迷子の僕の異世界生活

クローナ

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迷子になりました

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チャプンって音がする。

あったかい……

あ~これお風呂かなぁ…

久しぶりで

「気持ちいい……」

「だろう?僕もお気に入りなんだ。」

ボンヤリとした夢の中から今一番聞きたくなかった男の声で現実に引き戻された。

「これは一体どういう事でしょうか。」

確か俺はコイツの仕事場にいたはずで、こうならないように何も口にしなかったのに俺は今広い部屋の中に置かれたバスタブに全裸で風呂に浸かり男が俺の肩に湯をすくってはかけている。お湯が泡だらけなのが唯一の救いな気もするけれど全裸の時点で結局はアウトだ。

お風呂に浸かるのは最高だけどこのシチュエーションは最低だ。体も上手く動かない。

「君が紅茶を飲まないからいけないんだよ?せっかく解毒剤が入っているのに。」

そう言ってまた紅茶を飲んでいる。

「どうやってここに?」

そうすると男の立ち上がって歩く先に香炉があった。

「これだよ、事務所のやつには睡眠効果のあるものを焚いていたんだよ。今は弛緩剤のやつさ。良い香りだろう?」

どおりで体に力が入らない訳だ。息をとめる事はできないし……

「俺を、どうするつもりだ。」

「おや?『俺』だなんて僕のトーヤくんはそんな言葉使いはダメだよ。」

「うるさい、俺は元々自分、の事は俺って言うんだ。気に入らないなら、帰らせろ。」

なんだか口が重たくて上手く話せない。

「ああ、気に入らないな!」

男が興奮気味に俺の髪を掴んた。

「トーヤくんは僕のモノなのに昨日の君はクラウスとかいう冒険者とデートしてただろ?夜に屋台で食べ歩いて随分楽しそうだったじゃないか。その話し方もそいつのせいだね?」

男の手が頭から顔に降りてくる。両手が頬を挟みそのまま首をなぞり肩まで滑る。

「僕は案外潔癖症でね、他の男の手垢がついてるのは気に食わないんだ。今から君の躰を隅々までキレイに洗ってから美しく飾り付けてそれからゆっくり楽しもうね。」

ニタリと笑って男の顔が近付いてキスをされた。それから薄く開いたままの口のなかにねっとりとした舌を入れてきた。気持ち悪くて動く精一杯の力でその舌を噛んだ。

それに腹を立てた男が俺の頭を押さえつけて湯船に沈める。そうだな、何かされるならいっそ知らないうちがいいかもな。
そう思ってお湯の中で意識を手放した。


次に気が付いたのは天蓋付のベッドの上だった。バスルームと同じ甘ったるい匂いがしているからなのかやっぱり躰は動かない。

「さぁトーヤくん、すみからすみまでキレイに洗ってあげたよ?そのナイトドレスも良く似合ってる。」

着せられた薄い服の上から体を撫でられ胸の辺りで「ビリッ」と痛みが走り自分の意思では動かない体が跳ねた。

「やっ、な、、に?」

「さっき躰を洗った時にその胸の可愛らしい飾りの誘惑に負けていたずらが過ぎてしまったよ。すまないね、今から僕が優しく舐めてあげるからね。」

怖いのに逃げ出したいのに体がピクリとも動かせない。
男が俺の上に覆いかぶかり、髪を掴んで俺の涙を舐める。

「初夜に涙はいけないなぁ」

ぺろりと唇も舐められた。

「さっきみたいに噛んじゃ駄目だよ。」

着せられた服のリボンが解かれ素肌があらわになり首から胸、更に脇腹へ男の舌と手が這い回る。

「や、。い……や、」

イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ。怖いよ、誰か助けて!

「く、らう…す…」

その瞬間、俺の上にいた男が吹き飛んで綺麗な金色が目に飛び込んできた。

「遅くなって悪い。」

そう言って俺の好きな優しい空の蒼色が目の前に現れた。クラウスだ。こんな馬鹿な俺を助けに?

「う、うれ…し…」

クラウスが来てくれて嬉しいと笑ったつもりだけど伝わったかな?そんな事を思いながら聞こえてきた早鐘に安心して俺は再び意識を手放した。






ぼんやりとした視界がはっきりしてきた。今度の天井は無機質で灰色だな、俺のアパートではない事はわかった。

視界の端にピンク色が見える。

「ソ、フィア……さ、ん?」

あれ?まだ上手く喋れないのかな?

「トウヤ気が付いたのね!良かった!」

俺の声に気が付いたソフィアが走り寄って俺を抱きしめた。その途端悪寒が背筋を走る。

「嫌だ!」

思わず突き飛ばしてしまった。怖い、なんで?

