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休暇と告白
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しおりを挟むクラウスの話 ~ 休日編 ③ ~
ただ抱きしめ合うだけで心が満たされる幸福感に離れ難かったけれど濡れた髪のままなのに気づいて身体を離した。
だけどトウヤもそう感じてくれたようで「一緒のベッドで」とお願いされた。
もちろん風呂と同じ『一緒に』だ。
試しにあちこち身体を触っても甘い雰囲気になんてならない。細い腰を捕まえればくすぐったさに耐え切れずベッドを飛び出した。
「一緒に寝るんじゃなかったのか?」
「クラウスがくすぐるからだろ。」
頬を膨らませて素直に戻ってくるトウヤの19が幼いのか俺の19が爛れていたのか。
風呂のためだけにウォールまで来たと言えば『お礼がしたい』と言われキスを強請ったら断られてしまった。
「じゃあ、代わりの飾り紐を作って欲しいというのは駄目か?」
その願いは純粋なものかと尋ねられたら堂々とうなずく自信はなかった。だけど遠征前にもらったトウヤの心の込められた飾り紐が嬉しかったのは紛れもない事実で1ヶ月の間俺を支えてくれたのも、失って左手が淋しく感じるのも事実だった。
トウヤのキスで桜色にピアスが輝く俺色のブレスレットのように俺の左手にもトウヤの色が欲しい。
ウォール2日目の朝。
覚醒めて最初にトウヤの顔が目に入った。大丈夫だ。ちゃんと腕の中にいる。
『振り返ったらいないかも知れない』
昨日の言葉はこの腕の中から消えてしまうと云う事なんだろうか。
寝惚けて俺の胸に顔を擦り付けてきたトウヤの顎をすくって唇におはようのキスをした。
隙きを見つけて何度かすると照れたトウヤは浴室に逃げた。『お風呂が当たり前の俺でも朝風呂はすごく贅沢』と力説していたけど部屋の方に歌を唄う声が聞こえて上機嫌な様子だった。
風呂を満喫してくれるのは何よりだ。けれど今俺はこの湯上がりのトウヤをどうしたものか悩んでいた。ギルドへ向かうと云うのに温まったおかげで肌が蒸気し頬と唇の赤味が増して妙に艶っぽい。その誘惑に素直に負けて唇にキスをした後は適当な理由を付けて不満気なトウヤにマントを着せた。
そしてギルドに到着し殆んど無意識に付いていこうとして『待て』がかかった。
「自分でできるよ。」
確かに今このギルド内に実力のありそうな冒険者やまして権力者は見当たらない。なにか起きても職員が対応できるだろう。
『道案内』の看板を確認してカウンターに向かった。
「場所を教えて貰いたいんだが……」
「はい、承りますぅ」
「手芸屋はあるか?あ~糸……刺繍糸が沢山あるところがいいらしいんだが……」
「お客様ウォールの方でないのに温泉でも名所でもなく手芸屋ですかぁ?」
「ああ、頼む。」
「そうですかぁでしたら詳しそうな人と替わりますねぇ」
確かに観光地で尋ねるにはおかしな場所かもしれない。宿泊先や名所の案内に長けているだろう職員が別の職員に声を掛けに行ってしまったのでトウヤの方へ視線を移した。
なんだ……まさか揉めているのか?相手はギルド職員だろ?
トウヤへ向けて一歩足を出した時左の耳に焼ける様な熱を感じ、同時にトウヤの前にいたギルド職員が奥へ吹き飛んだ。あれは防御結界だ。
駆け寄る間にカウンターに身体を預けるように立っていたトウヤの足が崩れた。
「トウヤ!」
床に倒れる寸前で抱きとめたトウヤは真っ青な顔で呼吸が早い。状態異常……じゃない。ブレスレットが発動したのならこれは外部から出なくトウヤが引き起こしているのか?
「ギルドでの魔力行使は違反行為になり……いや、大丈夫ですか?」
僅かに遅れてギルドの職員が5人で俺達の周りを取り囲んできたが、腕の中で様子のおかしいトウヤをみると手に持っていた拘束用の魔道具を下げた。ギルドの職員に手を出したのならその対応は正しい。だが───
「すまないが離れてくれ、怖がってる。」
頭から爪先まで目を走らせるが特に異常はなく、ただ何かに怯えるように泣きながら俺の胸にすがろうと手を伸ばす。
「トウヤ、もう大丈夫だ。ゆっくり息をしろ。」
胸に抱き込んでトウヤの背中を撫でながら促せばだんだん俺の手の動きに呼吸を合わせ落ち着くと眠るように意識を失った。
「そちらの方は大丈夫ですか?」
「取り敢えず落ち着いたが……俺はクラウス=ルーデンベルク、王都で騎士団に所属している。今のは魔道具による防御結界だ、攻撃されないと発動しない。」
「ではこちら側に問題があったと?」
「事実を言ったまでだ。それより今はこいつを休ませたいんだが。」
未だ警戒態勢を保ったままの職員達を睨みつけた。
腕の中のトウヤは呼吸は整ったものの顔はまだ幾分青白くあまり動かしたくなかった。
「そうだったなすまなかった、奥に救護室があるから使ってくれ。」
俺のコートを握りしめた手を外してやり揺らさないようにそっと抱き上げると案内の職員に続く。
その時、原因と思われる職員が飛ばされた先の机や椅子の間からようやく出てきた。
「も~何だよそのガキ!あんた保護者?ちゃんとしつけしとけよ。他人のタグは使っちゃ駄目だってあんたなら知ってんだろ?ったくちょっと悪ガキにお灸を据えてやろうと思ったら魔法まで使いやがって……なにそいつ俺にこんな事しといて気絶してんの?」
「何をしたんだ。」
「何をって‥…悪ガキをカウンター越しに捕まえようとこう……」
同僚に聞かれたその男は聞いた同僚を使って実演してみせた。
「っお前!子供相手に何やってんだ。」
同僚が原因の職員の頭を思い切り叩いた。
「いって~!俺だって何度も注意したんすよでもそいつ生意気で…」
悪びれなく言う職員を睨みつけながらすぐ横をトウヤを抱かえ通り抜けた。
通された部屋の硬そうなマットレスに横たえ靴を脱がせて俺のコートを掛ける。その方が良いように思えた。
「やはり非はそちらにあるようだ。こいつはこれでも成人しているし、タグも間違いなく本人のものだ。」
「私は副ギルド長のベルンという。連れの方には同僚が申し訳ないことをした。目が醒めたら改めて謝罪に伺う。それまで好きに使ってくれ。」
顔も向けないまま告げた俺にそう言うと男はすぐに立ち去り2人きりになった。
耳を寄せ今は落ち着いた小さな寝息を確かめ頬に残った涙の跡をそっと拭った。
抱きとめた時、浅い呼吸を繰り返しながらわずかに聴き取れた小さな声が「やだ、いやだ…ちがう、いや…」と繰り返していた。
何が『いや』だった?
何が『違う』なんだ?
トウヤを怯えさせたもの。その原因が俺だと知ったのはトウヤが覚醒めてからだった。
「俺ね、マデリンでの事が忘れられないみたいなんだ。」
マデリンのギルドでされた事を思い出したからだ、勝手に怖がって怯えてしまう自分が悪いのだと。
あの時、自分が他人の目にどう映るのかまるでわからないトウヤが無防備なままギルドに行ったらどうなるのか俺は知っていた。
知っててあの場に差し出して逃げられないようにタグごと手を掴まれたのも腰を擦り付けられシャツのボタンが外されていくのもか細い声で助けを求めるまで黙って見ていた。
「おかしいよね。男のくせにいつまでも終わった事に囚われて自分でも情けないよ。クラウスに沢山慰めてもらったのにまだ俺の知らないくらい端っこで勝手に覚えてるなんて嫌だな。」
静かに話すトウヤの哀しげな声が胸に刺さる。
「それはこの先もずっと続くのか?」
「そうじゃないと思うよ。こうゆうのは上書きするのがいいんだって。───クラウスがして?」
首元からタグを引っ張り出し俺の顔を覗き込んだ。
トウヤの怯える原因を作ったのに本当に俺で上書きになるのだろうか。自信がないまま手を握り、そのまま身体ごと胸に抱き込んだ。
少しだけ身体を捻り俺の胸にピタリと片耳をつける。預けられた体重を受け止めこれが少しでも慰めになることを願った。
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