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彼女の今世
閑話 セシル・アリリエットⅦ
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「アル!」
「リーナ、何故ここに……」
彼も来るとは思わなかったのだろう。驚きで固まっている。
ふわふわとまるで綿菓子のように。突如現れた女性に纏わる金の髪はつややかで、この場にはそぐわない花の匂いが薫る。紫水の瞳は妖艶さを醸し出し、赤い紅の差すぷっくりとした唇は柔らかな音を発するのだ。
「ルドルフに言われたのよ。このままだと変な噂を立てられますよって。なんだっけ、意地が悪い皇妃の……妹? に」
そんなの嫌だもの。と頬をふくらませ、涙目にレリーナは訴えた。
私はそれを見て何かがはち切れた。プッツンと、裁ち鋏で切ったかのように。
怒りが、焔が、業火となりそうなそれが、全身に駆け巡った。
(お別れの時間なのに。どうして最期の最期までお姉様を貶めるの?)
「意地が悪い」だなんてありえない。それこそ貴女の方が意地が悪くて、タチが悪い。死者を冒涜する最低な人間のくせに。
拳を握りしめすぎて、爪が皮膚を食い破り、温かな血が手のひらを伝って垂れていく。
ぶわりと溢れそうな涙をぐっと堪える。
私が貶されるのはそれほどのことをしている自覚はあるので構わない。けれども、お姉様は何一つそんなことはしていないのに。
(長年婚約者の地位にいたお姉様を蹴落すくらいに聖女ってそんなに凄いの? 全然そうは思えない)
これが慈悲深いお方であったのなら納得がいくのだが。まあ、そもそもそのような優しさを持ち合わせた聖人君子であるならば、このような悲劇は起こらないのだけれど。
(許せない……この人だけは絶対……)
不敬罪、そんなの上等だ。斬首刑になってもいい、一矢報いなければ腹の虫が収まらない。
「──セシル、止めなさい。流石に皇后陛下に手を出すのは」
近づこうとしたのをお父様に手で制された。さすがについさっき、ちょっと手が滑りましたという体でルドルフ達に水をかけたから警戒されているのだろう。
別に罪に問われることくらいどうだっていいし、先日なんてアルバート陛下に紅茶をぶっかけているので今更なのだが。
ただ、私と同様にレリーナの言葉にショックを受けたらしいお母様が今にも倒れそうなほど青ざめていて、さすがに無視できず介抱に向かう。
「ごめ、んなさい。私……わたくしが……」
──皇家に嫁がせたから。と掠れ聞こえる。
背中に回した手を離したら、頽れる──いや、もう半分頽れているお母様は、公爵夫人という矜恃も捨てて涙を零し始めていた。
邪険な雰囲気の中、高貴な身分である己が現れたというのに、私達アリリエット公爵家側が誰一人として挨拶しないのを不快に思ったのだろう。この空気を作った元凶であるレリーナは眉間に皺を寄せてこちらを見ていた。
「娘が娘なら、親も親なのかしら。挨拶もしないだなんて不敬よね」
「なっ」
(どの口が!)
反論しかけ、再度お父様に制される。
「ご挨拶が遅れてしまい申し訳ありません」
「仕方ないわね。今回は許してあげてもいいわ」
「皇后陛下の寛大なお心、感謝申し上げます」
頭を下げるお父様の両手はぎゅっと強く握りしめられている。
レリーナはアルバート陛下の肩に寄りかかり眉を下げる。
「此度のことは残念ね。お悔やみ申し上げるけれど、面倒をかけないで欲しいわ」
「……面倒ですか」
「そうよ。優秀だったのに死んじゃったから私が代わりに仕事をしなければならないじゃない」
まるで軽い世間話とでも言うように。悪びれもせず、続けるのだ。
「──死ぬなら死ぬで迷惑をかけずに死んでほしいわ」
その言葉にいちばん最初に反応したのはお母様だった。
きっと反射的に手が出てしまったのだろう。お母様は私の腕を振り切って、気づいた時にはレリーナを押して転ばせていた。
そうして何が起こったのか把握出来ずにへたりこみ、唖然とするレリーナの胸ぐらを掴んだ。
「どうしてそのようなことが言えるのよっ! 娘を亡くした…………貴女達のせいで亡くしたわたくしたちの前でっ」
お母様もお姉様の日記を読んでいた。書かれていたレリーナの侍女による嫌がらせも知っていた。
その上で毎日自分のせいだと懺悔し、後悔し、追い詰められていた。
なのに、その相手が悪びれもせず娘を貶める発言をしたのだ。お母様の中でタカが外れるのも私は理解出来てしまう。
ぐちゃぐちゃの顔で、金切り声で、お母様はレリーナを揺さぶる。
「最低だわっ。……人の心はないのですかっ! どうして……このような仕打ちをわたくしの子がされなければならないのっ!」
よりいっそう激しくなるお母様の慟哭に誰も止めに入れない。
「わたくしたちの悲しみが分かる? 分からないでしょうね! だからこそ無神経なことを仰れるのでしょう!?」
お母様は勢いのまま拳を振り上げて────その手を掴んだのはアルバート陛下だった。
「──やめてくれ。これ以上はさすがに見逃せない」
「……指図しないでくださいませ。これは陛下のせいでもあります。陛下のせいでわたくしの娘はっ」
お母様は憎々しげに睨みつけた。
「恨むのはかまわないがとりあえず落ち着いて欲しい。これ以上、彼女の身体に負担はかけられない」
「何故です?」
「……お腹に子がいるんだ」
地面を見つめながら。陛下は機械的に口を開いた。
「そうよ! お腹の子に何かあったらどうしてくれるわけ!? この国の世継ぎかもしれないのよ」
これみよがしにレリーナも腹部を守り始める。
(…………お母様に倒されたとき、全く守ろうとしてなかったのに。都合の良い時だけ子供を使うのね)
ろくでもない母親だなと思う。保身に走るレリーナは見苦しい。
「私は皇后でこの身に最も高貴な血を引くお子を身ごもっているのよ! 私を転ばせた公爵夫人は大罪を犯しているわ! ねえ、アルもそう思うでしょう?」
「…………確かに公爵夫人の行動は度が過ぎていた」
「ほら!」
勝ち誇ったように口角を上げるレリーナに腸が煮えくり返る。
「ただ、リーナも流石に言葉が過ぎる」
意外にも陛下が窘めに入った。しかしながら効果はほとんどない。
「そんなわけないわ! 夫人が悪いのよ!」
開き直ったレリーナに対してお母様はやり場のない感情を押し殺そうと俯いて、全身を震わせている。
「なら……いって、ここから出ていってください。わたくしが……誤って皇后陛下を害する前に」
お母様の憎悪が浮かぶ瞳は、レリーナから外れなかった。その射抜くような視線の強さに彼女は後ずさる。
「ほら、行こう。部屋まで私が付き添うから」
そうしてアルバート陛下はレリーナを促す。
「儀式はまだ途中だ。戻ってくるので待っていてほしい」
(……一生帰ってこなくていいのに)
毒づくのは心の中だけにして二人を見送る。
その後の儀式はつつがなく執り行われたが、不信感しか募らない出来事ばかりに決めたのだ。
きちんと弔う準備ができたらぜっったいにお姉様の棺を速やかに引き取ろうと。
◆◆◆
回想を終えて閉じていた瞳をふっと開けば永遠の眠りにつく者を守る厳かで静かな空間に戻ってくる。
(だから……こんなところには置いておけないの。予想外に時間はかかってしまったけれど)
私は息を吸って再度伝える。
「棺をお返しください。お姉様は皇妃である以前に、私のお姉様で、公爵家の娘です。先程も言いましたように、こればかりは陛下がどう足掻こうとも譲れません」
私はお姉様の棺に手を滑らせる。お姉様は穏やかな眠りにつけているのだろうか。天国では幸せに暮らしているのだろうか。
ようやく手に入れた安寧を妨げる要因になるものは、私が一切排除する。
その最大要因が目の前にいる以上、私に引き下がる選択肢などありはしない。
「陛下はお姉様を見殺しにしてまでも愛した皇后陛下とその御子だけを気にかければ良いのです」
