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彼女の今世
episode23
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そろそろ戻ろうかと思った矢先のことだった。後ろから地を踏む足音が聞こえたのは。
「誰!?」
まさか話しているところを見られた? 女神様は他の人には見えないと言っていたけどやはり不安になってしまう。
ビクリと体が上下しながら後ろを振り向く。
そこに居たのは────
「失礼しました。アルバート殿下でしたか」
「アリリエット公爵令嬢は何故ここに?」
「それは……」
殿下を視界に入れた途端全身が震える。
(何故……何故貴方がここに…? 令嬢にずっと囲まれていたはずなのに……)
声を出そうにも掠れた息しか出てこない。
「そして今、誰かと話していなかったか?」
殿下は咲き誇るコスモスに視線を送ったあと、こちらにその澄んだ瞳を向けてくる。
他の人から見たらきっと、心配してくれた殿下が声をかけられたと思い、もしかしたら浮かれる人も中にはいるだろう。
でも私は──あの優しげな瞳の中に隠された鋭い眼光を知っている。
「それは気のせいです。私は誰とも話しておりません」
掠れず、どもらず、スラスラと嘘を付けたことは奇跡に近かった。
「そうか」
──怖い。今すぐここから逃げ出したい。
もし、殿下が皇子ではなく、普通の貴族子息であったら今すぐにでも逃げ出していただろう。勿論、それもそれで問題行動となるが、対象が皇子でないだけまだマシになる。
でも、相手は皇子だ。逃げ出したら……お母様とお父様にも多大な迷惑をかけることになってしまう。それだけは嫌だ。
(私に構わないで欲しい。早く何処かに行って欲しい)
そんな私の願いなど知る由もない殿下は私との距離を詰め、あと一歩踏み出せば息がかかるであろう近距離まで近づいてきた。
「大丈夫? 顔、真っ青になっているよ」
心配そうに私を覗き込んだアルバート殿下の紺青色の髪がさらりとなびく。そして私の予想を裏切り手を差し出してきた。
「こ……れは……?」
予想をはるかに裏切った行動にもはや私の頭は追いつかず、普通なら分かるはずの差し出された手に疑問を持ってしまった。
「………体調悪いようなら医務室に連れていこうかと」
「大丈夫……です……殿下の手をお借りするほどでは無いので」
本気で私のことを心配しているように見て取れる殿下は、本当にあの殿下なのだろうか。助けて、前のように裏で愚かな者だと嘲笑うのかと疑ってしまう。
「だけどその体調で本当に大丈夫?」
「大丈夫です……お先にお戻りください。きっと皆様殿下が帰ってくることをお待ちしていますよ」
自分は大丈夫だと思わせるために、手と足は震えているが、無理やり笑顔を貼り付ける。
「だから君も……」
「いえ、私のことはお構いなく。もう少しここで休んでから行きますので」
「分かった。それじゃあ先に」
まだ何か言いたそうに口を開こうとして閉じた殿下は、最後にそう言い残して去っていった。
「──はっ」
彼が視界に入らなくなった瞬間私は足から力が抜けてドレスが汚れるのも気にせず、頭を押さえながら地面に座り込んでしまった。
これは思い出したくないのに……。
「あっあっ嫌っやめて! もうやめてっ!」
大声を出したら誰かに気が付かれてしまうかもしれない。皇宮で大声を出すなんてマナーとして絶対にダメだ。だが、止まらない。
脳裏に浮かぶ記憶は私を蝕み、恐怖と絶望の底に落とそうとしてくる。
『忌々しいヤツめ……』
『頭だけは使えるからな』
『出来損ないでリーナみたいに美しくもない、愛嬌もない。今更だが皇妃じゃなくて婚約解消にすれば良かったな』
『ダメな皇妃殿下、役に立たない皇妃殿下、誰からも愛されない皇妃殿下、 邪魔な皇妃殿下』
『『────さっさと消えてしまえばいいのに』』
頭に木霊する。思い出したくない前世の記憶が先程のアルバート殿下と被さり私を襲う。
「お願いやめってっ! いやぁぁぁぁ!」
大きく頭を振っても亡霊のように消えず、クスクスと幻聴であるはずの嘲笑が聞こえてきてグラリと世界が歪む。
「リティちゃん!」
「リティ!」
「……お……かあ……さま……おとう……さま……?」
霞む視界の中で最後に見えたのは、こちらに走ってくるお父様とお母様、それにもうひとり。
お茶会に戻って行ったはずのアルバート殿下だった。
「誰!?」
まさか話しているところを見られた? 女神様は他の人には見えないと言っていたけどやはり不安になってしまう。
ビクリと体が上下しながら後ろを振り向く。
そこに居たのは────
「失礼しました。アルバート殿下でしたか」
「アリリエット公爵令嬢は何故ここに?」
「それは……」
殿下を視界に入れた途端全身が震える。
(何故……何故貴方がここに…? 令嬢にずっと囲まれていたはずなのに……)
声を出そうにも掠れた息しか出てこない。
「そして今、誰かと話していなかったか?」
殿下は咲き誇るコスモスに視線を送ったあと、こちらにその澄んだ瞳を向けてくる。
他の人から見たらきっと、心配してくれた殿下が声をかけられたと思い、もしかしたら浮かれる人も中にはいるだろう。
でも私は──あの優しげな瞳の中に隠された鋭い眼光を知っている。
「それは気のせいです。私は誰とも話しておりません」
掠れず、どもらず、スラスラと嘘を付けたことは奇跡に近かった。
「そうか」
──怖い。今すぐここから逃げ出したい。
もし、殿下が皇子ではなく、普通の貴族子息であったら今すぐにでも逃げ出していただろう。勿論、それもそれで問題行動となるが、対象が皇子でないだけまだマシになる。
でも、相手は皇子だ。逃げ出したら……お母様とお父様にも多大な迷惑をかけることになってしまう。それだけは嫌だ。
(私に構わないで欲しい。早く何処かに行って欲しい)
そんな私の願いなど知る由もない殿下は私との距離を詰め、あと一歩踏み出せば息がかかるであろう近距離まで近づいてきた。
「大丈夫? 顔、真っ青になっているよ」
心配そうに私を覗き込んだアルバート殿下の紺青色の髪がさらりとなびく。そして私の予想を裏切り手を差し出してきた。
「こ……れは……?」
予想をはるかに裏切った行動にもはや私の頭は追いつかず、普通なら分かるはずの差し出された手に疑問を持ってしまった。
「………体調悪いようなら医務室に連れていこうかと」
「大丈夫……です……殿下の手をお借りするほどでは無いので」
本気で私のことを心配しているように見て取れる殿下は、本当にあの殿下なのだろうか。助けて、前のように裏で愚かな者だと嘲笑うのかと疑ってしまう。
「だけどその体調で本当に大丈夫?」
「大丈夫です……お先にお戻りください。きっと皆様殿下が帰ってくることをお待ちしていますよ」
自分は大丈夫だと思わせるために、手と足は震えているが、無理やり笑顔を貼り付ける。
「だから君も……」
「いえ、私のことはお構いなく。もう少しここで休んでから行きますので」
「分かった。それじゃあ先に」
まだ何か言いたそうに口を開こうとして閉じた殿下は、最後にそう言い残して去っていった。
「──はっ」
彼が視界に入らなくなった瞬間私は足から力が抜けてドレスが汚れるのも気にせず、頭を押さえながら地面に座り込んでしまった。
これは思い出したくないのに……。
「あっあっ嫌っやめて! もうやめてっ!」
大声を出したら誰かに気が付かれてしまうかもしれない。皇宮で大声を出すなんてマナーとして絶対にダメだ。だが、止まらない。
脳裏に浮かぶ記憶は私を蝕み、恐怖と絶望の底に落とそうとしてくる。
『忌々しいヤツめ……』
『頭だけは使えるからな』
『出来損ないでリーナみたいに美しくもない、愛嬌もない。今更だが皇妃じゃなくて婚約解消にすれば良かったな』
『ダメな皇妃殿下、役に立たない皇妃殿下、誰からも愛されない皇妃殿下、 邪魔な皇妃殿下』
『『────さっさと消えてしまえばいいのに』』
頭に木霊する。思い出したくない前世の記憶が先程のアルバート殿下と被さり私を襲う。
「お願いやめってっ! いやぁぁぁぁ!」
大きく頭を振っても亡霊のように消えず、クスクスと幻聴であるはずの嘲笑が聞こえてきてグラリと世界が歪む。
「リティちゃん!」
「リティ!」
「……お……かあ……さま……おとう……さま……?」
霞む視界の中で最後に見えたのは、こちらに走ってくるお父様とお母様、それにもうひとり。
お茶会に戻って行ったはずのアルバート殿下だった。
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