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雨降り
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しおりを挟むあれからもクラウスには会えず秋の3月になっていた。
朝晩少し冷えるようになり、子供達の服も一枚増えた頃『桜の庭』にテーラーさんが来た。
季節の変わり目にはこうして成長した子供達の為にテーラーさんが来て身体にあったものを準備してくれるそうだ。
先日衣替えをした時、小さくなった物はより小さい子に下げるのかと思ったら箱に詰めて教会のバザーに出されるらしい。
「トウヤくんは冬物の準備はあるのかい?」
準備などあるはずがない。今着ているカーディガンですらクラウスが「いらない物」とカバンに入れてくれた物で、これと色違いがもう一枚あるだけでそれをかわりばんこに羽織っていた。
どうやって冬物を手に入れようか考えあぐねていた所だったのだ。
「いえ、セオさんが来てくれたときにでも少し時間をもらって準備しようと考えていたんですけど……」
「そうか、それならトウヤくんのも一緒に注文するからこっちに来てサイズを図ってもらいなさい。」
ノートンさんにおいでおいでと手招きされた。
「あの……僕ギルドに行かないと手持ちのお金がないので支払いが出来ません。」
それにこんな事して服を注文するだなんてなんだか高そうだ。
「何、気にしなくて良いんだよ。そうだね、制服の支給だと思いなさい。」
ニコニコしながらノートンさんがそう言ってくれたので素直に甘える事にした。テーラーさんに図ってもらうなんて初めてで緊張してしまう。女性ながら勿論僕より背の高いその人は品の良い黒のパンツスーツ姿で格好いい。
「では失礼しますね、そちらの上着は脱いで頂いてもよろしいですか?」
促されカーディガンを脱ぐと手早くメジャーを当てられる。
「ねえトウヤくん。君また小さくなったんじゃないかい?」
図られてる俺を見ながらノートンさんが呟いた言葉にマリーとレインが頷いたけどそれはもの凄く誤解だ。
「それは最近ずっと来てる上着を脱いだからです。むしろ増えてますから!それにレインの背がちょっと伸びたからそう見えるだけですよ。」
エレノア様が来た時にこっそり減らしているのがバレて以来ちょっとだけ量を増やしたんだからね!絶対増えてるんだから。
「確かにトウヤさんは随分……その…華奢でらっしゃいますね。その割には手足が長くておいでになるのでサイズの合うものがすぐにはご用意出来ないかも知れません。」
褒められてるのかけなされてるのかよくわからない辺りがプロなんだろうな。
「僕は急ぎませんので大丈夫ですよ。」
「ありがとうございます。ところでトウヤさん、お好きな色はございますか?」
「好きな……色?」
そう言われて直ぐに思い浮かんだのはクラウスの優しい瞳の色だった。
「あ、蒼色です。」
「承知しました。それでは準備でき次第納品してまいりますね。本日はこれで失礼いたします。」
なぜ好きな色を聞かれたのかわからないままテーラーさんは帰ってしまった。
そして理由がわかったのは5日後。王国が用意してくれる子供達の新しい服の数々とは別に、エレノア様が全員お揃いのコートが届けてくれた時だった。
「凄いよ、みんなとってもよく似合う!」
シックな黒をベースに深緑色に切り替えられたアルスターコート。マリーとレインはいつもより大人っぽく見えるし、ロイとライはお人形さんみたい。サーシャはいつもの元気な所が消えちゃって女子力上がってるし甘えたのディノまで小さな紳士だ。
全員並ばせて眺めてはほっぺに何度もちゅうしてしまう。
「ちょっと、トウヤ落ち着いてよ!」
「だってみんな凄く可愛いんだもん!わ、ノートンさんも格好いいです!」
ノートンさんもみんなとお揃いだけど色は黒と灰色だ。シックで凄く大人の雰囲気で間違いなくお金持ちの老紳士そのものだ。
「ふふふっありがとうトウヤくんもとても良く似合っているよ。」
そう、エレノア様は俺の分までくださったのだけど俺のは黒と蒼色のコートだった。
「あ、ありがとうございます。こうゆう明るい色のものは初めてなので……」
着慣れない色が似合うと言われ照れくさい。自分では白かグレーか黒といった無難なものしか持っていなかった。少ない手持ちで着回しが出来るし何処かへ出掛ける事もなかったから。
黒がベースの差し色が蒼というだけなのだけれどあの時不意に聞かれてとっさに答えてしまった自分が恨めしい。人が見る分にはただの蒼色かも知れないが俺にとってはクラウスの瞳の色なのだ。
……なんだか凄くいたたまれない。
「あの、ノートンさん。エレノア様にお礼の手紙を書いても良いんでしょうか。」
「お礼の手紙かい?もちろんだよ。そうだね、今までしてもらうのが当たり前で思いつかなかったよ。」
