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騎士とミサンガ
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しおりを挟むクラウスの話 王都編⑨
あの日、ピアスに一瞬熱を感じて指で触れ目を閉じれば、脳裏に宿舎からギルドの前まで最短でたどり着く道が浮かんだ。自分が組み込んだくせに『気持ち悪い』と云っていた兄の魔法に驚きながらもその一瞬の熱ではどのくらいの事がトウヤに起きたのかまではわからなかった。
無事なのか確認したくて少し長めに休憩を貰うことにして宿舎からギルドに行ってみれば鼻の頭に以前薦めてきたようなラテのクリームを付けて呑気に入り口の階段に座るトウヤがいた。
一緒にいた頃と変わらない無防備な横顔にホッとする。
何があったか知らないが大した事ではなかったんだろう。ピアスのあの反応は消えた時点でトウヤへの驚異は取り除かれると判断して良さそうだ。
それにしても……確かに地方のギルドとは違い王都のギルドでは冒険者の勝手は許されない。でもそれが安全と云う意味と同じじゃないことが何度云ってもトウヤには理解できないみたいだ。
この国では珍しい艷やかな黒髪と黒曜石の大きな瞳にあどけない小さな口。その周りについたクリームを舐めとる紅い舌に何人かの男が見とれてるなんて少しも気づいていない。
暫くその様子を眺めていたけれどひとりの男がトウヤに近付いてきた。そいつを押しのけて隣を陣取り牽制しつつ、トウヤが突然現れた俺に驚いてるうちに丸め込んで逃げ出さないように抱き上げた。
足をパタパタさせて逃れようと肩を細い腕で押しているけど相変わらずなんの抵抗にもならないそれに気づかないフリをしていたら今度は何やらじっと見られている気がした。警戒が解かれ始めたのを感じて邪魔をしないよう前を向いて歩く。
だけどこのままでは直ぐに目的の店まで着いてしまいそうだ。
少なくともひと月は逢えない。何かあっても今日の様に様子を見に来ることは出来ない。
───何から話そう、なんて云おう。
「ピアス開けたの?」
口を開いたのはトウヤが先だった。
トウヤを囲うように添えていただけの右手で今俺達を繋いでくれている存在を確かめた。そうだ、始めは謝るところからだ。
「ブレスレット壊して悪かった。」
逸らされないように掴まえて大きな瞳の視線を捉えた。
自分が悪いと云うトウヤにそうじゃないとちゃんとわかって欲しい。自分に腹を立ててやってしまった行動がどれほどトウヤを傷付けただろうか。兄に指摘されたとおり成長できていなかった自分が情けない。
その兄に何か云われたのかと思っていたけどお祖母様が出向いた事で知らないでいれば良かった事に気づいてしまっていたみたいだ。『桜の庭』の仕事の事も、俺についてる肩書も。
産まれた時にくっついていただけでいずれ兄が家督を継いでしまえば無くなるものだ。
物怖じせず芯も強く、勤勉な姿に俺の方が釣り合わないと思う事すらあるけれどトウヤは自分自信の存在を軽く見ている所があるように思う。
何処から来たのかもわからない迷子のトウヤ。お前が敵国のスパイでも皇子でも絶対に逃さないよ。
気持ちが変わらないのを受け取ってくれたのだろう。大きな瞳に涙が溢れ出す。
「だめだ、泣いたら帰してやれない。」
そんな事を云っても無理な事はわかってる。だけど泣かれたら俺の腕の中に閉じ込めて穏やかな顔で眠るまでグズグズに甘やかしてやりたくなってしまう。
でも子供達を大切に思ってるトウヤがそれを望まない事はわかっているから泣き顔を見ないようにして歩くしかなかった。
それでもあっとゆう間に着いてしまった。
────帰したくない。
素直な気持ちに導かれるように人目を避けて路地に入り込みトウヤを降ろすと、やっぱり頬は涙でしっとり濡れていた。
「まだ俺の事『好き』って云わない?」
やっぱり腕の中に閉じ込めてしまいたい。そうされまいと引き結んだ小さな唇もこじ開けてしまいまくなる。だけど『もう少し待って』と予想通りの返事が返って来た。
お預けされるのはわかっていたけれどこの気持ちを抑え込むのは難しい。
おでこに。涙の零れる目尻に。それから引き結んだ唇の横に。逃げられたくなくて抱きしめた身体はされるがままで、その姿に離すことが出来ない。ほんの少し横にずらしてしまえば奪ってしまえるトウヤの唇。耳に届く鼓動。止めてる呼吸が苦しくて俺の腕にしがみついてきたので仕方なく唇を離した。
離れ難くて最後にもう一度抱きしめた。次に逢えるのは討伐の後だ。
*******
いよいよ今日王都を離れる。
支度の済んだ隊員は出発までは自由時間だ。待機組とは言え自分より先輩が動くのが落ち着かないのかセオは準備に手を貸していた。
「なぁ見たかよ、キールさんの見送り!」
「見た見た!3人はいたよな。しかもいい女ばっかり!キールさんがいない間俺と遊んでくれないかなぁ。」
食堂で珈琲を飲んでいると見送りに来た相手の話で周りも盛り上がる。
「オースターさんの奥さんもメチャクチャ美人だったな。」
「いや~俺はやっぱり可愛くて清楚な感じがいいなぁ」
「じゃああっちか、『桜の庭』の子。」
「そうそう。いいよなぁセオのやつあんな子に見送られてさ」
時間潰しに聞き流してた話で慌てて外套を羽織って外に飛び出す。
トウヤはセオの前にいてよく見えないがその前に『桜の庭』の院長だろう老人と目が合い軽く会釈して近寄れば俺が挨拶をする前に話しかけられた。
「2人お似合いなんだけどなぁ。キミもそう思わないかい?」
「思いませんよ。」
したり顔の老人に挨拶より先に牽制を返した。でもこの老人の気に障ればトウヤは俺に預けて貰えないだろう事はわかる。たとえ俺が侯爵家の人間でもだ。
断りを入れてトウヤの手を引いて歩けば目ざとく俺をみ見つけたキールが冷やかしの口笛を吹いた。
街路樹と俺の身体で周りの視線からなるべく隠す。唇を撫でただけで『子供の前だ』と怒られたから他の騎士等に見られてるのを気付かせたくない。
思った通り手の甲に唇が触れただけで子供達の姿を探した。
逢えると思っていなかったから今、顔が見れただけで充分だ。時間のなくならないうちに結んで欲しいと飾り紐を差し出した。
「嬉しい。俺も同じこと思ってた。」
そう云って花の咲くような笑顔になった。
なかなか会えなくておまけにさよならを云われてもう出発前にはこの笑顔を見るのは無理だと思っていた。
出来るなら帰った時もまたこの笑顔で出迎えて欲しいと思う。
やがて集合の目安になってる教会の鐘がなった。
これから先は例えこのピアスが異変を知らせても駆けつけられない場所に行く。俺のいない間にいなくなったりしないでくれよ。
「いってらっしゃい。」の声を耳に刻んで離れようとした時外套がなにかに引っ架かった。その『何か』はトウヤで引っ張る手がわずかに震えている。
「10だけ」
表に出てきた騎士達のざわめきに消えてしまわないようその先に続く言葉に耳を澄ます。
「10だけぎゅってして。」
耳まで朱く染めながらも俺の顔をちゃんと見てのかわいいおねだりに言い終わるより早く抱きしめた。
俺を意識してから初めての要求に跳ねた気持ちを抑えきれずおでこに口づける。
時間が無いのがこんなにも恨めしい。王都に戻ったらもう離さない。絶対に『好きだ』と云わせてやるからな。
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