前世と今世の幸せ

夕香里

文字の大きさ
上 下
6 / 93
彼女の前世

episode6

しおりを挟む
「はぁ」とため息をつく。

 慌てて周りの者たちに聞こえてないか辺りを見渡す。が、誰も気づかなかったようでほっとする。

 (良かった誰にも聞こえてない)

 胸を撫で下ろし、正面の鏡を覗くと、そこには長いベールとウェディングドレスを着た新婦がいる。だが、その姿は幸福そうには見えない。
 そんな新婦はこの帝国に一人しか居ないだろう。そう、鏡に映っている新婦というのは私だ。

 ここは教会といってもレリーナが式を挙げた大聖堂ではなく、皇宮内にある小さな教会だ。皇宮に務めている者たちが休憩時間などで礼拝したり皇室の行事をしたりする場である。

 本来、皇妃は式を挙げない。

 皇宮内に保管されている皇族の家系図に名前を記入するだけで終わる。
 だが今回は事情が事情であり、皇妃になると決まった頃にはウェディングドレスも、招待客も決まっていた。

 それを覆すことは陛下でも不可能で、渋々皇宮内の教会で式を挙げることとなった。その為今、陛下の機嫌はすこぶる悪い。

 何とかレリーナがそばに居ることで取り繕ってはいるが、私から見たら不機嫌なのが丸わかりだ。

「リティ、時間ですよ」

 そう言って私のベールを降ろしたのは母だ。レリーナの時と違って私のベールを持つのは母と妹。

「はい」

 覚悟を決めて立ち上がった私は、二人に付き添われて式場に続くドアの前に立ち、俯きながらヴァージンロードを歩く。
 普通ならここを歩く新婦は幸福に満ち溢れているだろう。私は違う、誰からも祝福されずに嫁ぐのだから。

「新婦リーティア、貴方はここにいる皇帝アルバートを病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、夫として愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」

 神父が問う。

 私は一度瞳を閉じてまた開く。

「はい。誓います」


 その瞳は覚悟を決めた瞳だった。

 そしてこの瞬間一人の令嬢が皇妃となった。


 式を挙げたあと、私はすぐに割り当てられた自室に戻る。部屋まで侍女が案内すると言っていたが丁重にお断りした。

 何故なら侍女達もレリーナの味方で、自分のことを良く思っていないのを感じ取ったからだ。
 初日から問題は起こしたくない。だから誰も付けず、一人でここまで歩いてきた。

 家族は式が終わるとそそくさと帰っていってしまった。私という邪魔者が消えて清々したのだろう。唯一、妹だけがなにか言いたそうに口ごもっていたが、大したことでは無いはずだ。

 それよりもこれからの生活の方が私の心を揺さぶる。

 手始めというように、自室は皇宮内でも端っこの普通なら皇妃の部屋にしないと思われる所だった。
 初めてここを見た時思わず笑ってしまった。そんなに私のことが疎ましいのかと。

 リーナには案の定陛下の隣の大きな部屋が割り当てられたらしい。

 明らかな差、こんなことで悩んでいたらやってられないと割り切ることにした私は、明日のすることを考える。

 何故なら執務は明後日から捌いてくれればいいと宰相から言われたので明日やることが何も無い。

(どうしようかしら……本当にすることが無いわ)

 寝台に横になり、それほど高くない天井を見上げながら思案する。散々悩んだ挙句明日は庭園でお茶をしてもいいか侍女に聞くことに決め、瞼を閉じる。

 どうせ初夜だとしても陛下が来ることなんてあるわけがないのだから……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

優柔不断な公爵子息の後悔

有川カナデ
恋愛
フレッグ国では、第一王女のアクセリナと第一王子のヴィルフェルムが次期国王となるべく日々切磋琢磨している。アクセリナににはエドヴァルドという婚約者がおり、互いに想い合う仲だった。「あなたに相応しい男になりたい」――彼の口癖である。アクセリナはそんな彼を信じ続けていたが、ある日聖女と彼がただならぬ仲であるとの噂を聞いてしまった。彼を信じ続けたいが、生まれる疑心は彼女の心を傷つける。そしてエドヴァルドから告げられた言葉に、疑心は確信に変わって……。 いつも通りのご都合主義ゆるんゆるん設定。やかましいフランクな喋り方の王子とかが出てきます。受け取り方によってはバッドエンドかもしれません。 後味悪かったら申し訳ないです。

