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王都で就活?
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しおりを挟む「───見慣れない天井だ。」
「……何言ってんだ、大丈夫か?」
「はい、すみません。」
豪華なシャンデリアの反射が目に優しくない。
俺は今、広すぎるベッドに寝かされて直接乗せられたクラウスの手でおでこを冷やしてもらってる状態だ。
お腹いっぱいになって帰宅した後、広いお風呂だから一緒に入っても余裕だと思ったのに「俺は風呂に入る習慣はないからいい。」とあっさりクラウスに断られてしまった。
それなら長風呂したいから先に入ってもらえば俺はお風呂を堪能出来る。それでもあまり長風呂したら悪いかな?と考えていたらクラウスは「飲みに行ってくる。遅くなるかも知れないから気にせず先に寝てろ。」と言って出掛けてしまった。
え?1人でですか?でも俺はお酒飲めないしクラウスもずっと俺のお守りじゃ疲れるのかも。なんていじけそうになったけれど俺に都合がいいことに気付いた。
───これって気兼ねなくお風呂に入れるって事だよね?
少なくとも一時間くらいは長風呂してても大丈夫のはず!それに気がついた俺はいそいそと着替えを準備して浴室へ行った。
行ったことないけどさすが高級旅館って感じでグレーの大理石で出来た3畳ほどの大きな湯船に逸る気持ちを抑えつつしっかり体を洗ってからソロリとお湯に身を沈めた。
「ほあ〰〰〰きもちいい〰〰〰」
気持ちよさに声を出さずにいられない。
ぼんやり入ったあれはもうノーカンだ!ほぼ二週間ぶりのお風呂最高!……まぁ出来たらもう少し浅いと有り難いけどね。
だって入り口の段差の所に座るとおへその辺りだし、しっかり入ってしまうと口まで沈むので今は端に掴まって浮いてる状態だ。プールかな?もうこれプールだよね?
お約束に泳いでみた。やばい楽しい。こんな広いお風呂独り占めだなんて贅沢の極み!領主様ありがとう!
その後も歌を歌ったり浅い所に座って体が冷めたらまた浸かりを繰り替えしついにはうたた寝してしまった。
結果、帰宅後に部屋に俺がいなくて驚いたクラウスに風呂から引き上げられ、湯あたりを起こしていた俺はこうして介抱されている。……ホントすいません。
「久しぶりだったしこんな広いお風呂1人で入るのはじめてではしゃぎ過ぎちゃいました。」
おでこのクラウスの手がヒンヤリしてて気持ちがいい。
「そんなに風呂が好きなのか?」
「大好きです!……というか毎日の事だからシャワーだけだと物足りないですね。やっぱり一日の疲れはお風呂に浸かってほぐしたいです。」
「毎日風呂って…ここいらじゃ聞かないな。トウヤはその……金持ちなのか?」
俺の返事にクラウスが引きつった顔で笑った。
「まさか!僕の育ったところは普通の人でもお風呂は普通に入るだけですよ。その…どっちかと行ったら貧乏です。働いたお金は部屋代と食べる分でほとんど消えちゃうし。だから毎日のお風呂が唯一の楽しみだったんです。でも僕の住んでた所はこの部屋の中にキッチンもお風呂もトイレも収まっちゃいますよ。ソファーだって俺の使ってたベッドより大きいからここのベッドなんて置いたら足の踏み場もなくなっちゃうくらい狭いんですよ。」
「それはなんとも不思議…...いや1人で住むには便利が良さそうだな。」
俺に気を使ってくれてたけど今不思議って言っちゃってたからね。
でもまさか風呂だけで金持ちと言われるとは……文化が違うとそうなるのか。
あの男の所にあったから『とまりぎ』は宿ゆえにシャワーなのかと思ったけどそういえばギルドで領主様があの男が男爵とか言ってたから金持ちに違いない。俺の『風呂好き』は他所ではあまり言わない方が無難かも知れないな。
「こちらは部屋にキッチンとかシャワーやトイレの付いた部屋を借りる事って出来るんですか?」
「すまない。そういう一人暮らしはしたことがないのでわからない。トウヤも孤児院で住み込みだからしばらく必要ないだろう?」
「単なる興味ですよ。クラウスさんは3年間『とまりぎ』に住んでたんですもんね。そういえば王都に戻ったらどうするんですか?お家があるんですか?」
「いや家はあるにはあるがそこからはとっくに出ているからな。騎士団の宿舎に入るよ。」
そっか、当たり前だけど王都に行ったらクラウスともお別れなんだ……。
そう思ったらなぜだか急に胸の辺りがぎゅうっとなった。だけど同じ王都にいるんだからビート達ほど会えなくなるわけじゃないよね?
