82 / 84
第二章 アルメリアでの私の日々
この恋心に終止符を
しおりを挟む
「本当にお世話になりました」
馬車に乗り込む前、見送りしてくださるアレクシス殿下とマーガレット王女にお礼を伝える。
するとアレクシス殿下は茶化すように言った。
「君がいなくなるのは寂しくて寂しくて……マーガレットの結婚式まで滞在を延ばさないかい」
「そうしたいのは山々なのですがどうしても帰らなければならない事情があって」
「それなら仕方がない。結婚式には参列してくれるんだよね」
「ええもちろんです! 何がなんでも参列します! なんてたって大好きな友人の門出ですから」
マーガレット王女に微笑みかけると彼女も恥じらうように笑う。
マーガレット王女とジェラルド様の結婚式は学園の卒業式から二ヶ月後、春から夏に移り変わる時期に決まった。
ジェラルド様は卒業後直ぐに結婚式を挙げたかったみたいだが、王女の降嫁とあって準備が膨大なのだ。各国から使者も参加するのでスケジュールの調整が難航した結果、ジェラルド様の希望と参列者の希望の中間をとった日程だった。
「アタナシア嬢はギルバート殿下と参列する予定だったかな」
「……ええ、その予定です」
(……彼が着いてきてくれるかは分からないけれど)
一応招待状はギルバート殿下の元に届いていて、参加を了承してくれているが、これからの私の行動でもしかしたら来ないかもしれない。
顔を強ばらせた私に気づいたマーガレット王女が、私の両手をぎゅっと包みアレクシス殿下に声をかける。
「お兄様ちょっと席を外して下さらない?」
「最後に仲間はずれかい?」
「もうっ! そういうんじゃないって分かってるでしょ!」
早くどっか行って! とマーガレット王女のつっけんどんな物言いに、アレクシス殿下はにこにこしながら去っていく。
いなくなったのを確認してからマーガレット王女は口を開いた。
「私、昨日ターシャの話を聞くずっとずっと前から────それこそ貴女に救われてからずっと考えていたの。どうしたら恩を返せるかって。それでね、昨日の話を聞いて今、ターシャに必要なのはこれなんじゃないかって」
そうして閉じていた私の手をこじ開けてコロンと飴玉くらいの透き通った蒼い球体を落とした。
「これは……?」
「私の特殊魔法を込めた魔具。ターシャも知っての通り、私は相手の色が視えて嘘とか見破ることが出来る。だからここぞというところでこれを使って。貴女が視ることが出来る回数は制限があるのだけれど……三回までは私と同じように相手の色を視ることが出来る」
説明を聞いた途端に手の中にある球体の重みが増す。
「このような貴重な物は頂けません! マーレの特殊魔法は秘匿されています。この魔具によってもし外部に情報が漏れたら……」
返そうとするとマーガレット王女は首を横に振る。
「もう貴女にあげるって決めたし、必要な物よ。ターシャは嘘をつく人じゃないけど、私は貴女の婚約者、ギルバート殿下がそんなに極悪非道な人にも思えなかった」
だからね、とマーガレット王女は続ける。
「どこか私とジェラルドみたいに……すれ違ってそれが修復不可能なくらいにズレてしまった結果が、ターシャの一度目の人生なんじゃないかって思うの。そうではなくとも、何か大きな理由があったのかもしれないわ」
「それは……」
ぐらりと決意が揺らぐ。可能性を考えなかったわけじゃない。でも、他に理由があったからといって過去が変わるわけじゃない。私は処刑され、あの人はローズを選んだ。
加えてあの冷たい眼差しが、処刑を宣告した声が耳にこびりついていて、傷はじくじくと未だ修復していない。
「だから貴女がしようとしていることで後悔して欲しくない。ターシャ、貴女は今でもギルバート殿下のことを好いているのでしょう?」
「はい、好きです」
だからこそ、私はひとつの決断をしている。好きだからこそ、だ。
その決断をマーガレット王女は私が後悔すると訴えてくるけれど、それだけで止まれるような生半可な覚悟ではない。
それでも私を心配して言ってくれていることを理解しているので、何だか胸がいっぱいになってしまい気づいたらぽろぽろ涙を零していた。
マーガレット王女は私の涙を優しくハンカチで拭ってくれて今度は両頬を包んだ。