そんなわけでプレイルームでお絵描きしたり手紙を書いたりすることになった。今日の天気には丁度良い。
昨日の夜から雨が振っていたのだ。この世界に来てずっと天気が良かったので実は初めての雨だ。
洗濯物は空き部屋に干して、ノートンさんがマリーとレインに魔法の勉強と称して乾かしてくれるので安心して洗濯が出来るし、子供達が外に出れない事以外特に問題はなかった。
******
「おてがみで~す。」
昨日エレノア様に絵を書いたのが楽しかったのか今日は俺宛に小さい子組から手紙が一杯届く。
これはディノから2通目だ。ハグちゅうして受け取るとぐるぐると色とりどりの丸が書いてある。
「ありがとうディノ。何が描いてあるの?」
そう聞くと俺の膝によじ登りぐるぐるの説明をしてくれる。
「これがでぃので~これがまりーで~これがとーやでねぇおえかきしてるの。」
「そっかぁありがとう。上手だねぇ。」
「「おてがみで~す」」
今度はロイとライだ。双子の2人は瞳の色以外で区別を付けるならロイの方がしっかりものでライのほうが甘えた。でもやることは同じで可愛さも2倍だ。
「「これはロイとライとトーヤだよぅ」」
5歳の2人はちゃんと顔がわかるし色を使って描き分けているけれどロイが描くと2人とも瞳が紫でライが描くと2人とも赤色の瞳。お互い同じ色だと思ってるのか同じが良いのかわからないがそれで喧嘩になることもない。
「「それでねぇトーヤをよしよししてるの。」」
そうゆうと2人でにっと笑って手を伸ばし俺の頭を撫でてくれた。この前俺が泣いてたのをまだ覚えているのかな?2人をまとめてぎゅうっと抱っこして「ありがとうもう大丈夫だよ。」と内緒話をしてちゅうをした。
「りんり~ん。おてがみですよ~」
今度はサーシャが膝に飛び込んでくるお手紙が来る時の音も再現してるのが流石だ。
「わ、凄いねサーシャ、いっぱい描いたね。」
サーシャは少し大きいのもあるけれど小さ子組の中で1番絵が上手だ。
「さーしゃがこれでねぇこれがまりーとれいんでねぇでぃのとぉろいとらい。こっちがノートンさんでねぇこっちがトーヤなの。」
くしゃりと笑う顔に上手だねぇとちゅうをする。すると俺の横からマリーがその絵を覗きながら聞いた。
「ねぇサーシャ。このリボンがついてるのがトウヤなの?」
「そうだよ~とーやもかあいいからまりーとさーしゃと『おそろい』なの!」
そう言ってまた次のお手紙を描くために戻っていくサーシャを見送る俺にニヤニヤしながらマリーもいつもの席に戻っていく。サーシャが絵にリボンを付けるのは『女の子だけ』って俺もわかってるよ。思わずほっぺを膨らます。でもねみんなの絵の中に自分がいるのがたまらなく嬉しくて俺の機嫌はとても良い。
「トウヤはさっきから何作ってんだ?」
それよりレインは俺の手元が気になるみたいだ。
実は『配達』したい子のお願いで俺はテーブルの椅子にすわったまま動けないので色紙をもらってロゼットを作っているんだよね。
7人分のパーツを準備してひたすら折っていた。確かに地味な作業だけどただの紙が華やかになるのが好きなんだ。
折ったパーツをくるりと丸めて見せると2人が予想通り驚いてくれて嬉しい。
「これ、のりを乾かして貰えたりする?」
せっかくなので早く仕上げたい。洗濯物みたいに出来ないかな?
「それなら私が請け負うよ。2人には繊細な調節はまだ難しいからね。」
ノートーんさんが書類仕事をしてた物を雑に横にどかして協力してくれた。確かに髪を乾かしてもらう時も日に寄って風の強さが違う。クラウスだとほんのり暖かくて風も優しい。
「……くん、これでいいかい?」
「あ、はい大丈夫です。あとこれもお願いします。」
ノートンさんの声でクラウスと過ごしたひと月以上前の事をぼんやり思い出していた自分に照れる。
「どうしたのトウヤ。」
「ううん。雨、よく降るなぁって。」
照れ隠しに窓の外を眺める。一昨日の夜から降り出した雨はざあざあと降っていてまだ昼前なのに外は薄暗い。
遠目に見た警備の騎士は傘は刺さず帽子で雨をしのいでいた。クラウスもセオも風邪引いたりしないかな?
「この時期は毎年こんな感じで降るんだよ。明日には晴れると良いね。でも今年はトウヤくんのおかげで室内でも子供達が楽しそうで助かるよ。」
「じゃあ最初の1つは褒めてくださったノートンさんに差し上げます。」
真ん中に『ノートンさんいつもありがとう』とメッセージを入れて進呈した。
「私がもらって良いのかい?ありがとう、大切にするよ。それにしても紙からこんな物が出来るなんて不思議だね。」
折り紙は日本独特のものらしい。ノートンさんのロゼットを見てみんなが欲しがってくれるのに更に気を良くしてみんなの分を急いで仕上げた。
そんな雨の日の夜遅く、誰かの訪問を報せる音が『桜の庭』に鳴り響いた。
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