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休暇と告白
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しおりを挟むクラウスの話 ~ 休日編 ④ ~
ギルドを出た後のトウヤの様子は今までと変わりなく、丁寧に描かれた地図を見て手芸屋まで難なくたどり着いた。
こうやって何だって自分でやってしまえるのに囲い込もうとした俺はさっきのトウヤを子供だと思い込んだ男と何ら変わらないんじゃないのだろうか。
「クラウスは何色が好きなの?」
今まで自分がトウヤにしてきた事はすべて足かせになってるんじゃないだろうか。漠然としていた所にそう聞かれ浮かんだのはトウヤの黒曜石の瞳。それからトウヤのような清らかな白。
もう一つと言われて目についたのは桜色だった。嫌いと泣いた桜の花をトウヤに例えたら嫌がるだろうか。でもトウヤの笑顔を見るとなぜかいつも満開の桜を思い出す。ピアスもトウヤの口づけで桜色に光る。
選んだ色のその細い糸の束がトウヤに言われてつまんだ所から見る間に飾り紐が編まれていく。
単純な作業だけれどそれを手首に回る長さまで編んでいくには時間もかかるだろう。これを遠征部隊の30人分つくるにはきっと何日も夜更ししたんじゃないだろうか。
出来上がった飾り紐は黒と白と桜色。淋しかった左手にトウヤの色が結ばれた。
「前のも良かったけどトウヤみたいでいいな。」
素直に伝えれば少し照れた様子で『肩が凝ったから』とまた浴室に行ってしまった。
まるでそれを狙いすましていたかのように立ち上がる自分に嫌気が差す。だけどこの飾り紐を手に入れたからにはやらなくてはいけないことがあった。
トウヤがシャワー室から風呂場へ移ったのを確認してから洗面台の前に立ち、手にしたナイフを腕に押し当てそのまま横へ引いた。
研ぎ澄ましたナイフの刃が皮膚と肉を裂き血が滴り落ちて洗面を赤く染めていく。
───このまま何も起こらなければいい。思い過ごしであって欲しい。それなら何も変わること無くトウヤは『桜の庭』で笑っていられる。
けれど痛みはすぐに消え裂けた皮膚はあの時のセオの様に塞がっていき傷は跡形もなく消えてしまった。
間違いじゃなかった。
血の香りに敏感な騎士がいる中では試せなかった。今俺の腕にあるのは間違いなく目の前でトウヤが編んだものでその効果は疑いようがない。
セオを生かしたのはやはりトウヤだった。普通に治癒をするのだって体内の魔力を使う。それをただの糸の束に簡単に付与し効果は最上級で本人は何の負荷もないように思える。あの小さな身体にこれほどすごい治癒魔法を秘めてる。誰から見ても素晴らしい事で褒められるべき事で讃えられるべき事で…………
だけど素直にそう出来ない。こんなすごい治癒魔法の使い手であることを秘密には出来ない。そのトウヤを護るには俺の力じゃ足りない。
「俺はどこまでも自分勝手だな。」
洗面台の血を洗い流し顔を上げれは、目の前の鏡に『卑怯者』と言うに相応しい男が映っていた。
「クラウスどこか怪我したの?」
浴室から戻ったトウヤに血痕が見つかってしまった。鏡に映った自分を見ていられず細部まで確認しなかった。
「剣の手入れをしてて少しばかりな。大したことないさ。」
「……そっか。」
笑って誤魔化したものの納得できないのか何か考え込んでいるようだった。
「なんだ?まだなにかあるのか」
けれどそれは血痕の事ではなくてトウヤの身を護るためのブレスレットのことだった。
「───俺、変に怖がりになってるみたいだからまた同じような事があったら誰かを傷つけてしまいそうで少し怖い。」
俺に護られているみたいで嬉しいと言いながら怖いと言う。元々のトウヤの恐怖の原因を作ったのは俺かも知れない。だけどそれを思い出させるような事をされたから魔法が発動したと言うのにそれを理解していない。
「今日のだって向こうが悪い。少しもおかしな魔法じゃない。」
「分かってる。分かってるけど……俺誰かをやたら攻撃して傷付けたくはないんだ。だからこのブレスレットが俺を護ってくれるのがどんな時なのか、どんな魔法がかかってるのかちゃんと知っておきたい。そうしたら起きたことに責任も取れるし変に罪悪感を持たなくてもすむと思うんだ。知らないままでいるのは何よりも怖い。」
やられたらやり返す。それよりもやられる前にやる。騎士として冒険者としてそれが当たり前の世界で生きている。そうでなくてもトウヤのような考え方では生きてはいけない。
「やっぱり怖いよ普通に暮らしてたらそんな事にはならない……よ?」
ひとつずつ丁寧に説明したのにそれでもまだ嫌だと口ごたえをしてくるトウヤに苛ついて胸を押してベッドに倒した。
「お前のいたところがどんなところかなんて想像つかないけど今お前のいる世界はそうゆう世界だ。実際普通に暮らしていて攫われて、どうなるところだったか忘れたのか。」
「忘れてなんかいないよ。でもあれは相手も悪かったし俺も悪かったって云うか、ちょっクラウスやめてよ。」
兄ルシウスのブレスレットは間違いなくトウヤを護ってくれる。その腕になくてはならないものになってしまったと云うのに何で分かってくれないのだろう。
起き上がりかけたトウヤをベッドに押さえつけた。
「お前は悪くないって何度も言ってるだろう。そんなにそのブレスレットが怖いなら今の俺から逃げてみろ。それが出来たら付与魔法の威力も半分にしてやる。なんなら外したっていい。」
ほら、少し掴まえただけで逃げられないくせに。
俺の事も怖がるなら怖がればいい、それなら浅ましい俺も諦めが付く。そうしてブレスレットの魔法の効果を確かめればいい。この先お前を護れるのは俺じゃないという事を。
けれどトウヤは俺の下で顔を赤らめていった。
「分かった!もう無理!」
明らかに照れているその姿に朝のギルドの一件から思い詰めていた気持ちが急に解けた気がした。
俺はギルドでのトウヤの告白に一人で勝手に傷ついて怖がっていた。でもそれは間違っている。もちろん俺のした事が許された訳じゃない。けれどそれでもトウヤは俺を選んでくれたんだ。
とっくに許されているのに勝手にいじけていた自分が急に恥ずかしくなって助け起こしたトウヤの頭をあやすようにする事で誤魔化した。
その後トウヤは子供達の土産をトランクに詰め替え始めた。
ソファーに座ってその姿を眺めながら取り敢えずこれ迄の様にトウヤを思いのまま扱うのをやめることを誓った。もしかしたらそう云う強引な事も怖いと思うかも知れないから。
まずはこの休暇のやり直しから。
許可なく抱き上げるのはやめて賑わい始める街の中を並んで歩いた。
先回りせず同じ目線でトウヤの興味を引くものを見たいように。どうしてもぶつかってしまいそうな時だけ手助けした。
元々この街の治安はさほど悪くない。そう言う事にしておいた方がトウヤを抱き上げて歩くのに都合が良かっただけだ。
俺の腕から離れて好きなように夜店を見て、ゲームで遊んで上手く行かなくてもずっと笑ってる。トウヤの笑顔を見るのはこんな簡単な事でいいのに結局自分の欲のせいで見れていなかったのだとようやく気がついた。
夕飯はトウヤの希望で昨日と同じ店にしたけれど今夜は迷惑な客引きはいない様だった。
「果実水を2つ頼む。」
「あいよ、ちょっと待っててくれ。」
カウンター越しにグラスを渡して待っているとハイヒールで足を蹴られた。
「ちょっと、無視はないんじゃないの?」
そんな事はしない、ただ目に入っていなかった。声を掛けてきたのは遊び歩いていた頃の馴染みの女。やっぱりこの店はやめておけば良かった。
「なんか用か?」
「声を掛けるつもりはなかったんだけどこんなに近くに来たから一応謝っておこうと思ったのよ。昨日はうちの店の子が邪魔したみたいでごめんなさいね。あなたと仲良くしたかっただけなのよ。」
「間に合ってる。」
「そうみたいね相手にされなかった娘達ががっかりしてたわ。まあ声を掛けに行く時点であなたの遊び相手は務まらないわね。それにしても彼女───ううん、彼かしら?遠くから見てもきれいな子。ああ云うタイプが好みだなんて知らなかったわ。」
それはそうだろう俺だって知らなかった。ようやく出てきた果実水の入ったグラスを持って席に戻れば昨日の女にトウヤが絡まれていた。
座っていた椅子ごと寄せて引き離したけれどただ話しをしていただけだと返事をしたトウヤについ「どんな?」と聞いてしまい飲んでいた果実水に噎せていた。
明らかに干渉のしすぎだ。こうゆうのはやめると誓ったばかりのはずなのに独占欲がすぐに顔を出す。トウヤも流石に呆れただろうか。
冬の夜風はそんな俺の頭を冷やすのにちょうど良かった。
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