47 / 92
彼女の今世
番外編 リーティアの欲しいもの(1)
しおりを挟む
「おはようリーティア」
「お父様おはようございます」
朝起きて、アナベルと一緒に食堂に降りてくればちょうどお父様が朝餉を食べているところだった。
お父様が座っている椅子に近づいて、チュッとリップ音を響かせながら頬に挨拶のキスをする。
「今日もよく眠れたかい」
「はい。ぐっすり」
ギュッとハグし、お父様の胸元に顔を埋めて私は答えた。
「そうか、それなら良かった。隣に座りなさい」
頷いて、アナベルが引いてくれた椅子に腰掛ける。すると直ぐに端に控えていた給仕のメイドが、コップに並々とジュースを注いでくれる。
コクコクと飲んで、コップを置けばお父様がこちらを見ていることに気が付いた。
「どうしました? お父様、何か変なところでもありますか……」
ネグリジェのまま食堂に来たことがいけなかったのだろうか。でも、いつもこの服装のまま朝餉を食べている。「はしたない」と叱られたことはないはずなのだけど……。
不思議に思って小首を傾げれば、お父様は首を横に振った。
「いいや。そういえばリーティアに尋ねてなかったなと思って。セシルは自分で言ってきたから」
「何がですか?」
運ばれてきた朝餉をちらりと見ながら返す。今日は白パンに炒った卵、カリカリに焼けたベーコンにポタージュ、蜂蜜がたっぷりかかったヨーグルト。
全てアリリエット家に仕えてくれている厨房のシェフ達が、一生懸命作ってくれた料理。出来たてなのか、湯気がほかほかと出ていていい匂いがする。
早く食べたいと思いつつも、お父様の話が終わるまで待とうとフォークを置いた。すると軽くお腹が鳴ってしまって私は慌ててお腹に手を当てた。
「食べながらでいいよ。構わずお食べ」
ふっと吐息をもらすように笑ったお父様は私に促す。
「──じゃあ……いただきます」
手を合わせてから再びフォークを持った。大人用に比べたら小ぶりのカトラリーは、まだ手が小さい私でも使いやすいようにと作られた特注品だ。セシルも模様違いでお揃いの物を所持している。
まず最初にベーコンを口に含んだ。厚みがあるそれに歯を立てれば、ジュワリと特有の肉汁が溢れ出る。
(美味しいなぁ)
もぐもぐと朝餉を口に入れていく私をお父様はずっと見つめている。じっと見られることにあまり慣れていない私は、その視線に少し居心地の悪さを感じる。
「おひょうさま、わたしが尋ねてこなかったとは?」
前半の方はまだ口の中に食べ物があったから上手く話せなかった。追加で注いでくれていたジュースを飲みながらもう一度尋ねた。
「リーティア今の季節は何だ?」
「冬ですね。昨日も雪が降っていましたし」
窓の方を見れば外側の窓枠にまだ雪が残っているし、外は一面銀世界。昨晩は吹雪一歩手前までいっていた。
ここに来るまでにすれ違った庭師達は、手袋にマフラーを首に巻き、体力のある人員とスコップを探していた。
あと、どこから手をつけるか話していた。きっと今日は雪かきをするのだろう。
「そうだよ。そして来週は何の日だ」
珈琲の匂いがして扉の方を見れば、メイドがコップに入った珈琲を運んでいた。お父様と私がまだ話をすると思って、外に控えていた執事あたりが気を利かせたのだろう。
お父様は礼を言って受け取っていたのを見計らい、先程の質問に答える。
「クリスマスですが……」
「クリスマスだ! クリスマスといえば?」
「…………」
何を言いたいのか全く分からない。
(なんだろう。教会への寄付とか?)
貴族として慈善事業には積極的に参加している。クリスマス用に別途で孤児院に届ける物も既にお母様と話し合って決めた。あとは梱包して送るだけだ。
グルグルと考えが煮詰まる。気が付けば険しい顔になっていたようで、アナベルに肩を叩かれた。
「──お嬢様。プレゼントですよプレゼント」
どうやら答えにちっとも近づかず、返答できてなかった私に助け舟を出してくれたらしい。
「クリスマスプレゼントです」
アナベルが教えてくれたことをそのまま言った。
「正解!」
お父様の瞳がいつにも増して輝き始める。そして珈琲を啜って噎せていた。私は無言でそれを眺める。
「りっリーティア」
「はい、お父様」
ようやく復活したお父様は、紙ナプキンで口元を拭きながら私の名前を呼んだ。
「今年こそ何か……欲しいものは無いのか? セシルは今、人気のビスクドールが欲しいと言ってきたよ」
数秒の間思考が止まり、首が大きく横に傾く。
欲しい……もの? 私が……? クリスマスプレゼントに?
去年までの記憶を引っ張り出す。そういえば何故か毎年この時期になると、大人達に好きなものを探られていたような気がする。
クリスマスプレゼントなんて前世で貰ったことがなかった。だから何を頼めばいいのか分からず、自分からは言わなかった。
それに物欲も前世の一件で皮肉なことにあまり無い。自分の手元には何も残らないことが分かっていたから、同じ年齢の淑女達で流行っている物でさえ、欲しいとも思わず生きていた。
今世は幸せなことに、何も言わなくてもお父様達が考えたクリスマスプレゼントを貰えた。
加えて「メリークリスマス」と朝一番に言ってもらえる。
それだけで私の心は暖かい感情で溢れていた。
「お父様おはようございます」
朝起きて、アナベルと一緒に食堂に降りてくればちょうどお父様が朝餉を食べているところだった。
お父様が座っている椅子に近づいて、チュッとリップ音を響かせながら頬に挨拶のキスをする。
「今日もよく眠れたかい」
「はい。ぐっすり」
ギュッとハグし、お父様の胸元に顔を埋めて私は答えた。
「そうか、それなら良かった。隣に座りなさい」
頷いて、アナベルが引いてくれた椅子に腰掛ける。すると直ぐに端に控えていた給仕のメイドが、コップに並々とジュースを注いでくれる。
コクコクと飲んで、コップを置けばお父様がこちらを見ていることに気が付いた。
「どうしました? お父様、何か変なところでもありますか……」
ネグリジェのまま食堂に来たことがいけなかったのだろうか。でも、いつもこの服装のまま朝餉を食べている。「はしたない」と叱られたことはないはずなのだけど……。
不思議に思って小首を傾げれば、お父様は首を横に振った。
「いいや。そういえばリーティアに尋ねてなかったなと思って。セシルは自分で言ってきたから」
「何がですか?」
運ばれてきた朝餉をちらりと見ながら返す。今日は白パンに炒った卵、カリカリに焼けたベーコンにポタージュ、蜂蜜がたっぷりかかったヨーグルト。
全てアリリエット家に仕えてくれている厨房のシェフ達が、一生懸命作ってくれた料理。出来たてなのか、湯気がほかほかと出ていていい匂いがする。
早く食べたいと思いつつも、お父様の話が終わるまで待とうとフォークを置いた。すると軽くお腹が鳴ってしまって私は慌ててお腹に手を当てた。
「食べながらでいいよ。構わずお食べ」
ふっと吐息をもらすように笑ったお父様は私に促す。
「──じゃあ……いただきます」
手を合わせてから再びフォークを持った。大人用に比べたら小ぶりのカトラリーは、まだ手が小さい私でも使いやすいようにと作られた特注品だ。セシルも模様違いでお揃いの物を所持している。
まず最初にベーコンを口に含んだ。厚みがあるそれに歯を立てれば、ジュワリと特有の肉汁が溢れ出る。
(美味しいなぁ)
もぐもぐと朝餉を口に入れていく私をお父様はずっと見つめている。じっと見られることにあまり慣れていない私は、その視線に少し居心地の悪さを感じる。
「おひょうさま、わたしが尋ねてこなかったとは?」
前半の方はまだ口の中に食べ物があったから上手く話せなかった。追加で注いでくれていたジュースを飲みながらもう一度尋ねた。
「リーティア今の季節は何だ?」
「冬ですね。昨日も雪が降っていましたし」
窓の方を見れば外側の窓枠にまだ雪が残っているし、外は一面銀世界。昨晩は吹雪一歩手前までいっていた。
ここに来るまでにすれ違った庭師達は、手袋にマフラーを首に巻き、体力のある人員とスコップを探していた。
あと、どこから手をつけるか話していた。きっと今日は雪かきをするのだろう。
「そうだよ。そして来週は何の日だ」
珈琲の匂いがして扉の方を見れば、メイドがコップに入った珈琲を運んでいた。お父様と私がまだ話をすると思って、外に控えていた執事あたりが気を利かせたのだろう。
お父様は礼を言って受け取っていたのを見計らい、先程の質問に答える。
「クリスマスですが……」
「クリスマスだ! クリスマスといえば?」
「…………」
何を言いたいのか全く分からない。
(なんだろう。教会への寄付とか?)
貴族として慈善事業には積極的に参加している。クリスマス用に別途で孤児院に届ける物も既にお母様と話し合って決めた。あとは梱包して送るだけだ。
グルグルと考えが煮詰まる。気が付けば険しい顔になっていたようで、アナベルに肩を叩かれた。
「──お嬢様。プレゼントですよプレゼント」
どうやら答えにちっとも近づかず、返答できてなかった私に助け舟を出してくれたらしい。
「クリスマスプレゼントです」
アナベルが教えてくれたことをそのまま言った。
「正解!」
お父様の瞳がいつにも増して輝き始める。そして珈琲を啜って噎せていた。私は無言でそれを眺める。
「りっリーティア」
「はい、お父様」
ようやく復活したお父様は、紙ナプキンで口元を拭きながら私の名前を呼んだ。
「今年こそ何か……欲しいものは無いのか? セシルは今、人気のビスクドールが欲しいと言ってきたよ」
数秒の間思考が止まり、首が大きく横に傾く。
欲しい……もの? 私が……? クリスマスプレゼントに?
去年までの記憶を引っ張り出す。そういえば何故か毎年この時期になると、大人達に好きなものを探られていたような気がする。
クリスマスプレゼントなんて前世で貰ったことがなかった。だから何を頼めばいいのか分からず、自分からは言わなかった。
それに物欲も前世の一件で皮肉なことにあまり無い。自分の手元には何も残らないことが分かっていたから、同じ年齢の淑女達で流行っている物でさえ、欲しいとも思わず生きていた。
今世は幸せなことに、何も言わなくてもお父様達が考えたクリスマスプレゼントを貰えた。
加えて「メリークリスマス」と朝一番に言ってもらえる。
それだけで私の心は暖かい感情で溢れていた。
19
お気に入りに追加
4,079
あなたにおすすめの小説
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
王子妃だった記憶はもう消えました。
cyaru
恋愛
記憶を失った第二王子妃シルヴェーヌ。シルヴェーヌに寄り添う騎士クロヴィス。
元々は王太子であるセレスタンの婚約者だったにも関わらず、嫁いだのは第二王子ディオンの元だった。
実家の公爵家にも疎まれ、夫となった第二王子ディオンには愛する人がいる。
記憶が戻っても自分に居場所はあるのだろうかと悩むシルヴェーヌだった。
記憶を取り戻そうと動き始めたシルヴェーヌを支えるものと、邪魔するものが居る。
記憶が戻った時、それは、それまでの日常が崩れる時だった。
★1話目の文末に時間的流れの追記をしました(7月26日)
●ゆっくりめの更新です(ちょっと本業とダブルヘッダーなので)
●ルビ多め。鬱陶しく感じる方もいるかも知れませんがご了承ください。
敢えて常用漢字などの読み方を変えている部分もあります。
●作中の通貨単位はケラ。1ケラ=1円くらいの感じです。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界の創作話です。時代設定、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
ゼラニウムの花束をあなたに
ごろごろみかん。
恋愛
リリネリア・ブライシフィックは八歳のあの日に死んだ。死んだこととされたのだ。リリネリアであった彼女はあの絶望を忘れはしない。
じわじわと壊れていったリリネリアはある日、自身の元婚約者だった王太子レジナルド・リームヴと再会した。
レジナルドは少し前に隣国の王女を娶ったと聞く。だけどもうリリネリアには何も関係の無い話だ。何もかもがどうでもいい。リリネリアは何も期待していない。誰にも、何にも。
二人は知らない。
国王夫妻と公爵夫妻が、良かれと思ってしたことがリリネリアを追い詰めたことに。レジナルドを絶望させたことを、彼らは知らない。
彼らが偶然再会したのは運命のいたずらなのか、ただ単純に偶然なのか。だけどリリネリアは何一つ望んでいなかったし、レジナルドは何一つ知らなかった。ただそれだけなのである。
※タイトル変更しました
愛する貴方の愛する彼女の愛する人から愛されています
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「ユスティーナ様、ごめんなさい。今日はレナードとお茶をしたい気分だからお借りしますね」
先に彼とお茶の約束していたのは私なのに……。
「ジュディットがどうしても二人きりが良いと聞かなくてな」「すまない」貴方はそう言って、婚約者の私ではなく、何時も彼女を優先させる。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
公爵令嬢のユスティーナには愛する婚約者の第二王子であるレナードがいる。
だがレナードには、恋慕する女性がいた。その女性は侯爵令嬢のジュディット。絶世の美女と呼ばれている彼女は、彼の兄である王太子のヴォルフラムの婚約者だった。
そんなジュディットは、事ある事にレナードの元を訪れてはユスティーナとレナードとの仲を邪魔してくる。だがレナードは彼女を諌めるどころか、彼女を庇い彼女を何時も優先させる。例えユスティーナがレナードと先に約束をしていたとしても、ジュディットが一言言えば彼は彼女の言いなりだ。だがそんなジュディットは、実は自分の婚約者のヴォルフラムにぞっこんだった。だがしかし、ヴォルフラムはジュディットに全く関心がないようで、相手にされていない。どうやらヴォルフラムにも別に想う女性がいるようで……。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
家出した伯爵令嬢【完結済】
弓立歩
恋愛
薬学に長けた家に生まれた伯爵令嬢のカノン。病弱だった第2王子との7年の婚約の結果は何と婚約破棄だった!これまでの尽力に対して、実家も含めあまりにもつらい仕打ちにとうとうカノンは家を出る決意をする。
番外編において暴力的なシーン等もありますので一応R15が付いています
6/21完結。今後の更新は予定しておりません。また、本編は60000字と少しで柔らかい表現で出来ております
2度目の人生は好きにやらせていただきます
みおな
恋愛
公爵令嬢アリスティアは、婚約者であるエリックに学園の卒業パーティーで冤罪で婚約破棄を言い渡され、そのまま処刑された。
そして目覚めた時、アリスティアは学園入学前に戻っていた。
今度こそは幸せになりたいと、アリスティアは婚約回避を目指すことにする。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる