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第二章 アルメリアでの私の日々

静かに明ける朝(1)

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 シャーッとカーテンが開く音がして、差し込む陽光に眩しさを感じつつ瞼を擦る。私は上半身を起こした。

「──おはよう……ルーナ」

 光を背にしてお仕着せ姿の彼女が居た。

「おはようございますお嬢様、起こしてしまったようですね」

 ルーナはすまなそうに寝台にやってくる。

「うーん……ねむい……」

 ウトウトと微睡みながらどうにか意識を覚醒させようと頑張るが、再び夢の中に落ちてしまいそうだ。

「もう起きる時間?」

「多少なら二度寝出来るくらいですね。もう一眠りするのでしたらまた起こしに来ます」

「…………」

「お嬢様?」

 肩を揺すられ、びくりと震える。

「ごめ……意識、飛ばしてた。眠気覚ましにお水くれると嬉しい」

 ここで二度寝を決め込んだら起きられなさそうだ。ふわぁと出てくるあくびを噛み殺しながらスリッパに片足を突っ込む。

「──お持ちしますね」

 コップ一杯の水を受け取り、寝台の上で飲み干せば少しは眠気から解放される。

「朝食って昼食食べたところに行けばいいのかしら」

 昨日はこの部屋を出た共有スペースに朝食が用意されていたので、それを食べた。
 けれどあれは昨日だけの措置のようで、今日はカフェテリアに行かないといけないと聞いている。

「それが違うようですよ」

「えっ」

 寝台から降りた私は窓際の安楽椅子に腰掛ける。外の天気は快晴で、雲ひとつない。
 ルーナは寝台のシーツを剥ぎ取って丸く包む。

「あれは校舎側にあったと思いますが、朝食の会場は寮内らしいです。詳しくはこちらで」

 ルーナは私に小箱に入ったイヤーカフを持ってくる。受け取って耳に付けると音声が流れてきた。

『おっはようございま~す! 本日の天気は晴れ、気温はちょっと高め、大きめの洗濯物を干すのはこれ以上ないほどぴったりな日です。新入生の方はご入学おめでとうございます! 何か不安なことがあったら周りの上級生や先生にお尋ねください~! では事務連絡に入ります。まず、今日の朝食会場は第一────』

 録音された物の自動再生なのか、心地良い声でさらさらと連絡事項が流れる。

『それでは、本日も元気に一日、勉学に励みましょう! 担当はルルナ・アイベリッツェでした~』

 それを以てプツリと音声が終了する。

「ルーナもこれ、聞いたの?」

 シーツを持ったルーナは私の隣で待機していた。彼女が洗い物の中では大変な部類であるそれを洗おうと思ったのは、この放送を聞いたからだろう。

「ええ、画期的な技術です。校内放送だと聞き逃す方もおられますが、こうして朝、個々に、情報伝達できるのは素晴らしいです」

 ルーナは嬉しそうに声を弾ませた。

「しかもお嬢様方だけではなくて、仕えている私達にはまた違う内容のものが流れるのです」

「へぇ何が流れるの?」

「大方は同じですが、洗濯物を干す場所や掃除道具の保管場所、足りない物の補充、外出届け申請書、とかですかね」

 指を折って彼女は数える。

「っと、こうはしていられません。お嬢様、ご支度なさいませんと」

 ルーナは慌ててシーツを寝台の上に置き、トローリーバックのチャックを開けた。
 アルメリア魔法学校には制服が存在しない。各々好きな服装なので、白衣を着る人や本の中に出てくるような魔女の格好をした人まで様々だ。

「今日は暑いようですので半袖でよろしいですか? それとも薄手の長袖にしましょうか」

 次から次へと出てくる色とりどりの服はどれも生地が薄く、この季節に着るようなものだ。厚手の服はもっと大きなバックの中に入っていて、そちらはまだ荷解きをしていない。
 いつかはやらないといけないけれど、切羽詰っている訳では無いし、冬が来る前に行えばいいと思っている。

「動くと暑くなっちゃうから半袖がいい。もし冷房が効いていて寒かったら上着を羽織るからそれもお願い」

「かしこまりました」

 数分後、ルーナはひとつの服を広げた。袖の部分にオーガンジーの生地が使われており、うっすら肌が透ける作りである。これは今年仕立てたドレスで私も着るのは初めてだった。

 袖に手を通して、背中のリボンをキツく締めてもらう。
 ふわりとその場で一回転すれば、ライムグリーンの裾が空気を含んで柔らかく揺蕩う。

「お嬢様、お座りください」

 促されて窓際からドレッサーの前の椅子に腰を下ろす。大きな鏡に映るのは寝癖で緩くウェーブがかった髪と間抜けな顔をした自分の姿だ。

 ルーナは霧吹きに入った整髪料を私の髪に吹きかけ、櫛で梳いていく。ところどころ引っかかるのか、クンッと後ろに引っ張られる。

「痛くありませんか」

「平気よ」

 私はされるがままの状態で鏡越しにルーナの手つきを眺めていた。

 ルーナは気分が乗ってきたようで、ルンルン鼻歌を歌いながら絡まった髪の毛を丁寧に解していく。

「楽しそうね」

「そりゃあそうです。ソルリアではお嬢様はほとんど外出しなかったので見せる人がいませんでした。ここなら舞踏会のように、着飾るまではいかないものの、人の目があります。だから楽しいんです。腕が鳴って」

 霧吹きを置いて、ルーナはポケットからヘアゴムを出す。

「マリエラさんにもアルメリアで流行りの髪型を教えてもらいました。お嬢様は何がいいですか」

「うーん、じゃあ、私に似合いそうだなってルーナが思う髪型にして」

「……悩みますね」

 ルーナは櫛を持ったまま険しい顔つきで考え込む。

「決めました。王道で行きます」

 意気揚々と宣言した彼女は、再度櫛を握りしめて私の腰まである髪を手早く編み込んでいく。

「出来ました! 後はゴムの上にリボンを巻けば完成です」

 ふぅっと息を吐いて、ルーナは額に浮かんだ汗を拭った。
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