80 / 333
雨降り
80
しおりを挟む部屋に戻ったものの今日はいろいろありすぎてすぐには眠れそうになかった。
でも時間は遅い。
買ったものは明日まで置いておくことにして取り敢えずベッドに入った。
そして何度も俺の心を温めてくれた今日の一日をたどっていく。
ノートンさんにクラウスのことを言えて本当に良かったと思う。セオと同じ様にここに来るのが『運命だ』と言ってくれた。そう思っていいだろうか。俺がこの世界に迷い込んだ理由が『桜の庭』に来るためだったと。
養護施設を出て自分の名前を嫌いになった日から、それまで以上に独りになった。それでもその独りを楽しむ事でなんとか過ごしていたのにこの世界に転移して俺の生い立ちを蔑んだりする人のいない場所で優しさに沢山触れた。
本当は俺の目が濁っていただけで手を差し伸べてくれた人もいたかも知れないけど卑屈になっていたあの頃の俺にはその手を取ることは事は出来なかっただろう。
出掛けた俺を葉っぱまみれでお昼寝もせず待っていたサーシャ、ロイ、ライ、ディノ。俺の代わりに洗濯物を取り込んで門まで迎えに来てくれたマリー、レイン。『おかえり』と言ってくれたノートンさん。
子供達がはしゃぎまわるこの庭の、大きな『始まりの桜』が咲くのをみんなで一緒に見たいと思うようになった。
可愛い子供達に囲まれて、『ただいま』と言える場所が出来て、信頼できる人も沢山出来て、好きな人までいる。
そう、俺の好きな人。
俺の殻を砕いてくれた人。誰よりも俺のみっとも無い部分を知っているのに今日も丸ごと許して、包み込んで抱きしめてくれた。
あれ程嫌いになったこの名前もクラウスになら何度でも呼んで欲しい。
時間にしたら短かったかも知れないけれど『桜の庭』で働き始めてから1番長く、1番近くにいられた。
ギルドの前でクラウスの声が聞こえた時、会いたいと思うあまりの幻聴かと思った。
近すぎた距離は照れくさかったけど、抱きあげられて見下ろした間近で見たクラウスの顔はやっぱり格好よかった。
瞳を縁取る長い金色のまつ毛とか、きれいに通る鼻筋とか、整った唇とか、露わになったおでことピアスがついた耳たぶ。
よく似合ってた。
対だと云われた『お守り』は金と蒼で出来ていてとても綺麗だからピアスが透明の石で良かったと思った。だって黒だったらホクロみたいだ。クラウスの形の良い耳にはキラキラ光る石がよく似合う。
初めて『とまりぎ』で出逢った時のクラウスは長い真っ直ぐな金髪がキラキラして綺麗で、かきあげたりする仕草も凄くカッコよかったけど『騎士様』のクラウスは前髪を上げて後ろに流し首の所できっちり結んだスタイルは王子様みたいだ。あんな人が俺の事を『好き』だなんて未だに夢なんじゃないだろうかと思ったり……
「大丈夫、ちゃんと痛いや。」
少しだけ心配になって頬をぎゅうぅっとつねったら『お守り』が小さく音を立てた。
壊さなくても俺を護ってくれるのはわかった。それは凄く嬉しい事だ。だけどたったあれだけの事で反応っしちゃうんだな。あ、でもサーシャに飛びつかれた時は何ともなかったから俺が『嫌だ』とか『怖い』とか思うときだけかなぁ
そう言えばギルドのお兄さんが『過保護過ぎ』って言ってたっけ。あの人もノートンさんみたいにこの『お守り』の魔法が見えてたんだよね。
………居場所も分かるGPSみたいなのがついてんのかな。何かあって心配掛けたらいけないよね、討伐遠征に行ってる間は外出控えよう。
今日、ギルドでラテ屋のお姉さんが突然抱きつこうとしなければ会えないまま討伐遠征に行ってしまい、もっと会えなかったかも知れない。俺の気持ちもまたどこかで勝手に捻くれていたかも知れない。
でも、もう揺らいだりしない。
