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彼女の今世
番外編 リーティアの欲しいもの(2)
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だから両親にねだるという行為を、前世を含めて今世でも一度もしたことがなかった。客観的に見たら通常の子供とはかけ離れた態度だっただろうか。両親からしたら異質に見えたかもしれない。
それに比べて妹のセシルはおねだり上手。よく色んなものを買ってもらっていた。満面の笑みで買ってもらった玩具で遊んでいるのをよく目にする。
私に自慢してくることもあるが、妬ましいとは思わない。むしろ天使みたいな愛らしさで可愛いなぁと感じるだけだった。
「──ないです」
お父様が尋ねているのは私だったのでちょっと真面目に考えてみたが、思いつかない。
「ほら、少しくらいあるだろう?」
「じゃあ紙が欲しいです」
消耗品だ。有り余っていてもいつかは使い切ってしまう。あればあるほど助かる。来年には学校に入学するし、何かと書く機会が増えるだろう。
「そんなもの。いつでも買ってあげるさ。却下だ」
お父様の最後の言葉に何故か周りの使用人達も大きく頷く。
(えぇ……どうしよう)
でも欲しいものなんてない。今の生活だけで前と比べものにならないくらい私は幸せだし、満たされている。
「ほら、宝石とかドレスとかあるだろう?」
(……沢山持ってるもの)
私専用の衣装部屋には前世ではありえない、夢なのではないかと思うほどたっくさんのドレスや宝石、アクセサリーが収納されている。
それはお父様やお母様が何でもない日でも買ってくるからだ。
あれもこれも「リーティアに似合うわ」と私が強く出ないのをいいことに次から次へと……。
一度だけもういらない。こんなに着られない。と言ったことがある。
私からすれば勿体ないし、お金の心配をしてしまったのだ。しかしどうやらこれでも他の家に比べると少ないらしかった。
──他の貴族家はどのぐらい衣装や装飾品にお金を費やしているの……。
他人に興味がなかったというか、親しい関わりがなかったので、同爵位、同年代の人の関心興味に疎いのは薄々気が付いていた。それでも教えてもらった時は呆気に取られた。
「──じゃあ花壇を広げたいです」
「言わなくても広げていいよ」
捻ってようやく絞り出した案も即座に却下されてしまった。振り出しに戻る。
セシルはビスクドールを頼んだとお父様は言った。私もそれにしようかと考えてみる。しかし、私はお人形遊びをしないし、それ用の人形は既に自室にある。これ以上増やしても宝の持ち腐れだ。
「──旦那様、そろそろ」
執事がお父様の耳元で囁いた。食堂に壁掛けの時計を見ると、普段お父様が出仕する時間になっていた。
いいタイミング。これで今、お父様の質問に答えなくても大丈夫だろう。私はほっと安堵する。
「そうか……リーティア、何か欲しいものができたら教え欲しいな」
ひどく残念そうにお父様は席を立ち上がって、まだ座っていた私の頭を優しく撫でる。その手が少しくすぐったくて目を一瞬瞑る。
両親からのスキンシップを受けると、心がぽかぽか暖かくなってこそばゆい。前世では感じたことがない不思議な感覚だ。だけど嫌だとは思わない。むしろもっと欲しいな……と思ってしまうのは欲張りだろうか。
「はい。お仕事頑張ってくださいませ。お見送りします!」
お父様は1人で出ていこうとしていたが、私も食べ終わっていたので一緒に食堂を出ることにした。
朝餉の感想を聞きに来たのか、シェフがちょうど中に入ってきたので、美味しかったと伝えた。すると「よかったです」と嬉しそうにシェフは言った。その表情につられて私も笑顔になる。
「そろそろセシルが起きてくる頃かな」
エントランスに着き、執事からコートと手袋を受け取ったお父様は独り言のように呟いた。
「おそらく。エマがセシルお嬢様を起こしに行きましたので」
ならじきに起きてくるだろう。そのうち私より少し高い声が屋敷に響き渡る。
そもそも私の朝が早すぎなのだ。過去は朝起きるのが苦手だった。けれどいつの間にか、というか皇宮で睡眠時間を削って書類を捌いていたからだろう。平均と比べたら短い時間で目が覚めてしまう。
子供が夜更けまで起きてはいられないので、必然と就寝時間が早くなり、その分朝も早いのだ。
そのせいで、私付きの侍女──アナベルは日が昇らないうちに起きなければならなかった。文句や不満は聞いたことがないが、あくびをこらえている姿を多々見かける。
申し訳ない……と思いつつ、長く眠るのは悪夢を見てしまいそうで、怖くてできそうもなかった。
「見送りありがとうリーティア。今日こそは……夕餉で」
「期待しないでおきますね」
にっこり微笑んで言えば、お父様は複雑な表情をしていた。
いつも。いや、口癖のようなものだ。お父様の夕餉までには帰ってくるという言葉は。1年間で有言実行されたのは片手で数えられるほど。お母様は既に諦めているし、期待していない。
皇宮に出仕しているお父様は文官の中でも上に立つ者で、仕事量がこの上なく多い。それは一介の文官と比べ物にならないほど。それでもギリギリ捌ききっているのだから、お父様は優秀な人材なのだ。
だからとんとん拍子で出世したらしいし、部下からも慕われている。皇帝陛下にも気に入られ、重臣として国の中枢を担っている。
馬車が出ていくのを執事とアナベルと見送った後、部屋に戻った。
それに比べて妹のセシルはおねだり上手。よく色んなものを買ってもらっていた。満面の笑みで買ってもらった玩具で遊んでいるのをよく目にする。
私に自慢してくることもあるが、妬ましいとは思わない。むしろ天使みたいな愛らしさで可愛いなぁと感じるだけだった。
「──ないです」
お父様が尋ねているのは私だったのでちょっと真面目に考えてみたが、思いつかない。
「ほら、少しくらいあるだろう?」
「じゃあ紙が欲しいです」
消耗品だ。有り余っていてもいつかは使い切ってしまう。あればあるほど助かる。来年には学校に入学するし、何かと書く機会が増えるだろう。
「そんなもの。いつでも買ってあげるさ。却下だ」
お父様の最後の言葉に何故か周りの使用人達も大きく頷く。
(えぇ……どうしよう)
でも欲しいものなんてない。今の生活だけで前と比べものにならないくらい私は幸せだし、満たされている。
「ほら、宝石とかドレスとかあるだろう?」
(……沢山持ってるもの)
私専用の衣装部屋には前世ではありえない、夢なのではないかと思うほどたっくさんのドレスや宝石、アクセサリーが収納されている。
それはお父様やお母様が何でもない日でも買ってくるからだ。
あれもこれも「リーティアに似合うわ」と私が強く出ないのをいいことに次から次へと……。
一度だけもういらない。こんなに着られない。と言ったことがある。
私からすれば勿体ないし、お金の心配をしてしまったのだ。しかしどうやらこれでも他の家に比べると少ないらしかった。
──他の貴族家はどのぐらい衣装や装飾品にお金を費やしているの……。
他人に興味がなかったというか、親しい関わりがなかったので、同爵位、同年代の人の関心興味に疎いのは薄々気が付いていた。それでも教えてもらった時は呆気に取られた。
「──じゃあ花壇を広げたいです」
「言わなくても広げていいよ」
捻ってようやく絞り出した案も即座に却下されてしまった。振り出しに戻る。
セシルはビスクドールを頼んだとお父様は言った。私もそれにしようかと考えてみる。しかし、私はお人形遊びをしないし、それ用の人形は既に自室にある。これ以上増やしても宝の持ち腐れだ。
「──旦那様、そろそろ」
執事がお父様の耳元で囁いた。食堂に壁掛けの時計を見ると、普段お父様が出仕する時間になっていた。
いいタイミング。これで今、お父様の質問に答えなくても大丈夫だろう。私はほっと安堵する。
「そうか……リーティア、何か欲しいものができたら教え欲しいな」
ひどく残念そうにお父様は席を立ち上がって、まだ座っていた私の頭を優しく撫でる。その手が少しくすぐったくて目を一瞬瞑る。
両親からのスキンシップを受けると、心がぽかぽか暖かくなってこそばゆい。前世では感じたことがない不思議な感覚だ。だけど嫌だとは思わない。むしろもっと欲しいな……と思ってしまうのは欲張りだろうか。
「はい。お仕事頑張ってくださいませ。お見送りします!」
お父様は1人で出ていこうとしていたが、私も食べ終わっていたので一緒に食堂を出ることにした。
朝餉の感想を聞きに来たのか、シェフがちょうど中に入ってきたので、美味しかったと伝えた。すると「よかったです」と嬉しそうにシェフは言った。その表情につられて私も笑顔になる。
「そろそろセシルが起きてくる頃かな」
エントランスに着き、執事からコートと手袋を受け取ったお父様は独り言のように呟いた。
「おそらく。エマがセシルお嬢様を起こしに行きましたので」
ならじきに起きてくるだろう。そのうち私より少し高い声が屋敷に響き渡る。
そもそも私の朝が早すぎなのだ。過去は朝起きるのが苦手だった。けれどいつの間にか、というか皇宮で睡眠時間を削って書類を捌いていたからだろう。平均と比べたら短い時間で目が覚めてしまう。
子供が夜更けまで起きてはいられないので、必然と就寝時間が早くなり、その分朝も早いのだ。
そのせいで、私付きの侍女──アナベルは日が昇らないうちに起きなければならなかった。文句や不満は聞いたことがないが、あくびをこらえている姿を多々見かける。
申し訳ない……と思いつつ、長く眠るのは悪夢を見てしまいそうで、怖くてできそうもなかった。
「見送りありがとうリーティア。今日こそは……夕餉で」
「期待しないでおきますね」
にっこり微笑んで言えば、お父様は複雑な表情をしていた。
いつも。いや、口癖のようなものだ。お父様の夕餉までには帰ってくるという言葉は。1年間で有言実行されたのは片手で数えられるほど。お母様は既に諦めているし、期待していない。
皇宮に出仕しているお父様は文官の中でも上に立つ者で、仕事量がこの上なく多い。それは一介の文官と比べ物にならないほど。それでもギリギリ捌ききっているのだから、お父様は優秀な人材なのだ。
だからとんとん拍子で出世したらしいし、部下からも慕われている。皇帝陛下にも気に入られ、重臣として国の中枢を担っている。
馬車が出ていくのを執事とアナベルと見送った後、部屋に戻った。
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