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第二章 アルメリアでの私の日々
絡んで縺れる赤い糸(1)
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「分からない。本当に分からない……」
ブツブツと呪言のようにそれだけをジェラルド様は呟く。それは夜、暗闇の中に聞こえてきそうな亡霊の囁きのようで、止めないと今日の夢に彼が出てきて魘されそうだ。
「つかぬ事を伺いしますが、ジェラルド様はマーガレット王女殿下のことをどう思っていらっしゃるのですか?」
『──現時点ではね』と不穏な言葉を残して去っていったマーガレット王女。もしかして二人の婚約は政略の中でも無理矢理なのだろうか。ならば、あれほど嫌っているのも少しは理解できるけれど。
「──政略、ではあるが私はマーガレットのことが好きだよ。世界でいちばん可愛い。婚約者以上に可愛い令嬢は見たことがない」
「惚気か」
すかさずアレクシス殿下が突っ込む。
「事実だ。私の中ではそうなんだよ」
嘘偽りには見えない。想いは本当のようで、朗らかにジェラルド様は私に婚約等の経緯を教えてくれた。
ジェラルド様がマーガレット王女と婚約したのは一歳にも満たない赤子の頃。どうしてそんな早くに両家によって結ばれたのかと言うと、マーガレット王女の出生がやはり関わっていたのだとアレクシス殿下から補足が入る。
「不吉だとされる妹が適齢期になった時、貰い手がいない状況になるのを母上が心配したんだ」
令嬢は子息よりも結婚にシビアだ。適齢期と呼ばれる年齢の間に結婚しなければ、行き遅れと死ぬまで後ろ指を指される。
本来王女という身分は引く手あまただろうに、マーガレット王女の場合は双子に赤い眼がその価値を地の底まで下げていた。
貴族は昔からの言い伝えを信じる者が特に多い。仮に婚約の申し込みが来ても、それは王女の降嫁で得る一時の利益のみが欲しいだけ。まともな嫁ぎ先にはならないだろう。
娘には幸せになって欲しい。そう思うならば、そんなところには嫁がせられない。
「それで母上が信用し、王家に嫁ぐ前から親交があったシモンズ侯爵家に打診したんだ。ちょうど嫡男であるジェラルドが数ヶ月前に産まれていたから年齢的にも釣り合うと」
「それでは初めて会ったのは赤子のときですか?」
「ううん、私がマーガレットと顔合わせをしたのは六歳のとき。それまで王家の姫は隠されるように育てられていて、外見の噂以外の情報は無し。公式行事はアレクシスと一緒に不参加だった」
「マーガレットだけ欠席するより、私も欠席すれば悪意のある噂は立ちにくくなるからね。表……だけだけど」
きっとまだ小さかったマーガレット王女を周りから守るためだろう。
「婚約者がいるのだと両親から伝えられたのはそれよりも前。物心ついた……頃かな? 聞いた時、両親の敷いたレールを歩くようで私は癇癪を起こしたんだ。恥ずかしいけど、幼子なりに自分が選んだ女の子と一緒になりたかったから」
「随分と夢見がちだ。貴族に生まれたのならば不可能なのに」
「うるさいぞアレクシス」
ジェラルド様はアレクシス殿下を睨みつけた。
「一部の子息たちには、お前は可哀想だ。婚約を破棄してしまえ、とか何も知らないのに彼女の噂だけで私に哀れみの目を向けて来て……嫌で嫌で仕方なかった」
(会う前から周りにあれこれ言われるのは私も嫌だわ)
「それに反して、アレクシスからは妹を頼むぞと散々お願いされた。両親、アレクシス、恐れ多いことに王妃殿下にまで……たった六歳の私にだよ?」
ジェラルド様は肩を竦ませ、降参だとばかりな仕草をした。
「鬱陶しいほど同じことを言われると、それと反対のことをしたくなるのが人間の性。だから初めて対面する時、馬鹿だった私は意地悪して婚約を白紙に戻してやろうと玩具の蛇をこっそりポケットに忍び込ませた」
行おうとしていることが完全にあれだ。好きな子に意地悪したくなるというやつ。この場合はまだ出会ってないから違うけれど。
「だけど、不安そうにアレクシスと手を繋いで王妃殿下の後ろに隠れるマーガレットを見たら、悪戯なんて忘れてしまって……」
恥ずかしそうに頭を搔く。
「王妃殿下に促され、おずおずと伸びてきた陶器のような白い手。〝こんにちは〟とそのぷっくり張りのある赤い唇から紡ぎ出された言葉。不吉だと言われていた燃えるような瞳は宝石のようで。その一挙一動に、目を奪われた。良い意味で視線を外せなかった」
「私も覚えているよ。君の間抜けな顔を見たのは、後にも先にもあの時だけだ。マーガレットは少し怖がってたけど。視線が外れなくて気持ち悪いって」
揶揄うようにジェラルド様の脇をつつく。
「私も後々言われた。最初の印象は変な人で、婚約を白紙に戻してもらおうと陛下に泣き縋ったらしいし……」
相手にそれを言えるということは仲は良好だったのだろう。となるとやっぱり、あそこまでマーガレット王女が嫌悪感を示した理由が付かない。
「そういうのもあって最初の頃はマーガレットも私のことを警戒して表情が固かった。話しかけても、強ばった顔で当たり障りのない返答が返ってくるだけ」
だけどね、とジェラルド様は続ける。
「何度か交流するうちに打ち解けてきたのか、出会って一年後くらいかな? 彼女と視線が合った時──始めて花開くようなあどけない笑顔が目に映って、胸が高鳴ったんだ」
