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彼女の今世
episode60
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「どういうことですか」
「どういうことって言われてもね~~。公爵令嬢の身体なんだから君が一番理解してるんじゃない?」
「知りませんよ。大量の魔力を保持しているのだってこの前の春に知ったばかりなのに」
白々しいが、嘘をつく。誰も想像しないだろう。私がノルン様と繋がっているなんて。
「だよねぇ。真面目な話、詳しく調べた訳では無いから原因は分からない。精密検査すれば解明できるかもしれないけど、身体を私や他の魔術師にほじくり回されるのは嫌でしょ? あっ、もしかしてされたい?」
「断固として拒否したい案件ですね」
かき混ぜる必要は無いのに、ウィオレス様はティースプーンで珈琲をぐるぐる混ぜる。
「……まあ、制限されていても使える魔力は一般的な魔術師の倍以上あるし、そもそも公爵令嬢の最大魔力量は未知数なんだよ。何ら問題ない。使えるようになったらいいよね~~くらい」
(あまり深刻な問題ではないのね。よかった)
私は心の中で安堵の息を吐いた。大きな魔法を使う予定は今のところないし、私自身も魔力で困っていることは無い。
それに、制限がかかっているのは心当たりがある。
膝の上に置いていた左手首を指でなぞる。そこにあるアザは私にしか見えないノルン様の愛し子である刻印だ。
私には仕組みが分からないけれど、これが作動しているのだろう。それしか考えられない。
何か勘づいてこれ以上根掘り葉掘り聞かれたらボロが出ると思った私は、話題を逸らすことにした。
「お話は終わりですか? では、今日私は何をすれば良いのでしょうか」
するとウィオレス様は木でできた大きなお椀をローブの中から取り出した。一体どうやって収納しているのだろうか。明らかにそのような大きなものを収納できる空間なんてあるように思えないけれど。
(……空間魔法が施されているのかしら)
「今から見せることをやってみて」
トンとウィオレス様はお椀をつついた。一瞬にしてお椀の中に水がたっぷり現れる。
「これをこうする」
手をかざし、クイッと指を動かした。
ゆらゆら揺れる水の塊がお椀の中から重力に逆らって宙に浮く。ウィオレス様は指の動きひとつでそれを操り、分裂させた。
「で、また集める」
水滴くらいの大きさで周りに散っていた水が中央に集まってくる。
「水は特定の形がないから練習の土台にもってこいなんだ。最初は器一杯分から徐々に増やしていく」
とぷんと音がしてお椀の中に収まった。
「最初はまず、空中に浮かせることの維持を目標にやってごらん。一定時間維持できるようになったら次は分けて、集めて、器に戻す」
「はい」
立っているのもつらくなるので芝生の上に座らせてもらい、たっぷり水の入った容器と向き合う。
初めてのことなので慎重に、先程見たのと同じ手順で水を浮かせようとしたのだが……。
「ひゃっ」
パシャンと水が弾け、きらめく水滴が降り注ぐ。全身びしょ濡れだ。
(つ、冷たいっ!)
ぶるりと震えると、暖かい風が私を包んだ。どうやらウィオレス様が魔法で乾かしてくれたらしい。
「………まさか、制御ド下手? いちばん簡単な練習方法なんだけど」
信じられないものを見たかのように呆然としている。
「違います。ちょっと失敗しただけです」
気を取り直してお椀から水を適量空中に浮かせ、球体を作る想像をする。
だが、宙に浮いたところでグラグラ揺れた水が再び飛び散ってしまった。
「下手だね」
「…………」
言い返せなかった。
「出来なくても魔法は使えるが、暴走した際に鎮める手だてがないのは困る。絶対に出来るようになって」
語気が強い。
「はい……頑張ります」
それから何度も何度も挑戦するが、結果は最初と同じで。その度にウィオレス様は私の服を魔法で乾かしてくれたのだが、段々めんどくさくなったらしく、途中から私の周りに薄い防壁を張って水を弾くようにしていた。
そうして今は木と木の間に設置されたハンモックでゆらゆら揺れながら昼寝している。
(どうして……出来ないの?)
