しでも減らせると信じて第一皇子の矢継ぎ早な質問にひたすら答えていく、少しでも言い淀めば隠し事や誤魔化しと取られてしまう気がした。
「───それで?その全員が付けていた魔道具はどうなった。全て回収したのか?」
「はい。と言うかそのつもりでしたが王都に入ると全て切れて効果を失いました。今存在しているのは新たに作ったこれひとつだと思われます。」
「それと知らず作った物にどうやって治癒と効果無効になる様な付与が出来るのだ。魔道具が意識せず作れるなど聞いたことがない。まやかしとしか思えんな。まぁこの目で見たから効果は疑わぬが……。クラウスはその魔道具がどう作られたのか知っているのか?」
「────編む時に願いを込めたと言っておりました。無事に王都に戻って来るように、と。願いが叶うと飾り紐が切れると言われていると言っていましたからその所為ではないかと思います。ですがやはり本人はわかっていない様子でした。」
「ははっ願うだけで魔道具が作れるなんて連日徹夜の王国魔法士達が知ったら発狂しそうだな。───『願い』か。」
ずっと続いていた尋問の様な状態で張り詰めていた空気が第一皇子が笑った事によってほんの一瞬緩んだ。だがまだ何も終わっていない。
「確かにそんなものがあるなら使い様はいくらでもあるな。討伐遠征は限られた時間限られた物資限られた人数で行う強行軍の演習だ。今回はトラブルがあったにも関わらず短い日程で終えられたのにもその魔道具の恩恵が少なくないと言うことだな。その魔道具ありきの遠征なら人数も物資も今の7割で済む。更にこれを戦争に応用するなら随分と安く上がるな。それだけでも十分価値があるがそれだけでもないな。」
後ろに立っていたユリウスの腰の剣を逆手で抜くとその切っ先を俺の喉にピタリと当てた。
「さっきのお前の様に痛め付けてその腕から魔道具を抜き取ればこんな事もできてしまうぞ?────『死にたくなかったらそいつを私に差し出せ』」
「アルフレッド様、戯れが過ぎます。」
ユリウスが口を挟むが剣を収める様子はない。変わらず冷ややかな瞳で俺を捉えたまま口元だけ笑った第一皇子が俺の喉に向けた冷たい剣先が僅かに進み肌にくい込む。
「そう怒るなユリウス。これは十分考えられる事だ。我が国は力で周辺国を黙らせているからな。手の内にあれば最高の魔法士だが敵対国に渡れば最悪だ。その人間の望みはなんだ、金か?名誉か?そうであれば信用はできん。そういう人間はいくらでも寝返る。驚異の種になるくらいならいっそ今殺すのもアリだな。」
切っ先の触れた部分からの出血が喉を伝い落ち胸を濡らす。俺は飾り紐を外しテーブルの上に置き伸ばせる腕の分だけ皇子の方へ寄せた。
「そんな人間ではありません。私は彼の人となりをよく知っています。誠実で、勤勉で、たとえ相手に非があっても自分の所為で誰かが傷つくのを哀しむ、そんな人間です。自身に高位の治癒魔法が使えるとわかってもおごることなくただ……。」
「ただなんだ。」
「いえ、今まで通りの暮らしを望んでいるだけです。信用できないと言うならそのままどうぞお斬り下さい。」
こんな魔法いらないと泣くトウヤの姿が脳裏をかすめた。泣き顔は何度も見たけれどあんなに哀しみに満ちて泣く姿は初めてだった。もう二度とあんな風に泣かせたくない。
「なぜそこまで肩入れする。その者はお前に取ってどういう人間なんだ。」
「───誰よりも大切に想っています。彼にはずっと笑っていて欲しいと。そして彼を護るのは私でありたいと願っています。なので実は斬られると困ります。」
トウヤの笑顔を思い浮かべて自分の頬が緩むのがわかった。剣を向けられてこんな穏やかな気持でいるなんて初めてだ。
そこでようやく第一皇子はソファーの後ろへ剣を投げ捨てるが床に付くことなくユリウスが拾い上げた。
「あ~もういい。わかったよお前を信用してやる。さっさとその魔道具を使って傷を癒せ。見たかユリウス?まったく盛大に惚気けやがって。」
ついさっきまでの張り詰めた空気は一気に霧散し、そこにはフランディール第一皇子ではなく、呆れた顔で溜息をつくアルフレッド様がいた。
「あの……?」
投げ返された飾り紐を左腕に通したけれど第一皇子の急な変化に頭が追い付けない。呆れ顔のまま深くソファーに座り胸の前で腕を組むと顎で飾り紐を指し示しながら口を開いた。
「その治癒魔法を使うものはお前が連れて来て『桜の庭』で働いてるやつなんだろう?」
「───すでにご存知だったんですね。」
やはり先程の質疑は答えありきのもので、俺がどこまで話すか試されていた。ということは上手く交渉できたという事だろうか。
「オースターの報告書にあったからな。『桜の庭』から差し入れられた飾り紐でより団結できたと。今までなかった事だからその者と結びつけるのは簡単だ。大叔母様も気に入っていると聞く『保護』はしてやろう、だが───」
その言葉に胸を撫で下ろそうとした矢先、皇子の口元が再び綺麗な弧を描いた。
「どう云う形で『保護』するかは本人に選ばせよう近日中に呼び出すから連れてこい。」
77
お気に入りに追加
6,212
あなたにおすすめの小説
明日もいい日でありますように。~異世界で新しい家族ができました~
葉山 登木
BL
『明日もいい日でありますように。~異世界で新しい家族ができました~』
書籍化することが決定致しました!
アース・スター ルナ様より、今秋2024年10月1日(火)に発売予定です。
Webで更新している内容に手を加え、書き下ろしにユイトの母親視点のお話を収録しております。
これも、作品を応援してくれている皆様のおかげです。
更新頻度はまた下がっていて申し訳ないのですが、ユイトたちの物語を書き切るまでお付き合い頂ければ幸いです。
これからもどうぞ、よろしくお願い致します。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
祖母と母が亡くなり、別居中の父に引き取られた幼い三兄弟。
暴力に怯えながら暮らす毎日に疲れ果てた頃、アパートが土砂に飲み込まれ…。
目を覚ませばそこは日本ではなく剣や魔法が溢れる異世界で…!?
強面だけど優しい冒険者のトーマスに引き取られ、三兄弟は村の人や冒険者たちに見守られながらたくさんの愛情を受け成長していきます。
主人公の長男ユイト(14)に、しっかりしてきた次男ハルト(5)と甘えん坊の三男ユウマ(3)の、のんびり・ほのぼのな日常を紡いでいけるお話を考えています。
※ボーイズラブ・ガールズラブ要素を含める展開は98話からです。
苦手な方はご注意ください。
俺は成人してるんだが!?~長命種たちが赤子扱いしてくるが本当に勘弁してほしい~
アイミノ
BL
ブラック企業に務める社畜である鹿野は、ある日突然異世界転移してしまう。転移した先は森のなか、食べる物もなく空腹で途方に暮れているところをエルフの青年に助けられる。
これは長命種ばかりの異世界で、主人公が行く先々「まだ赤子じゃないか!」と言われるのがお決まりになる、少し変わった異世界物語です。
※BLですがR指定のエッチなシーンはありません、ただ主人公が過剰なくらい可愛がられ、尚且つ主人公や他の登場人物にもカップリングが含まれるため、念の為R15としました。
初投稿ですので至らぬ点が多かったら申し訳ないです。
投稿頻度は亀並です。
ゲームの世界で美人すぎる兄が狙われているが
咲
BL
俺には大好きな兄がいる。3つ年上の高校生の兄。美人で優しいけどおっちょこちょいな可愛い兄だ。
ある日、そんな兄に話題のゲームを進めるとありえない事が起こった。
「あれ?ここってまさか……ゲームの中!?」
モンスターが闊歩する森の中で出会った警備隊に保護されたが、そいつは兄を狙っていたようで………?
重度のブラコン弟が兄を守ろうとしたり、壊れたブラコンの兄が一線越えちゃったりします。高確率でえろです。
※近親相姦です。バッチリ血の繋がった兄弟です。
※第三者×兄(弟)描写があります。
※ヤンデレの闇属性でビッチです。
※兄の方が優位です。
※男性向けの表現を含みます。
※左右非固定なのでコロコロ変わります。固定厨の方は推奨しません。
悪役令息に憑依したけど、別に処刑されても構いません
ちあ
BL
元受験生の俺は、「愛と光の魔法」というBLゲームの悪役令息シアン・シュドレーに憑依(?)してしまう。彼は、主人公殺人未遂で処刑される運命。
俺はそんな運命に立ち向かうでもなく、なるようになる精神で死を待つことを決める。
舞台は、魔法学園。
悪役としての務めを放棄し静かに余生を過ごしたい俺だが、謎の隣国の特待生イブリン・ヴァレントに気に入られる。
なんだかんだでゲームのシナリオに巻き込まれる俺は何度もイブリンに救われ…?
※旧タイトル『愛と死ね』
運悪く放課後に屯してる不良たちと一緒に転移に巻き込まれた俺、到底馴染めそうにないのでソロで無双する事に決めました。~なのに何故かついて来る…
こまの ととと
BL
『申し訳ございませんが、皆様には今からこちらへと来て頂きます。強制となってしまった事、改めて非礼申し上げます』
ある日、教室中に響いた声だ。
……この言い方には語弊があった。
正確には、頭の中に響いた声だ。何故なら、耳から聞こえて来た感覚は無く、直接頭を揺らされたという感覚に襲われたからだ。
テレパシーというものが実際にあったなら、確かにこういうものなのかも知れない。
問題はいくつかあるが、最大の問題は……俺はただその教室近くの廊下を歩いていただけという事だ。
*当作品はカクヨム様でも掲載しております。
異世界転生したら、いつの間にか誰かに番にされていた話_______古の竜が待つもの_________
どろさき睡蓮
BL
僕こと、天草 蛍15歳はひょんな事から電車に跳ねられ、その時スマホ画面で起動していたBLゲームの世界に転生。穏やかな生活だったのが何やら不穏な雰囲気になっていく。僕は無事に婿を見つけられるのか?アホエロの世界で蛍がホタルとして懸命に生きていく話。__________そして、転生した世界には秘密があった。ホタルは何も知らないまま世界の危機を救うことになる。…竜たちは何を待っているのか__________
この作品はフィクションです
★挿絵 作者の気分で描かれる落書きだが偶に重要な挿絵も…。
※R15&ヒント
【竜の残響〜転移した異世界で竜を探す旅に出ます〜】⇐転移して来たヒガシの後の話を語ってます。
転生するにしても、これは無いだろ! ~死ぬ間際に読んでいた小説の悪役に転生しましたが、自分を殺すはずの最強主人公が逃がしてくれません~
槿 資紀
BL
駅のホームでネット小説を読んでいたところ、不慮の事故で電車に撥ねられ、死んでしまった平凡な男子高校生。しかし、二度と目覚めるはずのなかった彼は、死ぬ直前まで読んでいた小説に登場する悪役として再び目覚める。このままでは、自分のことを憎む最強主人公に殺されてしまうため、何とか逃げ出そうとするのだが、当の最強主人公の態度は、小説とはどこか違って――――。
最強スパダリ主人公×薄幸悪役転生者
R‐18展開は今のところ予定しておりません。ご了承ください。
聖女の兄で、すみません!
たっぷりチョコ
BL
聖女として呼ばれた妹の代わりに異世界に召喚されてしまった、古河大矢(こがだいや)。
三ヶ月経たないと元の場所に還れないと言われ、素直に待つことに。
そんな暇してる大矢に興味を持った次期国王となる第一王子が話しかけてきて・・・。
BL。ラブコメ異世界ファンタジー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる