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王都で就活?
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しおりを挟むさすがの俺でも眠れないかと思いきや気づけばすっかり朝で、クラウスが飲む珈琲の香りで目を醒ました。
シーツから顔を出せば窓から柔らかに入る朝日に金の髪が煌めいていて、その持主が「おはよう」と声をかけてくる。
「おはよう………。」
タオルを掴んでクラウスとはなるべく一番遠い距離をととって洗面に駆け込む。
やばい、イケメンの破壊力が増している。
昨日『好きだ』と言われたから?違う、もともとキラキラしてたのにそこに笑顔のオプションがついたからだ。
おかげで起き抜けからクラウスの事で頭が占領されてしまった。
「こんなのダメなのに!」
冷たい水で顔を洗って気を引き締める。だって今日から孤児院で住込みの仕事が始まるのだから。
洗面から戻るとクラウスが着替えをしていた。肩と腕に巻かれた包帯が痛々しい。
「その傷まだ痛む?」
一昨日の夜は腕に血が滲んでいた。
「いや、全然。でもこの前見えないからうっかり引っ掻いてしまったから一応な。ホントに全然痛くないぞ。」
クラウスはそう言って右肩をぐるぐる回してみせた。
「……クラウスに勝てる人はいないぐらい強いってホント?もうそんな怪我しない?」
俺なんてギルドで血を垂らす時だって怖いのにクラウスは騎士団に復帰するために傷を負ったんだ。ますます怪我をする回数が増えちゃうのは嫌だ。
「残念だが俺より強いのなんて結構いるぞ。心配してくれるのか?これは俺の油断でやったものだからな、もうこんな傷つくらないさ。あ、でもトウヤに手当してもらうのもいいかもな。」
「わ、わざと怪我したら怒るから!」
もう!人が心配してるのにニヤニヤして!
ぷいっとクラウスに背を向けて着替える為にパジャマの釦に手を掛ける。
……あれ?
「……どうかしたのか?」
そう言われて振り向くと窓際に座ったクラウスがじっとこちらをみている。
「お、俺あっちで着替えてくるね。」
今日の着替えを抱きかかえて洗面所へ向かうとその背中に「正解。」とクスクス笑うクラウスの声が聞こえてきた。
俺今まで平気だったのに。…………ん?俺クラウスの前で着替えたことなかった…かも。最初は部屋が広かったでしょ?寝癖がひどいって言われてシャワー浴びたこともあったし後は大抵飲み物買ってくるって言ってその間に着替えてた。さっきの『正解』は今まで居合せないようにしてたって考えが正しいって事だ。
今まで気にも止めなかったことが少しずつ意識させられてしまう。俺はもう1度冷たい水で顔を洗ってのぼせた顔の熱を冷ました。
宿を出て屋台で朝食を済ませ、朝の人通りの多い中を孤児院へ向かう。
1人で歩いた時は人に俺が小さいせいかよくぶつかられそうになったし、実際何度かぶつかった。でもクラウスといると相手が避けたりよそ見してても手を引いてよけてくれたりする。
初めて出逢ってギルドまで連れてって貰った時はクラウスの背中を追って走ったけど、今は歩幅を合わせて俺の隣をゆっくり歩いてくれる。
歩きにくいよね。長い足が絡まったりしないのかな。
「なんだ?」
俺が足元を見てるのに気づいたクラウスにそう聞かれて
「足の長さが気になって。」
「……まあ身長が違うからな。」
そうなんだけど。きっと同じ身長の人と比べても長い気がするよ。
それを俺の歩幅に合わせてたら宝の持ち腐れですね。でも早く歩く気にはなれない。そうでなくても初日にあれだけ遠かった教会がどんどん近付いてしまう。
教会の広場に入った時、気になってた事を聞いてみた。
「教会ってどんな時に行くの?クラウスもよく行く?」
俺のこの状況を少しも説明に来てくれない神様があの中にいるんだろうか。街の中心にあるってそれだけ重要なんだよね。
「トウヤのところにはなかったのか?」
「あったよ、でもちょっと違うと思う。」
もちろん俺は行ったことないけどな。
「そうだな俺もそんなに頻繁にはいかないぞ。産まれた時に洗礼を受けた後は入学前とか成人した時とか。後はスキルの確認したい時とか?ギルドに登録すればそれはギルドでもわかるから随分行ってないかな。でも昔は新しい魔法を覚えると気になってよく行ったな。」
その頃を思い出して柔らかく笑う。きっといい思い出の中の1コマなんだろう。
「そうやってスキルを確認できるって不思議。」
「そうか?あ、あと結婚する時も行くな。」
「あ、それは同じかも。」
まあ日本人のはイベント的なものだけどね。
「今から俺と行こうか?」
クラウスが俺の手をとって甲に口付けた。俺の顔が沸騰するからやめてくれ。
「行かない!……あ、これ……」
恥ずかしくて取られた左手をクラウスから奪い返した時に白い半透明の石が並ぶブレスレットが目に入った。
「これ、まだ付けてていいの?」
「それはもうトウヤのものだ。……そうだな、この先トウヤが俺以外の奴を好きになるまでは、かな。」
そんな事言って案外クラウスの方が別の人を好きになる事の方が先なんじゃないだろうか。だって俺はこんな素敵なクラウスを『振った』のだから。
「……じゃあこのまま借りておくね。」
朝起きてここまで歩く間だけでも沢山のクラウスの優しさに触れた。この世界に迷い込んだ日からなら数え切れない。沢山助けてもらって何度も泣いて俺の卑屈な考え方やくだらない悩みも全部受け止めて慰めて俺が大嫌いな俺を『好きだ』と言ってくれた人。
優しくて、多分強くて、間違いなく格好いい。きっと周りがほって置かないだろう。
どんなにゆっくり歩いてもとうとう孤児院についてしまった。
クラウスが俺の大きなかばんを軽々取り出して門の横においた。
「それじゃあ元気でな。」
「俺をここまで送ってくれてありがとう。クラウスも元気で頑張ってね。」
声が震えるのも作り笑いも今は許して欲しい。クラウスなら今俺が泣くのを我慢してるのわかってるよね。
「俺も落ち着いたら必ず会いに来るからトウヤも頑張れ。」
クラウスが腕を広げたのでおずおずと近付いてハグを交わした。どうしよう離れたくないって思ってしまう。
でもその時下唇を噛んでいた俺の口のすぐ横にクラウスに「ちゅっ」って口づけをされた。
「じゃあな。」
それから最後に俺の頭をガシガシ撫でるとにって笑って騎士団の所へ向かうため来た道を戻って行った。
俺はクラウスが背中を向けるまで我慢してた涙がポロポロとこぼれだしてしまった。
キスされた口の横が熱い。
好きなんだと思う。
でも今までの生き方がそれを『勘違いだ』とブレーキをかける。自分の気持ちも、クラウスの気持ちも。
俺は初めてまるごと甘えさせてくれたクラウスに依存している。クラウスはこの世界で異質な俺の存在が珍しくて気になってるだけかも知れない。
お互い離れて、会えなくなってしまえば溢れてくるこの気持ちもそのうち消えてしまうかも知れない。
「ばいばい。クラウス。」
遠ざかる背中に小さく手を振って俺はこれから新しい生活を始める孤児院の扉に触れる。
「おはようございます。冬夜です。これからよろしくお願いします。」
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