〝好き〟という感情が伝わってくる。一点の曇りもない純愛がそこにはあって、とても、眩しかった。
ブツブツと呪言のようにそれだけをジェラルド様は呟く。それは夜、暗闇の中に聞こえてきそうな亡霊の囁きのようで、止めないと今日の夢に彼が出てきて魘されそうだ。
「つかぬ事を伺いしますが、ジェラルド様はマーガレット王女殿下のことをどう思っていらっしゃるのですか?」
『──現時点ではね』と不穏な言葉を残して去っていったマーガレット王女。もしかして二人の婚約は政略の中でも無理矢理なのだろうか。ならば、あれほど嫌っているのも少しは理解できるけれど。
「──政略、ではあるが私はマーガレットのことが好きだよ。世界でいちばん可愛い。婚約者以上に可愛い令嬢は見たことがない」
「惚気か」
すかさずアレクシス殿下が突っ込む。
「事実だ。私の中ではそうなんだよ」
嘘偽りには見えない。想いは本当のようで、朗らかにジェラルド様は私に婚約等の経緯を教えてくれた。
ジェラルド様がマーガレット王女と婚約したのは一歳にも満たない赤子の頃。どうしてそんな早くに両家によって結ばれたのかと言うと、マーガレット王女の出生がやはり関わっていたのだとアレクシス殿下から補足が入る。
「不吉だとされる妹が適齢期になった時、貰い手がいない状況になるのを母上が心配したんだ」
令嬢は子息よりも結婚にシビアだ。適齢期と呼ばれる年齢の間に結婚しなければ、行き遅れと死ぬまで後ろ指を指される。
本来王女という身分は引く手あまただろうに、マーガレット王女の場合は双子に赤い眼がその価値を地の底まで下げていた。
貴族は昔からの言い伝えを信じる者が特に多い。仮に婚約の申し込みが来ても、それは王女の降嫁で得る一時の利益のみが欲しいだけ。まともな嫁ぎ先にはならないだろう。
娘には幸せになって欲しい。そう思うならば、そんなところには嫁がせられない。
「それで母上が信用し、王家に嫁ぐ前から親交があったシモンズ侯爵家に打診したんだ。ちょうど嫡男であるジェラルドが数ヶ月前に産まれていたから年齢的にも釣り合うと」
「それでは初めて会ったのは赤子のときですか?」
「ううん、私がマーガレットと顔合わせをしたのは六歳のとき。それまで王家の姫は隠されるように育てられていて、外見の噂以外の情報は無し。公式行事はアレクシスと一緒に不参加だった」
「マーガレットだけ欠席するより、私も欠席すれば悪意のある噂は立ちにくくなるからね。表……だけだけど」
きっとまだ小さかったマーガレット王女を周りから守るためだろう。
「婚約者がいるのだと両親から伝えられたのはそれよりも前。物心ついた……頃かな? 聞いた時、両親の敷いたレールを歩くようで私は癇癪を起こしたんだ。恥ずかしいけど、幼子なりに自分が選んだ女の子と一緒になりたかったから」
「随分と夢見がちだ。貴族に生まれたのならば不可能なのに」
「うるさいぞアレクシス」
ジェラルド様はアレクシス殿下を睨みつけた。
「一部の子息たちには、お前は可哀想だ。婚約を破棄してしまえ、とか何も知らないのに彼女の噂だけで私に哀れみの目を向けて来て……嫌で嫌で仕方なかった」
(会う前から周りにあれこれ言われるのは私も嫌だわ)
「それに反して、アレクシスからは妹を頼むぞと散々お願いされた。両親、アレクシス、恐れ多いことに王妃殿下にまで……たった六歳の私にだよ?」
ジェラルド様は肩を竦ませ、降参だとばかりな仕草をした。
「鬱陶しいほど同じことを言われると、それと反対のことをしたくなるのが人間の性。だから初めて対面する時、馬鹿だった私は意地悪して婚約を白紙に戻してやろうと玩具の蛇をこっそりポケットに忍び込ませた」
行おうとしていることが完全にあれだ。好きな子に意地悪したくなるというやつ。この場合はまだ出会ってないから違うけれど。
「だけど、不安そうにアレクシスと手を繋いで王妃殿下の後ろに隠れるマーガレットを見たら、悪戯なんて忘れてしまって……」
恥ずかしそうに頭を搔く。
「王妃殿下に促され、おずおずと伸びてきた陶器のような白い手。〝こんにちは〟とそのぷっくり張りのある赤い唇から紡ぎ出された言葉。不吉だと言われていた燃えるような瞳は宝石のようで。その一挙一動に、目を奪われた。良い意味で視線を外せなかった」
「私も覚えているよ。君の間抜けな顔を見たのは、後にも先にもあの時だけだ。マーガレットは少し怖がってたけど。視線が外れなくて気持ち悪いって」
揶揄うようにジェラルド様の脇をつつく。
「私も後々言われた。最初の印象は変な人で、婚約を白紙に戻してもらおうと陛下に泣き縋ったらしいし……」
相手にそれを言えるということは仲は良好だったのだろう。となるとやっぱり、あそこまでマーガレット王女が嫌悪感を示した理由が付かない。
「そういうのもあって最初の頃はマーガレットも私のことを警戒して表情が固かった。話しかけても、強ばった顔で当たり障りのない返答が返ってくるだけ」
だけどね、とジェラルド様は続ける。
「何度か交流するうちに打ち解けてきたのか、出会って一年後くらいかな? 彼女と視線が合った時──始めて花開くようなあどけない笑顔が目に映って、胸が高鳴ったんだ」
〝好き〟という感情が伝わってくる。一点の曇りもない純愛がそこにはあって、とても、眩しかった。
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