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王都で就活?
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しおりを挟むクラウスの話 王都編④
王都の宿屋は値段を下げるために大抵狭く出来ている。その代わりシャワーやトイレがついているのも当たり前だが居場所がベッドの上しかないのが現状だ。
目についたトウヤの好きそうなものをあれこれ買っては見たものの食べたいのと話したいのとで手に持ったサンドイッチも一向に減っていかない。
くるくると表情を変え話をするのも初めて見る。興奮して俺に対して気が緩みきってるみたいだ。
昨日からの出来事を一生懸命話すトウヤの口に小さくしたチキンやパン、果物を放り込んで食べさせる。途中から俺の手元を見て口を開けて待つようになったのは子供の頃に飼っていた小鳥に餌をやっていたのを思い出して可笑しかった。
それにしてもトウヤには子供が引き寄せられる。人に対してかなり自分を隠しているが子供の前ではあまりそれが見られない。同じぐらいの警戒心を持ち合わせていればいいのにそれはまた別物らしい。
相手が孤児院の院長だったから良かったもののあっさり信用して相手の家についていくなんて、人買いだったらとっくにさらわれていただろう。次に同じ様な事があったら必ず騎士に声をかけるように言っておかないと。
「……つぅっ」
シャワーのついでに昼間3人を一度に相手した時に受けた傷をうっかり引っ掻いてしまった。右腕の肩から肘に向かって少し切られた傷は俺から見えづらく、ふさがりかけていたのが開いてしまった。
相手が人間だと思って躊躇した俺の失態だ。騎士団に戻ると云うことは人間相手に剣を振るう機会が増えるということだ。今日の自分を反省しつつ、救護室で巻いてもらった包帯を新しいものに巻き直す。
怪我の位置が悪いせいで大袈裟に見える包帯を隠すためいつもなら引っ掛けるだけのシャツのボタンを留める。
でも隠したのが裏目に出た。せっかく笑ったままベッドに入ったのに気づいたトウヤが自分を責めて泣き出してしまった。
「なんでお前が泣くんだ。」
これは俺の失態で聞かれた時に説明するのが恥ずかしくて隠しただけなのに。しかもその一言を誤解して傷付けたみたいだ。俺はトウヤを泣かす天才か?
顔だってそんなに擦ったらすぐ腫れてしまうのに。
手を取りゆっくり話して誤解は解けたかと覗きこめば濡れた黒曜石の瞳がじっと見返したあとに瞼の下に消えた。
同じ様に目を閉じてトウヤのしゃくり上げている呼吸が整うのを待つ間、合わせた額がじんわりと温かい。
そっと目を開けると目の前に噛み締められた紅い小さな唇があって……
「よし、明日の為にさっさと寝るぞ。」
髪をぐしゃぐしゃと掻き混ぜてトウヤをベッドへ押し込んだ。
…………それにしても、トウヤが甘いもの好きとか知らなかったな。たった2日の間に屋台の店主と仲良くなってるし『ゆっくりよ、ゆっくり、ゆっく~りいつもの場所でね?』なんて言われて何処に行くのかと思えば花壇の植え込みに腰掛けて足をプラプラさせ、ニコニコしながら口の周りにクリームをつけてラテを飲んでいる。
通りすがりにトウヤを目に止めた奴らが次々にラテの屋台に吸い込まれて行く。あの店主にすっかり広告塔扱いされているのにトウヤはまるで気づいてない。
少しでも減らしてやろうと口をつけて見たけれどクリームもココアも甘くて一口が精一杯だった。
トウヤの歩幅に合わせ、更にキョロキョロと周りを見るのを誘導して人にぶつからないように歩かせるのも随分うまくなった。
便利に思われてるのかも知れないがここまで甘えられるのはやっぱり嬉しく思う。でもこの保護者の様な立ち位置にいたいわけではない。
……なのにだ。あの黒騎士のガキに先を越されるなんて思いもよらなかった。
トウヤは何も悪くないのに不機嫌さを隠しきれない。しつこくて悪かったな。『ありえない』の返事は俺にも云うのかと想像したらトウヤの顔を見れなかった。それをなんとなく悟られて結局宿舎を案内出来なかった。
まあうかつに近寄ればさっきみたいなのが増えるだけだし冷やかされずに済んだのは良かったのか?
時間とトウヤの足の許す範囲で近場を歩き夕飯も済ませ、今は荷造り中だ。
用意したのは寝間着だけじゃない。『うっかり忘れたモノ』という名目で買い揃えた生活用品一式は俺が持っていた所で一生出番はない。さっさとトウヤのカバンに詰め込んで確認させずにしまい込む。
それは正解だった。
そういう所だけは勘のいいトウヤは王都に来るのにかかった今日までの費用を払うと言い出した。大した金額じゃない上にトウヤが金を持ってないことも知っていて払わせる気は最初からなかった。
あまりに食い下がるので少し乱暴に話を切った。
その返事の声が少し震えていた。なんだか今日は上手く意思が伝わらない。逃げようとするのを掴まえて間違いを探そうとしたのに突っぱねられる。
それは病院で見たあの顔だった。諦めと拒絶を綯交ぜにしたつくり笑顔。あれだけ俺に甘えてみせたのに一瞬であいつと同列に引き戻されたと頭に血が登る。
怒りに任せ乱暴に腕を引き戻してしまった。
俺は今どんな顔をトウヤに向けたんだろうか。黒曜石の瞳が怯え絶望し閉じられた。自分の未熟さが情けなくてたまらず部屋を出ようとしたら俺を拒絶したはずのトウヤに「いかないで」と呼び止められた。
逃げ出そうとした俺にこれからも会う理由が欲しかったのだと告げた。それからこの先も会えるのが嬉しいと俺を見上げてとろけるように笑い泣くその顔があまりに儚く綺麗で、一瞬息をするのを忘れた。
「トウヤ、好きだ。」
俺の告白に『嫌だ』とは言わないトウヤの明確な返事を待たずに言い訳ばかりする唇をさっさと塞いでしまおうとした時だった。
細い腕が俺との間の距離を阻んだ。だけどなんの障害にもなっていない。白い肌を首まで紅く染めたトウヤを逃さないように抱き込めば壊れそうなほど大きな心臓の拍動が薄い皮膚を通して俺の身体に伝わる。
こんなに全身で答えを返しているのに『ごめんなさい。』と言いながら俺に抱きついてきた。
こんなのあり得ないだろ?
トウヤにあるのは個性的な常識の壁らしい。これはもう叩き割るしかないよな。
俺の上から慌てて逃げようとするのを掴まえて
『覚悟しろよ。』と言えば再び真っ赤に染まって浴室へ逃げ出した。
取り敢えず俺を意識させる事に成功したと思ったのに浴室から出でくればいつものあの格好だ。
髪を乾かし警戒心がゼロのところを狙ってキスを落としついでに『俺の前で俺のシャツを着る危うさ』を教えてやった。そこで留まった俺を全力で褒めて欲しい。
…………でないと他のやつの前でもうっかり着てそうだ。
シャワーを終えベッドの小さな塊に「おやすみ」を言って部屋の灯りを小さくした。
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