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彼女の今世
episode29
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何でここに殿下が? 心臓が大きく跳ねる。皇族はここで魔力を測らないはずなのに。会うとしたら一週間後の入学の日なのに!
固まってしまった私を澄んだ天色の瞳は一瞥し、アルバート殿下はジョシュアと呼ばれた魔術師様に問いかけた。
「アルバート殿下、これ程までの魔力量であれば殿下の婚約者になるよりも、魔法省に入ってもらった方が帝国の為にも絶対いいです!」
「ダメ。それに君の主は誰だっけ?」
「……アルバート殿下です」
「ふーんなのに主の話を聞けないのかな? それに私も分かっている。それ程の魔力を持っているならば、私の婚約者にならなかった場合、魔法省に入るのも一つの道。だけどそれはリーティア嬢とアリリエット公爵が決めることだ」
殿下が諭すと魔術師様は「出過ぎた真似をして申し訳ございません」と私達に謝罪した。
「すまないな公爵。ジョシュアは魔力が多い人間を魔法省に入れたくて堪らないんだ。だから、魔力が多い人に会うとなりふり構わずに突っ走ってしまう」
「大丈夫です。しかし……やはり私の娘は特別なのですか? にわかには信じがたい」
ジョシュア様の言葉攻めが止んだことにホッとしたお父様は、お母様と同じような質問を再びする。
多分何度聞いても信じられないのだろう。確かに一介の公爵家の娘が持つ量では無い。普通、生まれてくるとしても魔術師を数多く輩出している家とかだけだ。
ふと、顔を上げると偶然殿下と視線があってしまいわざとらしく視線を逸らしてしまった。
「潜在的に保持していたのかと。この魔術師の腕は確かだから間違えるということは無い。皇家が保証するよ」
「そうですか……では、リーティアは魔術師に対してどう思う? なりたいかい?」
ビクッと肩が上下に動いてしまい、問いかけたお父様を筆頭に皆の視線が私に集まる。
私はアルバート殿下の婚約者にならずに前世よりも穏やかな日々が送れればそれでいい。
仮に魔術師になったら穏やかな日々とは縁遠い刺激的な日々になるかもしれないけど、それはそれで楽しそうだ。
とにかく目下の私の目標はアルバート殿下から離れること。殿下から離れることが私の幸せに繋がると思うから。
その点に関しては、婚約者候補者にいるより魔術師になった方が殿下から離れられる。
それに魔術師は仕事量が多い分、その他で優遇されることが多く、仕事さえ終わるのであれば他のことに関しては大抵のことは目をつむってもらえる。
勿論犯罪は許されるはずがないが、地位が確立されるので己の好きなことを比較的誰にも咎められずに実行出来る。
まあ自分の趣味に時間を使うことが出来る魔術師は、トップ中のトップくらいしか居ないのだけど。
「そうですね、私は魔術師になってもいいかなと思います。それが誰かのお役に立てるのであれば。持っているだけで活用しないのは勿体ないので」
「では、今すぐに魔法省に入って……うっ」
魔術師様は何かを言いかけたが、すぐさまアルバート殿下に足を思いっきり踏まれて悶絶してしまった。
「失礼、私の側近が何か言ったみたい。気にしなくていいよ」
「酷いです殿下……流石にそこまでしなくても」
「何か言った? そもそも突然、つまらないので測定を見てきますと言って忽然と消えたのは誰であったっけ……? そして見つけた時には公爵を喰いそうな勢い。ジョシュアを探した私の労力を返して」
真冬の吹雪のように何かがアルバート殿下から溢れだしている。それはまるで前世の陛下のようだ。少しだけ怖い。
「悪かったです! 俺が悪かったです!」
「悪かったと思うなら部屋から出て。話が進まないから」
「分かりました! おい、お前も行くぞ。皆様失礼致します」
ジョシュア様は、もはや居ない者となっていたもう一人の魔術師様の腕を掴んで部屋から出ていった。
「………殿下は行かなくてよろしいのですか?」
素朴な疑問だったのだろう。お父様は不思議そうに殿下に尋ねた。
「まだ時間はあるから。公爵、公爵夫人、少しリーティア嬢と話がしたいから扉の外で待っててくれませんか?」
「ええ、大丈夫ですわ。ね? 貴方」
「あぁ構わないです。それでは失礼します」
「あっ待ってお母様っ!」
────私を置いて行かないで。
そう思って慌てて伸ばした手はお母様の服さえも掠ることなく、アルバート殿下に捕まってしまった。
「私と二人っきりで話をするのは嫌?」
「そっそんなことは……ない……ですけど」
二人っきりになるというより、アルバート殿下と話すこと自体を避けたいとは言えない。私の中での前世の記憶はかなりのトラウマであり、例え前世と今世の殿下は違うと思って他の令嬢と同じように普通に接しようとしてもだ。
急に話しかけられたり、現れたりすると怖くなり普通の態度が取れなくなってしまう。
今も、普通に接しようと頑張っているが声が途切れ途切れになってしまった。
「では、何故今この手を伸ばしたの?」
少しだけ私をつかんだ手に力が込められた。
天色の瞳は悲しげに細められ、俯いた殿下の紺青の髪が彼の顔を隠す。私が見た事もない複雑な表情を浮かべていた。
それは、私が逃げ出そうとしている事がアルバート殿下にとって嫌な行動だと受け取れる表情だった。
だから私は困惑し、直ぐには殿下の問いに答えられなかった。
────どうしてそんな顔をするの?
前世の貴方は私に無関心だったのに。ただ婚約者としての責務しか努めようとしなかったじゃない。そして今世では殿下に極力関わらないようにしてるのに。それなのになんで悲しそうに?
「特に……理由はございませんが。殿下こそ私に何か御用でもございますか?」
「君は………」
掴む手の力が少し緩められる。
「五年前、君が私の婚約者になるはずだと父上から聞いた。だが、蓋を開けて見ればアリリエット公爵はそれを辞退し気付けば君と、君以外の婚約者候補が立てられていた。それは何故だ?」
それがどうしたというのだろうか。
私が殿下の婚約者にならなくても他にも素晴らしい令嬢方はいる。現に今の婚約者候補者に名を連ねている令嬢方は皆、幾ばくかの差はあるが教養に関しては申し分ない。
それに所詮は愛も優しさも無い政略的な婚約。
彼が自分で愛する人を婚約者にしない限りそれは変わらないし、皇位を受け継ぐ者の婚約者が政略的に選ばれた場合、何かあった時の為に代替役となる令嬢はどこの国でも存在する。
だからそこまでひとりの令嬢を気にするなんて労力の無駄であり、あまり意味が無い。
「何故とは? そのままの意味でございましょう。お父様が私がアルバート殿下の婚約者として相応しくないと考えたのかと。だから辞退した。ただそれだけです」
「……違う。君は私の婚約者になりたくなかった。そうだろう?」
確信を貫く殿下の言葉に息が詰まるが、その根拠はまだ提示されていない。それならば誤魔化しが利くだろう。
だって、殿下は過去のことを知らない。知るはずがない。知っていたら殿下側から私を婚約者候補から除外するだろうし、しなくても一線を置くだろうから。
「ご冗談を。アルバート殿下の婚約者になりたくないなんて思っておりません。私自身、他に適任の方がいるとは思っていますが……」
乱れる心を隠すようにふわり、と柔らかく笑う。これで騙されてくれればいいのに。と微かな望みもかけて。
というか、騙されてくれなければこちらが困る。居住まいを正し、ドレスの裾にできてしまった皺を伸ばしながら微笑を固定する。
「適任? 名門──アリリエット公爵家の長女であり、魔力も膨大、貴族としてのマナーも申し分ない君以上に適任がいるの?」
殿下の瞳は猜疑を浮かべているが、その視線を向けられても困ってしまう。
貴族としてのマナー? そんなの婚約者候補者にいる皆様なら出来る。
それに、何処でマナーなどの判断を? 私は茶会では端に座っているし、意図的にこちらを見なければ私なんてほとんど視界に入らない場所に居るのだけど……。
「アルバート殿下は婚約者候補者をよく見ていらっしゃるのですね。ですが、他の皆様と比べると私は未熟だと実感する日々ですので」
その観察眼を前世で発揮し、私の様子を今回のように話してくれたら前世の私はとても喜び、最悪な終わりにならなかったかもしれないがそれは後の祭りだ。
そう言えば前世と今世で比べるとアルバート殿下の性格や私に対する態度が徐々に変わりつつある。なんと言うか、前世の時より穏やかで殿下の天色の瞳は冷ややかさが見え隠れしていない。
それに、婚約者候補に入っていてもその座に興味が無いというか絶対になりたくない私は、先程も言ったようにお茶会では端の方に座っている。それなのにお茶会が終わり、エレン様達と談笑しながら席を立つと偶にアルバート殿下が話しかけに来るのだ。
前世では私には一欠片も興味を示さなかった殿下が「お茶会は楽しかったですか?」と私たち三人に尋ねているように見えて、私だけに視線を向けてくる。
しかも、それは気の所為では無い。エレン様やアイリーン様が返答すると、「リーティア嬢は如何でしたか?」と尋ねてくるのだ。
その為、聞かれた際には「楽しかったです」と無難に答えるようにしているが、何故殿下が私に話しかけに来るのか未だに理解できない。
そして私が返答をお返しすると、軽く微笑みながら他の令嬢達の元へ去っていく。
初めてお茶会の後に声を掛けられた時は驚き、何か罵倒されるのではないかと体をこわばらせてしまったが、最近はようやく普通に返答出来るようになった。
これらの変化はノルン様が二度目の人生を与えてくださった影響なのか、私が変わったように殿下も変わりつつあるからなのかは分からないけど。
どちらにせよ、結局の所レリーナが登場したら彼女が全てかっさらっていくのだ。例え、誰が皇后に、アルバート殿下の婚約者に、なろうとも。
ずっと向けられてくる視線を軽く受け流し、いつの間にかテーブルの上に置かれていた紅茶を口に含む。
ゆらゆらと湯気を立てながら、甘酸っぱいリンゴの様な香りがするのはカモミールティー。カモミールには心を落ち着かせる作用があるので今の私にはぴったりだ。
辺りにカモミールのいい香りが充満し始めても殿下が口を開かないことに少し奇妙に思いつつ、ゆっくりと紅茶を味わう。
(今日の殿下はどうしたのかしら?)
いつもの殿下らしくない。いつもなら澄んでいる天の瞳も、今日は翳りがあるようだし。
黙り込む殿下に声をかけようか迷うが上手く声が出せなくて時間だけが過ぎていく。
「アルバート殿下、お時間です」
このあまり居心地がよくない沈黙を破ったのは外で待機していたジョシュア様だった。
「ああ、分かったよすぐに行く」
アルバート殿下は一瞬扉の方に視線を向けた後、私に何か言いたげに口を動かした。が、何も言わないで扉の方へ足を向ける。
「それでは、次に会うのは入学式かな。大方君は一番上のクラスだろう。入学後もよろしく」
「よろしくお願い致しますアルバート殿下」
立ち上がって軽くお辞儀をすると殿下は扉から退出したのだった。
固まってしまった私を澄んだ天色の瞳は一瞥し、アルバート殿下はジョシュアと呼ばれた魔術師様に問いかけた。
「アルバート殿下、これ程までの魔力量であれば殿下の婚約者になるよりも、魔法省に入ってもらった方が帝国の為にも絶対いいです!」
「ダメ。それに君の主は誰だっけ?」
「……アルバート殿下です」
「ふーんなのに主の話を聞けないのかな? それに私も分かっている。それ程の魔力を持っているならば、私の婚約者にならなかった場合、魔法省に入るのも一つの道。だけどそれはリーティア嬢とアリリエット公爵が決めることだ」
殿下が諭すと魔術師様は「出過ぎた真似をして申し訳ございません」と私達に謝罪した。
「すまないな公爵。ジョシュアは魔力が多い人間を魔法省に入れたくて堪らないんだ。だから、魔力が多い人に会うとなりふり構わずに突っ走ってしまう」
「大丈夫です。しかし……やはり私の娘は特別なのですか? にわかには信じがたい」
ジョシュア様の言葉攻めが止んだことにホッとしたお父様は、お母様と同じような質問を再びする。
多分何度聞いても信じられないのだろう。確かに一介の公爵家の娘が持つ量では無い。普通、生まれてくるとしても魔術師を数多く輩出している家とかだけだ。
ふと、顔を上げると偶然殿下と視線があってしまいわざとらしく視線を逸らしてしまった。
「潜在的に保持していたのかと。この魔術師の腕は確かだから間違えるということは無い。皇家が保証するよ」
「そうですか……では、リーティアは魔術師に対してどう思う? なりたいかい?」
ビクッと肩が上下に動いてしまい、問いかけたお父様を筆頭に皆の視線が私に集まる。
私はアルバート殿下の婚約者にならずに前世よりも穏やかな日々が送れればそれでいい。
仮に魔術師になったら穏やかな日々とは縁遠い刺激的な日々になるかもしれないけど、それはそれで楽しそうだ。
とにかく目下の私の目標はアルバート殿下から離れること。殿下から離れることが私の幸せに繋がると思うから。
その点に関しては、婚約者候補者にいるより魔術師になった方が殿下から離れられる。
それに魔術師は仕事量が多い分、その他で優遇されることが多く、仕事さえ終わるのであれば他のことに関しては大抵のことは目をつむってもらえる。
勿論犯罪は許されるはずがないが、地位が確立されるので己の好きなことを比較的誰にも咎められずに実行出来る。
まあ自分の趣味に時間を使うことが出来る魔術師は、トップ中のトップくらいしか居ないのだけど。
「そうですね、私は魔術師になってもいいかなと思います。それが誰かのお役に立てるのであれば。持っているだけで活用しないのは勿体ないので」
「では、今すぐに魔法省に入って……うっ」
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「失礼、私の側近が何か言ったみたい。気にしなくていいよ」
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「………殿下は行かなくてよろしいのですか?」
素朴な疑問だったのだろう。お父様は不思議そうに殿下に尋ねた。
「まだ時間はあるから。公爵、公爵夫人、少しリーティア嬢と話がしたいから扉の外で待っててくれませんか?」
「ええ、大丈夫ですわ。ね? 貴方」
「あぁ構わないです。それでは失礼します」
「あっ待ってお母様っ!」
────私を置いて行かないで。
そう思って慌てて伸ばした手はお母様の服さえも掠ることなく、アルバート殿下に捕まってしまった。
「私と二人っきりで話をするのは嫌?」
「そっそんなことは……ない……ですけど」
二人っきりになるというより、アルバート殿下と話すこと自体を避けたいとは言えない。私の中での前世の記憶はかなりのトラウマであり、例え前世と今世の殿下は違うと思って他の令嬢と同じように普通に接しようとしてもだ。
急に話しかけられたり、現れたりすると怖くなり普通の態度が取れなくなってしまう。
今も、普通に接しようと頑張っているが声が途切れ途切れになってしまった。
「では、何故今この手を伸ばしたの?」
少しだけ私をつかんだ手に力が込められた。
天色の瞳は悲しげに細められ、俯いた殿下の紺青の髪が彼の顔を隠す。私が見た事もない複雑な表情を浮かべていた。
それは、私が逃げ出そうとしている事がアルバート殿下にとって嫌な行動だと受け取れる表情だった。
だから私は困惑し、直ぐには殿下の問いに答えられなかった。
────どうしてそんな顔をするの?
前世の貴方は私に無関心だったのに。ただ婚約者としての責務しか努めようとしなかったじゃない。そして今世では殿下に極力関わらないようにしてるのに。それなのになんで悲しそうに?
「特に……理由はございませんが。殿下こそ私に何か御用でもございますか?」
「君は………」
掴む手の力が少し緩められる。
「五年前、君が私の婚約者になるはずだと父上から聞いた。だが、蓋を開けて見ればアリリエット公爵はそれを辞退し気付けば君と、君以外の婚約者候補が立てられていた。それは何故だ?」
それがどうしたというのだろうか。
私が殿下の婚約者にならなくても他にも素晴らしい令嬢方はいる。現に今の婚約者候補者に名を連ねている令嬢方は皆、幾ばくかの差はあるが教養に関しては申し分ない。
それに所詮は愛も優しさも無い政略的な婚約。
彼が自分で愛する人を婚約者にしない限りそれは変わらないし、皇位を受け継ぐ者の婚約者が政略的に選ばれた場合、何かあった時の為に代替役となる令嬢はどこの国でも存在する。
だからそこまでひとりの令嬢を気にするなんて労力の無駄であり、あまり意味が無い。
「何故とは? そのままの意味でございましょう。お父様が私がアルバート殿下の婚約者として相応しくないと考えたのかと。だから辞退した。ただそれだけです」
「……違う。君は私の婚約者になりたくなかった。そうだろう?」
確信を貫く殿下の言葉に息が詰まるが、その根拠はまだ提示されていない。それならば誤魔化しが利くだろう。
だって、殿下は過去のことを知らない。知るはずがない。知っていたら殿下側から私を婚約者候補から除外するだろうし、しなくても一線を置くだろうから。
「ご冗談を。アルバート殿下の婚約者になりたくないなんて思っておりません。私自身、他に適任の方がいるとは思っていますが……」
乱れる心を隠すようにふわり、と柔らかく笑う。これで騙されてくれればいいのに。と微かな望みもかけて。
というか、騙されてくれなければこちらが困る。居住まいを正し、ドレスの裾にできてしまった皺を伸ばしながら微笑を固定する。
「適任? 名門──アリリエット公爵家の長女であり、魔力も膨大、貴族としてのマナーも申し分ない君以上に適任がいるの?」
殿下の瞳は猜疑を浮かべているが、その視線を向けられても困ってしまう。
貴族としてのマナー? そんなの婚約者候補者にいる皆様なら出来る。
それに、何処でマナーなどの判断を? 私は茶会では端に座っているし、意図的にこちらを見なければ私なんてほとんど視界に入らない場所に居るのだけど……。
「アルバート殿下は婚約者候補者をよく見ていらっしゃるのですね。ですが、他の皆様と比べると私は未熟だと実感する日々ですので」
その観察眼を前世で発揮し、私の様子を今回のように話してくれたら前世の私はとても喜び、最悪な終わりにならなかったかもしれないがそれは後の祭りだ。
そう言えば前世と今世で比べるとアルバート殿下の性格や私に対する態度が徐々に変わりつつある。なんと言うか、前世の時より穏やかで殿下の天色の瞳は冷ややかさが見え隠れしていない。
それに、婚約者候補に入っていてもその座に興味が無いというか絶対になりたくない私は、先程も言ったようにお茶会では端の方に座っている。それなのにお茶会が終わり、エレン様達と談笑しながら席を立つと偶にアルバート殿下が話しかけに来るのだ。
前世では私には一欠片も興味を示さなかった殿下が「お茶会は楽しかったですか?」と私たち三人に尋ねているように見えて、私だけに視線を向けてくる。
しかも、それは気の所為では無い。エレン様やアイリーン様が返答すると、「リーティア嬢は如何でしたか?」と尋ねてくるのだ。
その為、聞かれた際には「楽しかったです」と無難に答えるようにしているが、何故殿下が私に話しかけに来るのか未だに理解できない。
そして私が返答をお返しすると、軽く微笑みながら他の令嬢達の元へ去っていく。
初めてお茶会の後に声を掛けられた時は驚き、何か罵倒されるのではないかと体をこわばらせてしまったが、最近はようやく普通に返答出来るようになった。
これらの変化はノルン様が二度目の人生を与えてくださった影響なのか、私が変わったように殿下も変わりつつあるからなのかは分からないけど。
どちらにせよ、結局の所レリーナが登場したら彼女が全てかっさらっていくのだ。例え、誰が皇后に、アルバート殿下の婚約者に、なろうとも。
ずっと向けられてくる視線を軽く受け流し、いつの間にかテーブルの上に置かれていた紅茶を口に含む。
ゆらゆらと湯気を立てながら、甘酸っぱいリンゴの様な香りがするのはカモミールティー。カモミールには心を落ち着かせる作用があるので今の私にはぴったりだ。
辺りにカモミールのいい香りが充満し始めても殿下が口を開かないことに少し奇妙に思いつつ、ゆっくりと紅茶を味わう。
(今日の殿下はどうしたのかしら?)
いつもの殿下らしくない。いつもなら澄んでいる天の瞳も、今日は翳りがあるようだし。
黙り込む殿下に声をかけようか迷うが上手く声が出せなくて時間だけが過ぎていく。
「アルバート殿下、お時間です」
このあまり居心地がよくない沈黙を破ったのは外で待機していたジョシュア様だった。
「ああ、分かったよすぐに行く」
アルバート殿下は一瞬扉の方に視線を向けた後、私に何か言いたげに口を動かした。が、何も言わないで扉の方へ足を向ける。
「それでは、次に会うのは入学式かな。大方君は一番上のクラスだろう。入学後もよろしく」
「よろしくお願い致しますアルバート殿下」
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