レリーナは皇太子を生んだらしく皇宮の話題はそれで持ち切りだ。世継ぎの誕生に世間だって湧いていて、誰ももう死んだ皇妃のことなんて頭の片隅にも残っていない。
そんな中、私たち公爵家だけがまるで時が止まったかのようにあの日から前に進めていない。
お姉様の棺を引き取るのは、止まっている時を動かすためでもある。
「償いを……と以前仰られましたが、陛下には何も望みません。ただ引き渡してくださればそれだけでよく、それ以外に求めるものなどない。それでも──と仰るのならば私達の預かり知らぬところで勝手に後悔して、勝手に悔やんでください。死後にまでお姉様を巻き込むな」
(お姉様は逝ってしまわれた。陛下がこれから挽回しようとしても、どう足掻こうがお姉様には届かない。代わりとして私達に償ったところで所詮無意味なのよ)
私は未来永劫陛下を許さない。仮にお母様やお父様が許したとしても、私だけは絶対に許しはしない。そう、心に決めているから。
「引き取りの許可をください。もう十分でしょう?」
「…………相分かった。好きにしなさい」
アルバート陛下は懐から一通の封筒を取りだした。中身は見なくともわかる。ずっと望んでいた許可証だ。
「ただ命日に訪れることは許してくれるだろうか」
「それは……」
名残惜しそうに──そんな資格は絶対ないのだけど、陛下が願うので躊躇する。
(私の意思だけだったら問答無用で拒否一択だけれど、もしかしたら……本当にもしかしたら……リーティアお姉様は陛下のことを愛していたから年に一度は会いたいと思うのかしら)
分からない。日記からは恨みよりも心が粉々に砕け、絶望した印象を持った。
(良い感情を抱いていた訳では無い。ただ、恨みとは少し違う。怒りを持っていても……私のような激情ではない)
取り返しのつかない死をもって、ようやく振り向いた愚かな元夫をお姉様ならどうするのだろうか。
どれだけ望んでも会えないと、答えなど返ってこないと知っているのに。どうか、ずるい言い逃げを許して欲しい。
「──お決めになるのはお姉様です。彼女にお尋ねください」
私は陛下から目を背け、眠りにつく人々の合間を抜けて地下を去った。
「リーナ、何故ここに……」
彼も来るとは思わなかったのだろう。驚きで固まっている。
ふわふわとまるで綿菓子のように。突如現れた女性に纏わる金の髪はつややかで、この場にはそぐわない花の匂いが薫る。紫水の瞳は妖艶さを醸し出し、赤い紅の差すぷっくりとした唇は柔らかな音を発するのだ。
「ルドルフに言われたのよ。このままだと変な噂を立てられますよって。なんだっけ、意地が悪い皇妃の……妹? に」
そんなの嫌だもの。と頬をふくらませ、涙目にレリーナは訴えた。
私はそれを見て何かがはち切れた。プッツンと、裁ち鋏で切ったかのように。
怒りが、焔が、業火となりそうなそれが、全身に駆け巡った。
(お別れの時間なのに。どうして最期の最期までお姉様を貶めるの?)
「意地が悪い」だなんてありえない。それこそ貴女の方が意地が悪くて、タチが悪い。死者を冒涜する最低な人間のくせに。
拳を握りしめすぎて、爪が皮膚を食い破り、温かな血が手のひらを伝って垂れていく。
ぶわりと溢れそうな涙をぐっと堪える。
私が貶されるのはそれほどのことをしている自覚はあるので構わない。けれども、お姉様は何一つそんなことはしていないのに。
(長年婚約者の地位にいたお姉様を蹴落すくらいに聖女ってそんなに凄いの? 全然そうは思えない)
これが慈悲深いお方であったのなら納得がいくのだが。まあ、そもそもそのような優しさを持ち合わせた聖人君子であるならば、このような悲劇は起こらないのだけれど。
(許せない……この人だけは絶対……)
不敬罪、そんなの上等だ。斬首刑になってもいい、一矢報いなければ腹の虫が収まらない。
「──セシル、止めなさい。流石に皇后陛下に手を出すのは」
近づこうとしたのをお父様に手で制された。さすがについさっき、ちょっと手が滑りましたという体でルドルフ達に水をかけたから警戒されているのだろう。
別に罪に問われることくらいどうだっていいし、先日なんてアルバート陛下に紅茶をぶっかけているので今更なのだが。
ただ、私と同様にレリーナの言葉にショックを受けたらしいお母様が今にも倒れそうなほど青ざめていて、さすがに無視できず介抱に向かう。
「ごめ、んなさい。私……わたくしが……」
──皇家に嫁がせたから。と掠れ聞こえる。
背中に回した手を離したら、頽れる──いや、もう半分頽れているお母様は、公爵夫人という矜恃も捨てて涙を零し始めていた。
邪険な雰囲気の中、高貴な身分である己が現れたというのに、私達アリリエット公爵家側が誰一人として挨拶しないのを不快に思ったのだろう。この空気を作った元凶であるレリーナは眉間に皺を寄せてこちらを見ていた。
「娘が娘なら、親も親なのかしら。挨拶もしないだなんて不敬よね」
「なっ」
(どの口が!)