「ごめ…な、……い。ぼく、」

シーツを手繰り寄せかき抱き震える俺にソフィアはなだめるように緩く首を振りドアの外に何か伝えると少し離れた所に椅子を置いて座った。

「ごめんなさい、私が配慮に欠けたわ。ここは病院よ。あれからあなたは丸1日眠っていたのよ。」

あれから、という言葉に記憶が甦り吐き気が込み上げるけれどなにも出てくるものがないらしい。
そんな俺の背中を戸惑いながらもソフィアが擦ってくれているとノックが聞こえ白衣を着たお婆さんが入って来た。

ソフィアが俺の横をその人に譲る。

「こんにちはトウヤ。私はこの病院の院長のレイリーよ。まずは少しだけお水を飲みましょうね。」

ソフィアが水差しから注いだ水をお婆さんに差し出し、それを俺に渡して飲み干すのを待つとベッドに背中を倒させた。

「怖い思いをしたね。結論から言えば、大丈夫じゃよ。トウヤの躰は綺麗なままさ、ソフィア達がぎりぎりだけど間に合ったからね、嫌な思いはしただろうけど悲観しなくていいよ。弛緩剤と睡眠剤の解毒の治療で1日眠っていたから体が怠く感じるだろうけど明日には退院していいよ。」

そう言ってシーツの上から俺の方をポンポンとあやすように叩き優しく微笑むとすぐに部屋を出て行った。

もう一度俺の横に座ったソフィアを改めて見れば化粧っ気もあまり無く髪も簡単に後で1つにまとめただけの姿だった。

「ソフィアさんが助けてくれたんですね。ありがとうございます。」

「私だけじゃないわ、クラウスとマートとジルベルト達、後はギルド職員が何人かね。まぁほとんどクラウスとマートだけど。」

クラウス…あの金色、夢じゃなかったんだ。

「マートさんまで助けに来てくれたなんて宿屋の仕事があるのにどうしよう……」

「大丈夫よ、マートは宿屋の主人になるまでは王都で騎士団の副団長だったのよ?ポトレ如きたいしたことないわ。だけどあなたを雇ったとわざわざギルドに知らせに来なかったら間に合わなかったかもよ?『とまりぎ』じゃあなたがいなくて騒ぎになってたし。それにあなたも悪いわよ、なんで自分からポトレの所へ行ったの?」 

そう聞かれ事の経緯を話した。アイツを殴った事でマートをギルドに訴えると脅されてお茶に誘われた事に始まり、話し合って週イチで2人きりでカフェでお茶する事になってからはよく覚えてないと告げた。

「あの野郎……トウヤが判らないと思って適当な事言って騙したのね。ギルドまで引き合いに出すなんて絶対に許せないわ!クラウス全然やりすぎじゃ無かったわね!全身複雑骨折なんてまるで足りないわ!2度とお日様見えない様に容赦無く叩き潰してやる!」

椅子から立ち上がって怒りに震えるソフィアの周りにバチバチと静電気みたいなのが見える。ギルドで見たときは棒から出でると思ってたけどまさかソフィアの魔法?

初めて見るハッキリした魔法に驚いてると「あらやだ私とした事が。」とふふふっと笑って再び座った。

「マート達もすごく心配してるわ、今は宿屋の仕事で来れないけどお昼過ぎにかわりばんこに様子を見に来ていたわ。それからクラウスはずっとドアの外に張り付いてるわよ?私は今からギルドで事後処理があるから帰るけどトウヤをひとりにさせたくないわ、クラウスを呼んで大丈夫かしら?」

クラウスの名前にシーツを頭まで被ってしまった。だってなんだか怒られると思ったからだ。でも、……顔がみたい。

シーツの隙間から顔を出してこくんと頷くとソフィアはドアを開けてクラウスを呼び込んだ。

「……これ、本当に入って良いのか?」

「トウヤがいいっていったからいいわよ?多分。じゃあ私はギルドでアイツをしめてくるからトウヤをお願いね」

「じゃあねトウヤ」と言ってソフィアが部屋を出た、と思われる。見えないし。

「……トウヤ、大丈夫か?嫌ならドアの前の廊下にいるから無理するな。」

そう言うのも仕方ない。だって俺は今シーツを頭から被ってミノムシみたいになってるから。どうしよう。なんで被っちゃったの俺!

俺が返事をしないからクラウスが部屋を出ようとする気配がした。

「やだ。いかないでクラウスさん」

今ひとりは嫌だと思ってしまった。なんとか絞り出した小さな声に気が付いてくれてクラウスの足音が近付いて椅子に腰掛けたのがわかった。

「顔を見て安心したい。だめか?」

ためらいながら話す声にシーツの隙間をあけるとキレイな空の蒼色が2つ俺を見つめていた。

「やっと見れた。だけどできたらもっとちゃんと顔がみたい。」

そう言ったクラウスの顔はなんだか辛そうだった。




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