「もし、もしね? 断罪されて処刑……ってなったら捕まる前に逃げて逃げてとにかく逃げて亡命して来て。私が匿うわ」
そうして額を合わせて彼女は微笑む。
「この先、貴女に何が起ころうとも私は無条件にターシャの味方よ。もちろん私の夫となるジェラルドやお兄様もね。逃げる場所はあるって心の片隅にでも置いておいて」
私は震えながら大きく何度も頷いた。
◇◇◇
「シアおかえり。ずっと会いたかった」
馬車から降りた途端ぎゅうっと抱きしめられ、私はああソルリアに帰ってきたのだと実感した。
久しぶりに再会したギルバート殿下はまた背が伸びたみたいだ。麗しい美貌に拍車がかかっていた。これなら私がいない間も社交界でご令嬢達を騒がせていたに違いない。
「シアの居ない生活は寂しかった」
「私もギルの居ないアルメリアの生活は物足りなかったわ」
「本当に?」
「本当よ!」
クスクスと笑う。良かったここまでは今までと同じように取り繕えていた。問題はここからだ。
「会って早々伝える内容ではないのだけれど、話したいことがあるの」
「ああ、かまわないよ。手紙でも報告してくれていたけれど、私もアルメリアでの生活をシアの口から直接聞きたいしね。応接室に案内しよう」
そうして応接室のふかふかなソファに腰を沈めた私は、王宮の侍女が注いでくれた紅茶をこくりと飲んで喉を潤した。
正面にはギルバート殿下が同じように紅茶に口をつけようとしていた。
「それで話したいことって?」
「私とギルの関係性についてです」
(もう、会ったわよね)
一度目の人生ではこの頃にギルバート殿下はローズと出会っていて惹かれていく最中だったはず。
目の前の彼は私のことが好きではなくなって、というか直接「好き」という言葉を貰ったことはないのだけれど。
アルメリア魔法学校で沢山の魔法を学んだ。人脈も作った。これで処刑以外なら国外追放でも、勘当されても、とりあえずツテを頼って生きていける。
何より──
(断罪されるくらいなら……嫌いだと彼からもう一度、直接言われてしまうくらいなら)
──私はギルバート殿下のために身を引こう。
もう二度と、好きな人によって傷つきたくないから。
すぅっと息を吸って、バクバクとうるさい心臓を無視して、震える手を隠し、無理やり口角を上げて穏やかな表情を作って──記憶を取り戻してからずっと何回も脳内イメージしていた台詞を伝えるのだ。
「ギルバート・ルイ・ソルリア殿下、私──アタナシア・ラスターとの婚約を解消していただけませんか」
馬車に乗り込む前、見送りしてくださるアレクシス殿下とマーガレット王女にお礼を伝える。
するとアレクシス殿下は茶化すように言った。
「君がいなくなるのは寂しくて寂しくて……マーガレットの結婚式まで滞在を延ばさないかい」
「そうしたいのは山々なのですがどうしても帰らなければならない事情があって」
「それなら仕方がない。結婚式には参列してくれるんだよね」
「ええもちろんです! 何がなんでも参列します! なんてたって大好きな友人の門出ですから」
マーガレット王女に微笑みかけると彼女も恥じらうように笑う。
マーガレット王女とジェラルド様の結婚式は学園の卒業式から二ヶ月後、春から夏に移り変わる時期に決まった。
ジェラルド様は卒業後直ぐに結婚式を挙げたかったみたいだが、王女の降嫁とあって準備が膨大なのだ。各国から使者も参加するのでスケジュールの調整が難航した結果、ジェラルド様の希望と参列者の希望の中間をとった日程だった。
「アタナシア嬢はギルバート殿下と参列する予定だったかな」
「……ええ、その予定です」
(……彼が着いてきてくれるかは分からないけれど)
一応招待状はギルバート殿下の元に届いていて、参加を了承してくれているが、これからの私の行動でもしかしたら来ないかもしれない。
顔を強ばらせた私に気づいたマーガレット王女が、私の両手をぎゅっと包みアレクシス殿下に声をかける。
「お兄様ちょっと席を外して下さらない?」
「最後に仲間はずれかい?」
「もうっ! そういうんじゃないって分かってるでしょ!」
早くどっか行って! とマーガレット王女のつっけんどんな物言いに、アレクシス殿下はにこにこしながら去っていく。
いなくなったのを確認してからマーガレット王女は口を開いた。