「あの、もう大丈夫ですありがとうございました。」
そう言ってクラウスの手を外してもらった。
「そうか、じゃあ俺はシャワー浴びてくる。」
そう言ってお風呂場に向かって行った。俺は風呂から引っ張り出されたときにバスローブを羽織っただけだったのでクラウスが運んでおいてくれた着替えを身に着けた。ベッドに座ってタオルで髪を乾かしているとあっという間にクラウスはシャワーから戻ってきた。
「まさかとは思ったが寝間着は買わなかったのか?」
クラウスが上半身裸のまま自分の髪を拭きながらきれいな眉を寄せる。ちくしょう!筋肉見せびらかしてんのかよ!
「だってこれがあるから。確かに少し大きいですけど誰かに見せるわけでもないしそれに着心地がとってもいいから洗い替えにもう一枚同じ物が欲しいくらいお気に入りなんです。俺の安眠の原因はこれのせいでもあるんじゃないかってくらい!」
思わず力説してしまった。だって肌触りがホントに気持ちいいんだ。服を買いに行って分かったけどクラウスに貰ったパジャマ代わりのこの服と同じような生地の物はマデリンの服屋には数点しか置いてない高級品だった。
こんな服を何枚も「いらない」と並べたクラウスこそお金持ちに違いない。領主様とも知り合いだし。
「いや、大きすぎるだろ。孤児院では住み込みなんだから人にも見られるぞ、王都に行ったら絶対買え。」
「……はい。」
そうだった。住み込みなら夜だって何かしらする事はあるからぶかぶかワンピースのこの格好じゃだめかぁ。
なら俺の買えるパジャマはこの肌触りのは無理だ。洗い替えに最低2枚いるしな。なんだか名残惜しくて袖の部分を頬ずりした。
俺の短い髪が乾いた頃クラウスは魔法で長い金髪を乾かしていた。
「いいなぁ便利で。」
クラウスはタオルを冷やしたり髪を乾かしたりエアコンみたい?まさに一家に1台なんじゃ…………
「練習すれば髪を乾かすくらいお前にも出来るんじゃないか?」
簡単に言われたところでどうやって練習するんだ。真面目に風を起こす練習なんて魔法のない世界で生きて来た俺には例の病気に自らかかりに行くみたいで恥ずかしくてやれるわけがない。
適当に返事を濁し布団に入った。
シャンデリアの灯りが消えて薄明かりだけになった部屋にしばらくしたら隣のベッドのクラウスの寝息が聞こえてきた。
夜に誰かの寝息の聞こえるのは久しぶりだな。昼間馬車の中でずっと寝てたし風呂でも寝てしまったからかさっぱり寝付けない。
お陰でいろいろ考え出してしまった。というか、今までいろいろありすぎて考える時間もなかったよね。
まだこの世界に迷い込んで二週間もたってないのにいろいろあったな。魔法のある世界だからもしかして住んでた所とマデリンをつなぐ空間みたいな所があって入り込んでしまったんだろうか。神様に出会う事も無くて、誰かに召喚された訳でも無くて、最強の魔法使いでも無くて特に向こうの知識も持ってやしない。じゃあやっぱりいつか不意に元の場所に帰るのだろうか。
…………………やだな。
そう思う自分に驚く。でもこれは本心だから仕方ない。
俺自身が宣伝して歩いている訳でもないのにどこにいても施設の子というラベルが貼り付いてるみたいに周りとは壁があった。就職も3社目でやっと決まった。
『施設出身だから素行不良を心配された』と自称嘘の付けない担任が何度目かの俺の傷をえぐった。入社した会社では逆に『可哀想な子』扱いで嫌だった。
でもこの世界に来てからはただただまっすぐな優しさばかり与えられて心地がいいのだ。
向きをかえ隣のベッドへ目をやると反対側を向いて眠るクラウスの裸の背中のがあった。上は着ないで眠るんだ。
クラウスには何度も情けない所見られたな。みっともなく喚いて泣いて。でもその度に抱きしめて甘えさせてくれた。居場所がなくなった俺に仕事を見つけてくれて今もこうして一緒に王都に連れて行ってくれる。
なんでだろう。元々優しい人だから俺みたいな常識知らずの子供をほっとけないのかな。俺は大人なんだよ?こっちの見た目は子供かも知れないけどさ。あの時のキスだって俺が不安そうに見えたから気をまぎらせるためだったんだよねきっと。
王都に行って離れちゃうのやっぱり嫌だな。優しくしてやるからついて来いって言ってくれたのに離れたら次はいつ会えるんだろう。
クラウスが俺を子供だと思って与えてくれる優しさに甘えていたい。クラウスの胸に耳をつけてあの優しい音を聞きながら毎日眠れたら幸せだと思う。
鼻の奥がツンとして涙がぽろぽろ出てきた。なんの涙なんだろうこれ。
心が震えるわけでもないになぜか出てきた涙に戸惑いながらクラウスのあの背中にくっつきたいな、なんて思いながらパジャマの袖を頬に擦りつけて無理矢理眠りに落ちた。
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