また目の前で球体が弾け飛んだ。水飛沫が私に触れる寸前に防壁によって消える。
私は絶望感を味わっていた。
まさかここまで下手だとは思わなかったのだ。学校でも下位の魔法を使う授業があるが、それは失敗しないので尚更。
何故、制御の練習だけはこんなにも下手なのか訳が分からない。
「うーんもっと力を抜いた方がいい」
ふわぁとあくびしながらウィオレス様が起きてきた。
「公爵令嬢は肩に力が入りすぎてるんだ。多分、それもあって上手くいってない」
ひらりと飛んで私の隣に着地する。
「手、借りてもいい?」
「何するんですか?」
「私の魔力を君に流して擬似的に体験してもらおうと思って。そうすれば感覚は分かるかなと」
他に妙案も無かったので、大人しく手を差し出す。
「ちょっと失礼」
ウィオレス様は私の背後に移動して、後ろから私の両手を取った。
「流すよ」
(わっ何かくすぐったい)
温かい、だけど少し違和が残る私以外の魔力が、握られたところから体内に入ってくる。
「まず掬う、そして球体を維持する」
私の手を媒体に魔法が行使され、水は浮かび上がる。先ほどはここで失敗していたが、今度はまんまるを保っていた。
「で、分けていく」
言葉と共に小さくなって散らばる。
「最後に戻す。これで終わり。分かった?」
ウィオレス様の手が私の腕から離れると、スーッと魔力も体内から出ていった。
「ありがとうございます。魔力の流し方? が違ったみたいです」
緊張と焦りから早く成功させなければと一気に魔力を使っていたのが悪かったようだ。ウィオレス様のやり方は波のないように一定を保ちつつ安定していた。対して私のは波があったかのように思う。
(今の感覚を忘れないうちに繰り返して、少しは上達しないと)
グッと拳を握り、気合いを込める。そうして私は一人での練習に戻って行った。
◇◇◇
「──終わりだよ」
トンッと軽く額を小突かれた。顔を上げれば呆れたように私を見ているウィオレス様がいる。
「も、もうちょっとやらせてください。掴めそうなんです」
あれから何度も練習してようやく空中で数分間水の塊を球体の形で維持できるようになってきたのだ。ここで止めてしまうと振り出しに戻ってしまうかもしれない。
けれど、懇願する私にウィオレス様は顔をますます顰めた。
「ダメだ。何時間ぶっ続けで練習してると思ってるの? この空間にいる限り魔力は枯渇しないだろうが、自覚してないだけで体は疲れているはずだ」
彼は持っていた懐中時計を私に突き出す。
確かに時刻は夕方になっている。ここに来たのがお昼すぎなので数時間は経っている計算だ。
「でも!」
何でも完璧にしなければならなかった前世の弊害か、彼の言うことは正しいのに突っかかってしまう。
(だめなの。もっと頑張らなきゃ。完璧にならないと)
ありえないのに、彼を失望させ、次から教えてくれなくなったらどうしようと。
そんな不安に襲われてしまうのだ。
「いいか? 君は頑張りすぎだ。公爵令嬢くらいの年齢なら、普通もう集中力切れてるよ。切れてない時点でえげつない。が、相当精神を消耗している」
ウィオレス様は私と目線を合わせるために屈む。
「だから反論は聞かない。大人しく終わらせればいーの」
痛くない程度にぴんっと額を爪で弾かれて。途端、瞼が重くなる。体から力が抜けて傾いたところをウィオレス様が支えた。
「おやすみ。きちんと送るから心配しないで」
唇が動くよりも先に、私は深い眠りの中に沈められた。
「どういうことって言われてもね~~。公爵令嬢の身体なんだから君が一番理解してるんじゃない?」
「知りませんよ。大量の魔力を保持しているのだってこの前の春に知ったばかりなのに」
白々しいが、嘘をつく。誰も想像しないだろう。私がノルン様と繋がっているなんて。
「だよねぇ。真面目な話、詳しく調べた訳では無いから原因は分からない。精密検査すれば解明できるかもしれないけど、身体を私や他の魔術師にほじくり回されるのは嫌でしょ? あっ、もしかしてされたい?」
「断固として拒否したい案件ですね」
かき混ぜる必要は無いのに、ウィオレス様はティースプーンで珈琲をぐるぐる混ぜる。
「……まあ、制限されていても使える魔力は一般的な魔術師の倍以上あるし、そもそも公爵令嬢の最大魔力量は未知数なんだよ。何ら問題ない。使えるようになったらいいよね~~くらい」
(あまり深刻な問題ではないのね。よかった)
私は心の中で安堵の息を吐いた。大きな魔法を使う予定は今のところないし、私自身も魔力で困っていることは無い。
それに、制限がかかっているのは心当たりがある。
膝の上に置いていた左手首を指でなぞる。そこにあるアザは私にしか見えないノルン様の愛し子である刻印だ。
私には仕組みが分からないけれど、これが作動しているのだろう。それしか考えられない。
何か勘づいてこれ以上根掘り葉掘り聞かれたらボロが出ると思った私は、話題を逸らすことにした。
「お話は終わりですか? では、今日私は何をすれば良いのでしょうか」
するとウィオレス様は木でできた大きなお椀をローブの中から取り出した。一体どうやって収納しているのだろうか。明らかにそのような大きなものを収納できる空間なんてあるように思えないけれど。
(……空間魔法が施されているのかしら)
「今から見せることをやってみて」
トンとウィオレス様はお椀をつついた。一瞬にしてお椀の中に水がたっぷり現れる。
「これをこうする」
手をかざし、クイッと指を動かした。
ゆらゆら揺れる水の塊がお椀の中から重力に逆らって宙に浮く。ウィオレス様は指の動きひとつでそれを操り、分裂させた。
「で、また集める」
水滴くらいの大きさで周りに散っていた水が中央に集まってくる。
「水は特定の形がないから練習の土台にもってこいなんだ。最初は器一杯分から徐々に増やしていく」
とぷんと音がしてお椀の中に収まった。
「最初はまず、空中に浮かせることの維持を目標にやってごらん。一定時間維持できるようになったら次は分けて、集めて、器に戻す」
「はい」
立っているのもつらくなるので芝生の上に座らせてもらい、たっぷり水の入った容器と向き合う。
初めてのことなので慎重に、先程見たのと同じ手順で水を浮かせようとしたのだが……。
「ひゃっ」
パシャンと水が弾け、きらめく水滴が降り注ぐ。全身びしょ濡れだ。
(つ、冷たいっ!)
ぶるりと震えると、暖かい風が私を包んだ。どうやらウィオレス様が魔法で乾かしてくれたらしい。
「………まさか、制御ド下手? いちばん簡単な練習方法なんだけど」
信じられないものを見たかのように呆然としている。
「違います。ちょっと失敗しただけです」
気を取り直してお椀から水を適量空中に浮かせ、球体を作る想像をする。
だが、宙に浮いたところでグラグラ揺れた水が再び飛び散ってしまった。
「下手だね」
「…………」
言い返せなかった。
「出来なくても魔法は使えるが、暴走した際に鎮める手だてがないのは困る。絶対に出来るようになって」
語気が強い。
「はい……頑張ります」
それから何度も何度も挑戦するが、結果は最初と同じで。その度にウィオレス様は私の服を魔法で乾かしてくれたのだが、段々めんどくさくなったらしく、途中から私の周りに薄い防壁を張って水を弾くようにしていた。
そうして今は木と木の間に設置されたハンモックでゆらゆら揺れながら昼寝している。
(どうして……出来ないの?)
また目の前で球体が弾け飛んだ。水飛沫が私に触れる寸前に防壁によって消える。
私は絶望感を味わっていた。
まさかここまで下手だとは思わなかったのだ。学校でも下位の魔法を使う授業があるが、それは失敗しないので尚更。
何故、制御の練習だけはこんなにも下手なのか訳が分からない。
「うーんもっと力を抜いた方がいい」
ふわぁとあくびしながらウィオレス様が起きてきた。
「公爵令嬢は肩に力が入りすぎてるんだ。多分、それもあって上手くいってない」
ひらりと飛んで私の隣に着地する。
「手、借りてもいい?」
「何するんですか?」
「私の魔力を君に流して擬似的に体験してもらおうと思って。そうすれば感覚は分かるかなと」
他に妙案も無かったので、大人しく手を差し出す。
「ちょっと失礼」
ウィオレス様は私の背後に移動して、後ろから私の両手を取った。
「流すよ」
(わっ何かくすぐったい)
温かい、だけど少し違和が残る私以外の魔力が、握られたところから体内に入ってくる。
「まず掬う、そして球体を維持する」
私の手を媒体に魔法が行使され、水は浮かび上がる。先ほどはここで失敗していたが、今度はまんまるを保っていた。
「で、分けていく」
言葉と共に小さくなって散らばる。
「最後に戻す。これで終わり。分かった?」
ウィオレス様の手が私の腕から離れると、スーッと魔力も体内から出ていった。
「ありがとうございます。魔力の流し方? が違ったみたいです」
緊張と焦りから早く成功させなければと一気に魔力を使っていたのが悪かったようだ。ウィオレス様のやり方は波のないように一定を保ちつつ安定していた。対して私のは波があったかのように思う。
(今の感覚を忘れないうちに繰り返して、少しは上達しないと)
グッと拳を握り、気合いを込める。そうして私は一人での練習に戻って行った。
◇◇◇
「──終わりだよ」
トンッと軽く額を小突かれた。顔を上げれば呆れたように私を見ているウィオレス様がいる。
「も、もうちょっとやらせてください。掴めそうなんです」
あれから何度も練習してようやく空中で数分間水の塊を球体の形で維持できるようになってきたのだ。ここで止めてしまうと振り出しに戻ってしまうかもしれない。
けれど、懇願する私にウィオレス様は顔をますます顰めた。
「ダメだ。何時間ぶっ続けで練習してると思ってるの? この空間にいる限り魔力は枯渇しないだろうが、自覚してないだけで体は疲れているはずだ」
彼は持っていた懐中時計を私に突き出す。
確かに時刻は夕方になっている。ここに来たのがお昼すぎなので数時間は経っている計算だ。
「でも!」
何でも完璧にしなければならなかった前世の弊害か、彼の言うことは正しいのに突っかかってしまう。
(だめなの。もっと頑張らなきゃ。完璧にならないと)
ありえないのに、彼を失望させ、次から教えてくれなくなったらどうしようと。
そんな不安に襲われてしまうのだ。
「いいか? 君は頑張りすぎだ。公爵令嬢くらいの年齢なら、普通もう集中力切れてるよ。切れてない時点でえげつない。が、相当精神を消耗している」
ウィオレス様は私と目線を合わせるために屈む。
「だから反論は聞かない。大人しく終わらせればいーの」
痛くない程度にぴんっと額を爪で弾かれて。途端、瞼が重くなる。体から力が抜けて傾いたところをウィオレス様が支えた。
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