反論しかけ、再度お父様に制される。
「ご挨拶が遅れてしまい申し訳ありません」
「仕方ないわね。今回は許してあげてもいいわ」
「皇后陛下の寛大なお心、感謝申し上げます」
頭を下げるお父様の両手はぎゅっと強く握りしめられている。
レリーナはアルバート陛下の肩に寄りかかり眉を下げる。
「此度のことは残念ね。お悔やみ申し上げるけれど、面倒をかけないで欲しいわ」
「……面倒ですか」
「そうよ。優秀だったのに死んじゃったから私が代わりに仕事をしなければならないじゃない」
まるで軽い世間話とでも言うように。悪びれもせず、続けるのだ。
「──死ぬなら死ぬで迷惑をかけずに死んでほしいわ」
その言葉にいちばん最初に反応したのはお母様だった。
きっと反射的に手が出てしまったのだろう。お母様は私の腕を振り切って、気づいた時にはレリーナを押して転ばせていた。
そうして何が起こったのか把握出来ずにへたりこみ、唖然とするレリーナの胸ぐらを掴んだ。
「どうしてそのようなことが言えるのよっ! 娘を亡くした…………貴女達のせいで亡くしたわたくしたちの前でっ」
お母様もお姉様の日記を読んでいた。書かれていたレリーナの侍女による嫌がらせも知っていた。
その上で毎日自分のせいだと懺悔し、後悔し、追い詰められていた。
なのに、その相手が悪びれもせず娘を貶める発言をしたのだ。お母様の中でタカが外れるのも私は理解出来てしまう。
ぐちゃぐちゃの顔で、金切り声で、お母様はレリーナを揺さぶる。
「最低だわっ。……人の心はないのですかっ! どうして……このような仕打ちをわたくしの子がされなければならないのっ!」
よりいっそう激しくなるお母様の慟哭に誰も止めに入れない。
「わたくしたちの悲しみが分かる? 分からないでしょうね! だからこそ無神経なことを仰れるのでしょう!?」
お母様は勢いのまま拳を振り上げて────その手を掴んだのはアルバート陛下だった。
「──やめてくれ。これ以上はさすがに見逃せない」
「……指図しないでくださいませ。これは陛下のせいでもあります。陛下のせいでわたくしの娘はっ」
お母様は憎々しげに睨みつけた。
「恨むのはかまわないがとりあえず落ち着いて欲しい。これ以上、彼女の身体に負担はかけられない」
「何故です?」
「……お腹に子がいるんだ」
地面を見つめながら。陛下は機械的に口を開いた。
「そうよ! お腹の子に何かあったらどうしてくれるわけ!? この国の世継ぎかもしれないのよ」
これみよがしにレリーナも腹部を守り始める。
(…………お母様に倒されたとき、全く守ろうとしてなかったのに。都合の良い時だけ子供を使うのね)
ろくでもない母親だなと思う。保身に走るレリーナは見苦しい。
「私は皇后でこの身に最も高貴な血を引くお子を身ごもっているのよ! 私を転ばせた公爵夫人は大罪を犯しているわ! ねえ、アルもそう思うでしょう?」
「…………確かに公爵夫人の行動は度が過ぎていた」
「ほら!」
勝ち誇ったように口角を上げるレリーナに腸が煮えくり返る。
「ただ、リーナも流石に言葉が過ぎる」
意外にも陛下が窘めに入った。しかしながら効果はほとんどない。
「そんなわけないわ! 夫人が悪いのよ!」
開き直ったレリーナに対してお母様はやり場のない感情を押し殺そうと俯いて、全身を震わせている。
「なら……いって、ここから出ていってください。わたくしが……誤って皇后陛下を害する前に」
お母様の憎悪が浮かぶ瞳は、レリーナから外れなかった。その射抜くような視線の強さに彼女は後ずさる。
「ほら、行こう。部屋まで私が付き添うから」
そうしてアルバート陛下はレリーナを促す。
「儀式はまだ途中だ。戻ってくるので待っていてほしい」
(……一生帰ってこなくていいのに)
毒づくのは心の中だけにして二人を見送る。
その後の儀式はつつがなく執り行われたが、不信感しか募らない出来事ばかりに決めたのだ。
きちんと弔う準備ができたらぜっったいにお姉様の棺を速やかに引き取ろうと。
◆◆◆
回想を終えて閉じていた瞳をふっと開けば永遠の眠りにつく者を守る厳かで静かな空間に戻ってくる。
(だから……こんなところには置いておけないの。予想外に時間はかかってしまったけれど)
私は息を吸って再度伝える。
「棺をお返しください。お姉様は皇妃である以前に、私のお姉様で、公爵家の娘です。先程も言いましたように、こればかりは陛下がどう足掻こうとも譲れません」
私はお姉様の棺に手を滑らせる。お姉様は穏やかな眠りにつけているのだろうか。天国では幸せに暮らしているのだろうか。
ようやく手に入れた安寧を妨げる要因になるものは、私が一切排除する。
その最大要因が目の前にいる以上、私に引き下がる選択肢などありはしない。
「陛下はお姉様を見殺しにしてまでも愛した皇后陛下とその御子だけを気にかければ良いのです」
レリーナは皇太子を生んだらしく皇宮の話題はそれで持ち切りだ。世継ぎの誕生に世間だって湧いていて、誰ももう死んだ皇妃のことなんて頭の片隅にも残っていない。
そんな中、私たち公爵家だけがまるで時が止まったかのようにあの日から前に進めていない。
お姉様の棺を引き取るのは、止まっている時を動かすためでもある。
「償いを……と以前仰られましたが、陛下には何も望みません。ただ引き渡してくださればそれだけでよく、それ以外に求めるものなどない。それでも──と仰るのならば私達の預かり知らぬところで勝手に後悔して、勝手に悔やんでください。死後にまでお姉様を巻き込むな」
(お姉様は逝ってしまわれた。陛下がこれから挽回しようとしても、どう足掻こうがお姉様には届かない。代わりとして私達に償ったところで所詮無意味なのよ)
私は未来永劫陛下を許さない。仮にお母様やお父様が許したとしても、私だけは絶対に許しはしない。そう、心に決めているから。
「引き取りの許可をください。もう十分でしょう?」
「…………相分かった。好きにしなさい」
アルバート陛下は懐から一通の封筒を取りだした。中身は見なくともわかる。ずっと望んでいた許可証だ。
「ただ命日に訪れることは許してくれるだろうか」
「それは……」
名残惜しそうに──そんな資格は絶対ないのだけど、陛下が願うので躊躇する。
(私の意思だけだったら問答無用で拒否一択だけれど、もしかしたら……本当にもしかしたら……リーティアお姉様は陛下のことを愛していたから年に一度は会いたいと思うのかしら)
分からない。日記からは恨みよりも心が粉々に砕け、絶望した印象を持った。
(良い感情を抱いていた訳では無い。ただ、恨みとは少し違う。怒りを持っていても……私のような激情ではない)
取り返しのつかない死をもって、ようやく振り向いた愚かな元夫をお姉様ならどうするのだろうか。
どれだけ望んでも会えないと、答えなど返ってこないと知っているのに。どうか、ずるい言い逃げを許して欲しい。
「──お決めになるのはお姉様です。彼女にお尋ねください」
私は陛下から目を背け、眠りにつく人々の合間を抜けて地下を去った。
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