迷子の僕の異世界生活

クローナ

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休暇と告白

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クラウスの話 王都編⑫ ~ 討伐遠征 その3 ~



あれから4日後の夕方。無事王都に着いた俺達は自由時間になるとすぐに『桜の庭』に向かった。

セオと共に院長の執務室に通されソファーを薦められたがその前に確約が欲しかった。

「不躾ですみませんが今からする話を他に漏らさないと約束いただけませんか。そうでなければこのまま戻ります。」

「──ふむ。では私もいいかい?それほど大事な話をなぜ私に相談しに来たんだい?」

「あなたが適任だと思うのと『桜の庭』にも大きく関わる事だからです。」

「……そう言われたら断る事はできないね。わかった約束しよう。掛けたまえ。」

「ありがとうございます。」

テーブルを挟んだソファーの奥に院長が。こちら側に俺、そしてセオが座った。

「ではまず最初にこちらを見ていただけないでしょうか。」

さっき切れてしまった飾り紐をポケットからテーブルに置いて院長の前に差し出した。

「これはトウヤくんが作ったものだね。これがどうかしたのかい?」

「何か魔法が付与されてはいませんか?」

院長はそれを手に取ると裏や表をじっとみた。

「……そうだね、今は何も。ただの飾り紐だ。」

なんとなくそう言われる気はしていた。

「セオ、お前のは?」

「はい。」

セオに促すついでにキールから取ってきたものも並べた。

「うん。同じだね、ただの飾り紐だ。」

「───わかりました。では次はこれを見ていただけますか?」

視線の合ったセオと互いに頷き俺は魔法鞄からセオの騎士服を取り出した。

「これは?」

あの時魔獣の爪に切り裂かれた上にセオの流した血がべっとりと赤黒く染み込んだ騎士服を院長が手に取り俺とセオを交互に見た。

「それ、俺のです」

セオは今着ている真新しい騎士服の飾釦を外しその下の包帯の巻かれた胸を晒してみせた。

「怪我をしているのか!?」

院長の顔がソファーから腰を浮かし、一瞬にして青ざめる前でセオは騎士服を脱ぎ包帯を外してみせた。でももちろんそこには傷ひとつない。この明らかに怪我をしただろう事を隠せない騎士服をごまかすために巻いてあるだけだ。

「なんだ君たち。年寄りを殺す気か。冗談が過ぎるだろう。」

ずっと温厚な顔を向けていた院長が金色の瞳を鋭く光らせて俺を睨みつけた。でもあの奇跡が起きなかったらこれ以上の怒りをぶつけられただろう。

「残念ながら冗談じゃありません。これはセオのものです。セオは魔獣によって大怪我を負って、更に崖から落ちて多分、死ぬところでした。」

「ちょっと待ってくれ、キミが何を言ってるかわかるように説明してくれないか?セオは擦り傷ひとつないじゃないか。」

セオの胸を確かめるように院長が震える手で撫でた。そして安心したのかソファーに掛け直し深いため息をひとつついた。

それから俺は事実をありのまま話した。崖から落ちたセオはとても助かるとは思えない状態だったこと。防御効果の付いた騎士服を魔獣が易々と切り裂いてセオの胸が右肩から左の脇腹へ大きくえぐれていたこと。そしてその傷が目の前で塞がっていき落ちた衝撃で折れていた足も治ってしまったこと。

「───これがセオの身に起きた俺が見た事実です。そしていろんな可能性を消して出した答えがトウヤの飾り紐なんです。なので院長に確認していただきたかったのですが……」

持ち込んだ飾り紐にはなんの効果もないと言われてしまった。

「セオ、大丈夫かい?顔が真っ青だ。」

院長の声で隣を見ればセオが胸に手をやり震えていた。それも仕方ないかも知れない。あの時目を醒ましたセオには今回ほど細かく説明はしていなかった。

「すみません、改めて聞かされるとゾッとします。よく今こうしていられるなって。傷はなくても食い込んだ奴の爪が肉を裂く音や目の前を染めた血を夢じゃなかったって俺の感覚が覚えてます。」

そう言って思い出した痛みを掻き消すためか右肩の鎖骨辺りに左手を食い込ませていた。
目が醒めた時には痛みも傷もなかったせいでセオはずっとトウヤの心配ばかりしていた。俺が話したことで思い出させてしまった痛みを忘れる手伝いになればと丸めたその背中をほんの少しだけ強めに叩いた。

「その怖さや痛みはちゃんとお前の経験になってる。だから絶対に忘れるな。今回のお前の無茶な行動の先が本当はどんな結末になったのか。どれだけの人を泣かせる事になったのか。覚えておけば必ずそれが強みになる。」

「はい。忘れません。決して。」

行動と掛けた言葉は矛盾しているけれどセオは俺をちゃんと見据えてそう答えた。その瞳には迷いは見えない良い騎士の目をしていた。

「それにしても恐ろしく効果の高い治癒魔法だね。私が知っている中でも今の教会で1番と言われている者でもそこまでの使い手はいないと思うよ。君が騎士団に秘密にしようと考えたのは正解だと思う。失礼ながら君の素性は知ってるからね。初めはなぜ私なのかと思ったよ。君のお兄さんのほうが確実だろうと考えてね。」

院長が俺の素性を知っていてなおかつ元王国魔法士なら兄ルシウスの事も知っていて当たり前だ。

「でもなぜなんでしょう。トウヤさんの飾り紐のおかげとしか考えられないのに。」

「憶測でしかないがそれは多分────。」

「──切れたからじゃないのかい?『今は何も』と言ったろう?見送りに行った時セオが見せてくれた時には何かしらの魔法が付与されていたよ。それにトウヤくんの腕についたものをみたんだ。君が贈ったものと一緒に着けてたからしばらく気が付かなかったがトウヤくんの腕の飾り紐にも魔法が付与されていたよ。」

俺の言おうとした言葉に院長の言葉が重なる。そして続いた言葉に推測が確証に変わった。

「どんな魔法かわかりますか?」

「それがわからなかったんだよ。確かに君の渡した新しいブレスレットの付与魔法も読めないがそれは高位魔法だからなんだけどトウヤくんのはそれ以前の問題で」

「何かわからない魔法文字ってことですか。」

「うん、そんな感じだね。意味はわかるかい?」

「はい、なんとなく。」

それはトウヤが今まで全く違う文字を使っていたからかも知れない。

「それと一度目の前で編むのを見せてもらったがそれには何も付与されてなかったよ。手にとって見せてもらったから間違いない。」

そう言われ胸ポケットに入れたままのトウヤの手紙を取り出した。

「本当は見せたくないんですがこれは飾り紐と一緒にトウヤがくれた手紙です。ここに『気持ちを込めた』と。それにさっきトウヤに見せようとした時に切れてしまったんですが『願いが叶ったら切れる』とも言ってました。」

「それ、俺も貰った時に聞きました。」

「私達以外の騎士が着けていた飾り紐は宿舎に到着したときにはすべて切れてました。そしてこちらに入る前に確認したときには私達のどちらも切れてなかったんです。」

「あ、あの、そういえば俺のは結ぶ時にトウヤさんが俺が無事に『桜の庭』に帰ってきますようにって言いながら結んでくれました。」

包帯を巻き終わり騎士服を整えたセオが俺への配慮なのかチラチラと顔色を伺いながら話す。いいさ、お前のをトウヤが結んだのはもう知ってるからな。

「では君のは『トウヤくんのところへ帰るまで』ってところか。ふん。」

そうであって欲しいと思いながらも院長の言い回しは気になる。だけれどそれだけトウヤの事を気に入っている証だと思えば憎めない人だ。

「院長はここまでの話をどう思われますか。」

「───この事を知ってるのは君とセオだけなんだね。」

「はい。」

「まあ、素直に言ってしまえば未だに信じられないと言うところだね。肝心の飾り紐がこの通りなのだから確認のしようもない、だが切れる前の飾り紐になにかあったのは私自身が見ている。それに2人がそんな嘘をつく必要がないのは承知してる。だからそれがすべて事実だったとしての話をしよう。」

「仮にトウヤくんにその力があったとしよう。その事が知られてしまう切っ掛けになりそうな飾り紐は切れた事で効果を失ったからしばらくは安心していいと思う。だけど最も危険なのはトウヤくん自身が自分の能力をわかってないとゆう事だよ。どうせ私に彼の付与魔法は読み取れない。近いうちに王国魔法士の君のお兄さんに相談すべきだと私は思うよ。」

「どうしてですか!?何でノートンさんの所に来たと思ってるんですか。俺達はそんな事したらトウヤさんは『桜の庭』にいられなくなってしまうと思って……」

テーブルに勢いよく手をつき腰をあげたセオを院長が手で制した。

「セオ、落ち着きなさい。2人がどうして私の所に相談に来たのかよくわかっているよ。だけどねクラウスくん、キミが近くにいるときならきっとあのブレスレットがトウヤくんを護っているうちに駆けつける事ができるだろう。だが今回のような王都を離れている時にトウヤくんの事がうかつに知られるのはとても危うい。できるなら国にきちんと保護をして貰うのが1番いいと思う。それにはトウヤくんの持つ能力を明らかにする必要があるだろう。そしてそれを正しく王国側に伝えられる人間は君なんじゃないのか?」

途中から院長が何を言わんとしているのか気がついた。できることなら今のままトウヤに笑って『桜の庭』ですごして欲しいと思った。そして俺が傍で護ってやりたいと。だけどそれは無理なことだと院長は言っている。少し考えたらどちらが正しいかなんて答えはすぐに出た。でもわかっているのに頷けない俺がいた。

「君の希望通りの休みをトウヤくんにあげよう。その間に考えてみるといい。何がトウヤくんに取って1番いいのかを。」

「───わかりました。」

「私に相談した事を後悔しているかい?」

「いえ、やはりあなたで良かったと思います。3日下さい。それで答えが出せるか正直わかりません。でもトウヤが休みを貰ってあなたにもセオにも子供達にも迷惑をかける自分を許せるのは3日が限界だと思うので。」

「……キミは本当にトウヤくんの事をよくわかってるんだね。わかった、丸3日あげよう。明日の夜子供達が眠った後に迎えに来なさい。帰るのは4日後の朝。これでどうだね。」

「ありがとうございます。」

きっとこの人には俺が答えを出せない理由もわかっているんだろう。すべてを見透かした上で俺に時間を与えてくれた。そんな院長に対し俺の中には感謝しかなかった。

そしてそれから程なくしてトウヤのノックにより俺達の密談は終わリを告げた。




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