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王都で就活?
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しおりを挟むクラウスの話 王都編③
シャワーを浴びて髪を洗ったおかげでようやく香水の鼻につく匂いから解放された。
髪をタオルで軽く拭きながら風魔法で乾かして部屋に戻るとトウヤが俺のベッドで寝ていた。
「トウヤ、お前のベッドあっちだぞ。」
細い肩をゆるく揺すると起き上がったので目を醒ましたかと思ったらへにゃりと笑ってまたパタンと倒れて寝息を立て始めた。
仕方なくトウヤを抱き上げてベッドを移そうとしたら俺の脱ぎ捨てた服を握っていることに気がついた。
取り上げようと引っ張ると眉間に小さなシワを寄せて更にしっかりと抱き込んでしまう。
同じ部屋で眠る事になって気付いたのだけどトウヤは大抵こうやって縮こまって眠る。
小さな身体を更に小さくして眠るから最初の宿に泊まった時は先に起きたのかと勘違いしたくらいベッドが平で驚いたぐらいだ。
「中身は必要ないのか?」
服とベッドを諦めてトウヤをそっと抱き上げ、身体の下に入っていた掛布を抜き上に掛けてやりそのまま俺の方のベッドに寝かせ、俺はトウヤのベッドに横になった。
寝ぼけてベッドを移動するくらい俺が香水の匂いと興味の湧かない話に耐えている間にトウヤに何があったのだろうか。
ゆっくり聞いてやりたいが明日は朝早くから鍛錬場に呼び出されている。
祖母をそそのかして見合いのようなお茶会なんぞを仕掛けてきた兄が明日は一体何を仕掛けてくるだろうか。
俺は体力温存のため早々に眠りについた。
朝の気配に目を醒ました俺は小さな寝息でトウヤがまだ眠っているのを確認すると今日使う予定の長剣を取り出し手入れを始める。先日俺の不注意でトウヤに痛い思いをさせてしまったがこの剣に付与してある魔法の書換えは俺には出来ない。
手入れを終えて剣をしまった頃ようやく目を醒ましたトウヤが自分の置かれた状況を把握するのにあたふたするのが面白くてからかっていたらあっという間に宿を出なきゃいけない時間になってしまった。
小さなチャンスを見逃さず昨日の令嬢方よりもたおやかな指先と柔らかい頬にキスをして宿にトウヤを残し足早に鍛錬場へ向かった。
騎士は国王直轄の組織であるため寄宿舎や鍛錬場など普段いる所は王城と教会の間に位置している。
組織は4つに分かれ、王族の側に控える騎士団のトップは白い制服の近衛騎士。その下に戦闘能力に長け他国との戦闘や魔獣討伐などの有事の際に先攻部隊となる赤い制服の通称『赤騎士隊』同列に魔法に長けた青い制服の『青騎士隊』そして赤や青に実力が及ばない者や学校を卒業して日が浅い者で後方支援や補給を主にする黒い制服の『黒騎士隊』。でもそれは有事の際の話であって普段は鍛錬に励みながら王都の警備を順に行うのが仕事だ。
身体を温めるために随分と早く来たつもりだったが迎え撃つ方も同じ気持ちだったのか3年前に同僚だった赤騎士隊の面々が既に待ち構えていた。
「ようクラウス、生きていたとは驚きだな。」
「3年もサボっておいて簡単に戻れるとは思うなよ。」
嬉しそうな顔をして俺を痛めつける気でいるんだろうけど悪いが負ける気はない。
それになるべく早く終わらせてトウヤの仕事をなんとかしてやりたかった。
しかしながらやはり兄が関わっている以上そう云うわけには行かず、赤騎士隊全員参加のトーナメント戦が仕組まれていたが、3年間の冒険者生活で得た経験をひしひしと感じながら全員片付けた。
「冒険者の男1人に勝てないなんてよくそれで『赤騎士』を名乗れますね。仕方ないハンデをあげましょう、そこの三人でかかりなさい。」
そう言ってトーナメント戦の上位3人をけしかけたのはいつの間にかそこにいた白い騎士服を着た俺の兄ユリウスだった。
俺に負けた悔しさと身内の了解と騎士団上司の命令のどれを優先したのかわからないが躊躇なく3人掛かりで囲まれたのを迎え撃つ。しかし流石に無傷とはいかず一撃、二撃と喰らった所で頭にきて手加減無しで3人まとめて吹っ飛ばした。
「クスクス。あんだけやっても余裕なんだ、素直に復帰認めてやれよユリウス。」
起立した兄の横で用意された椅子に座るのはこの国の第一皇子だ。どちら様も忙しい身で何わざわざ俺の事見に来てんですかね。
「皇子様に言われたら仕方ありませんね……仰せのままに。」
「だってさ、良かったねクラウス。そこまで出来るんなら私も近いうちに相手してあげるからね。」
おかげで俺の復帰が決まったみたいだ。それでも少しも今の2人に勝てる気がしない。護るべき王族が誰よりも強いのがフランディールが長い間平和な1番の理由だろう。
騎士団復帰をようやく許された時には日も随分傾いていてギルドで祖母からの手紙を受け取った頃にはすっかり暗くなっていた。
これでトウヤの仕事の話を進められると急いで読んで見れば期待とは真逆の内容で頭を抱えた。
『院長に貴方の薦める方と会うように手紙を送りましたが昼過ぎに直接おいでになり既に信頼に足る人物を雇い入れたのでと断られてしまいました。力になれずごめんなさい。詳しいお話を聞きたいのであれば屋敷まで………』
断られるなんて思ってもいなかった。昨日から鈍い手応えに不安を感じないわけではなかったがずっと人手不足と聞いていたからまさかの結果に言葉が出ない。どうやって説明したらいいんだ。
とにかくトウヤに話をしなくては。
混雑したギルドから出て、更に人の多い通りへ足を踏み出した時だった。
「クラウス!」
人混みの喧騒の中でもはっきりと聞き取れるその声に振り返れば小さい身体で懸命に人の波を抜け走ってくるトウヤの姿が見えた。
辺りはすっかり暗いのにこんな時間まで何処に行ってたのか。いやそれより、仕事がダメになったなんてなんて伝えたらいいかまだ考えられていない。
だけどトウヤは俺と目が合った途端花が咲いた様な笑顔を浮かべそのまま腕の中に飛び込んて来た。
トウヤが自ら抱きついて来たことなんて一度もなかった。俺の顔を見て笑ってはいたけれど何か怖い目にでもあったのかと心配で覗きこめばさっき初めて見たのと同じ花がほころんだような笑顔の後に湧き出た涙に戸惑う。けれど泣き出したトウヤからの報告は驚くべきものだった。
昨日も今朝も話したかったのはこの事だったのだろうか。俺がモタモタしている間に実力で仕事を決めて来るなんて。
よくよく思い返せば初めて会った時だって既に自分で『とまりぎ』の仕事を手に入れた後だったんだ。
俺が仕事を見つけてやろうなんて偉そうに言ったくせに身内頼りでその上失敗した。どうやら本人相手に負けたようだけれど『公爵家』の紹介する人物より直接対峙したトウヤの人柄が勝ったという事だ。
「お前は本当にすごいやつだな。」
腕の中の小さな、それでいて素晴らしい行動力のトウヤに胸が熱くなるのを感じながらただゆっくりと泣き止むのを待った。
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