影の王宮

朱里 麗華(reika2854)
恋愛
王立学園の卒業式で公爵令嬢のシェリルは、王太子であり婚約者であるギデオンに婚約破棄を言い渡される。 ギデオンには学園で知り合った恋人の男爵令嬢ミーシャがいるのだ。 幼い頃からギデオンを想っていたシェリルだったが、ギデオンの覚悟を知って身を引こうと考える。 両親の愛情を受けられずに育ったギデオンは、人一倍愛情を求めているのだ。 だけどミーシャはシェリルが思っていたような人物ではないようで……。 タグにも入れましたが、主人公カップル(本当に主人公かも怪しい)は元サヤです。 すっごく暗い話になりそうなので、プロローグに救いを入れました。 一章からの話でなぜそうなったのか過程を書いていきます。 メインになるのは親世代かと。 ※子どもに関するセンシティブな内容が含まれます。 苦手な方はご自衛ください。 ※タイトルが途中で変わる可能性があります<(_ _)>

【完結】それぞれの贖罪

夢見 歩
恋愛
タグにネタバレがありますが、 作品への先入観を無くすために あらすじは書きません。 頭を空っぽにしてから 読んで頂けると嬉しいです。

魅了魔法は使えません!~好きな人は「魅了持ち」の私を監視してただけみたいです~

山科ひさき
恋愛
「あなたの指示さえなければ近づきもしませんよ」「どこに好意を抱く要素があるというんです?」 他者を自分の虜にし、意のままに操ることさえできる強力な力、魅了魔法。アリシアはその力を身に宿した「魅了持ち」として生まれ、周囲からの偏見にさらされながら生きてきた。 「魅了持ち」の自分に恋愛などできるはずがないと諦めていた彼女だったが、魔法学園に入学し、一人の男子生徒と恋に落ちる。 しかし、彼が学園の理事長から彼女の監視を命じられていたことを知ってしまい……。

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

三度目の嘘つき

豆狸
恋愛
「……本当に良かったのかい、エカテリナ。こんな嘘をついて……」 「……いいのよ。私に新しい相手が出来れば、周囲も殿下と男爵令嬢の仲を認めずにはいられなくなるわ」 なろう様でも公開中ですが、少し構成が違います。内容は同じです。

【完結】少年の懺悔、少女の願い

干野ワニ
恋愛
伯爵家の嫡男に生まれたフェルナンには、ロズリーヌという幼い頃からの『親友』がいた。「気取ったご令嬢なんかと結婚するくらいならロズがいい」というフェルナンの希望で、二人は一年後に婚約することになったのだが……伯爵夫人となるべく王都での行儀見習いを終えた『親友』は、すっかり別人の『ご令嬢』となっていた。 そんな彼女に置いて行かれたと感じたフェルナンは、思わず「奔放な義妹の方が良い」などと言ってしまい―― なぜあの時、本当の気持ちを伝えておかなかったのか。 後悔しても、もう遅いのだ。 ※本編が全7話で悲恋、後日談が全2話でハッピーエンド予定です。 ※長編のスピンオフですが、単体で読めます。

【完結】美しい人。

❄️冬は つとめて
恋愛
「あなたが、ウイリアム兄様の婚約者? 」 「わたくし、カミーユと言いますの。ねえ、あなたがウイリアム兄様の婚約者で、間違いないかしら。」 「ねえ、返事は。」 「はい。私、ウイリアム様と婚約しています ナンシー。ナンシー・ヘルシンキ伯爵令嬢です。」 彼女の前に現れたのは、とても美しい人でした。

処理中です...