何処の誰でも何を云っても気持ちは変わらないのは俺も同じだよ。クラウスを好きでいちゃいけないと思ってあんなに苦しいならこの先どうなろうとクラウスを好きなままでいたほうが幸せな気持ちでいられる。
逃げるつもりなんてまるでなかったけれど、頭の後ろと背中に回されたクラウスの手に俺は身じろぎも出来なくてクラウスの唇が離れるのを待つ間を思い出すとつい息を止めてしまう。
それと同じ様に、思い出すと直ぐに熱を感じてしまう唇の横に当てた指先を横にずらして自分の唇を撫でれば本当にして欲しかった場所が何処だったのかわかってしまった。
俺の『好き』も抱き締められてキスしたい『好き』なのはもう誤魔化しようがない。だけど…そうなんだけど……
「無理だよぅ……」
あれだけの事でいっぱいいっぱいなのに心臓麻痺で死ぬかも知れない。
結局俺は眠れなくなってベッドを降りると机に座って小さな灯りを点けて今日の買い物の袋を開けた。
中から手に入れた刺繍糸を並べる。
「久し振りだけど上手く出来るかな。」
施設にいた頃、文化祭や体育祭、部活の大会が近くなると学校で安受け合いしてきた子の手伝いで何十本も編んだミサンガ。
討伐遠征に行くクラウスに今の俺に何か出来る事は無いだろうかと考えた精一杯がこれだった。ただのおまじないだけど俺からも『お守り』を渡したかった。
安直かも知れないけれどベースは赤青黒の騎士隊の色。そこにこっそり金色を忍ばせて編む。
クラウスが怪我をしませんように。
もしも怪我をしても早く治りますように。
病気をしませんように。
無事に帰ってきますように。
願い始めればキリがなくひと編み毎にクラウスへの祈りを込めたミサンガはあっとゆう間に出来上がった。
「良かった。久し振りだけど上手く出来た。」
出来上がったミサンガを見て満足した俺はそれを引き出しの中にしまってようやく凪いだ気持ちでベッドに入った。
76
お気に入りに追加
6,212
あなたにおすすめの小説
俺は成人してるんだが!?~長命種たちが赤子扱いしてくるが本当に勘弁してほしい~
アイミノ
BL
ブラック企業に務める社畜である鹿野は、ある日突然異世界転移してしまう。転移した先は森のなか、食べる物もなく空腹で途方に暮れているところをエルフの青年に助けられる。
これは長命種ばかりの異世界で、主人公が行く先々「まだ赤子じゃないか!」と言われるのがお決まりになる、少し変わった異世界物語です。
※BLですがR指定のエッチなシーンはありません、ただ主人公が過剰なくらい可愛がられ、尚且つ主人公や他の登場人物にもカップリングが含まれるため、念の為R15としました。
初投稿ですので至らぬ点が多かったら申し訳ないです。
投稿頻度は亀並です。
明日もいい日でありますように。~異世界で新しい家族ができました~
葉山 登木
BL
『明日もいい日でありますように。~異世界で新しい家族ができました~』
書籍化することが決定致しました!
アース・スター ルナ様より、今秋2024年10月1日(火)に発売予定です。
Webで更新している内容に手を加え、書き下ろしにユイトの母親視点のお話を収録しております。
これも、作品を応援してくれている皆様のおかげです。
更新頻度はまた下がっていて申し訳ないのですが、ユイトたちの物語を書き切るまでお付き合い頂ければ幸いです。
これからもどうぞ、よろしくお願い致します。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
祖母と母が亡くなり、別居中の父に引き取られた幼い三兄弟。
暴力に怯えながら暮らす毎日に疲れ果てた頃、アパートが土砂に飲み込まれ…。
目を覚ませばそこは日本ではなく剣や魔法が溢れる異世界で…!?