「私、昨日ターシャの話を聞くずっとずっと前から────それこそ貴女に救われてからずっと考えていたの。どうしたら恩を返せるかって。それでね、昨日の話を聞いて今、ターシャに必要なのはこれなんじゃないかって」
そうして閉じていた私の手をこじ開けてコロンと飴玉くらいの透き通った蒼い球体を落とした。
「これは……?」
「私の特殊魔法を込めた魔具。ターシャも知っての通り、私は相手の色が視えて嘘とか見破ることが出来る。だからここぞというところでこれを使って。貴女が視ることが出来る回数は制限があるのだけれど……三回までは私と同じように相手の色を視ることが出来る」
説明を聞いた途端に手の中にある球体の重みが増す。
「このような貴重な物は頂けません! マーレの特殊魔法は秘匿されています。この魔具によってもし外部に情報が漏れたら……」
返そうとするとマーガレット王女は首を横に振る。
「もう貴女にあげるって決めたし、必要な物よ。ターシャは嘘をつく人じゃないけど、私は貴女の婚約者、ギルバート殿下がそんなに極悪非道な人にも思えなかった」
だからね、とマーガレット王女は続ける。
「どこか私とジェラルドみたいに……すれ違ってそれが修復不可能なくらいにズレてしまった結果が、ターシャの一度目の人生なんじゃないかって思うの。そうではなくとも、何か大きな理由があったのかもしれないわ」
「それは……」
ぐらりと決意が揺らぐ。可能性を考えなかったわけじゃない。でも、他に理由があったからといって過去が変わるわけじゃない。私は処刑され、あの人はローズを選んだ。
加えてあの冷たい眼差しが、処刑を宣告した声が耳にこびりついていて、傷はじくじくと未だ修復していない。
「だから貴女がしようとしていることで後悔して欲しくない。ターシャ、貴女は今でもギルバート殿下のことを好いているのでしょう?」
「はい、好きです」
だからこそ、私はひとつの決断をしている。好きだからこそ、だ。
その決断をマーガレット王女は私が後悔すると訴えてくるけれど、それだけで止まれるような生半可な覚悟ではない。
それでも私を心配して言ってくれていることを理解しているので、何だか胸がいっぱいになってしまい気づいたらぽろぽろ涙を零していた。
マーガレット王女は私の涙を優しくハンカチで拭ってくれて今度は両頬を包んだ。
「もし、もしね? 断罪されて処刑……ってなったら捕まる前に逃げて逃げてとにかく逃げて亡命して来て。私が匿うわ」
そうして額を合わせて彼女は微笑む。
「この先、貴女に何が起ころうとも私は無条件にターシャの味方よ。もちろん私の夫となるジェラルドやお兄様もね。逃げる場所はあるって心の片隅にでも置いておいて」
私は震えながら大きく何度も頷いた。
◇◇◇
「シアおかえり。ずっと会いたかった」
馬車から降りた途端ぎゅうっと抱きしめられ、私はああソルリアに帰ってきたのだと実感した。
久しぶりに再会したギルバート殿下はまた背が伸びたみたいだ。麗しい美貌に拍車がかかっていた。これなら私がいない間も社交界でご令嬢達を騒がせていたに違いない。
「シアの居ない生活は寂しかった」
「私もギルの居ないアルメリアの生活は物足りなかったわ」
「本当に?」
「本当よ!」
クスクスと笑う。良かったここまでは今までと同じように取り繕えていた。問題はここからだ。
「会って早々伝える内容ではないのだけれど、話したいことがあるの」
「ああ、かまわないよ。手紙でも報告してくれていたけれど、私もアルメリアでの生活をシアの口から直接聞きたいしね。応接室に案内しよう」
そうして応接室のふかふかなソファに腰を沈めた私は、王宮の侍女が注いでくれた紅茶をこくりと飲んで喉を潤した。
正面にはギルバート殿下が同じように紅茶に口をつけようとしていた。
「それで話したいことって?」
「私とギルの関係性についてです」
(もう、会ったわよね)
一度目の人生ではこの頃にギルバート殿下はローズと出会っていて惹かれていく最中だったはず。
目の前の彼は私のことが好きではなくなって、というか直接「好き」という言葉を貰ったことはないのだけれど。
アルメリア魔法学校で沢山の魔法を学んだ。人脈も作った。これで処刑以外なら国外追放でも、勘当されても、とりあえずツテを頼って生きていける。
何より──
(断罪されるくらいなら……嫌いだと彼からもう一度、直接言われてしまうくらいなら)
──私はギルバート殿下のために身を引こう。
もう二度と、好きな人によって傷つきたくないから。
すぅっと息を吸って、バクバクとうるさい心臓を無視して、震える手を隠し、無理やり口角を上げて穏やかな表情を作って──記憶を取り戻してからずっと何回も脳内イメージしていた台詞を伝えるのだ。
「ギルバート・ルイ・ソルリア殿下、私──アタナシア・ラスターとの婚約を解消していただけませんか」
42
お気に入りに追加
3,300
あなたにおすすめの小説
影の王宮
朱里 麗華(reika2854)
恋愛
王立学園の卒業式で公爵令嬢のシェリルは、王太子であり婚約者であるギデオンに婚約破棄を言い渡される。
ギデオンには学園で知り合った恋人の男爵令嬢ミーシャがいるのだ。
幼い頃からギデオンを想っていたシェリルだったが、ギデオンの覚悟を知って身を引こうと考える。
両親の愛情を受けられずに育ったギデオンは、人一倍愛情を求めているのだ。
だけどミーシャはシェリルが思っていたような人物ではないようで……。
タグにも入れましたが、主人公カップル(本当に主人公かも怪しい)は元サヤです。
すっごく暗い話になりそうなので、プロローグに救いを入れました。
一章からの話でなぜそうなったのか過程を書いていきます。
メインになるのは親世代かと。
※子どもに関するセンシティブな内容が含まれます。
苦手な方はご自衛ください。
※タイトルが途中で変わる可能性があります<(_ _)>
もう二度とあなたの妃にはならない
葉菜子
恋愛
8歳の時に出会った婚約者である第一王子に一目惚れしたミーア。それからミーアの中心は常に彼だった。
しかし、王子は学園で男爵令嬢を好きになり、相思相愛に。
男爵令嬢を正妃に置けないため、ミーアを正妃にし、男爵令嬢を側妃とした。
ミーアの元を王子が訪れることもなく、妃として仕事をこなすミーアの横で、王子と側妃は愛を育み、妊娠した。その側妃が襲われ、犯人はミーアだと疑われてしまい、自害する。
ふと目が覚めるとなんとミーアは8歳に戻っていた。
なぜか分からないけど、せっかくのチャンス。次は幸せになってやると意気込むミーアは気づく。
あれ……、彼女と立場が入れ替わってる!?
公爵令嬢が男爵令嬢になり、人生をやり直します。
ざまぁは無いとは言い切れないですが、無いと思って頂ければと思います。
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
マッチョな料理人が送る、異世界のんびり生活。 〜強面、筋骨隆々、とても強い。 でもとっても優しい男が異世界でのんびり暮らすお話〜
かむら
ファンタジー
【ファンタジー小説大賞にて、ジョブ・スキル賞受賞しました!】
身長190センチ、筋骨隆々、彫りの深い強面という見た目をした男、舘野秀治(たてのしゅうじ)は、ある日、目を覚ますと、見知らぬ土地に降り立っていた。
そこは魔物や魔法が存在している異世界で、元の世界に帰る方法も分からず、行く当ても無い秀治は、偶然出会った者達に勧められ、ある冒険者ギルドで働くことになった。
これはそんな秀治と仲間達による、のんびりほのぼのとした異世界生活のお話。
さようなら、家族の皆さま~不要だと捨てられた妻は、精霊王の愛し子でした~
みなと
ファンタジー
目が覚めた私は、ぼんやりする頭で考えた。
生まれた息子は乳母と義母、父親である夫には懐いている。私のことは、無関心。むしろ馬鹿にする対象でしかない。
夫は、私の実家の資産にしか興味は無い。
なら、私は何に興味を持てばいいのかしら。
きっと、私が生きているのが邪魔な人がいるんでしょうね。
お生憎様、死んでやるつもりなんてないの。
やっと、私は『私』をやり直せる。
死の淵から舞い戻った私は、遅ればせながら『自分』をやり直して楽しく生きていきましょう。
比べないでください
わらびもち
恋愛
「ビクトリアはこうだった」
「ビクトリアならそんなことは言わない」
前の婚約者、ビクトリア様と比べて私のことを否定する王太子殿下。
もう、うんざりです。
そんなにビクトリア様がいいなら私と婚約解消なさってください――――……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる