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危険な魔法
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しおりを挟むクラウスの話 王都編 ⑬
トウヤを『桜の庭』の門の中に入れてようやくホッとした。
院長から『桜の庭』の中ならば安全だと言われていた。傷付け泣かせてしまったトウヤはセオと院長に任せ、俺は自分の役割を果たすためにまずは騎士団の宿舎へ戻った。
長兄に手紙をしたためた後食堂で適当に朝飯を済ませると時間を待って王城へ向かった。
城門で許可を得るついでにユリウスへの手紙を預け王立魔法研究所の中にあるルシウスの研究室のドアをノックして返事も待たずにドアを開けた。
「どうぞ開いてるよ……おや、クラウスじゃないか。よく来たね。」
相変わらず色んなものが山積みで声はするけれど姿は見えない。足の踏み場の僅かに残された床を踏んで奥に進めば書物に埋もれたルシウスの姿をようやく確認することが出来た。
「こんな時間に……いや、もう夜は明けているのか。」
「また寝てないのか?」
「寝てないと云うか少しだけズレているだけさ。ちゃんと寝てるよ。」
あくびをしながら青味がかった長い黒髪を掻き上げたルシウスが手元のベルを鳴らすと前回来た時に見た魔法人形が近づいてきた。
「お茶を二人分頼むよ。」
「カシコマリマシタゴシュジンサマ」
メイド服を着せた小さな子供の姿の魔法人形が鈴の様な声で返事をした。
「悪趣味が増してんな。」
「残念ながらあれしか言えないんだ。ベルと同じだよ。───そう言えば討伐遠征ご苦労さま。クラウスの活躍で早く終わったと聞いたよ父さんも鼻が高くなってるだろうね。」
「別に大したことはしてない。」
「相変わらず愛想がないね。まあいいさ───おや?ふふふ、小鳥ちゃんにはちゃんと受け取ってもらえたんだ。魔力も流して貰ってある。」
「触んな。」
不意に手の甲でするりと耳を撫でられムカついてその手を払う。
「酷いな、作ったのは私なのに。それで、今度は何が欲しいんだい?お前がただのお喋りをしに来ないのは分かってるよ。」
魔法人形の運んできたティーセットを受け取り紅茶を淹れて1つを俺によこすともう一つはカップを手に持ったまま淹れてすぐに自分で飲み干した。どうやら目を醒ますためだったらしい。
俺の行動が見透かされてるのなら前置きは必要ない。脱いだコートを積まれた本の上に投げると左手の袖を肘までたくし上げ兄の前にトウヤの飾り紐を差し出した。
「これ、見て欲しいんだけど。」
「なんだいそれは。お前、よく私に他人の作ったものを付けて見せるな。」
「そういうのやめろ、気持ち悪い。」
いい歳した俺よりも大きな男が頬を膨らまして拗ねたりしても気味が悪いだけだ。
ルシウスは俺の腕を掴むと手のひらを上に向けたり下に向けたりと直接は触らずに飾り紐を検分し始めた。
「う~ん。なんだコレ、全く分からないけど何か奇妙なものがついてる?」
そう言うと近くの棚の引き出しから以前トウヤに渡したものに似たブレスレットを出す。ルシウスがそれに手をかざすと廻りに魔法陣が浮かび上がった。
「これはクラウスにもわかるように付与された魔法を可視化させたものだよ。私がいつも見てる景色だ。付与魔法と言うのはね魔石の様に魔力を持ち得たものを使ってそこに魔法陣を書き込むのが普通なんだ。そしてどれだけ書き込めるかは魔法石の質と魔法士の力量によって違ってくるのだけどこの飾り紐はまずそこが違う。それに魔法陣の様に規則正しく美しい物じゃなくてなんというかこう……記号のようなものがグチャグチャって……ああ!読めない!」
しばらく目を凝らして見ていたけど眉間を掴んで目を閉じてしまった。
「それで、その変なのはどう使うんだい?」
「ルシウスでもわからないのか。じゃあ口で説明するより見たほうがわかりやすいと思うから……。」
ルシウスの質問に俺はトウヤの前でやったのと全く同じ様に左腕にナイフを滑らせた。
「うわ、いきなり何するんだ!この中には大事な魔法書だってあるんだぞ、汚れたらどうしてくれるんだ。」
周りの本やら魔道具やらを慌ててどけながらティーセットのそばに置いてあった布巾を投げて寄越した。
「全く、これだから腕力で生きてる奴らは嫌なんだ。それにしてもお前ね、そんなに深く切ったらここにあるポーションじゃ間に合わない……あれ?傷は?」
「治った。これがこの飾り紐の効果だ。」
「う、嘘だ!いや、本当だ……もう一回やってくれないか?ほら、回復ポーション飲んで!」
また別の引き出しから出したポーションを俺の口に押し付けると傷の治癒した場所をグイグイと指で押して確かめている。そのままもう一度やっても良かったがそれは駄目らしい。
「汚れるぞ。」
「いいから早く、見逃したくないんだ。」
俺の腕を掴んだままのルシウスに声を掛けるけど食い入るように見ている。本人が汚れてもいいのならいいかともう一度ナイフを滑らせた。
一瞬だけ熱の様な痛みを感じる。でもやっぱりそれは直ぐに消えて見る間に傷が塞がっていく。
ルシウスは昨日のトウヤの様に両手を俺の血に染めながらも新しいおもちゃを見つけたような顔で治癒されていく様を見ていた。
「すごいな、あれだけ深く切りつけてしまったのに元通りだなんて。血を止めたり傷を塞いだだけじゃないんだな、私の手を握ってみて……痛った!」
少し切ったくらいの傷を回復して見せたくらいではトウヤの治癒魔法の凄さは伝わらない。普通なら後遺症が残るほどの深い傷を治癒して見せてこそその真価を示す事ができる。
だけどそのせいで昨日の夜はトウヤを怖がらせてしまった。
「これ、私にも使えるのか?」
トウヤを泣かせた自分への怒りのまま、力任せに握ってしまった腕を擦りながらルシウスが飾り紐を指差した。
「……わからん。一応俺のために編んで貰ったから。」
「じゃあちょっとだけ貸してくれないか?」
本当は嫌だ、だけどそれではここに来た意味がなくなってしまう。仕方なく外して渡せばさっきまでとは打って変わって大事そうに手のひらの上で眺めると自分の腕に通した。
俺の為に編んでくれたトウヤの色の飾り紐が兄とは言え他の男の腕にはめられるのは気分が悪すぎる。
差し出された手の上にナイフを乗せてやると人差し指の先にナイフを滑らせた。
「流石によく切れる……ね、ねぇクラウス、これ全然止まんないんだけど!」
慌てるルシウスには悪いけど俺は嬉しくて、止血のために兄の指を握りながら笑ってしまった。
騎士隊の奴らが貰った物とは違う。俺の、俺だけのためのトウヤの願いの籠もった特別な飾り紐だ。
「───それ、もしかしてお前が大事にしてる子が作ったのかい?」
「どう思う?王国魔法士として。」
明確な返事はセずにルシウスから取り返した飾り紐を左手に戻し聞いてみた。
「そりゃあもちろんどんな人間がどんな風にそれを作ったのか知りたいよ。なぜ付与された魔法が読み取れないのか、なぜその子はこの研究所にいないのか、とか。」
ずっと身を乗り出していたその背中を深々とソファーに預けるとそう言って意味ありげに俺を見た。
「お前はどうしたいの?」
「ユリウスに話すつもりだ、手紙も出してある。いつ会えるかわからないけれど出来るならユリウスから第一皇子に話しをしてもらえないかと思ってる。」
「───はあ。本当に兄さんの言ったとおり少しも成長してないじゃないか。そうじゃないよクラウス、お前の大事な子なんだろう?だからお前はどうしたいんだ。」
呆れとも、𠮟りとも取れる声でルシウスが問う。そうだ違う。そうじゃない俺は……
「護りたいんだ。俺が、この手で。」
トウヤの飾り紐が結ばれた左手をぐっと握りしめた。
「───うん、それが聞きたかったよ。お前の気持ちは分かった。私はお前の味方だよ、困ったことになったら頼っておくれよ?それまではお前の力でどこまで出来るか見ていてあげるからさ。」
痛いほどに握りしめた拳を満足そうな顔のルシウスが両手でそっと包んだ。幼い頃に剣ではユリウスに、魔法ではルシウスに圧倒的な差を見せつけられそれに嫉妬してきた。だからこそこの兄がどれほど頼りになるかも知っている。
「ありがとう。」
それでも照れくさくて顔は見ないで部屋を出た。
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