強面だけど優しい冒険者のトーマスに引き取られ、三兄弟は村の人や冒険者たちに見守られながらたくさんの愛情を受け成長していきます。
主人公の長男ユイト(14)に、しっかりしてきた次男ハルト(5)と甘えん坊の三男ユウマ(3)の、のんびり・ほのぼのな日常を紡いでいけるお話を考えています。
※ボーイズラブ・ガールズラブ要素を含める展開は98話からです。
苦手な方はご注意ください。
音楽の神と呼ばれた俺。なんか殺されて気づいたら転生してたんだけど⁉(完)
柿の妖精
BL
俺、牧原甲はもうすぐ二年生になる予定の大学一年生。牧原家は代々超音楽家系で、小さいころからずっと音楽をさせられ、今まで音楽の道を進んできた。そのおかげで楽器でも歌でも音楽に関することは何でもできるようになり、まわりからは、音楽の神と呼ばれていた。そんなある日、大学の友達からバンドのスケットを頼まれてライブハウスへとつながる階段を下りていたら後ろから背中を思いっきり押されて死んでしまった。そして気づいたら代々超芸術家系のメローディア公爵家のリトモに転生していた!?まぁ音楽が出来るなら別にいっか!
そんな音楽の神リトモと呪いにかけられた第二王子クオレの恋のお話。
完全処女作です。温かく見守っていただけると嬉しいです。<(_ _)>
悪役令息に憑依したけど、別に処刑されても構いません
ちあ
BL
元受験生の俺は、「愛と光の魔法」というBLゲームの悪役令息シアン・シュドレーに憑依(?)してしまう。彼は、主人公殺人未遂で処刑される運命。
俺はそんな運命に立ち向かうでもなく、なるようになる精神で死を待つことを決める。
舞台は、魔法学園。
悪役としての務めを放棄し静かに余生を過ごしたい俺だが、謎の隣国の特待生イブリン・ヴァレントに気に入られる。
なんだかんだでゲームのシナリオに巻き込まれる俺は何度もイブリンに救われ…?
※旧タイトル『愛と死ね』
Restartー僕は異世界で人生をやり直すー
エウラ
BL
───僕の人生、最悪だった。
生まれた家は名家で資産家。でも跡取りが僕だけだったから厳しく育てられ、教育係という名の監視がついて一日中気が休まることはない。
それでも唯々諾々と家のために従った。
そんなある日、母が病気で亡くなって直ぐに父が後妻と子供を連れて来た。僕より一つ下の少年だった。
父はその子を跡取りに決め、僕は捨てられた。
ヤケになって家を飛び出した先に知らない森が見えて・・・。
僕はこの世界で人生を再始動(リスタート)する事にした。
不定期更新です。
以前少し投稿したものを設定変更しました。
ジャンルを恋愛からBLに変更しました。
また後で変更とかあるかも。
風紀“副”委員長はギリギリモブです
柚実
BL
名家の子息ばかりが集まる全寮制の男子校、鳳凰学園。
俺、佐倉伊織はその学園で風紀“副”委員長をしている。
そう、“副”だ。あくまでも“副”。
だから、ここが王道学園だろうがなんだろうが俺はモブでしかない────はずなのに!
BL王道学園に入ってしまった男子高校生がモブであろうとしているのに、主要キャラ達から逃げられない話。
推しの完璧超人お兄様になっちゃった
紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。
そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。
ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。
そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。
愛されなかった俺の転生先は激重執着ヤンデレ兄達のもと
糖 溺病
BL
目が覚めると、そこは異世界。
前世で何度も夢に見た異世界生活、今度こそエンジョイしてみせる!ってあれ?なんか俺、転生早々監禁されてね!?
「俺は異世界でエンジョイライフを送るんだぁー!」
激重執着ヤンデレ兄達にトロトロのベタベタに溺愛されるファンタジー物語。
注※微エロ、エロエロ
・初めはそんなエロくないです。
・初心者注意
・ちょいちょい細かな訂正入ります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる